028
「見る人が見ればどういう効果があるとかも解っちゃうから、出来れば服の中に隠す感じで着けててね」
彼、アルフレートはそう言って、一通りの効果や使い方を説明してくれた。
……過剰防衛なんじゃないかしら?
「コレが役立つような事態になんて、なりようが無い気がするんだけど…」
「何言ってんの?ロザリンちゃん可愛いんだから危ないじゃない。攫われたり襲われたりするかもしれないじゃないか」
この綺麗な顔で可愛いなんて言われるといつもどうしたらいいのか解らなくなる。
他の人にどれだけ言われても、ちょっと嬉しかったり、ああ世辞ねと思うだけなのに。
子供の頃に誘拐された際の話をして危険性を力説してくれたけど、それはあなただからじゃないかしら。
私、アルフレートみたいに特殊な外見してないわ。
「ねぇアルフレート、あの劇場行ってみない?」
そこは小さいけれど新しく出来た劇場で、ずいぶん人も入っているようだった。
最近人気の一座が滞在しているのだと客から聞いたことがある。
「いいね。えーと演目は…今は踊りだね。おー。シユラーデ公国の舞姫か。綺麗な踊りだよね。なんとなく厳かな感じもして、どことなく動きが武術っぽい。元々は神に捧げる祈りの舞らしいよ」
「知ってるの?私まだ見たこと無いのよ」
演目の書かれた看板を見ながら説明してくれる。
最近人気になってきてるとこなのにもう知っていたの?
「あはは。十五年くらい前にもシユラーデの一座が来てて。その頃何度か観た。そのあとシユラーデ風の服がすっごい流行ってたなぁ。……むぅ。こんなとこで年齢格差が…」
「シユラーデの服ってどんなの?」
「胸のあたりで、こう、布を重ね合わせて着て、それを布で出来たベルトで留める、ちょっと変わった服で、上から薄布を重ねるんだ。スリットが所々に入っていて、動くと下の布がちらっと見えて布の色の対比が綺麗で幻想的。服自体はその後二年もしないうちに流行も移っちゃったみたいだったけど。………結局そういう作りのもので残って定着したのは女性の寝衣くらいだね。…露出少ないのにえっちなやつ…」
ちょっと恥ずかしそうに言うのでピンときた。
「もしかしてアルフレートが気に入ってた紫と白の重ねの? あの日、いつもよりずっと情熱的だったもの」
「うぐっ。……き、気に入ったっていうか…情熱的とか…」
図星だったみたいで、目を泳がせてすごく焦ってる。可愛い。
「気に入ってたでしょ? あの日だけ、ずいぶん頑張ってたものね?」
彼が普段より夢中になっていたのは確かだった。いつも淡泊な彼にあれほど求められて、悪い気はしなかった。
「ロザリンちゃんがあれを着るのは反則だと思う。その節は、とんだご迷惑を…」
そう尻窄みに言うと、片手で顔を覆って、視線を外していた。
「ああいう情熱的なアルも好きよ?」
「ぅあああ恥ずかしいからやめてぇぇ。やっぱり踊りも観るのやめよう!?いろいろ思い出してしまいそうだよ!」
からかいが過ぎたみたい。
やりすぎちゃったかしら。
「厳かな舞いなんでしょ?大丈夫じゃない?」
恥ずかしがりつつ困ったような表情をうかべ、アルフレートは、うーん、と唸っていた。
髪の間から突き出している長い耳の先端が紅くなっているのが可愛いと思う。
「さぁ、行きましょう?」
「ぅうう。チケット二枚おねがいします…」
薄暗い劇場内は狭くてそれなりに混み合っていたけれど、なんとか空席を見つけることができた。ポチさんはアルフレートの足元におとなしく座っていた。
異国らしい音楽が流れ始めると、しん、と静まり返る。
暗かった舞台の一部がパッと照らされ、踊り子の姿が露わになった。
薄布で隠され顔の見えない踊り子は、たんっ、と跳ね、低い姿勢で静かに着地。その姿勢のまま自分を軸に円を描くように片脚を回す。
足音は最初の一歩しか鳴らない。 あとは滑るように舞台を巡り、袖だけが波のように遅れて揺れていた。
脚の動きが大きくて、その度に白い脚が太腿まで見えてしまう。
どことなく足払いみたいに思えなくもなくて、アルフレートの言っていた「武術みたい」の意味が解った。
その動きが、舞う姿が、彼女の舞う場の空気が。とても美しかった。
「ね?綺麗でしょ?」
小声で右隣のアルフレートが話し掛けてくる。
ええ。これはすごいわ。
頷くことで返事。舞台からは目が離せなかった。
気づけばつい夢中になって観ていた。
気づいた原因は左胸のあたりに隣の客の腕が当たって居心地悪さを感じたこと。すぐに何かに驚いたみたいにびくっとして離れていったけど。
「うん?」
舞台を観ていたはずのアルフレートも急に私のほうを振り返り、ちょっと不機嫌そうな顔をして私の肩を抱き寄せた。
「すごく綺麗だったわ!」
「だよね!?」
舞が終わって舞台設営のための休憩時間になると、そう言わずには居れなかった。
チケットを一度買うと劇場を出るまではそのまま観ていてもいいので残っている客もいるけど、大半はこの舞が目当てだったみたいで大勢が出ていったみたい。
「この一座の演目にはないみたいだけど、シユラーデの舞には男性の踊る舞もあるみたいで、そっちもまた女性のとも違う派手な動きで、凄いんだよ」
「そう。観てみたいわ。ねえアルはこういう劇場とかよく来るの?」
「あ、うん。踊りとか剣舞とかを観るのが好きなんだ。動きが綺麗で観てて飽きないよ」
きっと本当に好きなんだろう。彼は踊りのことを話すとき、とても楽しそうだった。
「普段は誰と来るの?あの金髪のハーフエルフの…」
「リィナ?ないない。ないわー」
「じゃぁ、剣士っぽい女性の」
「マデリーンさん? それもないよー。休日くらい自分の趣味に時間使いたいから一人だってば。共通の趣味もないし。劇場どころかパーティメンバーと何処かへ出掛けること自体が稀。出掛けるならルドルフくらいじゃないかな? 一緒に飲むから酒と酒のアテくらいは2人で買いに行ったりはするよ?」
…そうじゃない…。
そういうことじゃないのよアルフレート。
でも、彼のズレた答えに安心する。
全く意識すらしていないということだもの。
「次って何だっけ」
「演劇みたいよ?」
踊りは男女比も同じくらいだったのに、だんだんと若い女性客の姿が増えてきた。
男性客は少なくて、居ても女性客と一緒な人ばかりみたい。
女の子に人気なのかしら?
結局開演までの間に先程の踊りと同じくらい客席は混んだ。
舞台の幕が上がり、華やかな衣装を着た役者たちが演じたのは、騎士と貴族令嬢の恋物語だった。
可愛らしい恋物語かと思いきや、なかなかにドロドロした内容だった。
「かっ、感情移入できないっ。誰の気持ちもわかんなかった…」
「そう?」
アルフレートには不評みたいね。
幕が下りて場内に灯りが灯された。
劇場はこれから1時間ほどお昼のお休みになるらしい。
とはいえ、午後も引き続き居る、という人もちらほらいるみたい。
「あなたを護れる男だと証明してみせます、ってわざわざ仲間置いて一人で竜に挑むとか意味わかんない。死んじゃったら護るもへったくれもなくなるじゃない。子供まで出来てんのに自覚あんの? 騎士って名誉だけでメシ食えんの? 御託はいいから身の丈で身近なとこからまず護れよそもそも危険に直面しないように上手く立ち回れよむしろ護るってそういうことじゃないの? 竜種の危険性なめんな? 一人ぼっちでアレに遭遇はガチでやばい…。思い出すと泣ける……」
アルフレートは騎士の行動や考え方に共感できず憤りを感じるらしい。
なんだか言ってることがすごく現実的。
「冒険者視点だとそうなのかしらね」
「私自身の考えかたも一般的な冒険者の考え方とも限らないけどね。Aランクくらいになると竜に挑む人って結構居るみたいだし。竜種はAからSランクの魔物だから、それさえ倒せれば、個体の脅威度によってはSにランクアップ出来たりもするからね」
そう言ってアルフレートは冒険者のランクの仕組みについて話してくれた。
基本的に自身のランクより一ランク上の魔物を討伐できる実力を個人で所有していると認められると試験と、講習の後ランクアップ出来るらしい。
「でも、お芝居の舞台って面白いねぇ。老後の資金を貯め終えてから冒険者に飽きたらどこかの一座に紛れ込みたいな」
「…ずいぶん先の話ねぇ」
ずいぶん気の長い話だこと。
でもアルフレートなら、この外見だもの。話題性のある看板役者になりそうね。
「舞台の天井に上がって照明当てたり花吹雪降らせるとかすっごく面白そう!」
…裏方!?
劇の感想を話し合いつつ、私達は劇場を後にした。
「ちょっと飲食店は混んできたみたいだね。お昼どうする?」
飲食店が活気に満ちてきた頃、周囲を見回したアルフレートがそう言い出した。
「まだあまりお腹がすいてないわね…。アルフレートは?」
「入らなくもないけど、私もそれほどすいてないね」
「じゃあ食事は後にして、いろいろお店とかを見て回りましょう?」
むしろ飲食店以外はこの時間はすくだろうし。ゆっくり見ることができそう。
「そうだね」
建ち並ぶ商店の店先を眺めながら、二人で歩いた。
「ぉお、新しく輸入食材のお店が何軒も出来てる」
「食材?」
「遠くの国の珍しい果物とか、調味料とか。見てて楽しいよ?」
「調味料…」
彼にそういったものを使うような機会があるのだろうか。
そう考えたのが顔に出ていたのか、アルフレートが笑った。
「宿屋暮らしの冒険者だからって、料理しないわけじゃないからね。私なんかは野営嫌いだから滅多にないけど、普通の冒険者は野外に出たとき簡単な調理くらいはするみたいだよ?手持ちの食料が無くなったら魔物の肉を焼いて食べたり。私は逆に休みの日に、宿の厨房借りてまとめて作ったりしてるけど」
「料理するの…!?」
「んー。簡単な軽食くらいは作るよ。あと料理人さんに説明がめんどくさいやつとかは自分で。ああ、今度食べてみる? 大抵いつでも持ってるから」
そう言ってマジックバッグを示してみせた。
「作りたての状態で仕舞ってあるよ」
「ある意味贅沢ねえ」
「経過時間を遅らせる機能と物をたくさん入れられる機能を両立させたマジックバッグが、あんまり無いなんて知らなかったんだよ…」
先日はそれで私にくれたマジックバッグの稀少性を知り、危ない目に合わないようにと気を使って来てくれたみたい。
少し常識に疎いところもあるけど優しい彼らしいと思えた。
「面白いものあるかな。ね、あの店見て良い?」
「ええ。いいわよ」
その店でアルフレートは、遠い国から運ばれてきたのだという見たこともない穀物と、それの脱穀前のものの見本を買い取っていた。
小麦の十倍の値段で、ちょっと吃驚したけど、アルフレートは店頭にあった在庫全てを買い取ろうとしていた。
私は果物をいくつか。お店の皆にもお土産ね。
「ね、ロザリンちゃん、次はあのお店行ってみない?」
アルフレートが示したのは服飾関連のお店だった。
最近増えてきた、既製服という予めある程度決まったサイズで作ってあるものを展示販売しているお店。
似合う服、身体に合う服が世の中に非常に少ない私には、やや敷居が高いのだけど。
「い、いいけど」
見て回ると、アルフレートに似合いそうなシャツを発見。
これはキープね。
「ロザリンちゃん、コレどう? 色とかどんなの好き?」
たっぷりと布地を使ったゆったりしたブラウスを示して、アルフレートが聞く。
素敵だとは思うわよ。私に合うかどうか別として。
私が服を選ぼうとすると、アルフレートが大好きなその部位がいつも邪魔をするのよ。
「ご試着されますか?」
「ロザリンちゃん着てみて」
…仕方がないわね。
「試着、します……」
試着室へと案内され、カーテンが閉められた。
この頼りないカーテン一枚だけしか隔てるもののない向こうにアルフレートが居るのだと思うと、何故かすごく恥ずかしいのだけど、普段あんな格好で会っているのだから今更と思うことにした。
着てきたものを脱いで、柔らかい生地の長めのスカートを穿く。
これは問題ないわ。
問題は次のふんわりしたブラウス。
おそるおそる着てみる。
「あら?」
「ロザリンちゃん、どう?」
すぐ近くからアルフレートの声がして驚いた。
それより更に、姿見に映る自分に驚いた。
思ったより胸が目立たない。
「ロザリンちゃん、よければカーテン開けてー」
「ちょっとまって」
くるっと回って後ろ姿も確認。大丈夫。
「どうかしら?」
「思った通りかわいい。次こっちも着てみて」
手渡されたのはパリッと固めの生地で出来たシャツ。
試着してみると、こちらもあまりぴったりしてなくてゆったり着れて、胸が目立たない。
「…いいかも」
すごく良い。
カーテンを開けると、眩しい笑顔なアルフレートと、挙動がぎこちなくなってしまった店員が待っていた。
それと二人きりにされたら、そうなっちゃうわよね。
「うん。似合うね。試着したもの、ぜんぶ下さい」
「い、一万四千ロフです」
「ちょっと待って。自分で払うわよ!」
「えー…」
何でもかんでも払おうとされるのも困るわ。
「ロザリンちゃん、どうする?それ着て行く? 包んでもらう?」
「包んでいただけるかしら?」
「かしこまりました」
試着室へ戻って急いで着替えて出てみれば、やっぱりアルフレートが会計を済ませた後だった。
「あ、る?」
「ひっ…!」
なによその驚き方は。
「わ、私だってこういうことをしてみたかったんだよ…少しくらいいいじゃない…」
「少しじゃないから問題なんでしょう?もうっ」
妙に、男性は身に着けるものを贈りたがるみたいなのだけれど、まさかそれがアルフレートにも当て嵌まるなんて思ってもみなかったわ。
「しかたないじゃない。これは種族関係ない男の本能だと思うんだよ。どうしようもないんだよ。だから私わるくないもん」
「何屁理屈こねてるのよ…」
「だってロザリンちゃんが駄目って言うんだもん。ね、今日くらい良いでしょ?」
話は平行線ね。
アルフレートは何が何でも私に支払わせるつもりは無いみたい。
「…わかったわよ」
そう返事をして、キープしていたシャツを購入して、店をあとにした。
飲食店が空き始めたころ食事して、またいろいろな店を見て回った。
もうそろそろ夕方、普段であれば準備で一番忙しい時間帯になって、アルフレートと共に第三商業区のほうに移動した。
第三商業区とは言っても、もちろんウチの店のあるような地区じゃなくてもっと手前側の、賑やかな酒場や大衆向けの食堂が多い地区。
いい意味で庶民的で、ほっとしてしまう。
「…………あの、ロザリンちゃん。…先日は変な誘いかたしてごめんね?」
「私は、誘って貰えて嬉しかったわよ?」
一緒に出掛けようなんて全てが下心からの誘いばかりだと思っていたのに、彼のは純粋に遊びに行かないかという誘いに思えた。
なんだか新鮮で、嬉しかったし、今とても楽しい。
「フォローありがと。でも流石にアレは無いよ我ながら」
「気にし過ぎよ」
「はぁ。ありがと。…いろいろ迷惑掛けた気がするから言うけど、女の子と出掛けるとか初めてなんだよ私」
「…その顔で?」
「はい?」
「初めて一緒に出掛けるのが私だなんて光栄だわね。でも吃驚したわ。せっかく誘ってくれたと思ったらすぐ無かったことにしようとするんだもの」
すごく悩んだけれど、一度は誘ってくれたのだから、と了承も拒絶もする前だったのをいいことに今朝押し掛けた。
「私、本当に、アルのこと好きよ?」
「勘違いしちゃうから、そういうのは言っちゃ駄目だよ」
苦笑して、本気にはしないアルフレート。
そうね。私だって普段は仕事柄リップサービスくらいはするもの。
でも…ちょっと待ちなさい、アルフレート。
「……アルフレート。知らなかったの? 娼婦は唇へのキスは滅多にしないわ」
するのは、本気の恋をしたときだけ。
ご褒美にと唇へのキスをねだられたとき、そんなものを望むのだからてっきり知っているものだとばかり思って、返事代わりに口付けたのに。
なのに。
「んもう! 何よ! 二回も! 私二回もあなたにキスしたのに!」
最近気づいたんですが、もしかして1話あたりの文字数多過ぎてたりしますか…?




