2-2 サイカイ のち 呵々大笑
一方の「騎士」にとっては予期せぬ邂逅・“際会”、そしてもう一方の「骸骨」にとっては計画された“再会”からの強襲。
そんな“サイカイ”を経てのあの駅前ロータリーの出来事の“再開”となる。
(……とはいえ、あの様子じゃマジだしな。最初っからぶっ飛んでたっちゃあ、ぶっ飛んでたか)
ぎゅっ、と盾を握った籠手の中に、いやな汗がたまってきているのを感じる。滑るほどではないとはいえ、気になるのは気になるのだ。
夜間、とまではいかなくとも光のさえぎられた周囲の視認距離は非常に短い。
先だって兜への光学処理などの知覚系の補助システムは「騎士」の要望に従い、必要最低限の通信機能およびボイスチェンジャー以外は、作動時のきぃきぃという雑音で気が散るということでほぼオミットされている。
自前の目と耳で周囲を認識する必要があるわけだ。
「さぁ、て!」
後ろは電源の切れたエレベータ。
つまり後方から何かが来るという可能性は“ほぼ”ないと考えてもいい。
(エレベータシャフト伝ってのダイレクトエントリー……。まあ、ないだろうな、ふつーは)
びたん、と背中をエレベータの呼び出しパネルにひっつける。
基本的にエレベーターホールというのはある程度の空間があるのが普通だ。
乗客の乗り降りにかご待ち、荷物の搬出入などをするための空間。
時折うずたかく段ボールやらビールケースが置かれている消防法ってなんですか、というところもあるにはあるが、ここはそうではなかった。
びたん、と張り付いて視界を広く取り、そして壁からの振動を背中で感じるために敢えてその場にとどまる。
仮にテスト相手が定良だけでなく、銃火器を持った別口と合同だったとしてもこの位置取りならばその別口が用いるだろう銃器から飛んでくる弾丸にも「シールド・バッシュ」で対応できる。
定良との連携でかかってくるとしてもカタログスペックを信じるならば、一・二発までは許容範囲だ。
(ま、あの様子でお供つれてくるようなヒトじゃねぇだろうけど)
カカカ、と笑う様子からするにどうも楽しそうな様子をしていた。
十中八九、ソロであろうとは思う。
というか、ソロであってほしい。
(完璧に「気配察知:小」に引っかかりもしないし。高レベルの奴が全力で隠れると、確かに引っかからないんだが……。スキル抜きでやれるわけか、定良さん)
たらり、と汗が流れる。
上階・下階でうろつく気配が問題なく確認できることからすれば、「気配察知:小」スキルが発動していないわけではなさそうだ。
つまり、スキルの網を掻い潜る何らかの対抗スキルないしは、技術を持ち得たと考えるべき。
(強くなってんじゃん! なんでよ!?)
弱ったことに件の「骸骨武者」。
自身が討ち果たされてより後、発生した様々な戦に用いられた技術。開発された武器・兵器。
そして生前は手に入れることのなかった、海を越えた先の廃れいく業の数々。
更には近現代の「戦争」を学問として捉えた、多角的な視点から書かれた論文たち。
ネットを介して、個人の意見を世界中に存在する同じ趣味の皆で考察する星の数ほどのサイト。
そんな情報過多の時代に、黒木兼繁という戦狂いは睡眠・食事という生身の人間と比べた場合のアドバンテージを、やろうと思えばすべて学びに費やすことができる。
まあ、酒に絵画、彫刻、小説に映画、音楽やらと多趣味極まりないので、そこまででもないが。
確固たる意志を取り戻して、彼は先日よりも強くなった。
それだけは間違いない。
いまその脅威にさらされている「騎士」が知る由もないのだが。
「ふぅぅぅぅぅ」
ゆっくりと息を吸い、そしてゆっくりと吐く。
呼吸を整え、体の中に酸素を少しでも多く巡らせる。
エンジンをかけるのだ。さび付いたギアを無理やりにだがトップに持ってくる。
「どこから来る?」
独り言。
自分や周囲の状況などをきちんと確認するには、有用な手段である。言葉にして何をするべきなのかの選択肢を広げるためにも。
発した一言から、彼がどう動くかを推測する。
考えられるのは前方、もしくは左右。大穴で背にしたエレベータから。
足をゆっくりと迎撃態勢に変更。
こちらから攻めるのは、先にこのフロアを確認しているはずの定良に利があるはず。できるなら避けるべきだ。
ならばここは待ちの一択。
来たところに合わせて、その利を削る戦いをするのが最善手。
(……時間切れまでしのぐって理由もあるんだけどな)
具体的な時間を切ったわけではないので、その概念があるかは別だ。それでも膠着するのであれば、指示の一つ二つあるはずだ。
通信が敢えて向こうから切られているようでうんともすんとも言わないが。
(マジで殺し合いをするつもりはないだろうさ。……定良さん以外は。ならどこかで切り上げるはず。……定良さんが満足していれば、だけど)
面倒な話だが定良がどの程度の心持ちでこの場にいるのかというのが一番のネックになる。
何もかも投げ捨てて逃げ出せば背中からバッサリいくかもしれないのだから。
「……来るか?」
亀のように縮こまってガードに集中する。
そんな「騎士」の視界の先に、薄暗いホールの向こうにあの骸骨がぼんやりと浮かび上がる。
視界は悪くとも、集中すれば辛うじて。
そんな定良がこちらへと駆け出してくる。予想していたが、他の援護はない、ということだろう。
だが、一つだけ予想外の事態がある。
「そ、そう来るかよッ!」
助走をつけたうえで、定良が腕を振る。
だが、その距離は大太刀の最大射程よりもさらに遠く離れている。近接攻撃を予想していた「騎士」の裏を掻いた、その一撃。
ゴッ……!!
「チィッ!」
舌打ちをして、その場所を離れる。
腕を振るい、定良がロッカーを投げつけてきたのである。
遠距離からの攻撃はない、と決めつけた「騎士」の失態だ。
速度、軌道ともに「騎士」への直撃コース。
回避、迎撃の二択以外はない。
(真似られた、ってわけでもないか!)
一瞬、自分のスタイルの模倣を疑うが、その考えを頭から追い出す。
古来より、投石や周囲の物を投擲することは普通のことだ。
向かい合って剣と剣で斬りあうド突き合いよりも、投射物による決着の方が多くの死傷者を生むのだから。
むしろ、銃器の流通黎明期に生きた定良が得手とするのはこういった仕手であろう。多くの場合、“自己の技術を超える他者は星の数ほど存在する”ものだ。
それに出くわす、または技術が使われるかはまた別問題。
つまり、それはどういうことにつながるか。
「カカカッ! 反応が温いッ! 腑抜けたままなら、その派手派手しい素っ首ィッ!! 跳ね飛ばしてくれるぞッ!」
「冗談ッ!!」
跳び除けた先に、ロッカーを投擲した勢いのまま定良が突っ込んでくる。
それを予測して動くことができる。棒立ちでパニックになるほど鈍ってはいないつもりだ。
阿漕の笑尉が、にっかりと笑っているさまが、周囲の薄暗さと比較しておどろおどろしさを強烈に放ってくる。
ギャンッ!
袈裟斬りに振られる大太刀を、盾で迎撃。
がつん、という衝撃が受けた左手から足先まで走る。
跳び除けたあとの足場が不確かになっていたことで、完全に受けきることができなかった。
瞬間、体が止まる。
「ほぉぉれッ! こいつが望みだろう?」
受け止めた大太刀に、定良が掴んだ柄を起点にして瘴気が覆う。
「ぐぉ、ぉっ」
ずん、と食い止めたはずだった大太刀が重さを増す。
刀身から、それと接触している盾に瘴気が移っていこうとしていた。
「だぁっ!」
空いた右手、槍をつかんでいる方で定良を薙ぐ。
真横に振られたそれを、太刀を押し返そうとしている「騎士」の力を利用して大きく距離を取り、回避。
ずざざっ……。
定良が床を滑るようにして着地し、両者がようやく再会の挨拶にうつる。
「あー、こんなとこで言うのもアレですが……。ずいぶんお元気なようで?」
「ク、クカカッ。俺のような死人に元気も何もあるものかよ。まあ、この現世。それなりに愉しんでおるがな」
「そうですか。なら、今日はこの辺で終わりってことはー? ……無理っすかね?」
一縷の望みをかけて、ダメ元で聞いてみる。
「……阿呆か?」
「ですかー」
あはは、と乾いた笑いが虚しく響く。
それに合わせ、定良からどろり、と瘴気が常温に触れたドライアイスのように吹き出す。滝のようにしてあふれ出たそれが、床一面に広がる。
「俺はここ最近、飢えておるのだ。この世は相も変わらず、人が争い合う修羅の庭だというのに、数だけが狗畜生の如く増えてはいても、質は降りも降ってドン底よ。鉄火場で、さぁここで一つ命を張ろう、という気概がどの狗にもまるで見えん。百追い込んでようやくひとつふたつ種火がともる程度では、まあつまらんのよ」
「今の世界でそういう気合入った奴を探そうってのは、難しいのではなかろうかと?」
今、自分はポストアポカリプスの話でも聞かされているのだろうか。
半ば呆れながら聞いてみたところ、定良がつまらなそうに返す。
「最初から斬り結ぶ、という選択肢を放棄して、腰の引けた恰好で壁に隠れて遠くからぱんぱんと鉛玉に頼るのでは貫目が上がらん。肉を斬る感触も知らずに、戦士だとは片腹痛い!」
「いや、そりゃあ」
「わざわざ目の前まで出張ってやっても、“てっぽう”を地面に伏せてガタガタ震えるだけとは。昔の弓手ならばしめたとばかりに、短刀一本で刺し殺しに来たものよ。目の前に敵が来たなら、むしろ好機。自らの手で間違いなく縊り殺すことができると云うに。遠目で射殺せたか否か、瞬時にはわかりかねるだろう?」
「……時代ですかねぇ」
まあ、普通の胆力の小悪党では喜色満面の「骸骨武者」が大太刀片手に立ちふさがれば、心が折れるどころか魂魄ごと灰と成るだろう。
見敵確殺を地で行く作法をこんなところで教わるとは思わなかった。
だが、命の温かさと、それが失われる底冷えのする冷たさを、幾たびも実感してきた男の言葉だ。
それが敵であれ、味方であれ。
だが、彼とは違い歴史は手のひらに伝わる殺戮の感触をより遠くに追いやりたいと、人は知恵を絞り、膨大な時間と手間をかけてきた。
拳から石、こん棒、ナイフへと移り、そして剣、槍、弓矢、そこからの銃、大砲、戦車や航空機、艦船からの射撃。そしてミサイルなどの数十キロ、数百キロ、大陸を隔てた場所からボタンを押し込むだけ、と“殺害方法”は進歩し発展し、新たな手法が作り出されてきた。NBCなどというクソ極まりない手段はその際たるものであるだろう。
今ではAI兵器などという人を介さない手段が倫理上どうなのか、と討論されるくらいだ。もう、その判断に人すら不要ということが、やろうと思えばできてしまう一歩手前まで来ている。感情による躊躇いすらも排除してまで、人は人を害することを止められなかったのだ。
だからより容易く、より素早く、より効率的に、より確実に、そしてよりたくさんの命を巻き込めるように。
死の感触を厭うようになればなるほど、より洗練された無機質な手段でさらに多く人が死ぬ。
そうやってその感触を遠くに遠くに追いやっても、それに関わったと感じた兵士の中にはPTSD等を発症し、そして生涯思い悩む者は絶えない。
だというのに、この目の前の骸骨は逆にその感触こそが、至極だと宣う。
「よくもまあここまで軽くなったものだ。その重さは俺のいたときとなんら変わらんのに、ま、その扱いをだがな。……一度としてその重さに触れたこともなく、想像でしか知らん。だから、さらに軽く、薄く、無関心になるのだ、お前が言う“時代”がな」
「言い返せないってのが悔しいですがね」
人を害するというのに、その過程を排した結果を求めたこの”時代”が歪で、正しく命に向き合っていないのだと。
実感を伴わない戦いをモニタの向こうでいくら見たとしても、聞いたとしても本当に伝わることは十分の一、いや万分の一に満たないのではないか。
モニタ越しでたどり着けない、命の香り、命の滑り、命の瞬き、命のあっけなさ。そして一瞬だけ輝くその美しさに。命に触れてこそ知れることもある。
これは戦いの中でだけの話ではない。
普通の生活の中でもかつてはあったはずの、その命の温度を。
データの向こうですれ違う名前も知らないその人を、本当に命ある人だと感じられているのだろうか。
きっと、十分にその温度を知らず・学べぬうちに大人となり、未成熟なままの者が、したり顔で下の者に教えるのだ。
命は大切だ、と。
きっとその者が教える言葉に、下の者は幼心にどこかで猜疑心を覚えてしまう。
これが繰り返し繰り返しさらに繰り返す。だから、回を重ねるほどにどんどんと遠くなる。
命が、心が、人間が。
「それでも、これが俺らの“時代”ですよ」
「クカカッ! だがこの時代に、それでもお前は“生えて”きただろうに。ならば、人には“そんなものでも”先がある。そう俺に思わせて見せよ!」
ゆっくりと広がる瘴気の靄が、膝までを覆う。
現在のところ、瘴気の浸食による影響は一切感じていない。もし鎧に耐瘴気の性能が無ければ、素の自分の体に「状態異常耐性:小」が発動する感覚があるはず。
ピリピリとした日焼け跡を撫ぜるようなそんな感覚だ。
だが、一向にその感覚は襲ってくることはない。
(……へぇ、いい感じかも。一応瘴気に対抗できるようなものは見つけ出したんだ。現代科学ってやっぱスゴイんじゃん)
クジョーの現れた現場の各種サンプルを回収・分析し、そこから推測される部材に適用できそうな耐性の高さを持つ素材を選出し、加工、コーティングを試みる。
人の積み上げてきた科学技術が、オカルトじみた魔術・呪術的技術に対抗できることをデータとして証明してみせた瞬間でもある。もしかすればどこか別の場所で同様な実験がされたかもしれない。
だが、ここでそれを言っても仕方ない。
間違いないのは科学が、後追いで瘴気に対抗できることができるということ。
これは可能性として「光速の騎士」「骸骨武者」、クジョー、模造異能者たちのような存在に科学的アプローチで対抗できるかもしれないということ。
あくまで可能性であってもこれは大きなターニングポイントであるはずだ。
「……あー。まあ、そうっすね。ちょっとだけだけど」
盾を握った側の腕を兜に添える。
「おお、おお!」
定良が喜色交じりの声を挙げてずっ、と腰を落とす。
それを見ながら『騎士』が兜をかぶった首を倒す。
こきこきこきっ、と首から軽く音が鳴る。
それに一方的にここまで言われっぱなしになるのは、しゃくに触る。
そんなに悪し様にお前らは、駄目だ駄目だと言われてたまるか。
……古クセェ骸骨なんぞに、今の積み上げてきた若ぇ俺らの“時代”を馬鹿にされて、おとなしくしないといけない道理がどこにある?
正直に言おうか。
さっきの物言いにカチン、ときた。
そんなもの、だと?
俺たちをナメンなよ。
「マジで行きますかね」
首をぐるりと回してさらにごき、と音を鳴らす。
ゆっくりと槍を握る手に力が籠った。
心のタマシイエンジンをブン回して気合を入れると、正面から定良を見据える。
定良も面を外し、床へと放ると、からん、と乾いた音が響いた。
「容易く斬られてくれるなよ?」
「ああ、そちらこそ?」
軽口にも力がこもる。
双方から軽く押し殺した声が漏れる。
「……ク、クハハハッ!」
「……あ、あははははッ!」
笑える、ああこれは笑える。
「「ぶはははははははっ!!」」
どんっ、とホールに二つ同時に足音が響く。
剣呑な場で両方が笑いながら、相手に刀の刃を、槍の穂先を差し向けた。
終わらんかった……。
すぱっ、と終わらせるつもりだったのだが。
次でどうにか終わらせるつもりです。
……多分だけど。




