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「こっちの広場は食べ物の露店が多いのね?」
「一応、配置も考えられてるみたいだったよ」
「アル。私、あれが食べてみたいわ」
あたりをきょろきょろと見回したロザリンは、果物を凍らせた氷菓の露店を指差した。
下見で飲んだベラォスを氷結粉砕した飲み物は、ややジャンルが被っている。おすすめできなくなった。
「私は、あれ食べたいかな。あの人が今食べてるソーセージに特盛りチーズ掛けてるやつ」
道行く人が手に持ったものを見てたら食べたくなった。お祭りあるあるだと思うんだ。
「じゃ、各自買って、ここで待ち合わせましょう」
「大丈夫?」
「子供じゃあるまいし大丈夫よ」
「…そう?」
まあ、ロザリンがそう言うなら。
ロザリンの持つ護身用魔道具を頼りに様子を探りながら、別行動だ。
買い物自体はロザリンのほうが先に終わったようで、私がまだ列に並んでいるうちに、待ち合わせ場所に戻ってしまった。
危ないようならいつでも途中で列を抜けて行けるよう、注視しておく。
…なんか無性に不安なんだよ。離れるのが。
夏の事件が尾を引いてるのは、私の方なのかもしれない。
「一つください」
「七十ロフだよ」
オマケだ、といいながら更にチーズが追加されてしまった。
受け取ったそれはパンを皿代わりにしてるんだけど、今にもチーズが溢れそう。
…あ、溢れた。
トロリと流れ落ちかけたチーズを慌てて食べたらめちゃくちゃ熱くて、喋れなくなった。
む。ロザリンに近づいてきた人がいる…!
涙目になりつつ待ち合わせ場所へ急いで戻る。
魔法で冷やしてしまえば済む話なんだけど、そうすると美味しくないし、とつい考えてしまってためらっちゃう。
「ふふ。ごめんなさい。連れがいるの。ほら」
「…っ!…そうなんだ」
なんだ、ナンパか。
よかった。いや良くないけど。
ごめん喋れない。ちょっと待っておくれ。
「ムグ…お待たせ。…熱かったぁぁ」
「あら、大丈夫?」
食べる? と自分が食べてた氷菓を差し出してくれたけど、ありがたく一口もらった。
「ロザリンありがとう…。すっごい窮地だった」
「なによそれ」
「これも食べる? 熱いから要注意だけど」
「もらうわ」
そう言うとロザリンは、私が持っているソーセージのチーズ掛けへ顔を寄せ、そのまま一口かぶりついた。
パキッ、と小気味よく皮の弾ける音がする。
ゆっくり顔を離すと、口元から熱いチーズが細く伸びた。
ロザリンはそれをぺろりと口に収めて、満足げに目を細める。
……なんか今の、反則じゃない?
「んっ……熱っ。…うん。すごく美味しいわね」
うん。美味しいよね。
なんと形容していいかわかんない気持ちになりながら、私は残りを食べた。
この広場を一通り見て、あとで食べようといくつか美味しそうなものを買い込んで、マジックバッグにしまっておくことにした。
熱いものも冷たいものもほぼそのまま保存できるという利点を最大限活かせる瞬間だ。
このために作ったと言っても過言ではない。
「中央商業区のほうもなにかやってるかしら?」
「毎年、輸入品の露店がいっぱい出てるよ」
多分、本来の店舗への新規顧客の呼び込み目的なんだろう。
毎年、普段中央商業区を利用しない人でも買いやすいような価格帯の輸入商品が取りそろえてある。
なかなか商売上手なんじゃないかな。
中央商業区まで歩いてくると、飾りの雰囲気も少し上品寄りになってくる。
派手さより、揃えた色の布飾りや磨かれた金具なんかが目についた。
使ってるものからしてちょっと違う気がするよ。
「いつもより華やかねぇ!」
普段の中央商業区との違いにびっくりしてきょろきょろしているロザリンが人にぶつからないように肩を抱いた。
たどり着いた門前広場では、香油や石鹸、輸入布などの露店が目立っていた。
ちょっと贅沢品だけど、こんな日だったら買いたい。そんな気にさせるような品揃えだ。
あの茶葉の店と砂糖菓子の店、もっとよく見たいな…。
「ねえアル。あの香油のお店を見てもいいかしら?」
「もちろん」
香油のお店とか、実店舗だと絶対私が行かない系統の店だな。
ロザリンと二人で香油のお店を覗くと、店の棚には綺麗なガラスの小瓶と、テスターっぽいさらに小さな瓶が並んでいた。
香油の品質を守るためか天幕の内側は暗い。
露店だからと安く粗悪なものを売るような店ではなさそうに思えた。
朱里さんの記憶の中のアロマオイル屋さんみたいなのを想像していたけど、濃く混じった香料の香り、といった感じではなかった。
香りを試しても長く匂いが留まらないあたり、露店との相性もいいのかもしれない。
「気になるお品があれば試してみてください」
「ありがとう」
いくつかの香油を手首や腕の内側に少しずつつけて、ロザリンは香りを試していた。
ロザリン用に作ってるシャンプーに香油で香り付けしてみようかなぁ。
「アル。この香りどうかしら? あとこっち」
両腕を差し出して手首を示してくるロザリン、可愛い。
右手首のほうは爽やかな柑橘寄りな香りがした。
左手首のほうは、なんとなく甘いというか夜二人きりのときにつけていてほしい香りがした。
両方好きなので答えに窮するね…。
「こっちが昼間でこっちは夜…!」
結局素直に答えちゃうんだけどさ。
「…そう?……じゃあ両方買うわ」
……夜って言ったほうも買うんだ!?
また、なんかドキドキする。心臓によくない。
「ね、あの、この香油って髪につけても大丈夫かな?」
「こちらでしたら大丈夫ですよ。髪の艶出し油に混ぜて使う方もいらっしゃいます」
「そっか」
うん。シャンプーにも使えそう。
あと、香油・精油といえば…。
「薄荷のたぐいで食用にも使える精油は、ある?」
「ええ。少量ですがございますよ」
なんと…!
それがあったら、チョコミントが作れるじゃないか…!!
朱里さんの記憶の中にあったものの中で一番試したかったモノだ。
誰だ今、『ぅええ、歯磨き粉じゃん』とか思ったやつ。
ロザリンが購入を終えたあと、私が食用の薄荷精油を買い、ほくほく気分で店を出た。
「ねえアル。あっちに茶葉のお店があるわよ?」
私が好きなことを覚えていてくれたのか、ロザリンが茶葉の店を指差した。
なんか嬉しい。
二人で茶葉の露店を覗いて、気になったものをいくつか購入。
もちろんロザリン用のミルクティ向けの茶葉も忘れない。
茶器というか、ティーポットもちょうどよいサイズのものがあって、ちょっと気にしていたら、ロザリンがそれを欲しがって見せた。
わざとかな? まあ、おかげで気兼ねなく買えるけども。
しばらく門前広場の露店を回っているうちに、だいぶ日が落ちてきた。
街灯にも光が灯る。
名残惜しいけれど、今年レコルナス祭はもうすぐフィナーレだ。
「夜華舞も見ていく?」
「ううん。混んでるし、もういいわ。十分楽しんだもの」
レコルナス祭のフィナーレ、夜華舞の最後を飾るのが、天光華という魔法の光のショーだ。
朱里さんの記憶でいう花火みたいなもので、かなり派手。
一緒に見たかったな…。
銀麦亭の部屋からじゃ、方角的に見えないんだよね。
「そうだ。ロザリン。新居の屋根の上から天光華を見よう!」
「屋根…?」
「あそこなら天光華の上がる方角がひらけてるし、多分見えるよ」
「いいわね。行ってみましょう!」
道も夜華舞を観ようとしてる人たちでいっぱいで、ちょっと歩きにくい。
思いついてちょっと路地の方へ入った。
あとは、魔法で空中に足場を作って登るだけだ。
身体強化してロザリンを抱き上げ、まずは路地沿いの建物の板葺き屋根まで駆け登る。
そこから新居の方角へ空中に足場を設置して、飛び石の上を駆けるみたいにして移動した。
「綺麗…」
上から見下ろす夕暮れのレコルナスは、街灯と露店の明かりがあちこちに集まって、思っていたよりずっと綺麗だった。
祭りって、上から見るとこんな感じなんだね。
朱里さんの記憶にある函館よりも、東京の夜景よりも、私はこの景色が好きだ。
ギルドと銀麦亭を目印に新居の屋根を探し当て、静かに降り立った。
斜めなままでは暗くなると怖いので、擬似的に床を作る。
一応安全面を考えて足元は見えるようにしておこう。透明は危ない。
クッションをいくつも置いて、その上にロザリンを下ろした。
完全に即席の屋上特等席だな…!
ロザリンの隣に私も腰を下ろした。
ほどなく、ちょっと離れたあたりから歓声が聞こえ始めた。
すっかり日が落ちた空に、魔法の光が舞う。
色とりどりの光が輪になったり、螺旋を描いたりしながら夜空を滑っていく。
肩にロザリンが寄りかかってくる。
髪が当たってて少しくすぐったい。
「とても綺麗だわ」
「うん…」
そうしてしばらく、二人で天光華を観ていた。
ロザリンがふるりと肩を震わせたのに気づいて、屋内に入ろうと提案した。
「冷えてきたね。中で見る?」
「そうね」
「…ちょっと待ってて」
探査の魔法で直下の部屋を探り、急いで埃を払って、水を滑らせて磨き上げた。
掃除を終えてから窓を開けて、屋内へ入る。
ここは、…主寝室か。
まあいい。
部屋の温度を適温まで上げると、ロザリンがほっと息を吐いたのがわかった。
「ごめん、寒かった?」
「ううん。大丈夫」
主寝室の窓は良いガラスが入れてあったから、窓越しでも天光華はよく見えた。
「ロザリン。もう、帰ろっか?」
「……ここに泊まらない?」
「ここに?」
「ええ」
んー…。一応野営できる程度の備えはあるな。
「…まあ、いいけど」
灯りを浮かべ、テーブルと椅子、寝具をマジックバッグから取り出す。
いつもの道具たちだから、部屋との調和は取れてない。
家の中でキャンプしてるみたいで、ちょっとワクワクする。
「アル。灯りは消して」
「うん?」
言われるまま、灯りを消す。
部屋が暗くなると、窓の外を流れる天光華の色がさっきより鮮やかに浮かび上がった。
「綺麗ね…」
「……うん」
私は天光華よりもその光に照らされるロザリンの横顔から目が離せない。
「ねえ」
一緒に天光華を見ていたロザリンが身じろぎして、ふわりと、甘い香りがした。
これ、香油屋の……。
誘われるままに、ロザリンに手を伸ばし、触れた。
その夜見た、天光華の光で微かに照らされたロザリンの裸体は、天光華より綺麗だと、思った。




