024
※花街、娼婦の負傷、身体欠損および治療に関する描写があります。
苦手な方は下の後書きまでスクロールしてください。
後書きに三文ほどの要約を載せております。
「今日はもう帰るの?」
ロザリンちゃんにマジックバッグに関する注意喚起を済ませた私は、そのまま銀麦亭に戻ることにした。
「うん。さすがに3日間連続ってどうかと思うんだ」
泊まりもしないのに無駄に支払っている銀麦亭の宿代がもったいない。
「しっかり一晩分支払っておきながら?」
「一晩分払っとけば帰る時間も自由でしょ?時間決められるの好きじゃないんだ。あと支払わずにロザリンちゃんに会う方法を私は知らない」
「…まぁ、確かにそうね。ただ、今回みたいな要件なら、開店前にいらっしゃい。夕方になるとさすがに忙しくって無理かもしれないけど、午後からなら絶対起きてるし大丈夫よ」
おお!それはいいね!嬉しい。
「そう?」
「み、店のほうにも言っておくわね」
目を逸らされたけど、約束ね!
「ちなみに、いつか聞いてみようと思ってたんだけど、ロザリンちゃんって決まったお休みとかあるの?」
「それは当然あるわよ。とりあえず来週1週間は休みの予定よ。それ以外の休みは月に3日だけ自分で決められるの」
「えっ。1週間も居ないの…」
残念だなと思ってつい言ってしまったけど…。
「だって仕事出来ないんだもの。…その、アレで」
「あっ。そか、そうだよね。ゴメン」
ゴメンね。
気まずい。空気読めず申し訳ない。
しかし。そう考えるとわりとホワイトな労働時間だね。
お店によっては、その期間は裏方に回る、なんてとこが多いらしいのに。
「アルフレートは考えてることがわかりやすいわね。ウチは高級娼館だもの。それくらいのことはしてくれるのよ」
ふふふって笑うロザリンちゃん、やっぱり可愛いなぁ……なんて考えてたせいかもしれない。
「ね、…もし体調悪くなかったらで良いんだけど、どこか出かけない?」
気づいたらツルッと口から出ちゃってた。
いや駄目だろ。普通嫌がるだろそんな日は。
むちゃくちゃ軽くてホイホイ外出してた朱里さん基準で考えちゃ駄目だ。
個人差もあるのだ。ロザリンちゃんがどの程度かはしらないけど。
「わぁちがった!ごめん今の忘れて!」
アカンて。
何言っちゃってんの。
「私帰るね!またね!」
その後は全力で逃げ帰った。
う"あああ〜。
水蜜の館を出て、少し走った辺りで息が切れて立ち止まり、座り込む。
ポチさんは何も言わずに付いてきてくれたっぽい。放置して走り出してごめんね。
「ぅあ。やってしまった…⋯。人生初のデートのお誘いを無意識にした挙げ句無意識だったせいで失敗…う"あああ!」
我ながら酷すぎる。
お一人様歴イコール年齢でも、これはあんまりだ。
恥ずかしくてたまらない。
顔を両手で覆う。
こんな大失敗は、一生後悔できる自信があるよ!
「くぅん」
「ポチさぁん…⋯」
慰めてくれるポチさんが愛しい⋯。
顔中をべろんと舐められる。
「はぁ…」
酒でも買って部屋で飲もう…。
辺りはもう日も落ちて暗い。
この時間じゃ酒屋も閉まっているだろうから、割高になるけど酒場でボトル購入するか…。
そうなるとこの辺の酒場ってどうなの。
この辺りに建ってる酒場って、実質どこもただの売春宿だし。
ロクなお酒出してないっぽいんだよね。
殆どの客がエールで喉を潤す程度っぽいし。
エールって味が苦手なんだよ。
プレモルが飲みたい。
小説とか漫画で「とりあえず生で」的な感じでエール飲んでるシーンとかあったりするけど、ラガーとエールじゃ酵母が違うせいで全然味が違うじゃん。
ちなみに朱里さんはプレモルとヱビスが好きだった。
ヒューガルデン・ホワイトとか、バドワイザーとか、チンタオは試したけどいまいち好きになれなかった。
その時ふと、遠くで金属同士がぶつかるような、具体的にいうと刃物同士がぶつかるような硬質な音がしたような気がした。
キィン、という耳障りな音だ。
喧騒に紛れていたけれど、あれは確かに武器がぶつかる音。
だって、全身粟立つような感覚がするから。
油断のならない戦いの空気感。
こんな花街には不似合いな…いや、意外とそうでもないのか?
「ポチさん、ちょっと行ってみよ?」
「ガウ!」
走りながら自分に魔法を掛ける。
身体強化、物理障壁、魔力障壁、認識阻害。ついでに剣にも強化を掛けておく。
いつでも衝撃波くらいは撃てるようにして、とりあえずの準備はOK。
もう音は聞こえないんだけど、かわりに明らかに漂ってきた、鉄臭いにおい。
身体強化のついでに知覚強化してみたせいもあるかもしれないけど、随分濃いな。
酒場という名の連れ込み宿が建ち並ぶ区域だ。
やたら露出の多い服装のウェイトレス的な女性がいっぱい居るお店。
あとは街娼のお姐さんたちの姿が暗い路地のほうにちらほら。
なんとなく見当をつけた方向に向かって歩いた。
路地に入ると血の臭いが強くなる。
…その他の雑多な臭いも強いけど!
知覚強化は失敗だったかな!?
ポチさんが先導するように血の臭いの元のほうへ迷いなく進んでいく。
臨戦態勢で足早に通り過ぎる私のことなんて、この路地裏にいる人たちは、側を通っても気にも留めていないようだった。
別の意味で臨戦態勢なときって、もっと警戒心無いものなの?
一番無防備になるのにこんな環境じゃ、私はできないよ…。
その時点では何が起きていたのか知る由もない私は、そう呑気に考えていた。
剣戟の音がしていたであろう、袋小路になってたその場所には、1人の娼婦のお姐さんが血溜まりの中、うつ伏せに倒れていた。
その女性は、左手に短剣を握っていた。
右手は肩から先が無い。
すっぱり斬られていて今も血が噴き出している。
美人なのかどうかは判らない。顔が斬り刻まれていたから。
急いで動脈からの出血だけでもと思い、むりやり止める。
それからちょっとお尻が丸出しなのと、そもそも纏ってる服の布地が薄すぎてお尻以外も透けてるせいで、非常に目のやりどころに困る。
マジックバッグから昔着てたユニコーン革のコートを出して掛けておいた。
治療の前に魔法で探査。
身体の前面を中心に、顔以外の傷の有無を調べる。
とりあえず大きな傷は無し。
小さな切創、擦傷だけだ。
ひっくり返せば目視で済む話だけど、丸出しの下半身は、お一人様歴イコール年齢には厳しいです⋯。
あとは脳震盪くらいか。
何か罹ってる病気は…軽い性感染症。
女性側はそれほどでもないけど男性のほうは異様に痒くなるっていうやつ。
あれ以来、信頼できるお店の娼婦さん以外とはしないことにしてる。
「これから魔法で治癒しますね」
聞こえているかどうかは判らないけど、きちんと声はかけておく。
勝手に魔法掛けるのも失礼だと思うし。
ふう。
自分の呼吸をまずは整える。
そして集中。
まずは殺菌消毒。
有害な細菌などを除去するイメージで発動。
傷から感染症に、って概念もこの世界にはまだあまり無いようなのだけど、私は傷の治癒をする際には必ずこの魔法もセットで使ってる。
軽い感染症ならこの程度で治るだろう。
傷口に異物が付着していないか、等探査を行いながら、慎重に顔の傷を一つずつ修復。
鋭利な刃物の切創で助かった。
傷も潰れてないし、これならくっつけるだけで済む箇所が多い。
外科的に縫うのと違い、魔法でくっつけるので傷同士の距離だとか考えなくていいのが良い。私じゃそもそも縫えないし。
場所が顔だから、傷跡も綺麗に消えるようにしてあげたいし。
傷同士が平行で近すぎると縫えないらしいんだよ。本当かどうかは知らないけど。
顔の次は腕の復元。
止血から先の治療なんてしてやる義理もないけど、日ごろの行ない良くしといたら良いことあるかなーと思ったので、やってしまおうと考えた。
ただ、斬られた腕がどこにも見当たらないんだよね。あったらくっつけるだけで済んだのに。
ちなみに魔法全般が苦手な私だけど、この部位欠損をむりやり何とか出来るのは、数少ないアドバンテージ。
記憶持ちなおかげで、ある程度の人体構造を知ってるからだろうか。
医学知識というほどではないけど、図解で配置や機能をある程度知ってるというのはこの世界の他の住人より有利で、使用する魔力も少なくて済むのだ。
私は治癒魔法も苦手だけど下手ではない……はず。たぶん。
骨を形成し、筋肉、血管、神経系…。
欠損を補う場合、普通は他の箇所の肉や骨を少しずつ材料として回して、順に作っていくわけだけど、それだと今回だけで全部は無理かな…。
材料が足りなくなっちゃう。
まずは肘までにしておいて体力を回復してもらい、再度施術、ってのが理想なんだろう。
でも、この人とは行きずりだから今後会うこともないだろうし、完全に全部作ってしまいたいんだけど⋯。
他からの材料の調達は…難しそうだ。
これを何とかしようとすると、魔力にものをいわせてむりやり、ということになる。
人の腕一本をまるごととなると、かなり必要かもしれない。
今日は殆ど魔力を使ってないので、魔力の残量はかなり有る。むしろフル充電。
これならギリギリだけどイケるかも…?
…よし。とりあえずやってみよう。
DNAを元にしてバランスを崩さないように左腕を参考にして右腕を、造る。
なんかこのお姐さん、やけに体脂肪率低いね。お胸も脂肪だけじゃないような。
さっき見ちゃったお尻も、ロザリンちゃんみたいな普通の女の子みたいな柔らかそうな感じじゃなくて、アスリートっぽく大臀筋がしっかり発達してる感じだった。
娼婦さんぽくないというか…はっきり言えば冒険者の前衛に多いタイプ。個人的にはあんまり興奮しない。
まぁ人の好みは千差万別だし、ニッチなとこを狙ってるのかもしれない。
私は大胸筋ではないふんわりおっぱいのほうが興奮するけどね!
先ほどから治療しながら最低なことを考えているが、そうでもないと私の気分が滅入ってしまい、ミスしそうだからだ。
それはさすがにお姐さんに申し訳ない。
私の精神状態を良好に保ち続けないと⋯。
つとめて、明るく考える。前向きに。大丈夫。
さて、腕の再生だ。
骨を作り、筋肉、血管、神経、その他諸々…それぞれを肩の方から順に作っていく。
それなりの筋肉量の腕。
しなやかで俊敏に動きそうな腕をイメージして魔力を流していくと、逆にぐんぐん吸われ始めて少し焦る。
足りるか…?
もう少しだ…。
あと指先だけ。
魔力残量がびっくりするほど減ってて結構ツラい。
ここまできたらもう半分くらい自棄だ。
「いっけぇええ!全部ぶっこんだるわぁ!」
終わった瞬間、くらりと目眩がした。
ちょっと貧血にも似た感じ。
視界が暗い。
ぐらっと倒れかけたところをポチさんが支えてくれた。ありがとう。
さて、この場に置いてくのもどうかと思うんだけど、どうすべきかね?
当初は治癒だけして立ち去る気満々だったけど⋯。
助けるなら最後まで、って父さんや姉さんの言葉も思い出したし。
「ポチさん、背中にこの人乗せるから、銀麦亭まで運んでもらえる?」
「ガウッ」
了承してもらえたので、お姐さんをポチさんに乗せるべく、コートで身体を包むようにしつつ抱き上げ……ようとした。
「ぐお、重い」
ここで軽々とお姫さま抱っこするべきなのだろうが、所詮非力種族エルフでしかない私には魔法での補助が無ければ出来ない芸当だった。
「もう空っぽだよ、もう頑張れないよ…」
同族と比べてもかなり魔力多めらしい私でもこれは無茶だった気がしないでもない。
はぁ…。
…泣き言言っててもどうにもならない。もっかい、チャレンジだ。
「っ、…ッぅおあああ!」
ほんの少しだけ身体強化して、何とかポチさんの背に乗せることに成功した。
腹這いになる感じでポチさんの背に乗せたら若干苦しそうな感じだけどまあ許して欲しい。
頭痛がしてきた。
「ポチさん、私も一緒に運んでもらえるかな…?」
「ガウッ!」
「ごめんね。頼むね」
もはや歩く元気すらない。
ポチさんの背に倒れ込むと、意識が薄れていった。
「まあアルくん、どうしたの? 大丈夫? この人どうしたの? 傷だらけよ?」
目を覚ましたのは銀麦亭の女将さんに声を掛けられてだった。
相変わらず頭痛と目眩がひどい。
魔力に余裕がなかったので彼女の体表の細かい擦傷とかは自然治癒でなんとかなるだろうからと放置していたから、さぞかし傷だらけに見えることだろう。
「倒れてたんです。すみません、あとで支払うのでこの人の分でお部屋を一部屋お願いします…」
「ごめんなさいね、今夜は空いてないのよ…」
「……うっぷす」
マジですか。
女将さんは申し訳なさそうに言うけど、女将さんのせいでもないし連れて来ちゃった私が原因なので仕方がない。
「……ポチさん、私の部屋に運んで⋯」
もはや余裕というものが、一切無い。
喋る音数も減らしたいし、動作も極力減らしたい。
一刻の猶予もなく、とにかく寝たい。
回復するまで何もせずじっとしていたい。
ポチさんに背負われたまま部屋に戻る。
到着した時点でなんとか自力で降りたあと、残った魔力を総動員して彼女をベッドの上へと運んだ。
そこで記憶が途切れたので、おそらく意識を失ったのだと思う。
アルフレートはロザリンへの注意喚起後、ロザリンをデートに誘おうとしたものの失敗。
逃げ帰った帰路で瀕死の街娼を発見。
魔力をほぼ使い切って右腕と顔の傷を治療する。




