真夜中のオーケストラ
「事故ってなんだ? 寿命とか病気とか、そんなのじゃなかったのか?」
グランディスは目蓋を閉じて、それからゆっくり半分ほど開いてリアムを見た。
「どちらでもない」
「それって? どんな?」
「知りたいか?」
「もちろん」
「何故? 昔のことだ。聞かなくとも仕えるには支障のないことだろう」
好奇心、たぶんそんなところだ。リアムはひまわりの妖精がどんな悲惨な事故にあって死んだのかを、ただ知りたかった。そうすればきっと胸がすくだろう、と。
「不慮の事故なら、また起こる可能性があるじゃないか。それを防ぐためにも知っておくべきだろう」
リアムは顎に手をやり、最もらしくふむふむと頷く。
「そうか。しかし、主様を見る目が変わっちまうかもしれないぞ……」
変わるって、何がさ。
シリシアンのことは大概知っている。
臆病で腑抜けたヴァンパイア。
今でもぬいぐるみを抱いて寝ているようなお子様で、棺や扉に鍵を何重にもかけるような弱虫だ。
これ以上、シリシアンの駄目ダメ、ネガティブ情報を仕入れたとして、なにが変わるっていうんだ。
「シリシアンのイメージがこれ以上下がることはない」
リアムは胸をはって答えた。
グランディスはフムと頷き口を開いた。
「シリシアン様は、一度十一歳の時に成人の日を迎えられている」
「成人の日……それって、じゃあ、もうファーストキルが終わってるってこと? でも、それならそのときに成長がとまっているはずじゃないか、それにルルベラはまだだって……十一歳のとき??」
「ひまわりの妖精は、名前はなんだったか……うむ、忘れたな。とにかく主様はその妖精ととても仲が良くて、食事も、勉強も、遊びも、寝るときも枕を並べて一緒に寝るくらい。まるで兄弟みたいだった」
「兄弟……」
ん? 枕を並べてって、棺に入って寝てなかったのかな、それとも二人用の棺とか??
「この庭をよく二人で走り回っていたな。明るくて元気でよく笑う子らで、騒々しかった」
騒々しい? あのおとなしいシリシアンが? リアムはいささか首を傾げる。
「ところが、今日みたいに満月が欠け始めた、そんな日に事故は起こった」
グランディスが空を見上げたから、リアムもなんとなく同じように空を仰いだ。
ほぼ満月だが、注意深く見れば完全に丸くはないことに気づくだろう。
「きっかけがなんだったのかはわからない。些細な言い争いか、おもちゃの取り合いか、まぁよくある子供同士の喧嘩というやつだ」
「喧嘩? シリシアンが?」
シリシアンが声を荒げたり誰かを罵倒しているところなんか想像も出来ないぞ。
と、リアムは眉根を寄せる。
「主様の本来の姿を見たか?」
「うん、知ってるよ。角が生えた蝙蝠だ。その姿で飛んでいっちゃった」
「ほう。近くにいたのか? よく無事だったな。主様はああなると見境なく暴れまくる」
「……」
だんだん話が見えてきたな、とリアムは思った。
「ひまわりの妖精を殺したのか……」
グランディスが無言で頷く。
「人の血ではないから、ファーストキルとはならなかった」
「まぁ、そういうことだ」
「このひまわり畑は……」
「自戒、とでも言うべきか。ルルベラ様には自己憐憫だと笑われているがね」
「……やっぱり、こんなのは焼き払えばいい」
「ん? ハハハ、私もそう思うよ」
「シリシアンは……」
ブゥオーーー。
そこでチューバの低い音が鳴った。続けてホルン、クラリネット、いろんな音が城から流れてくる。
リアムは城を見上げ、その音に、奏でられる音色に驚いた。
「これは、なに? グランディス……魔物達の、うなり声?」
「いや、楽器だよ。これは、ヴァイオリンという弦楽器、いろんな音の出る楽器で音楽を奏でるのさ」
「楽器? 声じゃないのか?」
「もちろん声が入る曲もある」
「そうなんだ。グランディスはだだの馭者なのに随分と物知りだね」
グランディスは大きな口を閉じて苦笑する。
「なにも知らないんだ。ほんとうに何も知らないことだらけだ……」
「世界の全てを知っている者なんていないさ。たとえ魔物の永い寿命を持っていたとしてもな」
「永い寿命……あっ!! あああ!!」
リアムが突然大きな声で叫んだ。
驚いたグランディスの口がパカリと開いた。
「もしかして、こうなったのって……」
自分のせいかもしれない!!




