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夕方、銀麦亭に戻ると、エルフがさらに増えていた。
夕食が運ばれてくるのを待っていたら、隣の席にロザリンとアルフレート、カタリーナ、幼児ともう一人が座った。
ロザリン以外は全員薄藤色の髪だし、どう考えてもアルフレートの関係者だろう。
幼児は妹か弟…いや、実家に戻ったら弟が出来てたと言っていたな。弟か。
もう一人は姉なのか兄なのかはわからなかった。
喋る口調は男だが、声自体がアルフレート同様に男にしては高く、女にしては低い。
服装は男だが、体型はカタリーナと大差ないように見える。記憶の中のリィナの母とも大差ない。
「あら。じゃあ、テオドールさんは今までも年に一回くらいはレコルナスへ来ていたの?」
「そうそ。でもアリーの居場所なんて知らねーしさ」
…テオドール。……名前が男だな。
目の前に運ばれてきた料理よりも気になってならない。
男だと知ってあらためて見る。
…アルフレートとはだいぶ違うな。
胸板の厚さも、肩周りも。
きっと腹筋八つになんて割れてない。
アルフレートよりは、首から下がしっくりくる。
あの妙な違和感はない。
やっぱりこっちが普通のエルフなんだろうと思った。
顔自体は、アルフレートとよく似ている。
兄弟と言われれば、かなり納得する顔立ちだ。
雰囲気も若干近いものがあるが、テオドールのほうが言葉遣いは雑なようだ。
隣のテーブルにも料理が運ばれ、テオドールは見た目を裏切らない優雅な所作で、それを食べていた。
別にアルフレートの食べ方と比較しての話ではない。
アルフレート自身も冒険者らしくない程度に食い方は綺麗だ。あえて大きく口を開けたりしているフシもある。
「アリー、これ美味いな」
「でしょ。やっぱりここの料理美味いよね」
「あたしも好きー」
「なんていうか、伯母さんの料理に似た味しねえ?」
「そっか! どこかで食べたことあるなって思ってたんだよ!」
伯母なのか。母ではないのか。
「そこは普通母じゃないのか…」
「んぐっ…」
つい呟いたら、ロザリンが噎せた。
「わあロザリン、大丈夫?」
「大丈夫よ…。ちょっとルドルフ。やめてちょうだい」
「いや、つい。すまん」
アルフレートに背を擦られるロザリンに睨まれる。
「母さんのメシ、味が安定しねえんだよな。百年以上やってんのに」
「性格が意外と大雑把なせいじゃないかな。あとたまに味見忘れてるし、『ま、いっか』とか料理作りながらよく言ってた」
「…お母さんのごはん、おいしいよ?」
百年以上料理してても、そういうものなのか。
というか、アルフレートたちの母親はずいぶん大らかな人らしい。
「あ、ルドルフ、これ私の兄のテオドール。で、こっちのめっちゃ可愛いのが弟のノアだよ」
突然だな。
いきなり二人を紹介されたが、アルフレートは本当に行動が読めないと再確認させられた。
…こいつのこういうところは、いつまでも慣れる気がしない。
「お、おう。俺はルドルフという。アルフレートと一緒に冒険者の仕事をしている」
「アルフレートのことだから、何かとご迷惑をおかけしているかと思う。今後とも変わらずこいつに付き合ってやっていただけるとありがたいです」
急にまともな大人の対応をされ、その落差に少々驚いた。
「テオ兄そんな言葉遣いできたの!? アタシ初めて聞いた!」
「俺のことをケイティはどう思ってんの!?」
「テオは外面はいいよ?」
「外面って言うな。人付き合いくらい普通にできるわ」
なるほど。兄弟らしいな。
アルフレートも時々まともな大人の対応に切り替えてることがあるし。
ここ最近の貴族への対応なんて、最たるものだろう。
「なんかルドルフが私に失礼なことを考えてる顔をしている…」
「どんな顔だよ…」
「眉間にしわが寄って右の眉が動く…」
「……そんな細かいところまでよく見てたな」
「それなりに長い付き合いでしょ? っていうか否定しないって、やっぱり失礼な事考えていたんだね…?」
それを言われると、何も返せなかった。
*
今日は早朝から叩き起こされ、街まで走らされた。
アリーから何を吹き込まれたやら、ノアが大騒ぎしたからだ。
両親からも頼まれたし、仕方がない。
ケイティの様子も、アリーの様子も、見たかったしな。
ちょっとめんどくさいと思いつつ、ちょっと楽しみにしながら、フォレストウルフに乗ってレコルナスまで移動する。
今回は初めて遠出するノアも連れているため、多めに休憩をとった。
まあ、それでも午後には眠くなって寝ちまうんだろうけど。子どもは体力ないからな。
来てみれば、アリーは俺が思ってたより何倍も、人族の街に馴染んでいた。
ケイティも店を出す準備をしてるし、アリーは知らねえ新人冒険者に声をかけて宿まで世話してやってる。
ずいぶん頼られてるじゃないか。
十五年ってのは、大した長さじゃないと思っていたが、人族の街の中で暮らすには十分長かったらしい。
知らねえ奴に声かけられたり、困ってる新人の顔覚えてたり。
一緒に仕事をしていると言った人族の男は、アリーをずいぶん信頼しているように見えたし、アリーも彼を信頼しているように見えた。
俺の知らねえアリーが普通にいた。
今この街にはしっかりと、アリーの居場所があった。
十五年でアリーが自分で作り上げた居場所だ。
アリーはもう、たまに正体を隠してふらりと立ち寄る異邦人ではなく、ここで寝起きして飯を食う、どこからどう見ても街の住人だった。
そもそもだ。
ロザリンさんをウチに連れてきた時、アリーは「レコルナスへ帰る」と言った。
もうこっちが居る場所なんだ。
家まで買って。
すげえじゃん。
そんなことを考えながら、夕食後の街を歩いていた。
ノアは途中からまた眠そうに船を漕ぎ始めたので、ケイティが預かってくれるそうだ。
昼間寝ていてまともに会えなかった分、一緒に居ればいい。
俺は、少し祭りの準備とやらを見てからアリーの用意してくれた寝床へ戻ろう。
アリーみたいに認識阻害も使わず歩いたら、何か別のものが見えるだろうか。
いつもよりずっと混んでる街は、とびっきり賑やかだ。
魔法の灯りがそこら中に浮かんでる。
店先で明日の準備をしてる奴もいれば、もう祭りが始まったみたいに酒を飲んで騒いでる奴もいる。
人族って日が暮れても元気だな。
「フロギの蜂蜜煮、どうだい? 美味そうだろ」
「エールが冷えてるよ! 一杯百ロフだ!」
いろんな屋台で、料理や酒を売って客を呼び込んでる。
「そこのお姉さん」
一緒に酒を飲もうと女を誘ってるらしい男の声も聞こえる。
「エルフのお姉さん」
珍しいな。アリーとケイティ以外にもレコルナスに住んでるエルフが居たのか。
周囲を見てもどこにいるやら見つけられなかったが。
「薄紫の髪のお姉さん。アンタだよ」
あ"あ"ん?
「……もしかして俺か?」
「そうそう。やっとこっち向いてくれたね」
何をどう勘違いしているんだかわからんが、嬉しそうにされると少し申し訳なくなるな…
「俺、男だぞ?」
「またまたぁ。君、あの白黒竜装備の妹ちゃんでしょ? 一緒に飲もうぜ」
そう言った男が俺の背中に手を伸ばしてくる。
警告として、軽くその手を魔法で弾く。
「女じゃねえって言ってんだろ酔っ払い!」
「いいじゃん。奢っちゃうよー」
「いらねえよ。つーか触んな」
「固いこと言うなって」
「次やったら殴るぞ」
警告はした。
したが、その手は俺のケツに触れようとした。
あ、コイツは駄目だ。
「言ったからな?」
全身に魔力を巡らせ、男の顔の横――建物の壁へと拳を叩き込む。
ドゴン!!
派手な音をたてて土壁がへこんだ。
拳を引き抜いてから身体強化を解除して、ちょっと申し訳ないことになってしまった壁を魔法で補修する。
そんなことをしている間に、いつの間にか男は姿を消していた。
「……逃げ足、速っ!?」




