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「ポチさんごめんて」
ロザリンには尻尾を振っていたポチさんだけど、なんか私に冷たい…!
尻尾がピタッと止まるってどういう意思表示なの…!
そろそろ出勤時間だからとロザリンは階下へ降りてしまったので、今部屋にいるのはポチさんと私だけだ。
「……ポチさぁん?」
ぷいっ。
「いや、その態度は私も傷つくって」
お留守番させた挙句朝帰りした結果、ポチさんが完全にスネたらしい。
まあ、従魔との魔力的な繋がりのせいで私の意思がポチに伝わるのと同様に、ある程度はポチの感情も私側に伝わってきてはいるんだけど。
なんか、寂しいとか面白くない、とか。
もしかして疎外感でもあるのかな? ちょっとだけ私を困らせてやりたい、といったのも感じた。
ロザリンに関しては、悪感情は無いらしく、羨みつつも嬉しい、といった感じだろうか。
これは甘やかしてやらねばならない。
あれ?
従魔ってなんだっけ。
私を従わせる魔物なのかな。
「ポチさん」
今回のレコルナス祭の露店でポチさん用に買った皿に、魔物肉各種〜炙り黒竜肉を添えて〜を盛り付けて置いてみる。
ピクリと鼻が動いたのは見逃さないよ。
ほう。足りないか。
いつもポチさんのブラッシングに使っているブラシを手に持って振ってみる。
ふいっとこちらを振り向いた。
「今日一日、一緒に出かけるかい?」
一瞬だけ尻尾がパタパタと振られた。
「今日は好きなだけ私の顔を舐め回して良し」
そう言った途端に、尻尾がものすごい勢いで振られた。
…そこなの!?
「ぅわっひゃあぁぁ!?」
その後は押し倒され、伸し掛かられ、ご丁寧に私の両肩に前足を置いて固定して、私を舐め回した。
「ちょ、待って、許可はしたけど加減!」
ザリザリしててポチさんの舌は地味に痛いのだ。
削れる…! 顔は皮膚が薄いって忘れてたよ……!
普段ののほほんとした様子のせいで失念してたけど、ポチさんは犬とは違うのだった。
魔力で繋がってるから、本気で私が嫌がることは理解してるしやらないけど、この程度の嫌がらせはしてくる子になってしまった。
なんてことだ。
そうして顔がヒリヒリしてべっちょべちょになった頃、ようやく私は解放されたのだった。
私、汚されちゃった……などという冗談を言うつもりはないが、なかなか酷い有様だ。
魔法で洗浄してから、少し弱めに治癒魔法をかけておいた。
そして当のポチさんはというと、私に満足したあとは皿に盛った肉に喰らいついた。
とてもワイルド。
あれだけ私を弄んでおいて、コイツめ。
「よし、ブラッシングの刑だ」
まだ食べてる最中のポチさんにブラシをかける。
ツヤツヤのふわふわにしてやろう。
首の後ろから背中に沿ってブラシを滑らせると、灰色の毛並みが綺麗に揃っていく。
触ると表面はさらさらなのに、指を沈めると中は意外とみっちりしている。
指突っ込むとズボって毛の間に埋まるのがすごく気持ちいい。ふっかふか。うはは。これはいい。
冬毛なのかな。
……これ全部抜けるの?
春、部屋が毛まみれにならない?
どうもポチさんって排泄はしないけど毛は抜けるので、換毛期はあると考えたほうがよさげなんだよね…春先が心配だよ。
そうしているうちに食べ終わったらしいポチさんは、腹側もやれと言わんばかりに寝そべる。
ヘソ天なあたり、信頼してもらってはいるようなんだけど。
ふふふ。ここか。ここがええのんか。
撫で回しつつブラッシングしていたら遊び認識されたのか、ポチさんは大興奮でじゃれてくる。
どうもポチさん、私のことを自分より強くて頑丈だと思い込んでいるフシがあるんだよね…。
ごめん、私、貧弱種族のエルフなんだ…。
身体能力だけで言えば、ポチさんに本気で伸し掛かられちゃうと身動き取れないし骨だって折れかねない。
容赦なく甘噛みもしてくるけど、身体強化無しだと結構厳しい。
「さて、ポチさん。出かけるかい?」
「がうっ!」
あらかた機嫌も直ったのか、尻尾は千切れんばかりにブンブン振られていた。
…今日は行き先もポチさんの行きたい方向に行ってみようか。
*
銀麦亭の部屋から出て、まだ祭りの雰囲気がかすかに残る大通りへ出た。
昨日まであれだけ人だらけだったレコルナスも、祭りが終わればずいぶん静かだ。
露店や飾りの片付けをしてる人はまだそこら中にいるけどね。
昨日まで通りを埋めていた天幕は半分以上畳まれ、柱や板を荷車に積んでいる人があちこちにいる。
食べ物の匂いもまだ少し残ってるけど、昨日みたいな熱気はもうない。
祭りって終わると急に現実に戻るよね。
ポチさんは尻尾をふりふり、私の前を歩く。
歩いては、時々後ろを振り返る。
まるで私が居るのを確認しているみたいだ。
最近ではずいぶんポチさんとの意思疎通ができるようになった気がする。
「ポチさんどこ行くの?」
一緒に歩いてたどり着いたのは第二商業区の広場だった。
ケイティの露店があった辺りの匂いを嗅いでいる。
それもしばらくすると満足したのか、ふいっと別の方向を向いた。
次に向かったのは第一商業区広場。昨日のソーセージのチーズ特盛り、美味かったな。もっと買っとけばよかった。
次は中央商業区。
ここまでくればさすがに私も気づく。
ポチさん、昨日の私を追ってないか?
そう、仮説を立てる。
そしたら思った通り、昨日香油屋の天幕があったあたりをうろうろしていた。
その後も地面を嗅ぎ、行ったり来たりしている。
ポチさんはもう一度地面に鼻を寄せ、少し戻った。
そこからまた同じ場所まで来て、今度はぴたりと止まる。
「……ポチさん?」
すんすん。
それから、ふいっと上を向いた。
あれ?
あそこって、屋根に駆け上がったあたりだ……!
空中に匂いなど残っているはずもない。
どうやらポチさんは、私を匂いだけではなく魔力の痕跡でも追えるらしい。
魔力で繋がってる従魔だからだろうか?
***
主と、赤い雌の匂いが消えた。
ここまではある。
でも、この先がない。
何度嗅いでも同じだった。
あの慕わしい魔力の匂いのほうは、上へ続いている。
雌を連れ、上を走ったか。
少し口惜しいが、あの雌が主の一番だ。
だが雌自身も好ましい匂いがする。
大事な群れの者だ。
あの雌には、いつも主の匂いが染みついている。
よく交尾もしている。
今朝戻った雌からも主の魔力の匂いを感じた。
だがまだ肚に仔の匂いはない。
仔が増えれば、群れが賑やかになる。
それは楽しみだ。
主たちは今、新しい巣を整えている。
そのせいか、最近の主は忙しい。
前ほど撫でない。
一緒に外へ出る時間も減った。
それは面白くない。
今日は、主を舐めてもいいらしい。
好きな場所へ行ってよいらしい。
だから昨日の主と雌の匂いを追った。
時々後ろを振り返る。
主は付いてきている。
よし。
主は魔力の匂いが濃く、追いやすい。
主と雌は、ここから新しい巣の方向へ行った…?
新しい巣に向かってみる。
上には主の魔力の痕跡が続いている。
やはりこちらか。
後ろには…主もいる。よかった。
新しい巣は全体に主の魔力が感じられ、とても居心地が良い。
新しい巣には主以外の匂いもついていた。
主に近しい者の匂いだ。
かつて主がいた群れの者だな。
主によく似た匂いの雄と、まだ仔に近い雄か。
今の巣の近くに住み着いた雌の匂いもする。
赤い雌の匂いもするな。どれもまだ新しい匂いだ。
主と雌の匂いは少し離れた別の場所からもする。
主の魔力の匂いもする。
昨夜戻らず、交尾したのか。
ポチさんからは、こう見えている。




