019
じっと顔を見詰められるのがちょっぴり居心地悪いな、と思い始めたアルフレートです。
「五十六⋯⋯。十五年…」
「えっと、ごめんね?」
なんとも言えない表情で、タリアが呟いた。
意外と歳いってて、すみません。
とりあえず謝るよ。
冒険者始めたの、十五年も前なんです。
のんびり気ままにマイペースをモットーにやってたせいでまだランクBですけれど。
ちなみにこの街で実際にランクBまで到達した冒険者に限った平均所要時間は、八年ほど。
Aランクまで辿り着いた者だけで見ると、平均は10年らしい。
ただしこれは、そこまで到達できた冒険者だけを集計した数字だ。
途中で死んだり、怪我で引退したり、DやCで伸び悩んだ人たちは当然含まれていない数字だった。
ランクBまで十年掛かり、更に五年経ってもまだBの私は、実は遅い方。
「…えっと、ランクは?」
リリアナが遠慮がちに聞いてくる。
その時点でとりあえず全ての蛇を拾ってマジックバッグに詰め込み終えた。
依頼の件は達成したということで早めに帰路につくことになった。
依頼内容にあった最低討伐数は軽く超えてるし長居する意味もない。
「まだBです…。やっぱり体力無いのがかなり不利なんだよね」
連日は依頼を請けるのも難しいし、遠出も出来ないし。
歩きたくなくて今もこうやってポチの背に乗せてもらってるわけだし。
「まぁ、気長にコツコツやってくつもりだけど」
時間だけは有るからね。
一般的に冒険者が働けるのは長くて二十五〜三十年と言われてる。
圧倒的に人族が多くて、他種族が少数なせいでそんな数字みたい。
もちろん稼げるぶんだけ危険もある仕事だし、Cランクにすら至らず途中で死ぬ人のほうが多いから、平均年数なんて計算したら相当短くなっちゃうだろうけど。
加齢での衰えもあるし、だいたいそのへんでリタイアしてそれまでに稼いだ資金を元に別の仕事を始めるか、切り崩しながら遊んで暮らすのが理想ケースらしい。高ランクになれば稼ぎも大きいので、一生暮らすにも充分らしいね。
だけど寿命が長い分、私にはそれが出来そうにない。
私は遥かに長い間働き続けなきゃ生きていけそうもない。
現実を見ないふりしてたけどゾッとする話だ。
これから私は何百年働かなきゃいけないんだろうか。
一般的な商店等の従業員の1年目の年収がだいたい二十万ロフ、大金貨二枚くらいなのだけど、冒険者のG、Fランクの平均年収がだいたい十五万ロフ、Eランクが二十五万ロフ、Dランクが三十万ロフ、Cランクが七十万ロフ、Bランクが二百万ロフ、Aランクが五百万ロフ稼ぐと言われてる。
どこ調べなのかよくわかんないけど。この世界にも調査会社とかがあるんだろうか?
私の場合、冒険者として依頼を請ける以外にも傷薬を作って売ったりちょっとした魔道具を作って売ったりして副収入があるので若干懐も温かいけど、冒険者ってのはランクが上がらないとお金も貯まらないのだ。
私も将来のためにと貯金してはいるんだけど、まだ50年暮らせる程度の額しか貯まってない。
「…完全に見た目で勘違いしてました。……俺が悪かった。生意気なこと言ってすみませんでした」
「ディランくんヤメテ。そういうのものすごい疎外感を感じるから口調とかも丁寧語に変えようとするのは止めて」
ただでさえ、見た目が同年代な人にも実年齢が同年代な人にも両方から一歩引かれてるってのに。
泣いちゃうよ。
「お、おう。わかった。な、なあ、今まで倒した魔物で一番手こずったのって何?」
なんか今までとまるで違う、すごくキラキラした眼差しをディランとリリアナから向けられてて、敵意混じりだったときよりも居心地悪いよ。
「時間が掛かったのは白竜かなあ。その頃はまだソロだったから独りぼっちで二時間半戦りっぱなしで。本当に疲れたよ。それ以来ダンジョン大嫌い」
うっかり遭遇して逃げるに逃げられず、半泣きで戦った、辛い思い出。
落盤が怖くてあんまり大規模な魔法も使えないし自棄っぱちで暴れて、食うか食われるかの戦いに勝利したのは五年前。
その件で、白竜倒すようなのをCランクにしておけるかと今のギルドマスターに推薦されてBランクになった。
「すっげえ!」
「…お前らなあ。まず一角狼連れてる時点で高ランクだって予測くらいつくだろ」
「うぐっ…クレイは気づいてたのかよ」
「B以上なのは判ってた。でもまさかウチの親父より歳上とは思わなかったけど。エルフの歳って判りにくいな」
「あ、そーなんだ。クレイの親父さんいくつ?」
「今年五十。昔冒険者だったんだが今は第三商業区のほうで串焼き屋やってる」
うん?ちょっとまて。五十代で息子が冒険者やってる串焼き屋っていうと、もしかしてあそこじゃないのかい!?
「まさか…スープとパン売ってる屋台の隣でやってる、ファングボアとフォレストシープの美味しいお店…?一串十ロフ?」
「知ってるのか!?」
まさかね、と思いつつもついボソっと呟くと、やっぱりそうだったらしくクレイが嬉しそうに聞き返してきた。
「一昨日行ったんだ!すごく美味しかったんだよ!」
やっぱりあの店か!
あの絶妙な焼き加減と冷めても美味い肉の柔らかさ、タレの絡み具合は、今思い出しても溜息が出るほど。
「クレイ、今度一緒にアックスディア狩りに行こう!?あと飛竜!」
「すまんがランク的に無理なので断るよ」
「えぇー…アックスディアと飛竜の串焼き肉食べてみたかったのに」
きっと美味しいと思うのにお断りされてしまった。
アックスディアはやたらデカい角のシカ。飛竜と同じくらい美味しいらしく、高級食材として知られている。
貴族でもなければそうそう食べられない特別な食材だ。
アックスディアのほうはまだ食べたことがないから興味あるんだよね。
自分で狩って持ち込むしかないのか。
アレ?でも私だけじゃ狩れても解体できないぞ…?
頼めばルドルフなら付き合ってくれるだろうか。あの串焼きも気に入ってたし。
無理ならギルドに解体依頼か。
でも解体依頼出してやってもらうのって鮮度落ちやすいからなぁ。
「そんな高ランクだったのに私なんかが誘ったせいでこんな…」
「いや、元々今日はDランク以上の仕事をする気が無かったし。私がEランクの仕事探してたの見たでしょ?服も普段着を着てきちゃったからね。さすがにまともな装備が靴とコートと剣だけじゃ心許ないよ」
「まとも…?その剣まさか普段から使ってる主武装なのか?」
「そうだよ」
「なんでそんな一本二千ロフで売ってそうな剣使ってんの…?」
「安いからだよ。ちなみに一本1千二百ロフ。千五百ロフだったんだけどいっぱい買ったらオマケしてもらっちゃった」
中古じゃない新品だと最安値だと思うんだ。すごいでしょ。
「そんな串焼きじゃあるまいし…」
「なんで!? なんで俺の短剣より安いの使っちゃうんだよ!? ランクB冒険者なんだろ!?」
おぉう。
ディランくんの短剣、結構良さげだもんね。私のセール品レベルの剣とはワケが違うね。
「だって、これならいつ折れても欠けても錆びても惜しくないじゃない。私、雑な質だし手入れも行き届かないだろうから、これでいいかなって思って初心者の頃からずっとこれくらいのを使ってる」
使い方のせいもあるのかな。
使用時は常に魔力を纏わせてるせいもあってどうも剣に負荷がかかっててしまうみたいで長持ちしないのだ。
「もうちょっと拘ろうぜ。スッカラカンで冒険者始めたFランク以外選ばねえよそういう剣」
「でも私とは相性良いんだよ。魔力がすごく乗りやすくて適度に重くて。投擲に使っても惜しくないし。二、三ヶ月くらいで駄目になるけど」
以前ルドルフに、折れた瞬間と次を抜くまでのタイムラグを指摘されたけど、そこは魔法でカバーしてる。
むりやり繋がったままの状態にするために接着剤代わりの魔力でくっつけて支えてるだけなんだけども。
その魔法は私でも「息をするように使える」数少ない魔法なのだ。
逆に、折れた刃の部分を任意の方向へ飛ばして意表を突いた攻撃に使ったりもできるし意外と便利。
なお、折れた剣は回収しておき、暇なときに分解して分別後、パーツはそのまま武器屋へ格安で売ったり無料で引き取ってもらったり、金属部分は魔法で溶かして固めてインゴットにして売ったりしてる。
その際合金になってるものは分離させて別のインゴットにして売ったりしているので、鍛冶屋には喜ばれてるみたいだった。
ごくたまに希少金属なんかも含まれていて面白い。
「どんなにいい剣買おうが一生使えるわけでもなし、使える時間が短いか長いかの差しか感じないんだよね。斬るときも私の場合は刃じゃなくて魔力で斬ってるから刃の鋭さもあんまり必要ないし」
実用品として私が一生使える剣があるなら是非お目にかかりたいものである。
三ヶ月で壊れようが三年で壊れようが、結局壊れるなら安くたっていいじゃない。
「ランクC以上の人はみんな自分だけの専用に作ってもらったスゴイ一品物使ってるもんだと思ってた…」
「ごめん量産の安物使ってて。でもさっきの映像の人はスゴイの使ってるよ」
ルドルフの剣、カッコイイもんね。
私じゃ身体強化しないと一振りも出来ないけど。
以前、ちょっと持ってろ、と言ってヒョイっと渡されて落としそうになったことがある。
あれ以来、ガチムチなヤツが気軽に手渡してくるモノには重量に警戒するという癖が出来たよ。
「あれ…?」
「どうした?」
何度も目を擦り、蛇虐殺の地の方向を見ているリリアナに違和感を覚えた。クレイも同様らしく訝しげに様子を伺っている。
「なんだか変な人が見えます。キラキラ光ってる…何の魔法かな」
「私には何も見えないわ」
リリアナの示す方向を見るけど、タリアと同様、私には特に何も見えなかった。でも何か魔力が動いた気配はした。
「女の人が倒れてる…!?」
「ディランくん、ちょい待って!駄目!」
気づくのが遅れた。
幻術が自分に効いていないのが駄目な方に働いてしまったようだ。
駆け出そうとするディランくんを慌てて魔法で引き止める。
「多分それケルピー!」
「なっ…!」
ディランくんは驚いてはいるものの、素直に私の言葉を聞いてくれている。早めに誤解を解いておいてよかったと、心底思った。
「幻術を使ってくる魔物だ。こういう水場の近くだと稀に出てくる…らしい。俺も初めて遭遇する」
クレイも初見だったらしく、警戒しているようだ。
「ケルピーってCランクの魔物よね?ギルドのリストに載ってたわ」
タリアはケルピーという魔物自体は知っていたみたい。リリアナも多分知ってたみたいで青ざめてる。
「うん。Cランクだよ」
ポチさんたち一角狼と同じCランクだよ。
「ね、クレイ。ケルピーって食べられるかな?美味しいかな?」
ケルピーって名前からどうも馬のイメージがあるせいで、馬刺しを思い浮かべちゃうんだよね。食べられるなら全力で狩るよ!
ひとまずポチから降りて自分の足で立つ。
「さ、さぁ?味までは辞典にも書いてなかったぞ…?」
む、なんだか引かれてる?
食欲全開なあたりが駄目だったんだろうか。
「このまま無視して帰る?それとも狩っていい?時間もらえるならちょっと狩ってくるけど。個人的には食べてみたいから是非狩って帰りたい」
「大丈夫か?多分俺も戦力にはなれないぞ」
「あ、うん。独りで大丈夫。前にやったことあるから」
ケルピーくらいなら負けはしない。
ただ、食べられる状態で倒せるかがわかんないだけで。
前に遭遇したときは倒し方がいまいちわからず、面倒くさくなって泉に向けて一斉掃射してしまい爆散した。
討伐証明部位すら残らず、一ロフにもならなかった苦い経験。
「どう倒す?」
「多分、水中戦になるかな。ケルピー本体を上手く見つけられたらいいんだけど」
まずは準備だね。
後で洗うのが面倒くさいことになるブーツを脱いで、動きやすい靴に履き替える。
剣帯も外して、コートも脱いで、マジックバッグに仕舞う。
少しだけ迷ってシャツも脱ぐ。
出来るだけ身軽にしておく必要があるからね。
独りだったら、シャツどころか下まで脱いで全裸になってたかもしれない。
「なあ、見ててもいい?」
「あんまり水辺に近づかないならいいよー。これで良し。行ってくるねー」
抜き身のままの双剣を手に持つ。
「お、おう。気をつけて」
「首から下に違和感しかない…」
「…ディランくん、思っていても他人の体型についてそういうこと言っちゃダメ。ポチ、周囲への警戒頼んだよ」
「ウォフ」
装備が無いぶん、魔法で防壁を自分の周囲に張り巡らせる。
普段は頭部にしか使ってないのを全身に使うだけなのだけど、範囲が広いせいで気が抜けない。
リリアナたちが見たという幻影が出たあたりから魔法の痕跡を辿っていく。
真っ直ぐ湖の中まで伸びていた。
あんまり透明度は高くない。でも嫌悪感を覚えるほど水質は悪くない。
水辺に立ちそっと探査してみると、この先は随分深いようで、ケルピーは意外なほど近いところにいた。
私の立つ場所から五メートル位先、深さは十五メートル下。
倒すだけならこの辺一帯一気に沸騰させるとか、真上から礫とかで爆撃するとかいろいろやりようはある。
しかし今回はより美味しく食べられる状態で残さなければいけないのだ。
固く茹で上がった状態や穴だらけでは美味しく食べられるとは思えない。
なかなか難しい作業だね。
水の濁りのせいで見えないし、もし直接見えていたとしても屈折率の問題で当たりそうもない。ただでさえ私はコントロールが悪いし。
地上から撃ち抜こうとすると絨毯爆撃しかないので、やっぱり水の中へ行く必要がありそう。
「待ってろ未知の食材!」
「なんでそんな食う気満々なんだ」
クレイのツッコミを無視しつつ、私はドキドキしながら湖の中へと進んで行った。




