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※行為後の会話などの描写があります。

「ん…」


 アルフレートが寝返りをうって、こちらを向いた。

 いつもながら、綺麗な顔。完璧な美貌。

 閉じている瞼にそっと唇で触れてみる。

 よく寝てる。


 こんな顔で寝てるアルなんて見たことなかったわ。

 仕事も、住む場所も、二人の関係性も。様々なことが一日ですっかり変わってしまった。


 昨夜の彼は、いつもとは全然違ってた。


 今までしたことのないこと、いつもならしないことばかりで、初めて触れられるみたいに戸惑った。

 私を喜ばせようとしているのだと、途中で気づいたけれど。


 娼館に来るお客というのは、基本的に自分が満足すればそれで終わりの人が多かった。

 だから私は、相手が喜ぶ反応を覚えた。

 心身共に気分良くさせるのが仕事だったから。


 なのに、昨日は全然違った。

 なにあれ。


 私が仕事で作った反応ではなく、本当にどう感じているのかを、彼は見ようとしていた。

 ここは嫌? これは平気? 気持ち悪くない? と、不器用なくせに妙に真剣に聞いてくる。


 そのときの顔が可愛くて。


「おはよロザリン」

「っ、お………はよ」


 声を掛けられて驚いた。

 いつの間にか目を覚ましていたらしい彼が、記憶の中の彼と同じように、嬉しそうに笑っていた。


「朝起きると目の前に居るとか…本当にたまらん……」


 そう言って細身なのに意外と強めな力で抱き寄せられた。

 体温が近い。

 近すぎる。

 朝だから仕方ない、で済ませるには、明らかに甘え方がよくない。


「ねぇ…」


 少し甘えたような、ねだる声。


「夜、2回もしたでしょう?」

「夜は夜、朝は朝ぁ。今したいよぉ」

「あんなふうに朝晩抱かれたら身体がもたないわ…」

「あっ、それ1度言われてみたかったやつ。…え? 本当に駄目なの? えっ、待ってー!?」


 身を起こすと、すごく吃驚した顔で私を見上げていた。

 正直なところ、途中から記憶が無いのよね。

 身体は綺麗になってるけど、何も着てないしそのまま寝ちゃったってことだろうし。


「駄目」

「えぇぇぇ…」


 未練がましく私の姿を目で追っていたけれど、下着を着け始めたら諦めがついたみたいだった。


「今度はもっと上手にできるように頑張るね」


 ……い、…いらない。充分よ…。


「昨日は街の中の仕事だったから、今日は外行こうかな…」

「外?」

「うん。火炎結晶の森のほうは相変わらず受注率十割なんだけど、それ以外の場所の依頼が放置されて残っちゃってるから、請けとこうかと思って。ギルドの人たち困ってるっぽかったし。そろそろ回復薬の原料になる系統の薬草とか高騰が始まってるし…」

「前に行ってくれたダンジョンのせい?」

「そうそう。どうやら低層は難易度もさほど高くないみたいですごく人が集まってるみたい。ルドルフもマデリーンさんもライリーも昨日ダンジョンに居たみたいだし。リィナとフェイは放置されてる依頼をこなしてるみたい。ギルドに貢献してるとランクも上がりやすいらしいから」


 それぞれ身支度をしながらの雑談。


 今までは彼の仕事の話は殆ど聞いたことがなかったから、興味深い。

 ランクBの冒険者だったっていうのも最近知ったことだし。


 今日はアルフレートが買ってくれた服を着よう。

 実は結構お気に入り。


 アルフレートはいつもよく着てる黒いシャツを着て、いつもの白いコートを羽織っていた。


「ねぇ、もうすぐ夏なのに暑くないの?」


 とてもよく似合っているのだけど、気になっていたことを聞いてみた。


「ふふ。実は魔法でコートの中に冷風を循環させてるから、着てるほうが涼しいんだよ」

「なんかずるいわそれ」

「あはは。今度涼しくなる魔道具でも作るね。今日のところは、この部屋のなかの温度を現在の気温でキープ出来るようにしとくよ」

「ありがとう。ねえアルフレート」

「うん?」

「ベッドメイクって何時頃来るの?」


 そう聞くと、アルフレートがベッドのほうを振り返った。

 二人で寝るには狭いよね、とベッドを移動して二つくっつけてある。

 何をしたのかは、一目瞭然かもしれない……。

 …ちょっと問題あるわね。

 水蜜の館では気にしたこともなかったけど、結構恥ずかしい。


「うっ…。九時から十時の間。こ、こういうのは私が魔法でなんとかするようにします」


 そう言ったアルフレートが魔法を使ったみたいで、シーツの上を生き物のように動く水が移動して消えた。

 これなら普通に寝起きしただけに見えるだろう。


「あと有料で洗濯サービスがあるので、洗うものがある日はまとめて籠に入れて置いとく。下着まで他人に洗わせたくないから、それだけは私も自分で洗ってたけど…。今度から桶とかも借りといたほうがいいかな?私だけだと要らなかったから無いんだ」


 本来は長期滞在の場合は、桶と洗濯石鹸も貸しておいてくれるのだとか。

 全部魔法でなんとかしていたので、この部屋には現在無いのだそう。


「そうね」

「私が洗っていいなら」

「嫌よ」


 それは被せ気味に断った。


「…とりあえず、朝食、食べに行こうか」

「ええ」


 階下に降りると、まだ少し早い時間帯なせいか食堂は空いてた。

 アルフレートは混雑が嫌いらしく、常にそういう時間を出来るだけ避けているのだそう。


 食堂にはアルフレートのパーティメンバーの魔法使いっぽい男性と、ハーフエルフの女性の姿があった。


「あっ、フェイ、リィナ、おはよ」

「おはようアルフレート」

「おは…ようございま、す?」


 平然と挨拶を返すリィナさんとは対照的にフェイさんは少し戸惑っている。


「私、今度彼女と結婚することにしたんだ。こちら、ロザリンちゃん。私のお嫁さんになってくれるひと」

「アルフさん結婚するんですか!?」

「うん」

「………そっか、アルフレートでも人族にはモテるのね」

「あっはっは。同族だと体型を気持ち悪がられてても、人族や獣人から見ればこれでも普通の範囲内だからね!!いいんだよ! 伴侶にさえ好かれるなら他なんて!」

「胸筋とか腹筋がはっきり割れちゃってるとかありえない」


 どうやらハーフエルフやエルフの感覚だと、アルフレートの体型は好ましくはないらしい。

 脱ぐと意外と逞しいとこが格好良いのに。


「ロザリンさん、本当にこの残念エルフでいいの?」

「アルフレートが好きなの」

「わぁ熱いわね。おめでとう! 良かったわねアルフレート」

「うん。一生独身どころか一生年齢イコールお一人様歴を積み重ねるだけかと思ってたよ」

「これからは連絡事項があってもアルフさんの奥さんに伝えておけば大丈夫ですね。よかったー。アルフさんなかなか捕まらないから」

「え? 迷惑かけてた?」


 アルフさんの奥さん。

 言われてすごくときめいた。


 朝食を食べ終えてから部屋に戻って、少し今後の話をした。

 とりあえず今日だけゆっくり休んで、明日から職探しをするつもりだということとか。


「じゃ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 唇を食むみたいなキスをして、彼を送り出した。

 扉がぱたんと閉まって鍵が掛けられて、途端に私は暇を持て余した。

 今日は何をして過ごそうかしら。

 そう思っていたら、扉がノックされた。


「ロザリンさん? あたしー」

「ゾフィさん」


 明るく優しい声に安心する。

 扉を開けると思ったとおり笑顔のゾフィさんだった。


「いま、おひま?」

「はい。ゾフィさん、ありがとうございました」


 今はとてもこの人にお礼が言いたかった。


「なぁに?」

「ゾフィさんが、アルフレートの背中を押したって」

「ああ。アルくん、臆病になっちゃってたから、押しちゃった。あなた達のお役に立てたかしら?」

「はい。ゾフィさんのおかげです。…ええと、何かご用でしょうか?」

「ううん。そういうのじゃないの。ただ、なんだか昔の自分を見てるみたいで懐かしくなっちゃって世話焼きに来ちゃった」


 歳をとっても可愛い、の意味が解った気がした。

 ゾフィさんは可愛い。このような女性でありたい。


「結婚する前まであたしが何をしてたかは、言わなくても判っていそうね?」

「はい」

「アルくん、優しい?」


 言われて、そういう意味じゃないのは解っているのに昨夜の彼を思い出してしまって、顔が真っ赤になった。


「あらぁ。昨日は燃えた?」

「ごめんなさい、そういう意味じゃないのは解っているのだけど…」

「ううん。燃えるわよねぇ。だってお客じゃない彼との初めての夜でしょう? それは特別だわ」


 理解され過ぎててすごく恥ずかしい。


「アルフレートは、優しいです。すごく」

「そう。幸せでしょう?」

「はい。泣きたいくらい、幸せ」

「ふふ。でもそれが毎日続くのよ。二人の努力次第で。素敵よね。」


 努力次第。何が必要なんだろう。


「結婚はゴールじゃなくてスタートだもの。努力が必要よ。私は個人的にあなたを応援したくなったの」

「ありがとうございます…」

「ロザリンさん、アルくんにしてあげたいなーって思うこと、何か有る?」

「具体的には思いつかなくて。でも彼を幸せにしたいわ。彼にとっては短い時間かもしれないけど、私と居てよかったって、思って欲しい」

「そう。極論から言えばね、彼、幸せそうにしてるあなたが隣に居ればそれだけで幸せになっちゃえるお手軽なタイプよ」


 それじゃ出来ることが何もないのでは…?


「だからね? あなたが幸せでいるための努力をしなければならないの。あなたが愁い顔で居るだけで彼は幸せじゃなくなっちゃう」


 私の幸せ?


「ねえ、今後の予定は?」

「はい。とりあえず私は明日から仕事を探して…この辺りで売家を探して、内装を作り変えて、住む場所が確保できた時点で結婚しよう、って」

「アルくんみたいなタイプって、おうちに他人を入れたがらないと思うんだけど、おうちの管理について人を雇うとか何か言ってなかった?」


 …なんで解るんだろう。


「自分で管理できる広さがいい、って」

「やっぱり。……ねえロザリンさん。ちょっと私の昔話をするわね」


 そう言って、彼女が語ったのは彼女の物語。

 冒険者をしていた男に望まれ、高級娼婦が結婚を決めた。

 彼は冒険者を辞めて、宿屋を始めた。

 彼は料理も得意で、大概何でも出来た。

 でも彼女はそれまでの人生で何もかもが未経験。

 それまでに身につけてきた教養も知識もまるで役に立たない。

 掃除すらままならず、彼の役に立てる水準で出来ることがなかった。

 それでも彼は彼女が側にいることがただ嬉しいと、何もしなくていいと、そう言うばかり。

 彼女にはそれが何よりもつらくて、どうにかして彼の手伝いがしたかった。

 何なら自分にもできるのか。どうやったら出来るようになれるのか。彼女の模索の日々が始まった。


「ほんっとうに何も出来なかったのよ。全滅。完敗。完全無欠の役立たず! あなた何か出来る?さすがに私よりはマシだと思うんだけど」

「いえ……なっ…なにもできない気がします…自分の下着の洗濯くらいしかしたことありません…」

「結構、つらいのよ、なんにも出来ることがないのって」


 言われて初めて愕然とする。

 私、何ができるかしら。


「多分、アルくん自身は何でも出来ると思うのよ。よくウチの厨房でお料理も作ってるし。片付けも上手だし家事も完璧ね」

「余計にツライです…」

「そうよね?でね?今はまだいいと思うのよ。仮住まいはウチだから、お洗濯もお掃除もお料理も、銀麦亭の仕事だもの。問題はウチから出た後ね」


 銀麦亭は、女将さんと旦那さんと、従業員5人の合計7人で運営しているそう。

 宿屋に余裕が出来てきた頃、やっぱりゾフィさんにはさほど向いてなかった作業を任せる従業員を雇ったのだそうだ。ゾフィさんはお客の望むことをさり気なく察知して解決のための指示をそっと出すのが誰よりも得意だったため、結局は接客が主な仕事になったのだそうだ。


「家事は、きっとアルくんは1人で全部何でもやっちゃってあなたの仕事を無くしちゃうタイプだと思うわ。そしたら、自分のいる意味って何かしら、って落ち込まないで居られる? 私は無理だったわ」


 どうしよう。


「だからね、今のうちに全部出来るようになっちゃえばいいと思うのよ。自分でも出来るけどアルくんがやってくれる、っていうのと出来ないからアルくんがする、じゃ全然あなたの気持ちが違うわ」


 そう、ね。


「ウチでしばらく働いてみない?お給仕とかお掃除とかお洗濯が主な仕事ね」

「いいんですか!?」

「週に5日で、1日6時間くらい、どう? 見習いのうちはお給金は少なくなっちゃうけど、ぜーんぶ教えるわよ」

「はいっ! ありがとうございますゾフィさん!」


 働く場所まで用意していただいて、ゾフィさんには感謝以外無い。


「ウチは朝だけの早番と、九時から四時の昼番と、三時から十時の夜番があるのよ。ロザリンさん、とりあえず慣れるまで九時から四時で休憩が一時間でいいかしら? それくらいならアルくんの見送りとかも出来るし」


 そうね。彼が出掛けた後から、帰ってくる前の時間なら、都合も良い。


「それでおねがいします」

「んふ。よろしくね。さてお仕着せも用意しなくっちゃ。ロザリンさんのサイズで作るけど、それが出来るまでは今あるものを着てもらうわね」

「あっ……あの、私、サイズが…」


 大概の服のサイズが合わない自覚はあるのよ。


「そうね。でも多分、昔の私のがイケると思うのよ。ちょっと試着してみてもらえるかしら」


 ちょっと待っててね、と言ったゾフィさんがどこからか持ち出してきたのを着てみる。

 胸が少しきついだけで、きちんと釦もとまった…!


「あらぁ。惜しいっ。ロザリンさん私より大きかったのねぇ。ちょっとだけサイズのお直しが必要ね」

「こんなサイズでもバランスのいいデザインなんですね…珍しい」


 服を選ぶときにカワイイと思っても、サイズ違いの自分が着れるものを実際に着てみるとバランスが崩れててかわいくなくなってる、ということがよくあるのよね…。


「んふ。元々はウチの旦那が私に着せるために用意したものだから、そのくらいの胸の女性にこそ似合うように、ってデザインされてるらしいのよー。ウチの旦那、馬鹿よね。そんな女そう居ないわよ」


 なるほど。


「でもサイズのお直しは、しましょ。余裕のあるサイズのを着たほうが胸をちっちゃく見せられるし痩せて見えるのよ? 知ってた?」

「し、知りませんでした」

「あなたも胸が目立つの気にしてるでしょう? まぁ、その気持ちもわかるわ。私もそうだったもの」

「はい…」


 試着してたゾフィさんのお仕着せを脱いで、自分のに着替えた。


「最初に会ったときの服はすごく似合うけど目立っちゃってたでしょう? 今日のは目立ち過ぎなくて素敵ね?」

「今日のは、アルフレートが選んでくれたもので…」

「あらぁ。アルくんったら、わかってるわねー。細かいところでセンスいいのよねアルくんって。さてサイズのお直しに出してくるわね。多分今日中に仕上がってくると思うの。出来たら届けるわね」

「ありがとうございます…!」

「じゃぁね。アルくんと仲良くね?」

「はいっ」


 ゾフィさんは、ふふふと笑って部屋を出ていった。

 新しいお仕事がすごく楽しみで、ワクワクする。

 アルフレートにも話したくて、たまらなかった。

 早く帰ってこないかしら。









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