020
※魔物の身体切断、死体、解体に関する描写があります。
つ…つべたい。
すっごく水冷たい。
水深が深いせいもあるのか沼の水温は思いの外低かった。
沼の底に居るケルピーを食べたいという欲望のため、脛まで水に入ったあたりで、早くも後悔し始めたアルフレートです。
腰まで水に浸かると、ひんやり冷えて身体が震えた。
体温下がって動けなくなるというのも馬鹿らしいので、体表1センチ位のとこで境界を作り、内側の温度を体表温度と同じ程度まで上げて適温にする。
ついでに水中での酸素の確保もしておこう。
鼻や口から中へは液体は通らず気体に変化してから通過するようにしておく。
子供の頃にすぐ上の兄と遊んでて教えてもらった方法だ。
子供でも出来るほど単純なので非常に維持がしやすいのが利点。
白い服を汚して来るなと、母に二人揃って怒られた懐かしい思い出の魔法。
兄はしれっと私のせいにしやがりました。
さて、あと一歩踏み出せば一気に10メートル以上沈むことになる。
現時点ではケルピーの姿は、まるで見えない。
視界の確保も必要だったかな?
これ以上の並列行使は戦闘補助の魔法に支障が出そうなので、出来れば常時発動ではあまり使いたくはない。
となれば、効果は短時間になってしまうけど制御は発動時の一瞬で済むようにするしかない。
どういう仕掛けにするかちょっと思案し、水中に浮遊する1ミリ以下の粒子を退けるイメージで魔法を発動させると、一気に視界が開けた。成功だ。
急に沼の底まで届くようになった陽光に驚いたのか、目印にしていたケルピーの幻影魔法の魔力の流れが途切れてしまった。
ケルピー本体が見えてるうちに、と急いで底へ向かって泳いだ。
…うーん。
水精ケルピー…。
馬のような姿ってどこかの国の伝承があったなと記憶してたけど。
結論からいうと、この世界での現実のケルピーは全然、馬じゃなかった。
これはどうみても、河馬。緑色のでっかいヒポポタマス。
馬みたいに鬣があって靡いてる感じが、「この沼のヌシ」って雰囲気。
なんてこった。怒れる暴者じゃないか。
動物園でのんびり日向ぼっこしてるイメージがあるかもしれないけど、実際のカバはアフリカで年間500人も被害に遭っているという猛獣だよ!
このケルピーも充分猛獣っぽいよ!
以前見たときは完全に肉片と化していたせいで河馬に近い見た目だなんて判らなかったんだよね。
いや、もっと前向きに考えよう。
以前の礫程度で貫けるということは、強度はたいしたこともないはず。
多分少し魔力を乗せれば充分斬れる。
問題はどう近づくか。多分、ヒトが泳いだくらいで追いつけるものではない。
動いてるマトへの遠距離からの攻撃が苦手なのが悔しい。
頭だけ吹き飛ばすようにすればイケるか?
いや、私じゃ胴体まで大きく抉ってしまうのがオチだ。
どうにかして、一箇所に留めれば。
泳いでも追いつけるし、止まってるマトにあてるなら私でもやれるはず。
…なんていろいろ考えてたのだけど。
ある程度の距離をとりつつ考え事をしていたせいで動かないでいたからか、ケルピーのほうから近づいてくる気配があった。
触手のように水を動かせるらしく、こちらへ伸ばしてくるのが見えた。
本来なら見えるはずもないのだろうけど周囲は綺麗な水なのに触手ぽいものだけ泥水なので目立ってる。
その触手ぽいものがしゅるっと腕に巻き付いたのを剣で斬ってみる。
ちょっと魔力を通すだけではらりと散ったのが確認できたので、脚に巻き付いたのはあえて無視した。
放っておくだけで私を引き寄せてくれるのだから、むしろ好都合だと思ったからだ。
服が脚にまとわりつくせいで泳ぐのも億劫だったし。
ケルピーはそのまま私を引き寄せ、私を喰おうとその大きな口をがばりと開けた。
その瞬間に、口目がけ、剣を振るう。
水の抵抗が大きい。
そう感じられて威力が期待できないと思い、魔力を強めに纏わせて横に薙ぎ払った。
振動でケーキとかも綺麗にスパッと切れる電動ナイフってあったよなーとか考えたのが悪かったのだろうか。
乗せた魔力の効果でトマトを切るときくらいの軽い抵抗感があるだけで、スッと刃が入っていく。
ちょっと魔力の加減を間違えたかな?
たった一振りで上顎が切り離されてしまったのは予想外。完全なオーバーキル、即死していた。
まあいいや。そんなこともあるだろう。
マジックバッグに双剣とケルピーを仕舞い、水面を目指した。
~~~~~~~~~~~~~~
「ただいまぁ」
程なく水面からアルフレートが顔を出した。
俺たちが身構えて見守っていた時間に比べると、あまりにもあっけない帰還だった。
それでもさすがに疲れたのだろうか。沼から出る際には足をもつれさせていた。
「すっげえ!一撃じゃん!」
ディランは憧れの眼差しをアルフレートに向けていてもはや隠しもしない。
「魔力の加減を間違えちゃって」
予想外に斬れた、とアルフレートは空中に浮かべた水で身体や衣服を洗いながら照れくさそうに笑って言った。
リリアナが真っ赤になって目を逸らしているが、アルフレートの裸の上半身はやはり高ランクらしい無駄の無い筋肉の付き方をしていた。
双剣を使うせいか両腕から胸にかけての筋肉がとくに発達している。
きちんと着込んでいるときには全く判らなかった。
細面というか、そこらの美女より余程華奢で綺麗なその顔には、実に不似合いな体型だ。
靴を履き替え、シャツと白いコートを着込み、剣帯を付けて露出がなくなると、途端に駆け出し冒険者感が出るのが不思議だ。
「ケルピーってどんな姿でした?」
「あ、見る?」
タリアに聞かれ、説明するより見るほうが早かろうとでも思ったのかアルフレートがマジックバッグから現物を出してみせる。
どれほどの容量なんだアレは。アルフレートのことなのでどんな規格外でも驚かないつもりだけれど。
「大きい!」
「斬り口すげえ」
それは牛より大きな魔物だった。
その頭がすっぱりと綺麗に切断されていた。
「解体は明日以降かな」
「え?今して行かないのか?」
「だって私解体上手く出来ないし」
高ランク冒険者になると、面倒な解体は割に合わんと他人に任せることもあるというが、アルフレートもそういうことかとこの時点では思った。
「それじゃいつもどうしてんだよ」
「基本的には現物をそのまま提出してる。Dランクくらいの頃、キャサリンちゃんにそのまま出せって怒られたから。自分がほしい部位がある場合はギルドで依頼出して解体してもらうんだ」
「もったいない」
「キャサリンちゃんに言わせると、私に解体させるほうがもったいないことになるんだそうです」
見本、と言ってアルフレートは俺たちの眼前に肉塊を出した。
正直ただの肉塊…というより惨殺死体にしか見えなかった。
この様子では素材として売れるはずの革は無事ではないだろうことは充分伝わってきた。
肉の色や組織の感じからしてツノウサギなのではないかと俺には判別できたけれど、他のメンバーには判らなかったようだった。普通はこうはならない。
「わっふ」
嬉しそうに従魔の一角狼のシッポがぶんぶん振られていて、アルフレートは手に持ったそれを狼の前に置いた。
…これは何と言ったらいいんだろうか。
「遠慮なく言うといいよ!」
こちらの考えていることが解っているかのようにアルフレートが言い放った。
「うん。死体を冒涜っていうか死んだ魔物に謝れって感じだな」
遠慮の欠片もなく軽い調子で答えたのはディランだった。
「それよく言われる!」
気を悪くする様子もなくアルフレートは苦笑していた。
「仕留めたときは綺麗に一撃だったはずなのにいつの間にかモザイク処理必須な惨殺死体に成り果てるんだよ、何故か」
モザイク処理、とやらがよく解らなかったが惨殺死体と呼ぶに相応しい有り様だ。
「スパッと切断とか、血抜きだけなら得意なんだけど、皮剥いだり部位ごとにカットが上手くできないよ。命頂くのにコレはあまりよろしくないかなって思うんだ」
確かに、全体的にガタガタな切り口ばかりなのに頭部を切り落とした際の切り口だけがすっぱりと真っ直ぐで綺麗だった。多分その一撃が致命傷だったのだろう。首を切られて死んだ時点では綺麗だったのだろうことは察せられた。
「やっぱりヒトには向き不向きってもんがあると思う」
「…俺もそう思うようになったよ」
なんともいえない表情でディランは一角狼の食べてるツノウサギを見ていた。
「なあ、そのケルピー、俺に解体させてもらえないか?」
「うん?」
親父の助けにもなるから、というのもあって、わりと解体も腕を研いてきた自負もある。
だが、Dランク以上の魔物の解体依頼はなかなか出ないのだ。
このケルピーはこれ以上技術を上げ経験を得るにはまたとない機会。
どうせギルドに依頼を出すのならと提案してみたというわけだ。
「単独ではギルドの解体依頼でランクAの飛竜まではやったこともある。やらせてもらえないだろうか」
「すっごいね!そんなおっきいの解体できるんだ!?」
「クレイさん何気にすげえ」
アルフレートにまでそんな眼差しを向けられると、少々むず痒い。
「えっと、報酬ってどうしたらいい?ケルピーはランクCだから、えぇと…」
「相場は千ロフくらいだ。銀貨1枚だな」
「うん?安くない?」
「ギルドの仲介手数料が無いからだろう」
「そう?これくらいのサイズの魔物だといつもギルドに五千ロフくらいでやってもらってるよ?」
「それ、特急料金掛けてないか?人数増えるから増額するぞ?」
「そっか。早めにって言ってたからなのか」
「アルフレート、報酬の件なんだが…出来たらその…現金じゃなくて現物を分けて欲しいというか…」
ケルピーはCランクで、俺にはまだ倒すのが難しい魔物だ。
随分都合の良い話だとは思う。しかし、もしそれが得られる機会があるなら、是非とも欲しいものだ。駄目で元々、頼んでみる。
「うん。いいよ。さすがに私とポチだけじゃ食べ切れないし」
アルフレートは拍子抜けするほどに快く了承してくれたが、まさか全部食う気だったのか。
「どのへんがいい?二十キロくらいでいいかな?」
「多すぎだ!Cランクの魔物の肉なら二十キロもあったら一万ロフはするぞ!?」
「へー。そうなんだ?」
小首傾げて、くわしいね、なんてアルフレートは言って笑っているが、なぜ知らないんだ!?
頓着しないにも程があるだろう!?
「じゃあ二キロ?少なくない?親父さんのお店に持って行くんでしょ?私も食べたいよそれ。モモ肉とか美味しそうじゃない?」
すごくわかりやすく「食べたい」と顔に書いてある。
「なあ、俺まだCランクの魔物しか解体したことないけど、参加したい。駄目か?」
「人数多いほど早く終わるし、お願いできたらありがたいかな。ディランくんは現金?現物?」
「あんまり肉貰っても日持ちしねぇし半分肉、半分現金で」
多すぎても腐らせてしまうし金額的にも肉以外の他の素材では高価すぎて無理だからな。ディランは半分だけ現金化を選んだ。
「ケルピーはCランクだし、大丈夫だよね?ディランくんもお願い」
「…あのう…私たちはEランクの魔物までしか解体経験もないので手伝い程度しか出来ないんですが…」
「補助も必要だよ。頼む。…どうせ私よりは上手なんだろうし」
タリアとリリアナもおずおずと参加を表明。
アルフレートの自虐は反応し辛い。
アルフレートより下手なのは駆け出しでもそうそう居ないと本当に思えてしまうだけに。
「補助だと相場は?」
「だいたい半分だな」
「へー、そうなんだ。タリアとリリアナは、現金と現物どっち?」
「あっ、お肉がいいです。滅多に手に入れられないですし」
「私も」
「そっか。わかった。ね、クレイ。水を掛けるとか、真っ二つに斬るだけとか、穴掘って埋めろとかそういう手伝いは私でも出来るから言ってね」
「ああ。それは解体しやすいし助かるな」
一番手間や技術が要りそうなところは出来るのに、ちぐはぐな。
荷物から解体用のナイフを取り出し、さっそく取り掛かることにした。
皮を剥ぎ、内臓を取り出し、要らない部位はアルフレートが魔法で掘った穴に埋めた。
「フェイに習った魔法、すっごく便利だ!」
「エルフでも苦手な魔法とかあったんだな」
「そりゃあね。理解度の低い分野とかはみんな苦手なもんだよ。私は治癒系と地面掘ったりすんの苦手だったし、姉さんも治癒系が苦手って言ってたな。私のすぐ上の兄は凍結系の魔法が下手だったよ。湖の上に氷張って遊んでる最中に割れてザマァって思ったもん」
「兄と仲悪いのか?」
「歳の近い兄弟ってそんなもんじゃない?テオと私は十五歳しか離れてないし妹はもっと近くて七歳下だから三人一緒に遊ぶけど喧嘩もしてただけだよ」
十五歳差はエルフにとって歳が近いことになるのか。
「アルフレート、背骨に沿って真っ二つにしてくれるか?」
「うん。わかった。…⋯もしかしたら他の種族みたいに習ったりせずに、殆どみんな自己流で使ってるせいで、特定の魔法だけ得意不得意が出てんのかなぁ。理論だけでもイチから習ってみたら、面白そうだなぁ」
ぶつぶつ呟きながら剣を抜き、アルフレートは正眼に構えた。
「ちょっと刃渡り足りないな…まあいいか」
格好良く構えたくせに無造作に振り下ろした剣は、狙いを逸れることなくケルピーを背骨に沿って真っ二つに両断した。




