022
※夢魔に殺された遺体について、やや不謹慎な表現があります。
私を指差して大声を上げている冒険者と私に、周囲の視線が集まる。
とりあえずトラブルの気配がするので、素早くこの場を離れて難を逃れろ帰れと4人を視線で誘導。
たった1日の付き合いだけど、伝わったようで良かった。
「うーん?」
「アルフレートさん?知り合いですか?」
キャサリンちゃんに問われるものの、全く心当たりがないよ!
短い茶色の髪と、同色系の目、15〜16歳前後。
ウーン…。
「んー…。わかんない。全然知らない子だよ」
「そうですか。では小会議室へお戻り下さい」
「はぁい」
「ガルルルル…」
キャサリンちゃんに促され、素直に会議室へと戻る。
関わりたくないし。
そして何故かポチさん不機嫌。ポチさんの知り合いですか?
「ちょっ、待ちやがれっ!」
「キャサリンせんぱぁい…」
件の冒険者を担当しているカウンターの若い男性職員がキャサリンちゃんに助けを求めている。
「私は接客中です。自分で対処なさい」
「先輩、お願いしますよぉ」
キャサリンちゃんは塩対応モード。
なんかこの職員くん、下衆い笑い方するなぁ。
わりとイケメン寄りなのに女性冒険者からの評判はあまりよろしくないみたい。
帰りの道中でリリちゃんから聞いた嫌な職員というのは特徴からして彼だろう。
伸ばした語尾はかわいい子以外がやると気持ち悪いんだと知った。
「アルフレートさん、ギルド支部長を呼んで来ますので、掛けてお待ち下さい」
「はぁい」
キャサリンちゃんに背中を押され、小会議室へ戻るとパタンと扉を閉められた。
念の為、記録用魔道具を起動しておく。
魔法で探査すると、扉の向こうに2人分の気配。
先程の冒険者と職員くん。
キャサリンちゃんが来るまでは時間を稼ごう。
扉が鍵付きだったので、キャサリンちゃんが来たら開錠することにして、とりあえず今は施錠。
その途端に案の定というべきか、ガシャガシャと開けようとしている。
今、チッ、とか舌打ちの音がしたよ!何なの!?
ここがギルドじゃなきゃ全力で迎え撃つところだよ!?
ドキドキしつつ待っていると、扉の向こうにキャサリンちゃんの気配が。
カチリと開錠。
「何をしているんです?」
「そちらのお客様に問い合わせをと思いましてねぇ?」
「アルフレート氏に?後にしていただけますか?こちらの要件が重要案件ですので」
「へぇ?随分庇いますねキャサリン先輩。羨ましいですね先輩とそこまで仲が良いなんて。そんなにあいつのって良かったんですか?」
「勝手な妄想を周囲に撒き散らすのはお止めなさいド三流。そうやって相手を見ずに声の大きい方へばかり尻尾を振るから左遷されるのよ。さて退いてくれる?Eランクの…マルクさんだったかしら?」
マルクくんというのか、あの冒険者。
そしてEランク、と。
……知らんな。全く記憶にないぞ⋯。
「お待たせしました。支部長もまもなく参りますので先に軽く報告だけさせて下さい」
カチャリと扉を開けてキャサリンちゃんが入室する。後方でマルク氏と三流と呼ばれた職員氏が睨んでる。
面倒くさいな。
「キャサリンちゃん。申し訳ないけど、あちらの言い分を先に確認してもいい?」
「そうおっしゃるなら。ではキール、マルクさん。問い合わせ、とは? 時間も無いので手短にお願いします」
どことなく威圧的にキャサリンちゃんが言うと若干たじろぎつつマルク氏が口を開く。
「そ、そいつがダンジョンで一角狼をけしかけてきたんだ!」
うん?
「証拠を添えてご提出下さい。…で? 問い合わせはどこへいったのでしょう? 質問も無いようなので失礼しますね」
何か思い出しかけたのだけど。キャサリンちゃんはすげなく塩対応。
うーん。ダンジョン?一角狼…?
「ちょっと待てよ!!そいつのせいで2人も死んでるんだぞ!?」
ふぅん?
「……ああ。思い出した」
昨日とは思えないほど薄っすらした記憶だったけどやっと思い出せたよ。
「君が見殺しにしてダンジョンに置き去りにしてきた2人のうち1人は生きてるよ。1人は私が戻った頃には確かに死んでたけど、もう1人は足の治療はしたからね。私に露払いさせてついてきたからじゃなく自力であそこまで行ったという君たちの言葉が本当なら、怪我さえ治れば自力で戻れるでしょう?そもそも死んだのも、帰る途中で足滑らせただけみたいだったし?自業自得だよ。それと、一角狼をけしかけた記憶は無いね」
重要なところを強調しつつ、言うべきことは言っておく。冤罪対策は大切だよね。
「従魔だろ!お前が命令したんじゃなかったら俺たちのほうにだけ来るわけないだろ!」
「いや従魔じゃなければ尚更そっち行くでしょ、一角狼の習性的には。一角狼って自分より弱そうで、確実に狩れると思った相手にしか挑まないんだけど、知らない?」
むう。ヒートアップしてる相手って面倒くさいなぁ。
自業自得でしょ。私のせいじゃないってば。
キャサリンちゃんは「そういうことね」って顔してるし、職員氏改めキール氏は早とちりに気づいたのか「やべぇ」って顔してる。
「その時点ではポチは私の従魔ではなかったし彼らを狙ってるんだなぁって思ってそのまま傍観してただけだよ。一角狼って素早くて地味に面倒くさいし」
ポチさんは私と違って彼を覚えていたのだな⋯。
「なるほど。事情は理解しました。では、キール。あとはあなたが適切に対処しなさい」
「マルク氏1人が騒いでただけなら、どうということもないけど、ギルド職員がここまで騒ぎ立てたんだから変な噂になりそうだね。不利益な噂は私も困るなぁ。被害者として。キールさん火消し頑張ってね?適切に対処して下さいね?」
私だって嫌な気分にさせられれば、嫌味を言っちゃうことだってあるのだ。
すっごい形相でキール氏がマルク氏を連れて去っていく。
左遷されたらしいけどさすが窓口担当のギルド職員。Eランク程度には力負けしない。
「キャサリンちゃんも大変ですね」
2人顔を見合わせて、それぞれ手近な椅子に腰掛ける。
キャサリンちゃんは私が初心者のころ新人さんだった職員なので、他の人に比べるとちょっと気安い。
ちなみに見た目完璧に人族なキャサリンちゃん、何故かあんまり歳取らないのが不思議だったんだけど、お父さんがハーフエルフだったらしいと最近になって知った。
よーく見ると耳の端が尖っているように見えなくもないんだよね。判りにくいけど。
基本的にエルフとかハーフエルフの女性はスレンダーというかお胸もスリムな子しか居ないからしばらく気づかなかった。3代であのサイズにしちゃうとか人族のDNAすごい。
大きいお胸が大好きな私としては、クォーターエルフは狙い目だろうか。
水蜜の館のロザリンちゃんくらい親切で優しい子がいいな。
いや、できることならロザリンちゃん本人を嫁にしたいが。
「同情は止めて。悲しくなるから。結構濃い出来事に思えるんだけど本当に忘れてたの?」
「顔を見ても全然思い出せなかったよ。他の記憶が更に濃ゆかったから」
あまりの絶景に珍しくムラムラッときて朝から致しちゃったのとか、飛竜便のセオドアと飲む約束したとか、クレイの親父さんの串焼きがめちゃくちゃ美味しかったとか、ポチさんとの出会いとか、ものすごい状態で発見したデイヴィッド氏とか、ポチさんに乗ってルドルフと爆走したとか、ロザリンちゃんのとこでルドルフと飲んだ美味しいウィスキーだとか、ルドルフの一撃が思考が飛ぶほどの痛みだったとか。
昨日はとにかく特盛だったのだ。
途中で出会った生意気盛りなEランク冒険者のことなんてよくあることだし覚えていられるわけがない。
「昨日はいろいろあったから」
「そう。じゃぁ昨日の件の報告ね。素早い対応と報告をしていただけたおかげで、デイヴィッドのパーティが街を出る前に捕縛することが出来ました。ありがとうございます。彼らの取引先に関しては現在騎士団が処理に当たっているそうよ」
キャサリンちゃんに顎のあたりを撫でられてポチさんは気持ちよさげに彼女に擦り寄っていた。
騎士団が出ていったとなると相手は貴族で確定か。面倒な。
「やっぱり自供通りだった?」
「ええ。完璧に」
「大丈夫かなぁ」
貴族相手だと、黒でも白くなる国だからなぁ、ココ。
「貴族といっても落ち目の男爵家だったから。大丈夫よ」
「そう?」
ちょっと安心した。
胸を撫で下ろしたところで、支部長さんが到着。
昨日会ったときより若干お疲れ気味だね。
面倒くさい案件持ち込んですまない。
「わざわざ時間をとらせてすまなかったね」
「いえ。ココに寄ったついでですし」
支部長さんは結構腰の低い人。親切そうだしいい人っぽい。
「ありがとうございます。それでこちらへ来てもらった理由なのですが、質問というか、実はデイヴィッドの遺体を引き渡して頂けないか、というお願いなんですよ」
渡すこと自体に問題は無い。
無いのだけど…。
マジックバッグに手を伸ばしたものの、躊躇われた。
「わかりました。ただ、キャサリンちゃんだけ…男性職員に代わってもらって下さい。状態に問題があるので」
「キャサリンはベテランですし遺体も見慣れてますが…?」
「いや、あの、ええと、残虐系ではなくて…。夢魔にヤられて殺られたのでまだアレが臨戦態勢です」
「察しが悪かったせいかもしらんが、もう少しぼかしてもらえないか?」
「語彙力なくてごめんなさい」
どうしたら的確に伝わるかわからなかった。ごめんなさい。
「…キャサリン君、フレイ君と代わってもらってもいいかい?」
「呼んで参ります…」
キャサリンちゃんが静かに小会議室を出ていく。
「さて、どこへ安置すれば?」
さすがにあのような猥褻物を気軽には取り出せない。
「とりあえずこちらでいいですよ。最終的にはこちらの保管用魔道具の袋に格納します」
折り畳まれた布製の袋を示す。
どうやら時間遅延の魔法が掛けられているようだ。
効果はおそらく1/100くらいかな?
空間拡張もない時間遅延だけの効果の、マジックバッグの一種か。
「これの時間遅延、もうちょっと強めにかけ直していいですか?例の貴族とか遺体を処分した頃を見計らって何か言ってきてもやだし。コレだとせいぜい1年しか保たないでしょ?」
「しかし…」
「お代は結構。保存期間を延ばすのは私自身のためなので、今回は何も要らないよ」
「よろしいのですか!?…すみません、ありがとうございます。ギルドの資金も有限なもので…助かります」
「そのかわり、この件はナイショでお願いします」
代金とっちゃうと改造させてくれない気がしたので無料ですよ。
あとは今日言われたばかりの、あんまり希少性のある魔道具関連はナイショに! という教訓もあるのだ。
口止めもきっちりしておいた。
「ふぅん…なるほど…」
掛かってる魔法を一部解いて、ちょっと別の魔法を付け足して、組み直して。
いろいろいじってる間に扉が開き、フレイさんが入ってきた。
もうちょっとで完成するけどちょっと改造してみようかな?ご遺体の保管用の袋だしちょっと冷えるようにしておこうか。
「おっけー。出来た。多分今までの10倍、時間は1/1000くらいに出来たよ」
これで最長10年は保つはず。
「…ありがとうございます…。はぁ、いともあっさりと…」
「さて、フレイさんも来たし、ここにデイヴィッド氏を置きますよ?」
「お願いします」
あんまり見たくないなぁ。
マジックバッグにずっと入れとくのも嫌だけど。
なるべく見ないようにしつつデイヴィッド氏を取り出した。
「……」
「……………これは、…確かに」
キャサリンちゃんにこれを見せるのはセクハラだと思うの。駄目、絶対。
全体的に精気が抜けてげっそりしているのに、一部分だけがあまりにも場違いな状態だった。
私は夢魔に殺られるのは嫌だな。
うん。気をつけよう。
あまり見ていていいものでもないということもあり、フレイ氏と支部長さんが揃ってさっさと袋を閉じていた。
どんなことをしていようが、死んだら仏さん、という思想は朱里さんの記憶か⋯。
「さて、と。今後だけど、とりあえず進展があって、それが私が知っても良い内容だったら知らせて欲しいな」
「承知しました」
「私はもう帰ってもいいのかな?」
「はい。結構ですよ」
「じゃ、よろしくー」
小会議室から出ると、ギルドはすっかり混み合っていた。
カウンター前には、途中で折り返すほどの行列ができている。
暑い。そして汗臭いよ!
しかも圧倒的に男臭い気がするよ!
宿もシャワーが付いてないとこもあるし、低ランクの稼ぎでは毎日宿に泊まること自体が出来るとも限らないらしいので、ある程度は仕方がないのだけど、これはツラい。
「む…無理ぃ…」
やっぱりこの時間帯は私にはムリだ。
すごいね。
ラッシュの時間帯ってこんなに混むの!?
混むとわかっている場所へ行くだけの気力を元々持ち合わせていない私は、15年間ずっと完全に朝と夕方は避けていたので、こんな某都市の通勤ラッシュ時の駅レベルだとは思っていなかった。
先日ちょっと遅くなった際に「こんな程度じゃない」とは言われてたけど、これはひどい。
ポチを連れてるおかげで周囲に空間が空くけど、もし私1人だけだったらどうなっていたんだろう。
キャサリンちゃんたちは大忙しで冒険者たちの対応をしている。
帰り際に一瞬だけ目が合ったので、手を振って挨拶だけして、ギルドを後にした。
この時間帯、もう二度とこない。




