2-1 準備 のち でぇと
軽く屈伸をする。
きゅっきゅっ、と部品同士が擦れ合う音が小さく鳴った。
「うーん」
首を傾げて、今度は大きく背伸び。
みちみちと鳴る背中の筋を感じながら、限界まで体を伸ばす。
「まあこんなもんか?」
プラプラと手首を振り、足首をぐりんぐりんと回してみる。
特にどこか引っかかるような感触はない。
腰を落として足元に力を入れてみる。床のアスファルトに擦れて、ミチミチと音が鳴る。
「うん、ちぎれそうにはない、か」
ブーツの底のソールについては以前のズル剥け事件以来、最重要確認項目となっているらしい。
その時のデータをもとに設計されたブーツのソールは、軽く力を込めた際の圧力を十分に逃がすことに成功していた。
とはいえ、勢いよく踏み込んでズル剥けになった経験もあり、その点は何度新しくなっても実際に確認せずにはいられない。
ゆっくりと屈み込んで、天井目掛けてジャンプ。
たんっ!
乾いた音とともに、全身鎧姿の「光速の騎士」が宙を舞う。
外からは見えない地下駐車場であるが、機器搬入用の大型トラックが入ってこられるそこの天井までの高さは優に5メートルは超えているだろう。
ジャンプした後に、かるくぽんと天井に手を当てて床へと落下。
ずしゃんっ!
単体の「騎士」だけでなく、加算される鎧の重みで軽く床に振動が走る。
軽量化したとはいえ重量としては三十キロ近い装備を着込んだうえで、力むことなく軽い感じで垂直飛びの世界記録を余裕で更新してみせる。
助走もバーもなしに、体一つの垂直飛びで普通の家屋の二階まで飛び上がれる人間はおそらく存在してはいまい。
横にいる装備一式を運んできた研究者たちが、驚き半分、キラキラ半分でその様子を見ていた。
大型のトラックの後部に機器が中に詰め込まれた、先日ジェイクたちを追跡した時の本部として使った車両が今は「光速の騎士」の装備一式のテストのための観測所となっている。
「いやはや。大事になってきているなぁ。しばらく見ないうちにすごいじゃないか」
研究者たちと一緒にモニタをみたり、実物の「騎士」を見たりしていた但馬アミューズメント社長、但馬真一が声を掛けてきた。
ぱりっ、としたスーツを着こなしたできるビジネスマン。地方の一企業の社長とはいえ、業界ではやり手という評判が絶えない男だ。
そういう格好をするとやはり映える。
こんな薄暗い地下の駐車場だとはいえ。
「大げさすぎてドン引きです。節度って何なんすかね?」
頭に手を当ててはぁ、とため息を吐く「光速の騎士」の中の人、杉山茂。
外向けのきらびやかな虚像に対し、中の本人はそれと比較する自分の立ち位置を決めかねていた。
なんというか、そう。分不相応。身の程をわきまえて生きていきたい。
「そうかい? 見た感じではすごく恰好いいぞ、それ。なんというかすごく強そうだし」
「……一個前のVerで要望を言って色味が落ち着いたのに。結構口酸っぱくいったはずですよ? だってのに、なんで派手派手しいVer2、でしたっけ? あのカラーリングに戻ってるんです!?」
叫ぶと同時に大きく腕を広げると、薄暗い蛍光灯の照明の中でも「光速の騎士」のカラーリングが見て取れる。シティカモや森林迷彩のためのパターン柄であったVer3のシリーズは、夜間にも対応できる艶消しや、マットな質感、つまりは目立たないための茂の要望に対応してくれていたのだ。
だというのに、何故かそのVer3から発展したはずの、ロールアウトしたばかりのVer4の新品。これが見事に先祖返りしている。
カラーリングが銀嶺学院へとソロダイブ敢行時のものに戻っているのだ。
白と銀のベースカラーに黒と青をポイントポイントに入れ込んでいたあの時のもの。しかもさらにホワイトゴールドで微細な縁取りや遠目から見えないような飾りがいくつも刻まれている。
正直に言って、あの苦労はどこへいったのだろうか、と言いたくもなる。
恥ずかしい、とても恥ずかしい。
質素めの前の物でも、いい年してなんでこんなコスプレじみた格好をせねばならんのか、と悩むくらいなのだ。
「それに、これ。見てくださいよ」
がきょん、と駐車場に置かれた台座から持ち上げたのは、見た目が凶悪な一品。
仮称『オーガザンバー・ロールアウトモデル』【岩砕是悦】。
片手でそれを持ちあげ、それを蛍光灯の下へと翳す。
「おお、綺麗だねぇ。その鎧とピッタリじゃないか!」
「そうっすね。このギンギラの鎧とピッタリな色合いにしてくれて、ね?」
喜んでいる風情の真一に言っても仕方ないのだが、武骨で、シンプルであったはずの旧オーガザンバー。そのロールアウトモデルの上位互換である【岩砕是悦】を手に、「騎士」は思う。
やってくれたな、と。
前の金属をそのまま削り出したような素の色合いだったブレード部は、綺麗にコーティング処理がされていて、銀色に輝いていた。しかもそのままコーティングしただけではなく、長大なブレードに薄く溝を彫り、黒くそこを染め上げていた。恐らくは雨などの水をそこへと集めて、刃の滑りを均一にするための工夫であろう。
とどめにブレード部の表と裏に金の象嵌で岩砕、是悦と見事な達筆で入れてある。
なんという趣味的な。
「一応、試着していただいた鎧、【岩砕是悦】ともに、瘴気と呼ばれる現象に対し、耐性があると思われる材質、塗料によるコーティングを行いましたので。原色に近い塗料は何とか出来たんですが、昔の地味なカラーリングで効果がある塗料を開発する時間は取れなかったんですよ。とはいえ、この配色にしたのは製作側の趣味でしょうね。あははは」
「えええ……」
真一と話をしている「騎士」のぼやきが聞こえたのか、トラックの荷台から降りてきた研究員がそう弁明する。
「まあ、まずはテストですからね。そのためのファーストロットです。うまくいけば次の物はご希望の地味な色合いに落ち着くかもしれませんし。こちらからも開発側に要望は伝えておきますよ」
「お願いしますね!?」
アイテムボックスに【岩砕是悦】を放り込み、補修の終了した盾と愛用の槍を手に取る。
最後にヘビーシールド改に目を向けると、一回り大きくなっていた。
元々のカイトシールドの形状から、一回り大きくなり、体を隠すことのできる範囲が増えている。
掲げたうえで、体の角度を調整すれば体の中心部の急所を覆い隠すことも可能だ。
こちらのカラーリングは、変わらず黒一色のままというのも非常に良い。
「ふむ……。良いっすね。安心感がある」
アスファルトに軽く突き立てるようにしてその重さを確認。
ギシギシと突き立てたところを起点に、少し傾げたり、体重をかけてみる。
「……良い。こういうシンプルな感じが」
「成程、そちらもデータとして送っておきましょう。大型化したぶん、取り回しが悪くなるかと思ったんですが」
「いえ、これくらいなら問題ないです。むしろ、少し重くなった分、耐久性も上がってるんでしょう?」
これもアイテムボックスへ放り込む。
「計算上はそのはずです。その表面もコーティングは耐瘴気用のものですから」
黒一色のヘビーシールド改を見て、ふと思う。
「なら、この鎧も真っ黒にしてくれれば……」
「いや、それは駄目だろう!」
横から真一の声がかかる。
「え?」
「真っ黒じゃ、悪役っぽいじゃないか! そういうのはもう少し後で出てきてもらわないと、こっちが混乱する」
「……こ、混乱。いや、何の話っすか、それ」
少しばかり、感情が先に走っている気がする。
「色違いの偽物っぽいだろ? 僕らの時代だとそういう感覚なんだよ。やっぱりさ、オリジナルは白とかが良いなぁ」
「色違い……。偽物ですか?」
真一の思うのは、同じスーツを利用したニセモノが敵として出てくるパターンのことだろう。色を一部変えたりとか、小物のデザインが微妙に違うとかそういう違いしかないので、見てみると結構混乱する。
とはいえ最近ではスーツ自体が高額なのか、そういうことをする傾向が少ない気がするので茂としてはピンとはこない。
まあ近しいもので言えば、ゲーム内のキャラクターの色を変えて、敵キャラの総数を稼ぐやり方か。合っているような違っているような感もあるが。
「ま、中身が君以外じゃどうにもならないんだけどさ。海外のコスプレ動画とか見たかい?」
「……多少なら」
ビジランティを自称する彼らが、ショットガンやらライフル銃やら有刺鉄線付のバットなどの偉く現代的な装備で街中を練り歩いていた。
そう、「光速の騎士」コスプレで。
これもまた「騎士」本人としては頭が痛い件ではある。
「外見が君でも、中身が人間のままじゃ、ねぇ。それなら防弾チョッキとかアクリル盾とかを使えばいいのにさ。その方がきっと性能はいいはずだし。まあ。ああいうのがしたくなるのは解らないではないけど」
「危ないことはしないこと。子供が見たら悪影響でしょうにねぇ」
そんなことをくっちゃべっていたが、ようやく色々な準備が終わったようである。
無線機で連絡していた研究員が駆け寄ってくる。
「お待たせしました。ようやく準備が完了しました。テスト、お願いしてもよいでしょうか?」
「あ、大丈夫です。内容の方は?」
連れられてきたが、テスト内容は教えてもらっていない。
「屋内での装備一式の使用感の確認ですね。今回は装備の各部にテスト用のセンサーを仮に設置してありますので。現場にもカメラ、スピーカー等、配置してあるのでそちらで詳細を」
「改修工事開始までの期間を使って、臨時にサバゲー会場を開くつもりでね。資材の準備とかもあってさ。その安全確認とか防犯上の関係で監視カメラとかもすでに設置してあるんだよ。明後日から始める予定だからさ。そのシステムとリンクさせて、っていっても僕はそういうのは不得意でね。この機会にそういうビジネスモデルの事業をプレでしてみてもいいかな、って」
「ああ、なんかそういうのビジネス系のテレビで見たことありますね。デスクとかロッカーとか残ってる居抜きのビルの中でサバゲーを、ってヤツですか」
「そうそう。屋外の会場じゃなくて、屋内でってニーズは調査してみたら結構あるから。僕らのアミューズメント業界って流行り廃り、激しいからさ。設備関係のバックアップを雄吾のところから大手を振ってふんだくれるなら、丸損ってことにはならないだろ? ま、収支が見込めなかったら、今回限りで終わらせてしまうしね」
商売人は商売人なのだろう。
ここで「光速の騎士」のテストの会場を提供する代わりに、設備関係の支援を白石から受ける。どれだけ会場にダメージが出たとしても、それをサバゲー会場のモニュメントとしてしまえば、別に文句は出ないだろう。
最終的に諸々の臨時サバゲー会場の開催期間が終わればそのままリフォームを行い、すべての証拠を消し去ることもできるということ。
「じゃ、僕はモニタができる音響ルームにいくからさ。皆さんにご挨拶をしないといけないからね」
にっ、と笑みを浮かべると、スーツのジャケットのボタンを締める。
スイッチを入れただけで急に経営者の貫禄が漂う。
「……では『騎士』さんは、あちらの貨物搬送用エレベータから四階のシアターフロアへとお進みください。そちらがテスト会場になっていますので」
「あ、わかりました。じゃあ、真一さん、また後で」
「ああ、また後で。テスト後の感想、楽しみにしているよ」
そこで、すこし悪戯っぽい笑みを口の端に浮かべた真一が一般来客者用のエレベータへと向かうのを「騎士」が見送る。
いそいそとどこか足取り軽く早足でエレベータに向かう彼の様子に、ちょっとだけ首を傾げた。
(ま、いっか。俺もやることやって、さっさと帰ろう。冷蔵庫の中、もうすぐ空なんだよなー)
買い出しは一気に買い込んで、それを小分けに消費していくタイプだ。
ちょうど庫内に空間が目立つようになってきた頃なので、バイトをキャンセルしたこのタイミングで買い込んでしまおう。
真一とは逆の方向にある搬送用エレベータにてくてくと歩いて向かう。
(あー。ギンダラのみそ漬けとか、いいなー。昨日テレビでやってたし。どっかのスーパーで売ってるかな)
昨日の夕方にやっていたニュースの一コーナーで焦げ付かない魚の焼き方を紹介していた。
それを思い出し、ほかに何が足りないかを頭の中でピックアップ。
リスト化してだいたいの値段を弾き出す。
エレベータの前で上昇ボタンを押す。
(三千、五百……。いや四千円弱ってとこか。うーん……、デザートとかはやめとこうかな)
そんなことを考えながら、やってきたドアが開く。
やってきたかごに体を滑り込ませ、目的の四階のボタンをプッシュ。
がこん、と小さな揺れと共にかごが上昇していく。
当然、立ち入り禁止のビルのため、誰もボタンを押すものはいない。
するすると上昇したかごが目的地の四階に到着する。
ぽーん!
『四階です』
機械音声と共にドアが開くと、エレベータホールの電気は消えていた。
周囲がブルーシートに覆われ少ない窓からの光も減衰している。エレベータから漏れ出る光だけが周囲を照らしていた。
「……お邪魔、しまーす? で、いいんだよな?」
そろりそろりとかごから抜け出て、後ろを振り返る。
エレベータの回数表示は4の数字をオレンジに光らせている。
「……あれぇ、降りるフロア間違えたんかな?」
てくてくとホールを進むが、なんの音もしない。
(四階、って言われたはずだけど……? 一回戻って確認しようか?)
うす暗い中、少しばかり進んだ先でエレベータが閉まる。
そうすると、わずかばかりの光源すら無くなり、周りは辛うじて二、三メートル先が見える位になってしまった。
「……確認しよっか。フロア間違えたんだろ、多分」
そう結論付けてくるりと踵を返した瞬間だった。
ちくっ……。
首の後ろに何か小さな針が刺さったかのような、そんなかずかな幻痛。
ぞわっ……!!
背筋を駆け上がる、こらえきれないような悪寒。
この場に、いてはならない。
逃げろ、逃げろ、逃げろッ!
「は?」
その二つを同時に感じた瞬間、理性ではなく本能が体を動かした。
立っているその場所から、全力で前方に体をひねりながら、跳ぶ。
ど、ゴンッ!!
飛び上がったその後ろから、波紋のように音と衝撃が広がり、「騎士」を追いかけてくる。
体を捩じり、その衝撃を発したものを視認。
日本刀。
大ぶりの、反りから判断するに、打ち刀とはコンセプトの違う、いわゆる大太刀という種類に分類されるそれ。
ここ最近“色々”あったので、いや、ありすぎたので多少は刀の種類にも詳しくはなった。
床にめり込んだそれは、おそらく「騎士」がそのまま棒立ちであったならば、ざっくりといったのではないだろうか。
具体的に“ナニ”がとは言いたくはないし、考えるのは精神衛生上、非常によろしくないはずだ。
「は? え? ……うそぉ」
みし、とめり込んだ大太刀を引き上げるその持ち主。
暗がりの中で、辛うじて視認することのできた持ち主は、「騎士」に声を掛けることもなく、闇の中にその体を溶かしていく。
すっ、と大きな柱の陰に消えていく瞬間、こちらにその“真っ白な”顔を少しだけ向け、消えていった。
その場に、その骸骨の落ち窪んだ眼窩の奥に灯る鬼火の残滓を残して。
消える瞬間に、空いた手で骸骨の顔に、阿漕の笑尉の面を被せる。
「ふ、ふざけんなぁぁぁっ!!???」
感情のまま「光速の騎士」は叫んだ。
まあ、それは叫ぶだろう。
そんな混乱の中、ホール一面に音が響く。
……ッカカカカカッ……!
乾いたその音はホールの中で反響して聞こえる。
間違いない。
あの人、いやあの骸骨の笑い声だ。
入ってきたときに確かに「気配察知:小」で確認したはずなのに、なぜか反応しなかったというのに。
何でこんなところにあの人がいるのだろうか。
(と、東京のはずだろ!? 何でこんなところにっ!)
「て、それより! やばい、逃げっ!? って、ウォォォオイッ!!?」
逃げの一手を採ろうとした瞬間、エレベータに振り返った「騎士」が気づく。
伸ばした指の先にあるはずの、先ほどまで光っていたエレベータの上下を選択するボタンの光が消えている。
上でオレンジに光っていた階数表示も見えない。
エレベータの電源が落とされている。
「は、嵌められた!! く、くそぉっ!」
どういうことかようやく理解した。
テストなのだ、これが。
考えれば容易に思いつく。
瘴気という攻撃に耐コーティングをしたとはいえ、実際に大丈夫かどうか確かめなくてはならない。
つまり、実際に瘴気に触れてみる必要がある。
つまり、瘴気を出してもらう必要がある。
誰に?
そう、できる者がそうそう都合よく何人も居はしないだろう。では、そんな技能を持つ者はだれか。
すぐに「騎士」が思いついたのはこの闇に沈むホールのどこかに潜む、あの「骸骨武者」の顔だ。
「さ、先に言えよ!? 言ってくれって!?」
いや、おそらく言われたとしたら、こんなテストは受けなかっただろうが。
だから、みんな隠していたのだ。真一も知っていたのだろう。
あんなに楽しそうだったのだから。
「や、やるしかないってのかよぉっ!」
やらされる当人はたまったものではないが。
アイテムボックスから盾と槍を取り出して戦闘態勢に入る。
生きて帰らねばならない。
何せ、スーパーでギンダラのみそ漬けとニンジンと大根、鳥のつみれを買って帰らねばならないのだ。
そう、今日は和食。飯を食わずに死んでなるものかッ!!
【でぇと】
狂おしいほどに焦がれる想いを(間違ってない)
思いを向ける相手に(間違ってない)
その想いを昇華するために(間違ってない)
自らのすべてを以って全力でぶつかる(間違ってない)
機会を設けること(間違ってない)
うん、これはでぇと。
間違ってない、はずだ。




