035
鍋に卵と水を入れてタマゴサンド用のゆで卵を作る。
ちなみに借りてるのは厨房の片隅という場所だけで、道具と材料は全て自前だ。
ご迷惑は掛けられない。
卵の加熱中にマヨネーズも作っておく。
マヨネーズ作成。
手作業では絶対やりたくない作業だよね。魔法様々である。
イメージするのはスティックタイプのブレンダー。バー◯ックスとか便利だよね。
材料を全部混ぜ合わせて、ガッ!と撹拌。一気に乳化させる。
もしかして頑張れば特殊な機械が要るような近代的な調理法いろいろが再現可能なのでは?エスプーマとか。現にフリーズドライは出来たわけだし。
このマヨネーズ作成で重要なのが卵黄の殺菌。
魔法で有害な菌を死滅させておく作業が必要なので、魔法が使えないと話にならない。
それが関係してるのかどうかはわからないけど、エルフの集落では普通に作られて普通に食事で出されてた。
ちなみにイルメリンソースという。
母さんから作り方を習ったときは、身体に悪いものを魔法で消し去る、という工程が入ってた。
多分あれが殺菌なんだろうな。
この世界にサルモネラ的な菌が居るかどうかは知らないけど、卵は加熱して食べるもの、って常識があるのできっと生食だと何かしらの危険はあるのだろう。
サルモネラなら酸に弱いからマヨネーズは問題なさげなはずではあるけど、この世界の卵に付着してる菌がサルモネラと同じだとは限らない。
酢を加えるマヨネーズでも楽観視はできないのだと考えるべきだろう。
食中毒こわい。
この世界特有の全く別の性質を持つ菌のせいだったら洒落にならないし。
できたマヨネーズの半分は殺菌処理した瓶に詰めてマジックバッグへ仕舞った。
食べ物は加熱で日持ちするようになる、という常識は世の中に浸透してるっぽいので、きっと加熱による殺菌処理自体は有効なんだと思う。
茹で上がった卵は冷水にとって殻を剥き、フォークで潰してから急速冷却し、塩を加えてマヨネーズと合わせた。
パンの在庫はコッペパン的なやつと食パン的なやつがあった。
日本じゃないので言ってしまえば全てのパンが主食用パンなのだけど、これは形状的な話だと思ってほしい。
食パン的なやつを薄めにスライスする。
剣と同じく包丁の刃にも魔力をまとわせてから切っているので、包丁を下ろすだけでスパッとキレイに切れる。
卵を挟んで重しをしておく。バター等は塗らない。めんどくさいから。
その間にベーコンをちょっと厚めに切ってフライパンで焼き、焼けたものからパンに挟んでいき、こちらも重しをして放置。
次はカツサンド。
野菜も無理矢理入れて強制的にでも食わせないとルドルフやライリーあたりは放っておくと肉ばかり食べちゃうからレタスみたいな葉野菜を挟んでやろう。
揚げ油の入った状態の鍋をマジックバッグから取り出して火にかけてから、先にパン粉を作っておく。粉砕するだけなので一瞬だ。
それから適当なサイズに切って塩胡椒を振りかけて叩いたケルピー肉に小麦粉をまぶし、バッター液にくぐらせてからパン粉を全体につける。
白竜さんも数枚揚げてみようかな。
私個人の在庫は大量だけど、元々は希少高級食材なので美味しい食べ方を模索したい。
数枚切り出した白竜肉も同じように処理する。
油の温度が上がってきたので、つけたものから油に投入。じゅわっといい音をたてた。
ふと顔を上げてみると、ご主人がすっごい見てる。
私の手元をガン見してる。
ひとまず気にしないことにして、揚がったケルピーから大きい皿に引き上げて油がきれたところですぐパンに挟む。
保存性を考えなくていいので、これはこれで良い。
挟んだら重しをしておく。
カツは他にも使い道があるので余分にたくさん揚げておく。レタスみたいなの以外にもあとで千切りキャベツバージョンも用意したいところだ。
ここで油の出番は一旦終わりなので熱い鍋ごと仕舞った。
重しをはずし、タマゴサンド、ベーコンサンド、カツサンドの順にカットしていく。
これも魔力をまとわせた包丁で切る。
断面美しい。
なお、パン耳は落とさない。
切っちゃったら食べるとこ減るし。
次は野菜類。
多分誰かさんは嫌そうな顔をするんだろうな。
そう思いつつも、寸胴鍋を取り出した。
名前のよくわからないズッキーニ的な野菜と白いナスみたいなクココと玉葱みたいなカナトチア、パプリカみたいなやつ、それとベーコンを角切りにして炒めた。
よく熟れたトマト的な野菜、テノーを大量購入したのでそれを取り出して流水で洗い、ヘタを取って、握り潰しながら鍋に投入。
先日採取した薬草の、どことなく月桂樹みたいな香りのする葉っぱも入れてみた。
煮込んで塩胡椒で味を整えれば、トマトソース系ごった煮的なものが完成。
マグカップをいくつか取り出して中に作ったごった煮的なものを入れておき、これはこれでマジックバッグに仕舞っておく。
外で食べるにはマグカップが意外と楽なのだ。
それから鍋の中身を半分別の鍋に移し、こちらは急速冷却。
暑い日は冷えた状態で食べても美味いよね。
残りはそのまま仕舞った。
在庫してるじゃがいも…何か作りたいな。
とりあえず洗って皮ごと蒸してみる。
ついでにいろいろな野菜を温野菜にしようと一緒に蒸す。
芋はいくつかはそのまま蒸したてのまま皿に盛ってマジックバッグへ。切ってバター乗っけたら美味そう。
残りはポテサラにでもしようか、と潰した。
途中で思いついたことがあったので半分取り分けてマジックバッグで保管しておく。
一緒に蒸してた温野菜からポクロポという緑色のにんじんぽいやつを少し取り分けてカットし、新たに取り出した見た目スターフルーツでキュウリっぽい味のピリケラも薄切りスライス。
これは魔法じゃなくて包丁でやる。
なんか薄く切れていくさまが気持ちいいから。
キュウリっぽいやつは少し塩もみしてから潰した芋に加え、マヨネーズを加えて混ぜ合わせた。
順番とか適当なので最適解ではないだろうけど、食べるのは自分なので気にしない。
温かいまま食べるのも嫌いじゃないけど最近暑いのでこれも急速冷却してから仕舞った。
先程取り分けておいた、蒸して潰した芋に塩と小麦粉を加え、捏ねる。
粘りが出てきてまとまったら丸めて親指で潰し、沸いた湯のなかに投入した。
なんでこういう団子系のものって火が通ると浮くんだろう。
茹で上がったものはすぐに何食分かに分けてからマジックバッグへ。かなり大量に出来た。
ソースのたぐいは後回しで、ニョッキ完成。
あとは適当に、フリッタータとジャーマンポテトっぽいやつとキッシュを何種類か作った。
そのあたりで昼の営業時間が近づいてきたので終了。
味見兼まかないとして皆さんでどうぞ、といくらか作ったものを分けた。
「…アルフレート、少し手伝って行ってくれないか?」
いつも静かなご主人に声を掛けられた。珍しい。
「ここからだと妻の姿がよく見える…」
「なるほど…!」
食堂の客席がよく見えるので、ウェイトレスをしている妻(予定)を見るが良いという気遣いらしい。特等席ですね。
「今日のランチメニューは地中豚のカツレツだ」
「高級なやつじゃないんですかそれ。地中豚ってこの辺居ないですよね」
少なくとも私は遭遇したことがない。
「昔の知り合いから売ってもらった」
ご主人は昔冒険者だったそうなので、恐らくその伝手だろう。
「ああ。…採算合うんですか?」
実際のところ使用する肉だけじゃなくて揚げるための油自体が高価なので、単価が高くなってしまう。
カツの原型であるコートレットなら炒め焼きなので油も少量だが、私が牛のコートレットより豚のカツレツが好きだったためこの店に伝わったのはカツレツの方だったのだ。
「地中豚は1切れだけで他はトリだ」
「いいねそれ。お腹も膨れるし」
「アルフレートはカツレツを揚げてくれ」
「了解」
仕込みの済んでいる地中豚とホロホロ鳥?の肉にバッター液とパン粉をつけて揚げていく。
あとでカットしなくてもいいように最初からヒレカツみたいなサイズにカットされていた。
ホロホロ鳥ってアフリカに居るやつだよねと思ったけど、この世界にも似たようなのが居て、このへんでは一般的な食肉になってる。フロギっていう茶色の鶏っぽいのも居るけど、ホロホロ鳥の方が一般的みたい。
あとはウズラみたいなやつ。クェイル。
実家のある集落で食われてるのはだいたいそのクェイルだった。でもその他の地域では一般的ではないみたい。
ひたすらカツを揚げていると、昼の営業が始まって、ロザリンちゃんとゾフィさんと昼番の女性の3人は客の案内や配膳で忙しそうに動き回り始めた。
私はあまりこの時間には利用しないのだけど、昼も結構混んでるんだね。
客層は、高めな価格のせいかわりとこの時間も明らかにヤバげというような人は居ない。
ギルド近くなので中堅以上の冒険者の姿は、ある。
荒っぽいのはその辺りの同業者だけだ。
冒険者以外は普通の一般人ばかり。わりと静か。
ギルド隣の安くて早いが売りの食堂とはえらい違いだ。
あそこはゆっくり食べたいひとには向かない。
そしてあんなセクハラの横行する食堂では、とてもじゃないがロザリンちゃんは働かせられない。
そういう悪戯がやりたいなら第三商業区のそういう店ですればいいのに、なぜ真っ昼間の一般の健全な店で同じことをしようとするのか。
そういう店が夜しか営業してないからなのか?
「アルフレートさん、あと何食出来そうですか!?」
従業員の女性の声に、材料の肉のほうに視線を走らせる。
「んー、あと十二食!」
「はいっ!」
もしかして少しペースが早い?
「ね、無くなるの早くない?大丈夫かな!?」
「……少し早いな」
ご主人的にも想定より早いようで若干表情が固い?
わりといつも眉間にしわの寄った表情のひとなので判りにくいけど。
「アルフレート、何か売れる高級肉の在庫はあるか?」
「白竜さん」
「馬鹿野郎」
「冗談だよ。ケルピーならあるけど、そこまで高級じゃないよね。他は………飛竜ならあるよ……。くっ…めちゃくちゃ残り少ないけど」
「態度と言葉の差が酷え。そこまで惜しそうに言われたら出せとは言えねえな。追加でトリだけでも揚げるか」
「…ごめんって」
私もご主人も手が離せないので追加分のトリの下処理は揚げるのと同時進行で私の魔法でなんとかした。
あとは次々揚げるだけ。
「地中豚あと2皿で終了!追加分、地中豚無しのトリだけ、20皿出せます!」
ホールに向かって声を張り、現状報告をした。
…したのだが。
そこで問題が発生した。
「申し訳ございません、地中豚定食は品切れとなりまして、あとはホロホロ鳥カツのみになります」
入口で並んでる人たちに淡々と説明しているのはロザリンちゃん。
問題の客は冒険者らしかった。
前衛職、推定DないしCランク。
並んだのに自分の寸前で品切れになる理不尽さ、気持ちはわかるがロザリンちゃんに当たるな。
「ずっと並んでたんだぞ!?」
順番がきて席に案内されながらもまだ文句言ってる。
「ですから、あとは鳥カツだけ出せます。申し訳ございませんが地中豚は売り切れです」
「倍額出してやるって言ってんだろ!?」
美人の無表情怖い。
ロザリンちゃんにあんな無表情で喋られるとか、想像するだけで私なら脚が震える。
怯むことなく更に言い募る冒険者前衛職、つよい。
…とか言ってる場合じゃないよ。
ロザリンちゃんに特別なサービスを要求し始めたよ!?
「…同業者みたいですし、ちょっとアレの対応させてもらっていいですか?」
銀麦亭の人を差し置いて勝手な対応はできないのでまずはご主人の許可を得る。
「…ああ」
「行ってきます。鳥カツの残り、おねがいします」
さて、まずは普通に対応してみるか。
「お客様。普段通りの数のご用意をさせていただいていたのですが、当初の想定より大勢の方が当店でお食事されまして、倍額出していただこうにも、本日の地中豚カツ定食は売り切れてしまいました。申し訳ございません」
「あ"あ"!?」
「なお、彼女は私の婚約者ですので、そういったサービスは致しかねます」
「ごちゃごちゃ煩え!おいデカ乳女ァ!詫びとして酒でも持って来て酌でもしろや!」
あかん。
頭に血がのぼっているのか、話を聞いてくれる気配がない。
ロザリンちゃんは私のだって言ってるのに。
それに失礼な呼び方まで。ちょっと許せない。
周囲の他の客も、一般人は「冒険者なんて」と眉を顰め、冒険者は「うわぁ」という顔でこちらの様子をうかがっていた。
「お前何なんだよ!」
「今日だけ臨時雇われの冒険者ですよ。普段はここの宿泊客。不満なのはわかるよ。目の前で割の良い依頼票掻っ攫われたのと同じ気分になるよね」
「くっ…」
「3倍割増料金を頂ければお客様だけ特別に更に希少な肉で対応しますが」
「それでいい!さっさと持ってこい!!」
「…左様でございますか」
一旦厨房に戻り、既に盛り付けられて待機していた定食の鳥カツ1枚とアレを取り替えてから持っていく。
「お待たせ致しました」
「フン。不味かったらあの女共々許さねえからな…」
ロザリンちゃんをあの女呼ばわりするのか貴様。
冒険者の男は自分の要求がある程度通ったことで満足げに料理に齧り付く。クレーマーか。
反応を待つが、ひたすら咀嚼するだけで何の言葉もない。
サクサクという音だけだ。
彼が感想を言ったのは、たっぷり1分以上経過してからだった。
「………………美味え」
「それは、よろしゅうございましたね……?」
ただ微笑んで彼の斜め前に立って待つ。
同時に少しだけ威圧する。
ほんの少しの違和感を覚える程度だろう。
「ん…?……おいデカ乳女。酒はまだなのか?」
「当店では昼営業でのお酒の提供はいたしておりません。そしてもう一度申しますが、あの素敵なおっぱ…じゃなくてロザリンは私のです。私以外の男はお触り禁止です」
人間、お腹が空くと気が荒くなるけど、空腹が満たされてくると落ち着いてくるよね。
笑顔のまま少しずつ威圧を強めていく。
しばらくすると、男はカタカタと震え始めた。
「………これは…何の肉だ……」
それを聞いちゃうのかい…?
まあそのように仕向けたのだけど。
「私がこの手で狩った白竜でございます。私がおとなしくしているうちにさっさと食って金払って帰りやがって下さい。これ以上ゴチャゴチャと煩えこと抜かすと、私が暴れますよ?私のロザリンに手ぇ出すとか巫山戯んな!輪切りにしてカラッと揚げてゴブリンに喰わせんぞア"ァ!?」
*
「ごめんなさいね、ロザリンさん、アルくん、すぐに行けなくて」
お昼の忙しい時間が終わると、ゾフィさんに謝られた。
これからの時間帯は忙しくないから1人で大丈夫よ、と先に休憩をとってたパメラさんが代わってくれて、皆で昼休憩をとることになった。
「いえ、彼が助けてくれましたし」
すぐに助けに来てくれたのも、すぐ来れるくらいずっと見ていてくれたのも嬉しくて恥ずかしかった。
いつもふわふわした口調の彼でもああいう言葉遣いをすることもあるんだと思って少し吃驚したけど。
あと、私のロザリンって言った。
…すてき。
「ゾフィさんは会計対応中でしたし、仕方ないですよ」
「そもそもなんでトラブル対応にアルくんが出てきてんのよアンタの仕事でしょう!?」
「……すまん」
旦那さんはゾフィさんにしかられたことに少し動揺してるみたいだった。
「とりあえず昼食食べよ?」
目の前にはアルフレートが作ったという料理の数々が並べられていた。
どれも見慣れないけどすごく美味しそう。
今日は営業前から店の外にすごく良い匂いがしていて、それに誘われて来ていた人も居たみたい。
何度か、あれは何の匂いだ、って聞かれたし。
「あら?これって…」
お昼のメニューにもなってた料理、カツ。
今まで見たことがなかったから、気になっていた。
「ケルピーの肉で作ったカツレツ」
「ほぉ?ケルピーか…」
「ケルピー?」
「水の中に棲んでて、幻術で生き物を水のなかに引きずり込む魔物だよ。この前偶然見っけて、食べてみたかったから狩ったの。サングリアを作って飲んだあの串焼き屋に売った肉もこのケルピーだよ」
「ああ、あのときの…」
アルフレートがフルーツを入れたサングリアというあのときのお酒もすごく美味しかった。
「最後に出してくれた串焼きもケルピーだったよ」
「そうだったの?ほんの少し魚っぽいような不思議な味がしたけど美味しかったわ」
あの屋台はアルフレートのお気に入りらしくて、それを私にも教えてくれたことが嬉しかった。
「え、ロザリン、魚食べたことあんの? 私この街で見かけたこと無いんだけど」
「レコルナスは海から遠いからな…王都か港街のランセオまで行かないと」
旦那さんは昔冒険者だったというから、きっと遠くの街に行ったこともあるのね。
「そうなんだ。…魚介類も食べたいね。港街、ちょっと行ってみたいな…。ロザリンちゃんと一緒に旅行もいいかも?」
楽しそうではあるけれど、私は冒険者みたいに旅慣れてないからついていくのは無理よ。
「アルフレート、これは何だ?」
「芋サラダ」
「何入れた?」
「ええと、蒸した芋とポクロポとピリケラ。イルメリンソースと塩入れて混ぜた。薄切りにした生のカナトチア入れてもピリっとして美味いよ?」
「またお前はそういう奇想天外な料理を…。こっちのテノーの煮込みは?」
私にはあまり料理のことは判らないけれど、お客との会話が出来る程度には知識だけならある。
でもアルフレートの料理はどれも見たことも聞いたこともなかった。
「ベーコンとクココとカナトチアと、これくらいの長さでこれくらいの太さの緑色のやつって何ていうんだっけ? あと握り拳くらいで黄色と赤色の中が空洞になってるやつを切って炒めてからテノー握り潰して入れて、塩と胡椒で味整えて何かいい匂いの葉っぱ入れて煮込んだ」
「材料の名前も知らんくせに出来た料理が美味いのがおかしい」
旦那さんとアルフレートは料理の話で会話を弾ませていた。




