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015

「と、いうわけで。今回講師を務めますランクC冒険者フェイです。よろしくおねがいします」


 僕は今、ランクC冒険者としての初仕事で、ギルドの小闘技場を使った即席の講義室で教壇に立ってます。


 この講習は魔法を使ってみたい人や魔法使いとしてこれからギルドに登録する人向けに毎週やってるのだけど、来週の講師役かと思いきや、「今日、すぐだけどやってみる?」とあれよあれよという間に決まってしまった。

 教える魔法の種類などは予め決められているので、要項に従って講義を行うだけだった。


 なお一緒にこの仕事を請けないかと誘ったはずのアルフさんは受講者なのである。

 誰よりも上手く魔法を使っているのに魔法使いとしてギルドに登録するための試験に以前落ちたらしい。


 アルフさん曰く、「呼吸すんのに自分が身体のどこをどう動かして身体のなかの臓器が何をしてるとか、解んなくない?」と。

 エルフって、文字通り「呼吸をするように魔法を使う」種族なんだなと納得させられてしまった。


 どうやら構文が理解出来ていないらしい。

 アルフさんはいつも無詠唱でしか魔法を使わないから、もしかしたら基本的な詠唱文すら知らない可能性もある…?


 それにしても今日のアルフさんは受講者五人中で一番高ランクなはずなのに何故か一番初心者感がある。容姿が全然一般的ではないけどその雰囲気はまるで一般市民その一だ。


 その上で一角狼なんて連れているものだから異彩を放ちまくってる。ダンジョン内で出逢ったの、可愛かったから連れて来ちゃった、だそうだ。この人はいつも想定の斜め上をゆく。


 今回の受講者は完全に魔法職一本でやってくつもりっぽいGランクの子が一人、弓と併用したいらしいFランクの子が一人、短剣二刀流のEランクが一人、魔法も使ってみたくなったDランクの剣士が一人、魔法を自由自在に使えるのに試験問題は解けないBランクの双剣使いさんが一人。

 魔法も使ってみたい、という目的で受講してる人が多め。

 アルフさん以外は魔力を流すことは出来るけど魔法を使ったこともないそうなので、ごく基礎的な内容を教えることになった。


 なお、Gランクというのは便宜上設けられているランクで、ギルドの仮登録状態を指す。何も技能登録が出来ていない状態のことだ。


 教壇側に用意されたボードに、極限まで簡略化した「凍結」の魔法の構文を板書する。

 書いた内容に反応したのはGランクの魔法使いリリアナと、Eランク短剣二刀流のディランと、意外にもアルフさん。


「これは試験にも出てくる基礎的な魔法です」

「ん?固める?止める?」


 リリアナとディランはある程度の予習が出来ているのかもしれない。

 アルフさんは、()()()()単語だったのかな?


「これが詠唱する際の文章で、この部分が『固める』の命令文で、この部分が『水』という意味になります。残りは付属語です」


 解説すると受講者全員がそれぞれ手元のノートに書き込んでいく。


「発音はこうなります。『水よ固まれ(¤µ¤∆µµ∆∆)』」


 魔力は流さず、ただの言葉として発声する。


「『水よ固まれ(¤µ¤∆µµ∆∆)』?」

「あれっ? 『水よ固まれ(¤µ¤∆µµ∆∆)』…?」

「クレイさんとアルフさん発音完璧じゃないですか」


 最初から上手く発音できたのは、Dランクの剣士クレイとアルフさん。リリアナは言えるときと言えないときがあってまだ安定してないみたいだった。


「オレは同じパーティの魔法使いが使ってる時のをいつも聞いてたからな」

「私は、昔学校で習ったような習わなかったような記憶がウッスラと…。詠唱って古語だったのか」


 クレイさんは随分良い耳をしているようだ。

 アルフさんはばつの悪そうな顔でぼそぼそ言った。


「習ったんですか?」

「憶えてません。古語の授業なんて寝てたかもしれません」


 そう。詠唱に使われる言語とは、エルフの古語らしい。そう聞かされていたけどアルフさんの反応からするとそれは本当だったみたいだ。


「『水よ固まれ(¤µ¤∆µµ∆∆)』」


 全員が言えるようになったところで次のステップへ。


「詠唱しながら、どんな氷にするのか、詳細に思い浮かべて魔力を流すと魔法になりますが、まだ使わないで下さいね」


 受講者それぞれの前に水を入れたボウルと魔法発動体になる小さな(スタッフ)を置いてから、ボードにいくつかの単語を書き付ける。

 『小さな』『礫』『矢』『槍』『飛べ』


「実は、こっちの文章だけでも魔法にはなるのですが、情報が足りないのでたくさんの魔力が必要になっちゃいます。これを使えるようにするには、情報を足して消費魔力を減らすか、自身の魔力を増やすか、しかありません」

「以前ウチのパーティの魔法使いが短いまま使ってたんだが」

「詠唱を短くしてまで発動させなければならない程の危機的な局面だったのではありませんか?魔法使いだって前衛職と同じで危険なときは無茶をすることもあります」


 各々自身の考える魔法になるように文章に単語を足してもらう。

 そこでアルフさんが躓いた。


「文法完全に忘れてるッ…」


 顔を手で覆って天を仰ぐ。

 この人黙って無表情のままなら怖いくらいの美形なのに表情が豊か過ぎて妙に可愛い雰囲気があるんだけど、仕草のせいもあるんだろうな。


「文法は正しければより魔力の節約になりますが、多少間違っていたり単語だけ付け加えても一応は使えますよ」

「そっか」

「付属語はどう入れるべきなんでしょう?」

「そこはですね…」


 それぞれの文章の組み立てをなんとか完成させる。

 ランクDのクレイさんは身近に実戦で魔法使いが魔法を使うのを見て聞いてるせいかすごくスムーズに出来てた。

 魔法使い見習いのリリアナも目指してるだけあって独学っぽいけどよく勉強してきてる形跡が見て取れた。

 問題は短剣二刀流のディランと弓使いタリアとアルフさん。


「戦いながら詠唱できる気がしない」

「む、難しいわね…」

「なんか文章考えてるうちによく解んなくなって、あばばばばってなる…」


 ディランとタリアには慣れるしかないとアドバイス。

 アルフさん、それってどういうことなの。


「さて、これで詠唱すべき文章を組み立て終わりました。更に省魔力化するには、どこから水を持ってくるのかを指定すべきなのですが、今回は水も準備しました。この水を使うことを想像しながら詠唱します」


 予定通り、闘技場の的を設置し、それぞれ魔法を実際に使ってもらう。


「自分の魔力量など、まだ解らないと思うので、あまり氷を大きくはしないで下さい。魔力切れは結構辛いので。最初は握りこぶし程度のサイズで想像しましょう」


 ディランとタリアが自分の握りこぶしを見ながら難しい顔をしていた。


「想像したら、魔力を流しながら詠唱を開始します。詠唱の終了の瞬間に放つイメージをしましょう」


「『水よ矢の形に(¤µ¤∆µµ‡µµ∆)固まって飛べ(µµ∆¤µ ∆-¤∆)』!」


 リリアナが氷の矢を放つ。上手い。


「『水の礫(¤µ¤∆µ∆√µ±‥)固まって飛べ(µµ∆¤µ ∆-¤∆)』!…すげえ!魔法になった!」


 ディランの魔法が大きな音をたてて的を叩いた。


「『水よ礫の形に(¤µ¤∆µ‡µ‥)固まって飛べ(µµ∆¤µ ∆-¤∆)』」

「『水よ矢の形に(¤µ¤∆µµ‡µµ∆)固まって飛べ(µµ∆¤µ ∆-¤∆)』!」


 クレイとタリアも続けて詠唱するが、小さな氷塊が的にコツンと当たるのみだった。

 クレイはイメージの問題かな?タリアは発音が少し違った。

 まぁ発動はしたのだから良い。


「『(¤µ¤)』…駄目だこれ」


 何故そこで止まるのアルフさん。

 すごく真剣な顔で水の入ったボウルを睨んでる。


「フェイ、これ私にはすごくむずかしい…」


 小さな声で恥ずかしそうに言ったアルフさん。


「どのプロセスで止まりますか?」

「想像して魔力流そうとすると詠唱始める前に一切合切出ちゃうね。この寸止めが出来ないよ」


 種族特性ですね。


「うーん…集中、集中」


 すごく頑張ってるけどアルフさんには無駄だし意味無いのでは?

 もしかして手段(講習受ける)のために目的(構文覚える)を忘れてる?


「詠唱終わった頃に発動するように時限式にすればイケるかな…」


 本当に無駄なことを考え始めちゃったよこの人。

 何気に無駄に高度なことをしようとしてるし。


「アルフさんは魔法自体は使えるんだから、とりあえずもう詠唱文を覚えるだけでいいですよ。登録のための試験勉強なので完全に丸暗記でいいと思います」

「試験勉強とか久しぶり過ぎて出来る気がしない。実家行って古語の辞書と教科書とノート探さなきゃ」


 何ですかそれ僕も興味ありますよアルフさん!


「むぅ。『水よ矢の形に(¤µ¤∆µµ‡µµ∆)固まって飛べ(µµ∆¤µ ∆-¤∆)』!」


 アルフさんが放った魔法で、やたら尖った形状の氷が高速回転しながら直進し的にぶち当たる。

 当たった箇所からピキピキ音をたてながら冷気が広がっているらしく的全体に霜がつく。


「できたー」


 全然出来てないよ!アルフさんっ…!


「あはは…………やっぱり私には無理みたい。私のことは気にせず先に進んで」


 しれっと出来たふりをするアルフさん。わざわざ詠唱だけして完成した瞬間にいつも通りの無詠唱で魔法を使った形跡がある。

 なんて無駄な。しかもボウルの水を使うのを忘れたらしく、水はそのまま残っている。

 詰めが甘いですアルフさん!

 後から気づいて慌てて水を消しても、さすがに誤魔化されてあげられないです。


「と、とりあえず氷の魔法が出来たので、少し休憩にしましょう。十分後に開始しますね」


 休憩の合図をすると、アルフさん以外の受講者に囲まれた。

 アルフさんは隣に座ってる一角狼の毛に顔を埋めて首を振り、顔面でその感触を楽しんでいるようだった。なぜ顔面。


「氷で敵の足元を固めて足止めしたい場合はどういう文章にすればいいんですか?」

「その場合は地面ごと凍らせるので、こうですね」


 カカカッと音を立てつつボードに書き付ける。


「氷の矢の本数を増やしたい場合は?」

「数を指定する文を入れればいいので、こうですね」


 なんだか熱心な受講者さんたちだなぁ。


「詠唱を短くすると魔力が要るのであれば、たくさん魔力を使えば無詠唱って可能になるんですか?」

「…完全な無詠唱はエルフやハーフエルフくらいしか出来ないんですよ。他種族には「何を、どうするか」の指定くらいは必要最低限なので。アルフさぁん。ちょっといいですか?」

「ふぁっ!?」


 呼ばれるとは思ってなかった、という顔をして、アルフさんが振り返る。


「アルフさん、氷の塊を作ってもらえますか?」

「ええと、『(¤µ¤)…』」

「いやそれはもういいですからいつも通りでお願いします」


 話の前後がわかってないアルフさんは不思議そうに僕を見ながら思案したようだった。


「フェイ、手のひらを上にして、手を前に出して?」


 言われた通りに手を差し出せば時間差もなく手の上に綺麗な透明の立方体が出現する。

 冷たいっ。地面に出してもらえばよかったと後悔しつつ、水を入れていたボウルの中へ置かせてもらった。


「無詠唱っていうのが、コレです。見ての通り彼はエルフです。種族の特性として、魔力を以て理に干渉しやすく文章にできないようなイメージなどでも意志をそのまま魔法として成立させられるため、無詠唱での魔法が使えるのだそうです。エルフのもつ魔力の質が他種族より精霊に近いからだ、という説が有名ですね」

「…そうだったんだ…!」


 みんな驚いてる。

 アルフさん以外は前触れなく目の前で行使された無詠唱の魔法に。

 アルフさんは自身の種族特性に。なお、アルフさんが一番驚いてる。


「アルフさん、その氷を作るとき、どう考えたのかを詳しい文章にしてもらえますか?もちろん古語じゃなく現代共通語で」

「ええと水を凍らせるほうがいいのかと思ったから、微細な粒子の振動をちょっと抑えてキンキンに冷やすポイントを仮に設置して、限定的な範囲の空気を冷却して、結露させて空中から水をかき集めて気体から液体にして…更に水を液体から固体へ変換してフェイの手のひらに接するように五センチ角の立方体の形に出したい、できれば気泡なしのキレイなやつ、って思った」


 相変わらずアルフさんの魔法は細かい。

 振動を抑える云々は以前説明してもらったことがあるんだけどいまいち理解できなかった。停止すると冷える、と言っていた。

 要は冷やすことで空気中に散ってる見えない水が目に見える液体の水になる、ということらしいけど。


「冷却し作成された水よ僕の手のひらの上に立方体に固まれ、と詠唱してみますね。『冷却し(¤µ∆µ¤)作成された(∆µµ¤π∆)(¤µ¤)僕の(√µ¤µ)手のひらの(∆∆¤µ√µ∆¤)上に(¤∆µ)立方体に(µµ∆¤µ)固まれ(∆µµ∆∆)』と、先程のアルフさんの魔法はこのようになります」


 詠唱が終わった瞬間手のひらの上にアルフさんの作ったのと似たような立方体の氷が出現する。

 気泡入りで濁って見えるけど。


「すごいねフェイ!そんな直ぐに翻訳できるんだ!?すごい!」


 アルフさんから物凄い尊敬の眼差しを向けられ、居た堪れない。凄いのはあなただ。


「……なんで魔法が簡単に使えるエルフがこんな講習受けてんだよ」


 不満そうに言ったのはディランだ。

 アルフさんが冷やかしで参加してるように思われたのかもしれない。実演を頼んでしまったのが失策だったか。


「ギルドの登録の時の口述試験で落ちて魔法使いとして登録出来てなかったのをフェイにバレて突っ込まれたからだよ」

「なんで微妙に僕のせいになってるんですか」


 私のせいじゃないもん、とか言ってる。


「無詠唱で魔法使えんのに落ちるの…?」


 ディランが試験の難易度を想像したらしく、青褪めていた。


「そんなに難しくないので大丈夫ですよ。アルフさんは特殊な例です。詠唱を必要としてなかったせいで今まで唱えたこともなく、一切問題が解けなかっただけです」

「全滅なことまでバラされた…!」


 そう呻くアルフさんを見て、受講者たちの顔から少しだけ緊張が抜けたようだった。

 よかった。

 たぶん、今日一番優秀な教材になってくれたのは、この人に違いない。


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