037
「オヤツ食べるひとー」
「ちょうだい!」
「ください」
いち早く反応したのはリィナとフェイだった。
吃驚する速度で返事をしたリィナに急かされて、マデリーンさんも挙手していた。ただし、何が何だか理解はしていない模様。
なお、ライリーとルドルフはさほど甘い物を好きではないのでいつも通り無反応…どころか、またかよ、って苦笑してる。
「今日のオヤツはアイスクリームです」
「アイスクリーム?」
「甘いクリームを凍らせたお菓子?です」
世界全体でどうなのかはわからないけど、この国のこの街ではまだ砂糖は希少。
甘味料といえばまだまだ蜂蜜かドライフルーツや甘みのあるハーブでつけるのがスタンダード。
砂糖は中央商業区の薬屋でしか見たことがない。
朱里さんの世界と同じでショ糖まで薬として扱われてるのが面白い。
製糖業もさほど発展していないのだろう。輸入に頼ってるのが現状らしい。
今のところ扱いは薬だけど、これから先菓子などに本格的に使われ始めるだろうと予想できたので、大容量マジックバッグの性能とBランク冒険者の収入にものをいわせて高騰する前にとある程度買い込んでおいた。
盛大なオトナ買いである。
なお、今現在1キロ程度で小金貨3枚、3,000ロフほどする。
ともあれそういうわけで、砂糖でがっつり甘みをつけた菓子というのは、庶民の間ではまずお目にかからないもののようだ。
砂糖ではなく蜂蜜を使用したゴーフルやベニエといった菓子などがちらほらある程度。
たまに私が作ったものを出すと、物珍しさからかリィナとフェイが喜ぶのだ。
ちなみにナッツを蜂蜜に漬けたやつとか飴とかは貴族とか金持ち用の薬という扱いで売ってる。
「この前のアイスキャンディーとは違うの?」
「もっとふわっと柔らかくてクリームみたいにとろける感じ」
「今回のも美味しそうね!」
リィナは若い女性だけあって甘い物が大好きなようで、毎回わりと好評。
リィナはなんかもうすっごい幸せそうな顔で食べるから、つい餌付けしたくなるんだよ。
ちなみにこの世界は前世の世界と違って魔法があるせいか、他の菓子に比べて氷菓だけは意外と発展してる。
果汁や果物を凍らせたりしたものは夏のオヤツとして大人気。以前作ったアイスキャンディーはすぐに気に入ってもらえたし、アイスクリームもきっと喜んでもらえるだろう。
マジックバッグから出した途端に溶け始めてしまうので、手早く小さなカップに入れてスプーンを添えてそれぞれに手渡す。
「うわ、面白いですねコレ。アルフさんこんなのいつ作ったんですか」
「んん~!美味し!アルフレート、今回のコレすっごく美味しい!」
いつものことだからか、リィナとフェイは迷い無くスプーンを口に運ぶ。
私も味見。
生まれてはじめてなんだけど、記憶にあるのと同じバニラの香りが鼻の奥に抜ける。
実は先日、中央商業区の薬屋でバニラっぽい物体を売ってるのを見かけたのだ。
札にはバイニーリャと書いてあったけどどうみてもバニラビーンズだった。
香りからするとブルボン種。
衝動的に在庫全部を購入した。
全部といっても200gほどしかなかったけど。
朱里さんの記憶を辿り、丁寧にアングレーズを炊いて作ったんだよ。
出来たアイスクリームの一部は溶けないように保冷の魔法を掛けた箱に入れて銀麦亭の従業員さんへの差し入れとしてロザリンちゃんに持っていってもらった。
ロザリンちゃんも美味しく食べてくれるかなぁ。
「おー。意外と上手く出来てた。昨日宿の厨房借りていろいろ作ったんだよ」
「何ですかこれ。甘くて冷たくて美味しい…。すごく良い香り…」
マデリーンさんはゆっくり味わってたべてる。
「初めての味です…!」
「アルフさんは、たまに甘い美味しいものを作ってくれるんですよ。すごいですよね」
「すごいなんてものじゃないですよ!王都の貴族のパーティーだってこんなの出てきませんでしたよ!?」
「アルフレートのおかげで果汁を魔法で凍らせるだけだった甘味事情が劇的に変わったのよね」
マデリーンさん、貴族のパーティーだなんて護衛か何かしてたんですか?
貴族のパーティーとか少しだけ興味あるよ。主に食事関連で。
ただし貴族自体には近付きたくないというジレンマもある。
「ねえー。アルフレート」
名残惜しそうにカップの隅を突付いていたリィナがねだるような甘えたような期待に満ちたような声で私を呼ぶ。
おかわり希望なときの声である。美味しかったようで何よりです。
「もうちょっとでいいの。もうちょっとだけちょうだい!」
すすす、と空いた器を差し出すリィナ。
バニラは人類を魅了してやまない魅惑の香料、という話もあったし、この食いつきっぷりも仕方ない気もする。
「少しだけだよ?冷たいから食べすぎるとこれもお腹壊しちゃうよ?ダンジョンでお腹痛いの辛いよ?リィナ、アイスキャンディーのとき…」
「やめてよデリカシー無いわね。そういう男はフラれるわよ!?」
「ぎゃん!!親切心で言っただけなのに酷い!」
ココロに突き刺さるよ!?
「あんたせっかく結婚するんだから早々に逃げられるんじゃないわよ?」
「うぐぅ。努力しますぅぅ…」
リィナは年下なのに姉みたいに思えるときがあるんだよ、こんなときとかね。
「アルフレート、結婚するのか!?」
ライリーに言われ、アレ?と思った。
「そうなんですか!?」
「あっ。2人に言ってなかった!」
そういえばライリーとマデリーンさんには会ってなかったから言ってなかった。
「急に決まりまして。それ以降に会った人には言ってたんだけど、ライリーとマデリーンさんには会ってなかったよね」
「アルフレートさん、冒険者は結婚すると途端に死にやすくなるというジンクスがっ!」
「あっ、そういえばそれ僕も聞いたことが」
「あたしもー。でも迷信でしょ?」
なにそれ。死亡フラグ的なのって本当に存在してたの?
「私100年以内に死ぬ予定無いんだけどな」
「大丈夫だろ。アルフレートは無駄に慎重だし」
「あっ、ルドルフまた無駄にって言った!私は必要だから慎重に行動してるんですー!」
「本当に気を付けて下さいね。結婚すると危ないからって事実婚でも書類までは出さないっていうのも冒険者には多いんですよ?…それでもウチの旦那は死にましたけど」
「おぉう…」
マデリーンさん、そういえばそうでしたね…。
「マデリーン…」
「やだリィナ大丈夫よ。旦那のことは今でも愛してるけど今更よ」
リィナに返した声の調子は明るいけど、ただの強がりなのか本当にそう思っているのか、私では判断が難しいところだね…。
リィナとマデリーンさんはどうやら年齢が同じだったようで、仲良くなったようだ。
私とセオドアのおっさん年齢な2人組とは違って華があるね。
「相手は先日の?」
「あ、うん。ロザリンさんです。住む家とか確保出来たら結婚しようかと」
「今既に一緒に住んでんじゃん、銀麦亭で」
「いつの間に!?っていうか詳しいですねリーダー」
フェイに指摘されて何を思い出したやら、ルドルフの顔が引き攣る。
「…昨日はすまん、アルフレート」
「いや、私も余裕なくて酷い対応したしごめんなさい。恥ずかしいから出来れば今すぐ忘れて!もー。何で今それを思い出すのさ。やめてよ…!」
昨日は私に話があったらしいルドルフが訪ねてきたタイミングが悪かった。
いろいろ取り込み中だった私は、まともに身なりを整える余裕もないまま、下半身を適当に隠しただけで応対してしまった。
今思えば、さぞ目のやり場に困ったことだろう。
「本当にその節はお見苦しいところを…」
こんな会話を聞かせるのも流石に拙いかと離れたとこに居る女性2人には聞こえない程度の声でルドルフに謝る。
「いや、そういうときは無理に出て来ようとすんなよ。無視していいから。俺もうっかりしてたけど今度からお前の部屋が完全に無音なときは避けるようにするし」
「う、うん。………ん?」
えっ?無音でバレてんの?と内心慌てた。
アレコレするときの音や声が部屋の外に聞こえちゃ嫌だからと音を消してたら、逆にアレコレしてる事自体は判ってしまっていたらしい……。
盲点だった。それはそれで恥ずかしいな…。
「さて、そろそろ出発するか」
「はーい」
リィナが食べ終えた器をまとめて洗ってから返却してくれる。
彼女もそれくらいの魔法なら無詠唱でいけるらしい。
「ねえアルフレート、私またそれたべたい」
「はいはい。また今度ね」
階段を降り、第5階層目へと降りたのだった。
5階層目からは少しだけ進むペースが落ち始めた。
罠がめんどくさい方向に進化してるのと、魔物が若干素早い種類が出てくるようになってちょっと手こずるようになったせい。
とはいえ、ウチのパーティの前衛は優秀なので半呼吸ほど手がかかるようになった、という程度。
前衛は混んでて手は足りてるし、魔法を撃とうにもフェイと違ってコントロールの悪い私は殆ど戦闘に参加できていない。
むしろ素早さに定評のある一角狼のポチさんのほうが活躍している。
なんとなく悔しい。
魔法をちまちま撃つより剣で斬ったほうが手っ取り早いのに、と地味にストレスがたまる。
微妙に暇を持て余し、慣れてるルドルフとライリーに強化の魔法を掛けてみたりした。
なお、マデリーンさんからは調子が狂うのでここぞという局面以外では予告もなく掛けないで欲しいと言われてる。
「ルドルフ、見た目じゃわかんないんだけど、なんか10メータくらい先に小部屋みたいなのがあるっぽい」
「あ?」
探査すると壁の向こうに空間があるように感じる。
該当箇所を間近で見たけど、私にはよく解らなかった。
「待って。こういうのはわりと下に仕掛けがあったりするのよ」
マデリーンさんが加わって1番楽になったのはこういうとこ。
さすがAランクというか、経験値半端ない。
「こういう小部屋があった場合、大概は良いものがあるのよ。ただ、良いものと一緒に魔物がいっぱい詰まってたり、罠満載だったりすることがあるの」
マデリーンさんが地面と壁の間に僅かに空いた隙間を示した。ここをどうにかすると開くらしい。
「開けることは可能だけど、どうしますか?」
ルドルフは少し考えてから、私を呼んだ。
「アルフレート」
「ん。…とりあえず魔物は居ないね。開けた途端に毒ガス、なんてパターンの罠も無いみたい」
こういうとき軽く探査して結果をお知らせするのも私のお仕事。
今日殆ど活躍してないのでこういう時こそ役立たねば。
「開けてみたい者は挙手」
フェイ、リィナ、ライリー、そしてルドルフが挙手。
マデリーンさんと私は沈黙したままだった。
「マデリーン、何かあるのか?」
「ううん。大丈夫よ。個人的に苦手意識があるだけだから、気にしないで。…これでやらかしたのよ私たち。まさか黒竜2頭が居るなんて思わなかったのよ…」
おぉう…。
「だ、大丈夫だよ!今このすぐ先には竜種は居ないよ!」
「反対してるやつが言っても説得力無えよアルフレート。何が問題で反対してんだよお前」
「えぇぇー。私が反対するのはいつも通りでしょ。なんとなくだよ。私のは常に安全性が確定してるほうの道を選びたいっていう個人的な好みの問題だから私のも気にしなくていいよ」
安全が確定してないなら無いなりに警戒を強めて進むだけです。
あらゆることに対応できるように、心の準備だけしておく。
「じゃ、開けてみるってことでいいな?」
「いいよ」
マデリーンさんが壁と床の間の隙間に刃の薄いナイフを差し込み、どういう仕組みかわからないんだけど仕掛けを動かして、まるで扉のように壁が開いた。
小部屋のなかには一振りの長剣。
私が使うのより幅広で長く、ルドルフが使うには短く細い。
ウチのパーティだとマデリーンさん以外使わないサイズだ。
飾り気もないけど、なんとなく高そうな剣だ。
「罠だと思うひとー」
「すっごく罠っぽいわね」
「僕も罠だと思います。微かにうっすら魔力感じるので、もしかしたら転移系の魔法で飛ばされるパターンもある気がします」
リィナとフェイの後衛組が真っ先に答えた。
魔力の感知に関してフェイは私やリィナより秀でているのでかなり信頼できる。
「罠の可能性は高いと私も思います。どうします?無視して先へ進みますか?わざと罠を作動させてみますか?」
マデリーンさんまで罠だと予測したようだ。
なら私も、判断材料を増やしてみようかな。
フェイが示してたあたりを詳しく探査する。
うん。転移系の魔法が掛かってる気がするよ。
「見た感じたぶん転移系だね。先に言っててもらえれば転移直後でも合図と共にダンジョン外とか現在地まで私の魔法で転移も可能だから、もしわざと作動させるなら先に打ち合わせしよう?」
「マデリーン、こういう場合、どういったパターンがあると考える?」
私たちが住んでる街、レコルナスにはここ以外近くにダンジョンもないので、王都で活動していたこともあるというマデリーンさんが1番経験豊富なのだ。
だからルドルフも私もマデリーンさんに知識面でかなり頼ってる。
「そうね…転移なら強い魔物の前に転移とか、高い場所に転移して落下とか、あと床一面から炎が噴き出したなんてこともあったわ」
「…行くなら全員に障壁張っておくね」
ルドルフはしばし考え込み、そして全員に意見を求めた。
「僕自身は、あまり強い魔物が出てきた場合、対応出来るように思えません。多分みんなの足を引っ張っちゃいそうです」
「私もあやしいかなー。最悪竜種が出てきたと考えたら無理」
「俺はどちらでも構わん」
「私も、どちらでも構いません」
後衛組は消極的、前衛組はどちらでも、と。
「私は…一旦私1人で行って確認してみて、危険が無ければ全員で行けばいいかなって思う。1人分なら転移魔法も魔力少なく出来て楽だし」
そう言ったら、ルドルフとライリーが苦笑してた。
なんで笑うの。
「いつも慎重なのにアルフレートって時々そういうこと言うよな」
「えっ?全員の安全確保を考えたらそれがベターでしょ?」
「アルフレートさん自身の安全は!? アルフレートさんは簡単に大丈夫って言うけれど、私はまだ、あなたに何一つ恩を返せてないのよ!?」
マデリーンさんは真剣に私の心配をしてくれていたみたい。
「大金貨の返済なんていつでもいいってば。私は大丈夫だよ。1人で大概のことは対処出来るし」
「そういうことじゃなくて! 転移先に竜種が居たら!?」
「君らを目印にして転移で帰ってくれば良いんじゃない?」
ソロだった頃と違って、今なら転移での離脱が可能なのが素晴らしい。彼らが転移時の目印になってくれる。
おかげで気楽に進めるよ。
「落とし穴だったり、すごく高い場所に転移させられたら?」
「飛べば良いんじゃない?」
「床一面から炎が噴き出したら?」
「それくらいなら障壁張ってりゃ大丈夫でしょ。竜種のブレスを防げる程度の強度で張っておけば大概足りるでしょ、たぶん」
「魔物がたくさんいる部屋に転移だったら…?」
マデリーンさんがだんだんトーンダウンしていく。
表情も穏やかに変化したので、ひとまず安心出来たようだ。
「それこそ1人のほうが安全だねぇ。全方位に魔法を遠慮なくぶっ放せばいいだけで……と思ったけど虫がみっしり詰まった部屋に転移させられたらその場で卒倒する自信があるよ。怖いな」
「ねえよそんな微妙な罠。ピンポイントでお前以外に効果がほぼ無えし」
「10分経っても戻って来なかったら助けて…虫部屋は無理」
「おう」
「ポチさんはルドルフたちと待っててね」
「ガウ」
転移の目印に私の魔力を込めた魔力結晶でも使おうかと当初は考えていたのだけど、それよりポチさんが判りやすいことに気づいてしまった。
たぶん私と魔力が繋がっているせいだろう。
罠を作動させる前に、ひとまず魔法と物理両方に対する障壁を張る。
「コレで良し…。行ってくるねー」
いつでも転移出来るようにポチのほうに意識を向けておいて、小部屋へと進入したのだった。




