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レコルナス祭、一日目。
今日は朝から既に常とは違う空気だった。
朝なのに、どこか騒がしい。
宿の廊下も、窓の外も。
朝早いうちに搬入をするためだろうか。
ガタガタという馬車が通る音と馬の嘶きも聞こえる。
警備か何かの配置について指示している声、今年もあの屋台が出てるぞ、なんて情報も飛び交ってる。
ちょっと残念だけどこれはもう、朝からシよう、なんて雰囲気じゃないね!
まあロザリンはお休みじゃないし、ねだるつもりもないけれど。
ケイティの開店準備だけでも手伝おうかな。
ちょっと様子は見たいし。
ロザリンの赤い髪に指を滑らせながら、今日の予定を立てた。
それでもロザリンはまだ眠ったまま。疲れてるんだろうな……。
あまりにお疲れみたいだったから、ここ数日は夜も控えてるくらいだよ。
もう少し寝かせてやりたいけれど、そろそろロザリンも起きなければならない時間だ。
「ロザリン。朝だよ。起きて。起きないとキスしちゃうよ」
そう言いながら、頬にキスをする。
「…もうしてるじゃないの」
ぎゅう、と首に抱きついてロザリンはそう言った。
首筋に触れる柔らかい髪の毛がくすぐったい。
「目は覚めた?」
「まだ……」
「じゃあもう一回キスしちゃおうかなあ?」
くすくすと笑う可愛いロザリンが見れたので満足だ。
少しは気もほぐれただろうか?
「ねえ、ここにキスして?」
「うん?」
リクエストが珍しく、請われるままに胸の谷間へキスしたら、もっと強く、と注文がついた。
「痕がついちゃうよ?」
「それでいいのよ」
よくわからないけど、まあ本人がいいというなら…。
「ね、今日は忙しくなりそう?」
「そうね。たぶん…。もしかしたら昨日よりもっと大変かも」
「……ほんとに明日はお休みなんだよね?」
大丈夫かなぁ。ちょっと心配だよ。
まあそうなったらそうなったで、私も銀麦亭の皿洗いでも手伝っちゃおっかな。
「ええ。明日はお休みをもらっているわよ」
「じゃあ明日は一緒に回ろうね」
「ふふ。楽しみにしてるわ」
「私も。実はレコルナス祭を誰かと回るのは初めてなんだ」
いつもはお一人様を満喫してたからねぇ。
これまでの年を思い返す。
いつだって楽しかったけど、今年はきっとどの記憶よりも楽しいに違いない。
「ロザリン」
ベッドを降りて着替え始めた彼女の背中越しに話しかける。
「なぁに?」
振り向きもせず、私に可愛いお尻を向けたままロザリンは答えた。
「なんか、こういうのって、すごくいいなって思って」
今でもこう、二人で生活してるって感じがするのに、結婚したらもっと変わるのかな。
こればかりは朱里さんの記憶を辿ってもわからなかった。
「やあね、着替えをじっと見て何を言うかと思ったら」
「うっ。ごめん」
ガーターベルトつけるとこが好きなんだよ…。
なんか興奮するんだよ、ガーターベルト。
「今夜、覚悟しなさいよ」
「えっ」
「ほら、アルも着替えて。朝食食べ損ねるわよ」
こんなふうに、慌ただしい祭り初日の朝が始まった。
朝食後、ロザリンはそのまま仕事に入り、私はテオと手紙を飛ばし合って待ち合わせ、一緒にケイティの出店場所へ向かった。
なお、さすがにこの人混みでポチさんを連れ歩いたら大騒ぎと無用のトラブルでろくなことにならなそうだったので、銀麦亭の部屋で留守番をしてもらっている。
ケイティの露店で落ち合ったテオがなんだかぷんすか怒って昨夜の出来事を話してたけど、原因の何割かは私な気がして何も言えなかった。
レコルナスの他種族、私をエルフの基準と思ってる人もいそう。
本来のエルフ成人男性の平均はテオのほうなのだけど。
広場に着くと、ケイティは店の前で帳面と商品を交互に睨んでいた。
用意しておいたらしい椅子にはノアが座っていて、ケイティの作業を見守っていた。
興味深そうに覗き込んでいる人族の子どもに危ないから近づかないようにと注意したりしている。
人族の少年の興味はノアに移ったようで、何やら話しかけていた。
見た目だけは同年代だもんね。
ニコッとノアが笑うと、一瞬ぽかんとしてから少年は嬉しそうに笑った。
そのまま二人で何やら楽しそうに話し始める。
「おはよ、ケイティ」
「あっ! お兄ちゃん! テオ兄も!」
私とテオ来たことにも気づかないくらい店の設営に熱中していたようで、声を掛けたらびっくりしていた。
「どう? 順調?」
「ぜんぜん順調じゃなぁぁぁい! 何をどこに置けばいいのよぅ!」
見事にテンパってるね。
ああでもないこうでもないと移動させてるうちにわからなくなっていったんだろう。
ケイティは昔からそういうとこがあるからなぁ…。
「ここがケイティの店?」
「そう! ね、テオ兄。どう?」
「おー。結構しっかりやってんじゃん」
「そうでしょそうでしょ!」
褒められて嬉しそうだ。
テオは意外と採点シビアだからな。私もわからないでもない。
「あとは商品並べるだけなんだろ?」
「うっ。……そうなんだけどぉ」
どれをどこに置こうか、迷いが見える。
傷薬と、水が十五リッタ出る水筒、それから小さな鞄くらいの容量が入るペンダントロケット型のマジックバッグの三種が今回の商品だそうだ。
…以前、見た目重視で氷雪鹿の革を使ったマジックバッグを私も作ったけど、なんか発想で負けた気がした。
ちなみに今ロザリンが使ってるやつだ。
バッグだからと小さな可愛いポーチにしたんだけど、ロケットにするという発想はなかったよ。
「ケイティ。主力商品をまず決めるといいよ」
「主力? ペンダントかなぁ?」
「ちなみに主力と目玉は別だよ。一番売れるものと、一番目立たせたいものと、一番高いものは別」
ん? とか言って小首をかしげて笑ってる。
わかってない時の顔だ。
「たぶん主力は傷薬。手前に置こう。値段も大きめに見せると人も近寄って来やすい。水筒は目玉だね。実演したら足止めできる。通路から実演が見える位置に置こう。で、ペンダントのマジックバッグは高いけど、店の看板みたいなもんかな。勝手に触られないようにちょっと奥に置こう」
イベント販売ブースの基本だよ。
「あと、お釣りは先に分けとくといいよ。売れ始めてから探すと大変だから」
どんな混み方になるかは未知数だけど、イベントではテンパったら負けだ。
「アリー、詳しいな」
「祭りは戦場と心得よ、って記憶があってね…」
ケイティは私の提案を参考に、商品を並べ始めた。
うん。なかなかいい感じじゃないか。
水筒の実演サンプルと盥の準備もバッチリだ。
「アルフレート」
「おっ。ライリー。そっか、ケイティの店を手伝ってくれるんだったっけ」
「ライリー! ありがとぉぉぉぉ!」
「…初めてお会いするが、こちらは?」
テオを示すライリーに、ケイティは兄だと説明していた。
「兄のテオドールよ。テオ兄、こっちはライリー。冒険者で、今日は手伝ってくれるの」
「どうも?」
「よろしく頼む」
ライリーが、私とテオを交互に見比べる。
そしてしばしの沈黙。
「なるほど」
ライリーの、何がなるほどなのか意味はわからないわけではないが、テオが爆笑しているのが腹立たしかった。
そろそろ露店の様子を気にする人たちが増えてきた頃、私は手伝いもここまでか立ち去ろうとしたのだけど、人族の子どもとの交流が楽しかったのか、ノアがまだここに居たいと言い出した。
「ケイティ。俺ら、しばらくここに居ていいか?」
「うん。いいわよ。ちょっと狭いかもだけど。アリーは?」
「私は明日のための下見があるのでそろそろ行くよ」
「あはは。ロザリンさん、結構楽しみにしてるみたいだったよ? アリー頑張ってねー!」
「ずいぶん圧力掛けて来るなぁ…。言われなくてもわかってるよ」
…うん。頑張るよ。




