038
小部屋の中央まで進んだところで足元に魔法陣っぽい文様が派手に光りながら表れ、転移特有の脳がブレるような感覚がした。
一瞬で視界は真っ暗闇に。
反射的に視覚強化と広範囲の探査をすると、転移先であるこの場所は随分と縦長な部屋だったみたいで安心した。随分猶予がある。
調べた感じでは落下地点に魔物等の気配は無し。
頭上に魔法陣が見えるけど、ぐんぐん遠ざかってる。
つまり、現在落下中なわけです。
墜落まではまだ時間的余裕があったけど、あまりに不快で落下速度を落とす。
落下って、お尻から背中まであたりがぞわぞわして嫌いなんだよ。
落下距離が長いから、無詠唱じゃなくても浮遊系の魔法さえ使えれば死なない、優しい設計だ。
考える時間すら無く転移直後に地面と接触するより助かりやすい気がする。
そんなことを考えながらゆっくりと着地。
たぶん転移から六秒ちょっとで墜落する程度の高さに思える。
途中で落下速度を落としてしまったので正確な距離とか全然わかんないけど、高低差二百メートルくらいありそう。
着地した先には扉が一つ。
扉の向こう側を探査した限りでは、ここまでと同じように通路が続いているようだ。
特に危険もなさそうなので、ポチさんたちの待つフロアへ戻ることにした。
「ただいまー」
「緊張感皆無というか気の抜ける登場だな…」
「えっ。ルドルフ的にはどんな登場を望んでたの」
「いや、お前はこういう感じだよな。うん。…で、この先はどうだった?」
今、強引に話を戻したね?まあいいけど。
「二百メータくらい落下する罠だったみたい。降りたその先は普通に通路が続いてるみたいだったよ?」
「二百!?」
マデリーンさんだけ驚いた様子で、他のメンバーはナチュラルスルー。
久しぶりにこういう反応された気がする。
みんな今では私が高いところから落ちても大丈夫と実体験を交えて知ってるからか、さほど驚かなくなった。大概のことは魔法でなんとかしてしまえるからね。
「魔法を使う余裕もない五メータとか半端な高さじゃなくてよかったよ」
昨年不意に一メートル位の高さから落ちて骨折したこともあるので、なんの備えもなく五メートルくらいのとこから飛び降りたりしたら、たぶん骨格から貧弱なエルフではひとたまりもなく複雑骨折して終わると思う。
今回は全身に強化とか掛けて障壁もしっかり張ってたのでたとえ五メートルでも大丈夫だったはずだけども。
「じゃ、行く?行くとしたら、あの剣どうしよう?取れるかな?」
そう言いながら、ダメ元で、魔法で引き寄せてみる。
何か妨害くらいされるかと思ったのに、何の抵抗もなく、ぱし、と一瞬後には私の右手の中におさまっていた。
「なっ!?…………アルフさん…?」
「うん?……取れちゃったねぇ?」
自分でも吃驚したけど、他の人たちはもっと吃驚したみたいだった。
なんかここ最近、魔法の効率が良いというか、やたら滑らかに発動するというか、なんか妙なんだよね。
取っといて何だけど、この剣はやっぱり私が使うには大き過ぎるな。
でも特に魔法が掛けられているものでもなく飾り気も無いけど、抜いてみたらすごく綺麗な刃だった。
「マデリーンさん、あげるー」
「は?え?はい!?」
鞘に納めてマデリーンさんのほうに差出したのだけど、どうやら私の行動は彼女を混乱させてしまったらしい。
「マデリーン、受け取っておけ。俺も要らんしアルフレートは酷え使い方するぞ多分。あとそろそろアルフレートの腕がぷるぷるし始める頃合い」
失礼な。でも確かにルドルフの言うとおりだよ。片手で持って差出し続けるにはこの剣本当に重いよ。
重いので早く受け取ってもらえるとありがたい。
もうちょっと軽ければいいのに。
そう考えた途端に、魔法として発動してしまったらしく、腕に掛かっていた荷重が一気に減って少しバランスを崩しかけてたたらを踏む。
「うわっ!?またやらかした!」
「どうした?」
「なんか、軽量化の魔法を掛けちゃったみたいで…。ここ数日、魔法を無意識に発動させちゃう事案が頻発してます…。魔力枯渇が治ってからちょっとおかしい」
着衣のまましてるときロザリンのスカートの裾が落ちてきて汚しちゃいそうだなとふと思っただけでふわっと持ち上がったり、ちょっと暑いかもと思った瞬間に気温が下がるとか。
「アルフさん、他には何か変化ありますか?」
「んー、異様にスムーズに発動しちゃう他には、やたら魔力の運用効率が良くなってんのと、効果が若干強めになってたり、そもそもの魔力量が結構増えてることかな」
他は別にいいし良い事なんだけど、気を抜くと勝手に発動しちゃってる件は少し困ってる。
吃驚しちゃうし。
「フェイがやってた初級魔法講座で、私魔力流しちゃうと発動しちゃいそうで寸止め出来ないって言ってたでしょう? それが今は意識する前に勝手に魔力が流れちゃってる感じなんだよ」
それこそ、息をするように勝手に魔法を使っちゃってる。
手動でやってたのがいきなり自動化されたみたいな感じで、戸惑ってる。
「軽くて使い難かったらごめんね。たぶん数時間も経てば軽量化の魔法も薄れていくと思うんだけど」
「わ、私が貰う理由が無いですよ?」
「えっ? だってこれルドルフには華奢すぎるし私にはゴツすぎて使う機会が無いよ? せいぜい投擲に使うくらいで…。他のメンバーなんて剣自体使わないし、マデリーンさんが要らないなら売るしかないんだけど、装飾もないから大した金額にはならなそう。……うん。やっぱり投擲用だな」
それなりの重量物なので威力高そう。
「貰います! 使います! それを投げるなんて勿体無い!!」
「ぉおう。どうぞ?」
ルドルフには笑われるしマデリーンさんに投擲なんかに使っちゃ駄目です、と叱られてしまったよ。
「すごい。短剣くらいの重さしか無いです」
「ごめんね違和感すごくてしばらく使い難いと思うんだけど。ちょっとでもしたいことを意識しちゃうと待った無しに発動しちゃってちょっと困ってる」
長剣の重さ想像しながら持つと違和感が半端ないよ。
「危険性のあることは考えないようにしとけよ。とりあえずアルフレートの早漏な件はおいといて先進もうぜ」
「ルドルフ。早漏言うな。二度と言うな」
やめたまえ。不名誉な。
ルドルフの軽口に私がそう返すと、ルドルフがニヤリと笑う。
なんとなく私の兄テオドールを彷彿とさせる不吉さがあって、身構えた。
「すまん、そっちも気にしてたのか」
「ちょっと待て! そんな誤解を招く言い方やめて! 違う! 私違うよ!?」
「…そんなこととは知らず、申し訳なかった」
悪ノリしてるのかルドルフが更にそんなことを言ってくる。酷いよ!
「違うよ! 早漏じゃないってば!」
「もー。アルフレートが早くても遅くてもどーでもいいから、さっさと進みましょ?」
「どうでもいい!?」
リィナまで酷い!
「遅いよりは早いほうがまだいいですよ。下手な男に限って妙に長引かせるし、付き合って演技しているほうは疲れるんですから。ハァ…」
「……」
マデリーンさんの呟きに、私、ルドルフはもちろん、傍観してたライリーとフェイまで固まった。
ロザリンにもそんなふうに思われてたら、私生きていけない…。
「ルドルフ、と…とりあえず、進もうか」
「そうだな」
気まずそうにライリーが話題を戻した。強引だけど誰も突っ込みはしなかった。
「うん……。転移直後から落下するから先に魔法掛けとくね」
ちょっと衝撃が大き過ぎて男4人四押し黙ったまま小部屋に進んだ。
ちょっとだけふわっと感じる浮遊感。
遅くしてあっても結局は降りてるわけなので、早くないエレベーター程度の感覚はある。
暗いのがなんだか不安なので半径三十メートルくらいを薄明るく照らした。
「コレ、アルフレートさんの魔法が無かったら、みんな死んじゃうんじゃないかしら?」
「パーティ全員に浮遊の魔法を掛けられるような規格外が居ないかぎり、魔法使い自身だけでも生き残れるかどうかといったとこだと思います。少なくとも僕が生き残れる確率は五分五分ですね」
「リィナは?」
「さすがに全員は支えられないわよ、魔力量的に」
「えっ?それはないでしょ?私今、全員分で火の矢五十発分くらいしか使ってないよ?リィナだって火の矢百発くらい余裕だったじゃないか」
リィナに言われ、不思議に思った。何故?
「あのねぇアルフレート。私エルフじゃないのよ?そういう複雑な魔法を使うときこそ差が出ちゃうのよ。魔力量はエルフと人族の中間だけど、魔力運用効率は人族とあんまり変わらないの」
「そうなの?っていうか魔力運用効率に種族差ってあったの!?」
リィナは苦笑しながら説明してくれた。
でも初めて知ったよ。
「アルフレートとか私のママみたいなエルフと私、それから私とフェイたち人族の魔法使いの魔法をそれぞれ比べたときの個人的な感想だから、全てに当てはまるとは限らないからね?」
そこまで言ったところでそろそろ床が近づいてきた。
全員で静かに着地。
「その扉自体には罠もないみたいだったし、外は長い通路が続いてる感じだったよ」
一応探査の結果も伝えておく。
「わかった」
そう返事をしたルドルフが用心しつつ扉を開け、私たちは通路へと出た。
「どっち行く?」
「また休憩とっていいならフロア全体を探査するよ?」
「頼めるか?」
「うん」
今までの経験からすると高確率で鼻血が出るので、もう予め拭くものを準備しておこう。
探査範囲を広げていくと、通路の様子などが頭に流れ込んでくる。
この情報がもう少しゆっくり入ってきてくれれば私の頭と鼻粘膜に優しいんだけどな。
そう思ったら途端にがくっと情報量が減って楽になった。
勝手に発動する魔法が良い仕事した?
何かにメモすべきかと考えたけど、またルドルフに誂われそうな気がして気が進まない。
そうだ、3Dモデルで再現すれば良いんじゃない?
素材は…粘土っぽい素材とか何かあったっけ…?
小麦粉練って小麦粘土?
土を粉砕して粘土作る?
いや、どうせ魔法で成形するんだからいっそ金属を変形させちゃえばいいじゃないか。
マジックバッグから鉄のインゴットを取り出して適当なサイズのプレートを作成、余分は再びマジックバッグへ。
プレートをフロアの形にして、3Dモデルを形作っていく。
「凄いですね。構造がとても判りやすいです」
「ほんとね。凄いわ」
「現在地はどこだ?」
「こっちの煙突みたいになってるところっぽいですよ?」
「描くのは下手なのに造形は上手いんだな」
「まぁね。いろいろ作るからこっちは慣れてるし」
完成品をマデリーンさんとリィナに褒められ、嬉しい。
ライリーとフェイは早速ルートを考えてる。
ルドルフは下げて上げる感じの微妙な褒め方をしてくれた。まあいいさ。
「アルフレート、とりあえずこの部屋の中のほうが休憩にもいいんじゃないか?」
「ん。でも短時間でいいよ。なんか今回結構楽に出来たし」
「わかった。とりあえず俺らはルートの検証でもしとくからその間休んでろ」
「ありがと」
私が休みやすいようになのかごろりと寝転んだポチさんのお腹のあたりにもたれかかって、少し休憩。
ちなみに地図を見るのが苦手なリィナはいつも通りルート検証には不参加である。
手持ち無沙汰なので話し掛けてみる。
「ね、リィナってお母さんがエルフだったの?」
「そうよ?だいたいのハーフエルフは母親がエルフなのが殆どみたいよ?」
「そうなんだ?」
「エルフって基本的に集落の外に生活基盤を移すことってないじゃない?」
「まあそうだね」
普通は生まれ育った集落からも出ないものらしいからね。
出ることがあっても、別の集落へ嫁に行くとか婿に行くとか、結局は同族に囲まれて生きる。
「集落を出るのも、好きになった相手のとこへ行くとかだから、まずは出会いが必要でしょ?」
「なるほど?」
出会いの場、重要。
エルフの集落の長閑さが脳裏に浮かんだ。
「そうなると、エルフの集落に辿り着くような人ってだいたい冒険者くらいなものじゃない?冒険者は男女比でいうと男性のほうが圧倒的に多いから、結局エルフの集落に極稀に辿り着く人族っていうのはだいたい男ってことになるのよ」
たしかにそうだね。
冒険者の男女比、結構あるもんね。
「ああ。それでその男と恋仲になった女性が稀に集落を出ていく、と。でもハーフエルフはそれなりに見かけるのにエルフの女性って集落外で会ったことないなぁ。男も会ったことないけど」
レコルナス近辺に住んでるエルフってもしかして私以外居ないのかな?
集落を出てから数人のエルフには会ったけど、レコルナスでは会ってないんだよね。
「異種族との結婚で集落を出たエルフの女性でも夫が亡くなると集落に戻ることが多いそうよ? そのせいじゃない? 私だってママ以外だとアルフレートくらいしかエルフになんて会ったことないわ。あとは私のママも普段から外出するときは常に認識阻害の魔法を使ってたから目立たないだけっていうのと、あと出産で亡くなる場合がそこそこ多いみたいね」
「えっ…」
「ウチだってあんまり難産で大変だから危険ってことで私以降の子供は諦めたらしいわよ?」
「危険?」
「エルフと人族じゃ赤ん坊のサイズが違うでしょう? エルフの女性が産むにはハーフエルフの子供でも大きいのよ」
言われて、産まれたばかりの頃の妹を思い出した。
1キロあるかどうかという感じのサイズ感だった気がする。
朱里さんの記憶の、人族の赤ん坊とはだいぶ違う。
「その点、アルフレートのとこは大丈夫そうね。ロザリンさん人族だし。良かったわね。あんたの子供いっぱい産んでくれそうで」
「うん…」
女性の側からこういう話題を出されるとやっぱり気恥ずかしい。
朱里さんは子供は出来たらいいわねというスタンスだったし、現在の私もそうだから、ロザリンもだけどリィナの「子供は産むのが前提」な考え方とか、少しギャップを感じた。
エルフ以外の種族だと多産の傾向はあるし、この世界だとまだ人はすぐ死ぬものだからだろうか。
「リィナのお母さんってレコルナスに居る?」
「いいえ?王都でパパと暮らしてるわ」
リィナの年齢が二十四だから、おそらく父親は五十歳前後か。
「うん?リィナの実家って王都?」
「そ。十年前に幼馴染みたちと一緒に冒険者になって実家出たけどね」
「幼馴染み?」
たしかリィナはこのパーティの初期から所属してるって言ってたような?
「あれ? 気づいてなかった? ルドルフも幼馴染みよ?」
「そうなの!?」
「子供の頃からの付き合いだからかれこれ二十年以上だわね。ルドルフのとこと私のとこ、親同士が仲良くって。ルドルフも昔はウチのパパに剣術とか習ったりしてたし」
「あはは。ルドルフの子供時代とか想像つかないや」
「そうねー。まさか女の子みたいに可愛かったルドルフがあんなゴツくなるなんて想像もしてなかったわー。ルドルフは母親似だと思ってたのに体型だけ父親そっくり!」
「男児の顔は母親に似易いっていうからね。体型は、遺伝というより冒険者の前衛職なせいじゃない? 私はこんなだけど私の両親、普通のエルフだよ?」
「…確かに」
リィナに、腹筋と胸筋がくっきり割れてるエルフとかありえないと酷評された体型ですよ。
「幼馴染みか…」
「ルドルフが私を妹分扱いしてくれたから私は随分助かったわ」
「そうなんだ?」
「…私、ハーフエルフでしょう? 子供同士で居てもやっぱり結構浮くのよね。同年代よりちっちゃいし遠巻きにされるっていうか。家が隣でルドルフが強引にでも遊んでくれてたから、私も人族の街でもなんとか馴染んで暮らしていけるようになったと思うのよ。そこは感謝してる」
混血児ならではの問題もあるのか…。
「混血だと、大変?」
「まあそれなりに。でも受け入れてくれる人さえ居れば大丈夫。アルフレートは混血どころか純血なわけだけど完全に異種族ばかりのとこで暮らして、どうよ?」
「いや、全然気になんない」
「図太い。やっぱり図太い。こんな繊細そうな外見してるのに」
「外見は単なる種族的特徴だもん」
リィナやリィナのお母さんはそういうので苦労でもしたのかな。
女性は独自のコミュニティを作るからなぁ。
「まぁ、母親が人族なのとエルフなのとで子供の馴染み易さも変わるかもしれないわね。そういえば獣人と人族の混血でもどっちの種族が母親かで種族の特徴の出方も違うみたいだし、ハーフエルフでもアルフレートのとこはちょっと違うんじゃない? 私たちと比べてもちょっと変わった子になるかもよ?」
「そ、そっか…」
…こういう話、やっぱり恥ずかしいな。顔熱いよ…。
父親が獣人で母親が人族の場合、耳や尻尾なんかの外見が獣人寄りになるけど、逆の場合外見は人族っぽいのに身体能力だけ獣人寄りになりやすいらしい。
確かに人族とエルフのペアでも変わるかも?




