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「このまま終わったら、一生引きずる気がする…」

「なんでそこでひと押ししなかったんだ!?」


 どうやら昨日私はとんでもない失言をしてしまったらしく、一粒涙を零したロザリンちゃんはそのまま帰ってしまった。


 昨日ふらふらしながら銀麦亭へ帰った私は、そのまま寝込んだ。

 今日も起きる気力がなかったので朝から夕方までずっと…。

 夕方になって起きたのは、飛竜便屋のセオドアが飲みに行かないかと誘いにきたからだ。

 セオドアは仕事のときよりラフな格好していた。

 襟元の二つ並んだ飾りだけは今日もついてたけど。


 セオドアと二人で来た第三商業区の手前側の飲み屋で、只ひたすら愚痴る。

 一緒に出掛けた先で人族の女性を怒らせてしまった、とセオドアに相談したのだ。

 ……一生立ち直れない気がする。


「あー、相手とはどこまでいったんだ?もう、ヤッたのか?」

「した…」

「ほぉ。何回?」


 興味津々ですねセオドアさんや。

 反応がセクハラするときのオッサンのノリですね。ほんとにもう。


「…うん。いっぱい、した」

「そんな仲なら本当にその子が欲しけりゃ子供でも先に作って無理矢理結婚しちまえ。嫁の親父には殴られるけどな」


 子供か。ロザリンちゃんとの子供だったらさぞかしかわいいだろうさ。


「無理。相手は高級娼婦で避妊完璧。私の精子ごときでは、あの鉄壁の防御は破れない…じゃなくて。ぅわああぁんどうしようぅぅぅ」

「娼婦かよ!? 大丈夫か!? 遊ばれてないか?」

「ねえセオドア、唇にキスって本当にしないものなのかな?」


 滅多にしないんだって言ってたな。

 自分の唇にそっと指で触れてみる。

 ロザリンちゃんのキス、気持ち良かったなぁ。


「おっ? なんだ、相手も本気かあ。だったら大丈夫だろ。もうひと押しすりゃ良いだけだろう? 唇にキスするのは本当に特別な相手だけらしいぞ? したんだよな?」

「…うん。そっか、本当だったんだ…」


 ばっしんばっしん背中を叩かれる。

 華奢なエルフの骨格には厳しい衝撃ですね。

 アバラか背骨が逝きそうなので、若干の身体強化をする。


「なんだ? まさかそれ相手に言って無いだろうな?」

「知らなかった、とは言った」


 ロザリンちゃんを傷つけたのはまさにそこなのだろうし。


「あー…。誠心誠意謝り倒せ。順番が逆だが、娼婦のキスはそこらの娘だったら身体許してんのと同じくらいの覚悟と信頼度だぞ?」


 そうか。

 ヤっておいて、本気だと思わなかったとか言ったようなものか。

 それは酷いな。


「………も、もう駄目だあああああ」


 テーブルに勢いよく突っ伏す。

 額が、ごんっ、と鈍い音を立てた。


「五十も過ぎて恋愛相談受けるとは思わなかったぜ」

「年齢同じでもこっちは成人したてなんですぅぅぅ」

「こんな顔しといて何お一人様拗らせてんだ」

「顔は関係ないぃぃぃ!ゥワアアア!リア充爆発しろ!」


 セオドアにはかわいい奥さん二人と七人の子が居て、この秋あたりに初孫が生まれるらしい。

 さすが元竜騎士(こうむいん)である。順風満帆だ。

 恨めしい。

 ちなみにこの国、一夫一婦制ではない模様。経済的に余裕のある人は複数の配偶者をもつのも普通らしい。


「アルフレートはその女の子と、どうなりたいんだ?」

「結婚しようがするまいが、どっちにしてもこの先六、七十年くらい彼女を独占したい。本当は今の仕事辞めて私とだけにして私の子供産んでほしいし、毎日一緒に居たい。彼女が老いて死ぬまでずっと一緒に居たいし、彼女の血を引く子供たちのこともずっとずっと子々孫々に到るまで見ていたい」

「オイ。六、七十年も経ったら赤ん坊だって老衰で死ぬわ。そこまでの執着しておいて、何で踏み止まった?」


 自分でもヒくほどの酷い執着だとは思うけど、私と結婚してくれとは言えなかった。


「何十年か経ってから、お互い歳取ったね、って言えないからだよ。私じゃ一緒に老いて死んでやれない」

「うだうだ言ってねえで嫁になれって言ってこい。他の男の嫁になった姿でも想像してみろ。そんなもん些細なことだって思えるようになるから」


 言われて想像してみる。


 とりあえず、ルドルフのお嫁さんになったとしよう。

 ルドルフのことも、もちろんロザリンちゃんのことも好きな人なので喜ばしいことだ。

 一生彼らを見守ることも出来るだろう。


 ただし、その場合他人の奥さんなので、昨日みたいに出掛けるなんてもってのほか。

 ルドルフに斬られる覚悟が必要だろう。


 …嫌だ。


「嫌だ…」


 だって、昨日すごく楽しかった。


「お、おい、もういい! わかったから! 顔が大洪水になってんぞ」

「だって、だって、ろざりんちゃんがぁあああああ」

「さっさと謝り倒して嫁になってもらえ。な?」

「どうやって会えばいいかわかんないぃぃぃ」


 どの面下げて会えばいいやら。

 それ以前に会って貰えるのか。


「面倒くせえ男だな。どうしても会えねえなら手紙でも書け。届けてやるよ」

「面倒くさい!? お願い見捨てないでセオドア!」

「その言葉は相手の女に言え馬鹿野郎」

「うわあぁぁん!」


 泣き付いたら、持ってた手布で顔面をわしわしと拭かれた。

 手際が馴れてますね。そうですか7人お子さんがいたせいですか。


「言っちゃなんだが、本当に不器用だなぁ。お前さん、折角持ってる幾つもの利点がことごとく、一切活きてねえぞ」

「うぐぅ…」

「先送りにしてると、よその男に掻っ攫われるぞ。むしろなんでそこまで執着してんのに相手がその仕事してんのを容認出来てんだよ」

「それは…お仕事だし、私ごときじゃ口出しする権利もないし…」


 言いながら、想像してしまって、すごく落ち込んだ。

 そうだよね。

 ロザリンちゃん、会えなかった日や私が行かなかった日は他所の人としてるはずだよね…。

 考えないようにしてたけど。

 先日泊まったときにルドルフが「ヤってない」と言ったとき、すごくホッとした。

 それ以外はしたのかな、と思うとちょっぴり嫌だった。

 考えないようにしてただけで、私にとってはもう既にロザリンちゃんが他の人とするなんて嫌だったらしい。


「……五千万ロフくらい支払えば十年くらい先までずっと予約しておけるだろうか」

「それをするくらいならさっさと嫁にしろ馬鹿野郎。いいか、アルフレート。妻ってのはな、恋人程度じゃ遠慮されたり贈れないモンでも自分のもんにしちまえば贈り物し放題だぞ? それに毎日毎日寝顔見て朝の挨拶したり」


 毎日一緒に居られるのはいいね。

 先週見たロザリンちゃんの寝姿を思い出す。


「毎日か…」

「なんならそのあと一回くらい」


 うん。朝からすんの、結構好き。

 あの日背中がピリピリしたけど、ロザリンちゃんの爪痕だったんだと気づいたらちょっと嬉しかった。

 引っ掻いちゃうくらいだったってことだよね。


「玄関でキス付きで仕事に送り出してもらったり」

「毎日、ちゅー…」

「極めつけに命張ってすっげえ痛えの我慢してお前の子供産んでくれたりするんだぜ?解ってるのか?」


 言われた途端に脳裡に蘇ったのは、朱里さんの壮絶な痛みの記憶。


「…ぉお…。すごいなそれ」


 ロザリンちゃんは私を好きでいてくれたみたいだけど、ロザリンちゃんの「好き」がそれくらいの好きだったらいいのに。


「アルフレート。本当に欲しかったら形振り構うな。ぐだぐだ悩むな。今はお前べろんべろんに酔ってるから不味いが、とりあえず明日会いに行ってみろよ」

「……うん」

「とりあえず今日は飲め!」

「…セオドア、話を聞いてくれてありがと…」


 セオドアには本当に感謝しかない。

 勧められるままグラスを干し、私は初めて酒で記憶を飛ばしたのだった。






「…あたま痛ぁい。割れそー…」


 もしかしてこれが二日酔いというやつだろうか。

 気づいたら銀麦亭の見慣れた部屋のベッドの上だった。

 セオドアといつまで飲んでたのか、どうやって帰ってきたかもわからない。


「桶とか要りますか?」

「要らなー…い…」


 魔法で解毒するだけだから大丈夫、と言いかけて、血の気がサッと引く。


「ま、マデリーンさん…!?」


 起き上がろうとしたけどズッキンズッキン響く頭痛ですぐさま再びベッドに後戻りした。


「痛ぁ…」


 急いで重ねがけした解毒魔法でなんとか頭痛を取り除く。

 マデリーンさんが、こちらを覗き込むようにしていた。

 どうやら心配してくれているらしい。


 …ん?


「ぅおわあぁぁ!?」

「ひゃっ」

「なっ、何故、えっ?ぇええ!?」


 寝てるところを人が覗き込んでいる状況というのが慣れない。


「アルフさん? 目が覚めたんですね」


 扉側には水の入ったカップを手に持ったフェイが立っていた。


「マデリーンさんとフェイがいる…?」


 どうやら昨日しこたま飲んで戻った私を心配したルドルフが、何やら様子を見てくれるように頼んでくれたらしい。

 うん。アル中酔っ払いを一人で寝かしとくと、寝ゲロで死ぬことあるから、危ないもんね。

 そのへんはありがたいんだけど、とても驚いた。


「なんか、迷惑かけたみたいで、ごめんなさい…」


 無理矢理解毒したので頭痛や吐き気は消えたし、いつまでもルドルフの部屋にそのまま居るのも何なので、階下の食堂へ向かうことにした。

 マデリーンさんとフェイはこれからギルドへ向かうんだそうだ。

 酔っ払いのためだけに残っててくれたんだね…。


 階下に降りると、既に昼前だった。

 朝食の時間はとうに終えていて、厨房は昼の営業にむけて準備中のようだった。


「あら、アルくん」

「すみません、席だけ貸してください」

「ええ。どうぞ」


 奥の席について、マジックバッグからサンドイッチを出して食べる。

 女将さんが、サービスでお茶を出してくれた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 この銀麦亭の女将さん、ゾフィさん。

 料理人をしてる旦那さんと一緒にこの宿屋を切り盛りしてる。


 お茶をテーブルに置いたあと、ゾフィさんは私の向かいの席に座った。

 ゾフィさん、結構美人だな。

 ロザリンちゃんも、歳をとったらこんな感じかな。

 年齢なりの衰えはあるけど、素敵な笑顔と仕草が彼女の魅力を高めてる。


「なによぅ。こんなおばちゃん見つめちゃって」

「…ごめんなさい。なんでもないです」


 既婚女性に失礼だったね。ごめんなさい。


「アルくん、彼女となにかあった?」

「え?」

「一昨日来た女の子と出掛けて帰って来てからアルくん元気ないし、昨日酔っ払って帰って来たでしょ?」


 やっぱりわかるかー。

 あからさまに落ち込んでたし、そりゃわかるよね…。


「…彼女は私の想定より私を好きで居てくれたみたいで、好きって言ってくれたんだけど、私つい、そんな言い方したら本気にしちゃうよ、って言っちゃって、彼女を怒らせてしまって…」

「そうなの?でもアルくん、それはまだ、ただの喧嘩でしょう?」

「…そうなのかな」


 完全に見限られて捨てられてる気がしたんだが。


「あら、本当にあそびだった?」

「ち、ちがうよ!」


 まずい。

 はたからみたらそう見えるんだろうか。


「ふふ。冗談よ」

「からかわないでよ…私困っちゃうよ」

「アルくんがそんな器用じゃないのは知ってるもの」


 その笑い方がなんだかロザリンちゃんに似た笑い方で、つい見惚れてしまった。


「なに急に真っ赤になってるのよぅ。不器用だし、初心だし、アルくん可愛いからちょっと心配だったのよ」

「もう。何度も言うけど、私のほうがゾフィさんより年上なんだってば」


 ゾフィさんは何度言っても私を子供扱いする。


「年齢じゃないのよ。アルくんは確かに長く生きてるかもしれないけど、まだどこか大人の男じゃなくて男の子って感じがするのよ」

「えー…」


 どういうこと?

 お一人様歴イコール年齢がバレてるの?

 それとも素人童貞がバレてるの?

 なんでそんな理解度高いの。


「彼女、ロザリンっていうんですけど、ロザリンちゃんに謝りに行っていいものかと少し悩んでいて…」


 気づけばいつの間にか、ゾフィさんに随分深いとこまで相談してしまっていた。

 静かに聞いてくれて、ごちゃごちゃしていた感情がいろいろ整理されていく。


「アルくんが謝りたいって思ったなら行くべきだわ」

「でも、不誠実に思われたんじゃないかと思うし、私なんかじゃ彼女には相応しくないし…」

「アルくんは自己評価が低いわねぇ」


 だって私、自分に何か特別な価値があるとは思えないし。

 見た目だって単にエルフだから他種族からだと整って見えるってだけで、私独自の取り柄じゃない。

 同族同士で比べちゃったら私は完全に埋もれる十人並みでしかない。

 …いや、最近では同族にとってはマイナス方向に振り切ってる気もするが。


「アルくんは、ロザリンさんのこと好き?」

「すき。だいすき」

「結婚考えちゃうくらい?」

「毎日一緒に居たい。私だけのロザリンちゃんになって欲しい」

「そう。もうキスくらいした?」


 唇を指差して、尋ねられる。

 ロザリンちゃんみたいなふわっとした柔らかい微笑を浮かべて聞かれると、つい答えてしまう。


「…しました」

「それは彼女から?」

「………そうです」

「アルくんの気持ちはもう伝えてある?」

「言ってない…」

「言ってあげればいいのに」

「こわくて…」


 お断りされたらと思うと、立ち直るのに50年くらい掛かりそうな気がして恐ろしい。


「アルくんは何が怖いの?」

「自分の独占欲と嫉妬に塗れたこの感情を、知られるのが恐ろしい」


 それは実に醜い感情だと思う。ロザリンちゃんに知られたくない。


「大丈夫よ」


 気楽に言うなぁ。


「彼女、娼婦でしょう?」

「…な」

「わかるわよ。誰にも言ってなかったけど、結婚する前はアタシも同業者だったもの。それくらいわかるわ。娼婦が唇にするキスの意味は知ってる?」

「昨日知りました…。好きな相手にしかしないって。彼女を怒らせたのも多分、その意味を私がわかってなかったからで…」

「そっか。でもねアルくん、それもちょっと違うわ」


 ゾフィさんがなにやら嬉しそうなのは何故。


「唇へのキスは、「私をまるごとあげる」って意味よ?アタシだって旦那にしかしてないわ」


 いろいろ衝撃的だった。

 厨房へ視線を向けると、旦那さんが目をそらしたところだった。

 がっしりした首から上が真っ赤だ。


「あの人その頃まだ冒険者をしててね? すっごく逞しくて、素敵で。その彼がね? 毎日一緒に居たい、俺だけのゾフィになって欲しい、って言ったのよ! キャー! そのお返事に初めてキスしたの! 今は毎日してるけど!」


 お熱いことです。

 頬染めてキャーキャー言ってるゾフィさん可愛いな。そりゃ旦那さんだって惚れるだろう。


「アルくんったらさっき、ウチの旦那のプロポーズと同じこと言ったのよ? 気づいてる?」

「おお?」


 言ったっけ?

 いや、言ったな。確かに。


「だからそれ、言ってみたらどうかしら?」


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