030
まだお付き合いもしてないうちにプロポーズプランを提案されてしまったけれど、ひとまずロザリンちゃんに謝って、自分の気持ちも伝えようと思った。
ゾフィさんに追い出されたからってのもあるけど。
第三商業区は奥のほうはあからさまに夜の街だけど手前のほうは活気のある庶民向けの普通の商店が建ち並んでいるから、昼を少し回ったくらいの時間帯でもそれなりに人通りが多かった。
奥へ行くにつれて人が減り、「準備中」の店舗が増えていくけれど。
だいぶ奥に位置する水蜜の館があるあたりは、すごく静かだった。
ゾフィさんに言われた通り、裏側の通用口の扉を叩く。
出てきてくれたのはアルバートさんだったので、ロザリンちゃんに渡してほしいと伝えて、彼女への手紙と大銀貨1枚を渡す。
これでロザリンちゃんのもとに最速で届けて貰えるのだそうだ。
手紙には一言、あなたに会いたいです、とだけ書いた。
三時間程度待って反応がなかったら、今日は帰ろう、と思った。
まさかの三十秒で裏口からロザリンちゃんが顔を出したので、心の準備もできていなかった私は盛大に慌てる羽目になったけど。
「ろ…ロザリンちゃん、えっと、あの」
ええと、そう、まずは謝らなければ。
ロザリンちゃん、一昨日買った服を着てる。嬉しい。
お化粧してないロザリンちゃんとか、なんか新鮮だな。
いつも妖艶なお姐さんなロザリンちゃんもお化粧無いと年齢なりというか普通の二十歳そこそこの女の子に見える。
手の届くようなすぐ眼の前に立たれ、心臓が早鐘を打つ。
この距離だと目を合わせるためにロザリンちゃんが私を見上げるかたちになるのだけど、上向く仕草がすごく可愛くて、実は私はコレに弱い。自覚もある。
あと、胸元で両手をぎゅって握るのも。
何の意識もせずしてる仕草だろうが、全て計算づくの仕草だろうが、そんなものはどっちだろうと関係ない。
私はそんな可愛い仕草をするロザリンちゃんが好きなのだ。
「あの、一昨日はごめんね」
「ううん。私が悪かったのよ。知ってるはず、ってつい思い込んでたのが間違いだったと思うの」
「でも、ごめんね。私、他にも知らないこともいっぱいあると思うんだ。よくフェイにも、時々ごっそり知識が欠落してる分野がある、とか言われてるし。だから、ごめんなさい」
朱里さんの記憶と私自身の知識を合わせても、エルフという種族が閉鎖的かつ独自文化を発展させていて若干特殊なせいで、まだまだこの世界の他種族の暮らしや文化など知らないことが多すぎる気がするんだ。
「ね、ロザリンちゃん。私ロザリンちゃんが好きです。毎日ロザリンちゃんと一緒にいたいし、ロザリンちゃんには他の誰かとなんていてほしくないし、私はロザリンちゃんの特別になりたいしずっとロザリンちゃんの特別でいたいよ」
驚いたみたいに、ロザリンちゃんのおっきな目が、更に見開かれた。
「けっこんを前提に私とお付き合いしてみない?それが嫌なら私のお嫁さんになるか、百年くらい私の恋人で居て」
「…アルフレート。選択肢になってないじゃない」
おっきな目に水滴が溜まり、次から次へとぽろぽろこぼれ落ちていく。
「なってるもん」
「私百年も生きないわ」
「死んだ先も、今から百年先まで恋人はロザリンちゃん」
「私、これといって取り柄も無いわ」
「ロザリンちゃんが気づいてないだけだよ」
「すぐに、おばあちゃんになっちゃうわ」
「もちろん介護もいたします。だから、けっこんを前提に私とお付き合いしてみない?」
再度、問う。
首に腕を絡められ、背伸びしたロザリンちゃんの柔らかい唇に唇を塞がれたのが返答なのだろう。
「…死んだらすぐに次のお嫁さん探しなさい。そんなに長い間引きずらなくていいわ」
「善処します」
嬉しくて、ぎゅーっと抱き締めてみる。
柔らかい。
「アルフレート、苦しいわ」
「ごめんね」
髪の毛の中に鼻先突っ込んで匂いを嗅ぐ。
いい匂い。
…よく考えたら、私があげたシャンプーの匂いだな。
「やだ、アルフレート、こんなとこで止めて」
「…そだね。店の裏口前なこと忘れてたよ…」
危ないとこだった。
お店の窓とかいろんなとこからお姐さんたちが覗いてる。
「じゃ、お茶でも飲みながら具体的な話しない?」
「出掛ける準備だけさせて」
「了解。待ってる」
二十分ほど待ったころ、服はそのままだけどばっちりメイクを決めたロザリンちゃんが戻ってきた。
「ねぇ、そういえば今日、ポチさんは?」
「ポチさんは昨日からお出かけ中。ルドルフとダンジョン行ったよ」
ロザリンちゃんはポチさんのことを私と同じく「ポチさん」と呼ぶ。
「従魔って主から離れられるの…?」
「普段からいっぱい主人の魔力をもらっていれば案外大丈夫らしいよ?」
ロザリンちゃんがさり気なく私の腕に腕を絡めてくる。
私の煩悩との戦いが再度訪れた。肘を挟む魅惑のむにむにがっ。
とりあえず別のことを考えよう。
どの店行こうか…と考えて気づく。
「ごめん、よく考えてみたら、時間的にお店混んでるね」
「屋台で買って広場に行くのだっていいじゃない」
「そう?ところでロザリンちゃん、昼食たべた?」
「ふふ。実は途中だったわ」
大慌てで出て来たの、と笑った。
「そっか。私は遅い朝食?昼食?を軽く食べたばかりだよ」
「寝坊?」
「あ、うん。昨夜飲み過ぎまして…初めて二日酔いになったし記憶が飛んだよ。」
途中の屋台で焼いたベーコンを挟んだサンドイッチと果実水を買って広場の適当な場所に腰を下ろした。
ちょっと離れたところでは大道芸をやっている人が居た。
「ロザリンちゃんは…」
「ロザリンでいいわ」
「…マジか。ロザリン、は、仕事、どうしますか…?」
呼び捨てを促され、呼んでみて、照れる。
顔熱い。
「辞めるわ。アルが私を特別にした時点で、私はもう水蜜の館の商品ではいられないもの。最近仕事にも集中出来てなかったし、続けてたらアルの望み通りにはなれないし? とりあえずは別の仕事探すわ。そうなると住むところも必要ね…」
「銀麦亭に住めばいいと思う!」
婚前に同棲とかどうですか!
「まぁどこに住むかは別として、住む家が見つかるまでしばらくは宿屋暮らしになるかもしれないわね。店中に話も広まっちゃってるだろうから今日はまだしも明日には水蜜の館の部屋も出ていかないと」
辞める何日前までに辞めることを雇い主側に伝えるとか必要ないのか。意外とすぐに辞められるんだね…。
「んー…家、買うか。ロザリンちゃ…じゃなくてロザリン、家ってどうやって入手するもの? 実家辺りだと空いてる場所もらって建てるか、勝手に好きな場所を自分で開拓して建てるんだけど」
ぜったい実家辺りの常識は通じない気がするんだ。
あれはどう考えても土地が充分足りてる田舎なせいだ。
今まで家要らなかったから考えたこともなかったよ。
「そうねぇ。住みたい地区にもよるけど、あなたなら銀麦亭くらいギルドに近い場所がいいでしょう? その辺りなら売家か借家を探すことになるんじゃないかしら。仲介業者とかあるのかしらね」
「仲介か…。売家なら構造いじらなければ内装や設備は自分で改造できそう…。いいね!私、お風呂欲しい!」
ぜったいほしい!
「ふふ。言うと思った」
「家っていくらするんだろう」
「さすがに家を買う予定なんてなかったから、相場はよくわからないわ」
「それは私もだよ。それはまあ誰かに後で相談するとして、広さは? あんまり広いと管理大変だし、私、管理のためでも他人を入れるのは嫌だな」
私の留守中に何かあっても嫌だし。
「そうね。出来るだけ自分たちだけで管理できる広さにしておきましょうか。でも……しょ、将来的に、その、こ…、こっ、子供がっ、出来てもいい程度の広さは、要ると思うの。その、気が早いとはおもうんだけど、それは多分必要でしょう?」
ロザリンちゃんが途中で吃る。
子供は作らないとできないからねえ。
そこに到るまでの過程を想像してしまい、私も少し気恥ずかしくて、目が合わせられない。
今まで何回もしてても、それはそれ、これはこれなのだ。
「…そ、だね。うん。それくらいは必要だね。おうちの話はそれくらいにしておこう。…ええと、結婚ってどうすんの? 書類提出とかあるの? ぜったいそのへんも私の周辺とは事情が異なる気がする。ちなみに集落だと、集落の代表立ち会いのもとで精霊に誓う的な式やって、そのあと身内でお祝いするの。人族の夫婦が神殿で式挙げてるっぽいのは見たことあるんだけど、みんなあれやるの?」
花嫁さんが綺麗な白っぽい衣装着てたな。
きっとロザリンちゃんにも似合う。
「書類は一応提出するわね。普通は身内でお祝いして終わりよ。ああいう儀式的なのをするのは熱心なディウロト教の人たちだけね。私は特に信仰してる神もないし、べつに。…あの衣装は素敵だと思うけど」
信仰はなくとも、か。
世界は変われど女性というのはそういうものなのか。
「ロザリンは、婚礼の儀式とかそういうのやりたい?ああいうのは女性が主役で男は添え物だから、ロザリンの意思に従うよ? ロザリンが希望する通りにしたいんだけど。儀礼的な衣装が着てみたいならウチの集落のほうでしますか?」
「…そうね、着てみたいし、あなたのご両親にも挨拶したいわ」
「親か…」
十五年前もいわゆるバカップルだったあの両親はきっと今も相変わらずなんだろうなと思った。
ロザリンちゃんの親はどうなんだろう。
「うちは父と兄と母親の違う妹が居るけど疎遠だし、母も亡くなってるから気にしなくていいわよ。多分もう会うこともないだろうし」
考えてることを察したのか、ロザリンちゃんはそういって少し寂しそうに微笑んだ。
会えないことを残念に思う一方で、娘さんをくださいって言って殴られる一連のやりとりを経験せずに済みそうで少し安心している自分がいた。
「具体的なことを照らし合わせていくと、エルフの文化って結構特殊ね…。アルフレートって実は順応性高かったのね」
「んふ。一応は私なりに頑張ってるんだよ」
自身が独自の文化で生きてた種族だっていうのは人族の街に住むようになってなおさら強く感じるようになった。
「ねぇ、式って、どんなことをするの?何を準備すればいいのかしら」
「実は私も姉の式に参加したことがあるだけで、子供のころだしあまり手伝えることもなかったし詳しく憶えてないんだよね。上の兄の式にいたってはまだ乳児だったせいで記憶もないし」
姉は四十五年くらい前に、兄は五十五年くらい前に結婚した。
「いっぺん実家のほうに行ってみたほうが良さそうだね。衣装も作らないとだし、挙式の打診もしなきゃいけないし、実家に残して来た古語の辞書とノートも持って来たいし」
来週あたり行ってみようか。
「ロザリン、来週って予定空けられる?」
「私、多分明日から宿無し無職よ?」
「ぉおう。意外とすぐ辞められちゃうんだね」
「そんなものよ。高く売れる商品というだけで代わりが居ないわけじゃないもの。ヘレナには挨拶くらいしておきたいけどタイミングが悪いわね…」
相手は結局のところ酷い結婚詐欺師だったけど、それでも数日前に婚約者を失ったばかりの傷心のヘレナさんには伝え難かろう。
「と、とりあえず来週空くなら、一泊くらいでちょっと行ってみない?」
「そうね。わかったわ」
とんとん拍子に実家に招待してしまったよ…
あとで母さんに連絡しておこう。
いろいろ必要なことを話し合ってから、私たちはしばらくそのまま広場で大道芸を見物した。
「そろそろ帰るわ。辞めることもきちんと伝えなきゃいけないし、荷物も纏めなきゃ」
そう言ってロザリンちゃんは立ち上がり、微笑んだ。
懇意にしていたお客へのお手紙も、これからしたためなければならないらしい。
引き止めててごめん…。
「うん。お店の裏口前まで送るよ。街娼さんが立ち始めるころになると店まで行く途中が結構危ないから」
「そう?」
「結構治安悪いよ?」
「その時間は今までお店から出たことが殆どなかったから、全然知らなかったわ」
聞けば、今までロザリンちゃんはどうやら休みの日でも殆ど出かけたりしなかったらしい。
私服も殆どプレゼントされたもので賄えてたし、特に出掛ける必要性を感じなかったのだとか。
出掛けたとしても送り馬車で中央商業区に行く程度だそうだ。
水蜜の館とかのある辺りは御忍びの貴族などが訪れることもあるせいで裏側には馬車専用の道があるらしい。
ロザリンちゃんとここを歩くのはよく考えたら初めてだね。
途中でクレイの親父さんの屋台の前を通り掛かる。
お店はまだ準備中みたいだ。
いつもなら元気な声を掛けられるのだけど、今日は何も言わない。
私に気づいていないわけではない。
むしろ何か言いたそうだ。
「こんちはー」
「ぉ、おう」
「…何かあったの?」
「……」
屋台の影のほうに手招きされたので、ついていく。
「オイ。あれはお前がこのへんをよく通ってると知られて良い相手か?俺に話し掛けて大丈夫なのか?」
コソコソと小声だね。
話し掛けて不都合ある場合ってなんだ。
しばし考える。
ああ。お付き合いしてる女性に娼館通いがバレるってことか。
「あっ、そういう」
「声でけえよ」
「大丈夫だよ。お気遣いありがとう。で?何か用があるんじゃないの?」
「ああ、こないだクレイが分けてもらったアレ、まだ持ってたら少し融通して貰えねえか?適正価格で売ってくれ!」
「なぁんだ。いいよ」
十キロほどケルピー肉をお買い上げいただいた。
ちゃんと適正価格だったのにファングボアの串焼き肉を三十本、おまけに貰った。
「何か飲んでくか?」
どうする?とロザリンちゃんに相談すると、一杯だけなら、というお返事が。
今まで串焼きしか買ってないけど、元々は立ち飲み屋さんなんだね。
「エールを一杯お願い」
ロザリンちゃんはエールを注文。
私はエールは苦手なので少し躊躇した。
「エール以外だと何かある?」
「ワインならあるぜ」
「蒸留酒は?」
「この辺でキツい酒飲もうとするやつはそう居ねえから置いてねえ」
「ええ? なんで?」
「この先に何があるか考えりゃわかんだろ」
なんでだ?と考えてたのがわかったのか、ロザリンちゃんに悪戯っぽく笑われた。
「やぁねえ。勃たなくなったら困るからよ」
「なるほど!」
「度数の低いワインだが、これでも飲め」
「ワインだと甘いのが好きなんだけど」
「残念。ウチの客層主にオッサンだから、そういう女の子に人気出そうなもんは置いてねえわ」
「むう。じゃ、自分で混ぜ物していい?」
「おう。いいぞ」
許可を貰ったので、何種類かのフルーツとシロップ、小振りのナイフを取り出した。
軽く洗ってからフルーツをカットして、凍結させ、グラスのなかへ。
シロップを加えてワインを注ぎ、行儀悪いけどナイフでステア。簡単サングリアの完成。
フルーツの皮などの生ゴミは燃やして一瞬で消し炭に。糖分でベタつく指は洗って乾燥。
試しにひとくち含んでみる。わりと美味しくできたみたい。
「それ何だ」
「サングリアっていうフレーバーワイン」
「美味しそうね」
「のむ?」
自分のグラスをそのままロザリンちゃんの前にスライドする。
「なあそれ果物適当に切って、あと何入れた?」
「ただのシロップ。スパイスとか香草入れることもある。凍結させる必要性はないけど、私は冷えたワインのほうが好きなのと、いっぺん凍らせたほうが果物の味が移るかなと思って凍らせた」
「あら?美味し」
「でしょう?本当は漬け込んだほうが美味しいんだけど」
集落では漬け込んで飲んだこともあったけど、この街だと法的にどうなんだろうね。
新しいグラスを出してもらい、もう1杯ぶんだけカットして凍結させた果物とシロップを用意して親父さんに返した。ワインは自分で入れてくれ。
「へえ。デザートワインみたいでそれなりに美味いな。元が安ワインには思えない」
「開封して味が落ちたワインでもそこそこ飲めるようになるよ。あっ、ロザリンひどい!半分以上飲んでない!?」
「ごちそうさまでした」
「ワイン足していいなら足すぞ?」
「…お願いします」
少しだけシロップを足して飲みつつ焼いて貰ったファングボアの串焼きを囓る。焼き立てすごく熱い。
「あひゅい」
火傷した。
サングリアで冷やしてから即座に魔法で治癒した。
「違和感半端ねえな」
「何がー?」
「その甘いの飲みながら串焼き食うとか」
「うまいよ?」
そういうひとも世の中には居るんだよ。
食の好みが今の私とほぼ同じ朱里さんはプリンをつまみにビール飲んでましたし?
その逆なんて尚更アリでしょう。
フライドポテトとコーラみたいなもんだよ。
二人ともがグラスを干したところで支払いを済ませ、串焼き屋を後にした。
「ロザリン、明日引っ越すなら迎えに来るね。銀麦亭に空室が出来てたらキープしとくし、無ければ周辺で同ランクくらいの宿屋探そう」
「ありがとう。夕暮れ前には出ていくと思うの」
「わかった。じゃ、その頃に」
水蜜の館にほど近いあたりで、ロザリンちゃんの額にキスをした。
「…こういう時って唇にするものじゃないかしら?」
「ごめんね。こういうの慣れてないもので」
だって恥ずかしいんだもの。
少し屈んで、唇を重ねる。
ロザリンちゃんとのキスは気持ちいいのだけど、こんな場所でのっぴきならない状態にはなりたくないので無理矢理離れる。
ぎゅっとハグしてから身体を離した。
名残惜しくはあるけれど、きっちり裏口前まで送り届けてから、その場をあとにした。
これで第二章は終了です。
次話から第三章となります。




