026
※前話から引き続き、治療に伴う意図しない性的な身体反応の描写があります。
ひとまず、フェイとルドルフには部屋から出ていってもらった。
下半身が緊急事態。
漏らしてしまったのと大差ない、いや、それ以上の恥ずかしさと居たたまれなさ……。
身内じゃないと抵抗と反応が大きいとは言ってたけど、これは酷い。
次があったら絶対他人には頼まないよ!
「アルフさーん、まだ魔法使っちゃ駄目ですからねー?魔力が残り少ない時って、回復量が少なめで貯まるの遅いんで、普段通り使っちゃうとまたすぐ無くなっちゃいますからねー?」
ちょっと声に驚いたが、扉の外からフェイによる注意事項が。
言われなかったら危なかったかもしれない。
「わかったー」
たしかに遅いな。
普段の私の魔力は毎秒炎の矢1発分くらいのスピードで回復するんだけど、今はその1発分チャージされるまでに10分くらい掛かりそうな感じがしている。
炎の矢はかなり省エネな魔法なのだけど、たったそれだけの魔力しか回復しないとすれば、普段通りの気軽さで水出したり風吹かせたりしてたらあっという間に再び枯渇するというのも頷ける。
ちなみに手を洗う時とかによく使ってる水の球を出すのや乾かすのは炎の矢と同等、狭い範囲の探査も炎の矢と同等、弱めの身体強化や知覚強化は炎の矢二、三回分くらい。
普段ならポンポン使ってるけど、今はまずいだろう。
それでも少しずつ頭痛も目眩も軽減されつつあるし、回復し始めてるのを実感できたことで、すごく安心した。
朝、全然回復してないのを感じて、ちょっと怖くて信じたくなかったし、そよ風すら起こせなかったことに気づいたときは脚が震えそうになった。
ホッとしたせいか、涙が出てきた。
「アルフレートー?まだかー?」
「まっ、まだ!」
そこで鍵が開いてるのに気づいた。
しんみりしている場合ではないよ!?
着替えてる途中で開けられたら困るので施錠を、と考えたところで先程のフェイの注意を思い出した。
魔法はダメ。
ドアまで歩いて、手で施錠。何年ぶりだろう。
全く使わないで生活するって今となっては難しそうだな。
脱いだものはすごく嫌だけどそのままマジックバッグへ放り込む。
後で魔法が使えるようになったら洗おう⋯。
ちなみにマジックバッグは、普段から余剰魔力を貯めておくように改造してあって、戦闘中でも即座に中身を取り出せるようにしたものだったんだけど、こんなところで役立つとは思わなかった。
使えなかったら、着替えすら出せないところだったよ!
フェイも、ぼかさずもっとはっきり言っておいてくれればよかったのに。
魔力枯渇こわい。
一体何なの。
全然快感もないのに勝手に反応させられて、ただ恥ずかしい思いだけ味わうとか。
それよりもあの電流。かなりシビレる。
控えめに言って激痛。
それも頭の天辺からつま先まで全身くまなく痛いとか、怖すぎる。
神経に沿って流れて、焼き切れるんじゃないかと思った。
目もチカチカして見えなくなるし、音だって耳鳴りで聞こえなかった。
二度と体験したくない恐ろしさだった。
「不便だ! すごく不便だ!!」
着替えながら愚痴る。
私が快適に暮らすには魔法は必須なのだと結論付いた。
生成りの綿素材っぽいボトムを穿いて、ついでに上も着替えることにした。
ちょっと気温が高めみたいなので半袖シャツ…いやタンクトップでいいや。
いつもみたいに気温調整も出来ないからね。
今日はダラける気満々なのだ。
どこにも出掛けずダラっと過ごすのだ。
まだちょっと頭痛いし。目眩もするし。
着替え終わって鍵を開けてルドルフ、フェイ、マデリーンさんを招き入れる。
換気するのを忘れていたのに気づき、そっと窓を全開にした。
なぜか三人とも私のほうをチラ見するんだけど、いたたまれない。
ルドルフにいたっては、凝視?
じっと見てる。
「何?」
「相変わらず首から下の違和感すげえ身体してんなって思っただけだ」
「顔から想像する身体との差が大きいというか、思ってたのと違う感じがするんですよね。毎回。知ってるはずなのについ見ちゃいます。すみません」
「意外です」
まあ、薄着をした際のよくある反応だね。
「……そっかー。まぁ好きなだけ見て面白がるといいよ」
「あはは。とりあえず魔力欠乏症の件もなんとかなりましたし、ポチくんも無事で済んでよかったですね」
…うん?
もしかしてポチさんは消失の危機にあったのかい?
よく考えたらポチさんは私の魔力ありきで外界に存在してる、ダンジョン産の魔物。
もし、私の魔力がない状態が、長く続いてたら……?
「予想以上に危なかった!? あれ? 私、フェイにポチさん紹介したっけ?」
「リーダーから聞きました。確かにすごく見事な一角狼ですね。はじめまして。僕はフェイです。アルフさんと同じパーティのメンバーで魔法使いです」
「ガウワウ!」
なんだか懐いてる?
まあポチにとっては命の恩人である。それもしかたなかろう。
「とりあえず椅子出すから座って」
マジックバッグから椅子を三脚取り出し、勧める。
私自身はベッドの上に座った。
「まずは、フェイ。ごめんなさい。あと、ありがとう。いろいろあったけど、おかげで魔力は回復し始めました」
「いえ。よかったです」
取り乱したとはいえ先ほどは礼をいうより先に責めてしまった。
「じゃあ、私の昨夜の行動から説明するね」
水蜜の館での失敗は言いたくないし言う必要もないだろうと思うので、友達に会った帰り道に発見、とだけ言うことにする。
「で、興味本位で戦闘音のするほうへ行ったわけですよ」
「アルフさんていつも無駄に慎重なのに時々妙なところで冒険しますよね」
「無駄!?」
「確かに」
心外だ。常に安全確保しつつ動いてるだけだよ。
フェイは時々でっかい何かを刺してくる。
「むう。……で、強化各種がっつり掛けて臨戦態勢で直行したら、マデリーンさんを発見したんだよ。本当にあのへん物騒だね。両手に抜き身の剣ぶら下げて一角狼と並走してるやつがいても誰も気にしないとか怖すぎ!」
裏路地きけん。
1人で行っちゃダメ。ぜったい。
「確かに物騒だな、無限に連続速射可能な攻城兵器レベルの移動砲台が、装填済みでぶらついてる区域とか」
うん? どういうこと?
「移動砲台」は魔法使いの比喩だった気がするけど、いまいちわからない。
まあいいか。
「発見したときの彼女は、やたら執拗に顔を斬り刻まれていて、右肩から先が斬られて消失してた」
「え…顔?」
ペタペタと自らの顔に触れるマデリーンさん。
触っても傷跡は無いはずですよ。
「動脈バッサリだったし、そのままだと死ぬかなと思ってとりあえず肩を止血だけして、顔の傷を修復して、そこまでやったなら腕もと思ったんだけど探しても腕が落ちてなかったから再生させたら結構ギリギリで」
「「「再生」」」
「生やしたんですか。いつも通り非常識なレベルの魔法を使いますね」
3人声揃えて。
「非常識なの? 部位欠損でも頑張れば治癒出来るよね? ご近所さんの脚がもげたときも奥さんがくっつけてたし、ウチでも私の耳とすぐ上の兄の指が消し飛んだとき、いちばん上の兄が生やしてたよ?」
ちょっと行き過ぎた兄弟喧嘩で兄の指が消し飛んだけど、その前に私の耳が消し飛んだので、悪いのは私じゃないと今でも思う。
今でも右耳の先っちょだけ感覚が少しおかしい。
「エルフ以外無理じゃね?」
「絶対魔力足りないです。宮廷魔道士でも千切れた指を五人掛かりでなんとか繋げられる程度らしいですよ。十五年くらい前に王子の指だったかが大変なことになったらしいです」
「そ、そうなんだ…?私またやらかした……?」
腕生やすのは普通じゃない、と。
覚えとこう。
「まあ…最初は身体の他の部位から少しずつ肉とか骨とか削って腕を再構築しようと思ったよ。思ったけど腕一本分も削れる場所なんてなくて、せいぜい肘までだなって思ったけど。私はマデリーンさんとは行きずりで、今後会うこともないだろうから続きは後日なんて無理だと思ったから、まるごと再生することにしたの。昨日は殆ど魔法使わなかったからイケるかと思って」
私は、自分がやった治療について、そう話した。
実際、再生だけなら間に合ったんだよ。
「…わ…私の腕は1年前から無かったのよ」
「あ。そうなの?」
「護衛依頼の最中に黒竜に喰われて…。ツレもそれで死んだし、借金が出来て。手持ちの一切合財を処分してそれは片付いたんだけど、出来る仕事も無くて…⋯今回はその腕を更に斬られたってだけだったの…」
あ、やっぱり元冒険者か。
筋肉の付き方もだけど、足の運び方とか歩き方とか、むちゃくちゃ前衛職っぽいんだよね。
しかも結構高ランク。
「そうだったんだ? まぁ、再生したあと、マデリーンさんはまだ意識もないし、そんな状態の女性をその場に放置するのも危ないなぁと思いなおして、銀麦亭まで運んだの。空室なかったからとりあえず私の部屋でいっかーと思ってベッドに寝かせたところで私が力尽きた。今朝はありがと。気持ち悪くて吐きそうなのに立てなくてどうしようって困ってたから」
吐瀉物の始末までさせてしまってすまない。
マデリーンさんのほうへ視線を向けてぎくりとする。
彼女は声もなく泣いていた。
ルドルフもフェイも気づいたようで慌ててる。
他が慌てると逆に落ち着いちゃうって本当なんだね。
そして女の子が泣いてるとわたわた狼狽えるのは、君らも同じなんだね。安心した。
でもフェイみたいにハンカチ差し出すとか、ルドルフも私も思いつきもしなかったあたり、何かを物語ってる。
そんなイケメンな行動、私には出来ない。
「ありがとうございます…ありがとう…。ぅああああ」
今まで耐えてた何かがあったんだろう。
街娼なんてかなり大変だろうし。
彼女は堰を切ったように号泣しはじめた。
残念なことに、泣きじゃくるマデリーンさんに胸を貸すなんて思いつくような気の利いた男は、この場にはいなかった。
「えっと、腕ごと治癒したからマシなんだろうけど、結構血も流れてたから、注意してね? 冒険者に戻るにしても、すぐに以前ほど動けるわけないんだから、無理しちゃ駄目だよ」
そう声を掛けて気まずさを誤魔化そうとすると、マデリーンさんが吃驚したような顔で固まっていた。
「冒険者…?」
「うん? 戻らないの? どう考えても冒険者に復帰したほうが稼ぎ多くない?」
Bランクな私が依頼を請けて一晩で稼ぐ金額は多ければ金貨三枚くらい。
あんまり夜やるような仕事は請けないけど。
昼間の仕事のほうが素材も得られてオイシイし。
ロザリンちゃんは高級娼婦なので、客をとった日はロザリンちゃん自身には一晩で金貨1枚ほど支払われるそうな。
街娼だとお店を通さないぶん全額が自分のものだろうけど、一晩で5人こなしても銀貨5枚。
推定高ランクのマデリーンさんなら復帰すれば私と大差ない稼ぎは得られるはずで。
資金不足で初期投資ができないからかな?
「使ってない余り物の装備品、使えるようだったら譲るよ? さっきのコートもよかったら使って? 着れたみたいだし。安物でよければ新品の剣もいっぱいあるよー」
「…いやアルフレートの剣はちょっと止めたほうが…⋯なまくらだし」
なんだよ。
鈍器として使うことも多いんだから、なまくらでもいいじゃないか。
「アルフレート、普通の人は剣を鈍器として使わねえ。普通に切れる剣がいいと思うぞ」
なぜ考えてたことがバレてるし。
「それじゃ、そうだなぁ…大金貨一枚貸します。無理なく返せるようになったら返してね」
高ランクなら大金貨くらい遅くとも数ヶ月以内には稼げる額だ。
「なんで、そこまでしてくれるんですか…」
「うーん。可哀そうだからって生き物の生き死にに深く関わろうと思ったなら、その子がひとりで生きられるようになるまでは責任持ってお世話しなさいって、父さんと姉さんが言ってたから…?」
「アルフレート、それは野生動物のことじゃないのか…?」
呆れたような口調で言わないでよ。
「ヒトだって一緒でしょ。治すだけ治しても放り出しちゃったら意味ないじゃない。その後すぐ困窮する状態じゃ助けた意味もないじゃない」
野生動物ならしばらく餌やるだけで済むけど、ヒトならジリ貧状態だった場合は生活基盤くらい整えてやらなきゃすぐ困窮する。
「大金貨は大金です。助けてくれて、腕を治してくれて、そんなお金まで…」
「大金なのは今のあなたにとって、でしょう?以前のあなたにはせいぜい数回依頼をこなせばどうとでもなる金額だった……ちがう? 私にとってもそんな金額だよ? 腕だって、高価な薬を使ったわけでも、医者に診てもらったわけでもないから元手はタダだし。ちょっと想定外はあったけど」
ブランクもあるからすぐに完全に戻るわけはないけど、それでも初心者Fランクのスタートとはわけが違う。すぐに稼げるようになるだろう。
「以前のような装備を整えるには到底足りないだろうけど、Dランクが使う程度の装備は整えられるし、初期費用くらいにはなるでしょう?」
高ランク冒険者の装備品っていうのは高価だ。
私だって主武装こそ千五百ロフ以下のお買い得大特価だけど、他の装備品は売れば人族が一生暮らせる程度にはなるだろう。
多分マデリーンさんが背負った借金っていうのは、そういう金額。
マデリーンさんはおそらく高ランクだっただろうから、それなりのものを装備していたはず。
装備品を処分すればある程度は払えたんだろう。
「ありがとう……ねえ、これ夢じゃないわよね…」
「だいぶ醜態晒した私としては夢だったらいいのにと思うけど、残念ながら現実なんだよ…」
みんなの記憶を消す魔法って、なんで無いんだろうって思うよ。
「なあ、冒険者の時のランクは?」
単刀直入に聞くねルドルフ。
「最終ランクはAだったわ。Aランクに上がって一年もしないうちに転がり墜ちたけれどね」
自虐的に言うけど、Aか!
「へぇ? 俺とアルフレートはBだ。そっちのフェイはC。どこか肩慣らしにでも行ってみるか?」
「あ、いいかも。ねえルドルフ、多分私完全に回復するまで五日間は掛かると思うんだ。だから次のパーティでの活動の日はちょっと間に合いそうにないから、マデリーンさんに私の代わりに入ってもらってもいいかな?」
「さすがにそのへんはリィナとライリーにも聞かねえとな」
さすがに二週もパーティでの活動が無いとパーティ組んでる意味って何?という話になってしまう。
お休みするのは心苦しいのだけどマデリーンさんが代わりに行ってくれたら気が楽なんだけどな。
「僕、ライリーとリィナさん呼んできますね」
そう言って、フェイは足取りも軽く部屋から出ていった。
協議の結果からいうと、マデリーンさんはその後すんなりと私たちのパーティの一員になり、ウチのパーティはBランクパーティになった。




