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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
4章

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5-9 収奪 のち 五分

本文が短かったり長かったり安定しません。

どうにかそういうのを整える技術がほしいもんです、はい。

なんとかあと数話でこの章片付ける予定です。


ええ、予定は予定。結果は未定ってやつです、ええ。

 全ての事が、もうどうでもいい。

 これまでの全て、そしてこれからの全て。

 積み上げてきた全て、繋げていくはずの全て。

 今日、この場で俺が、俺たちが終わったとしても、それすらも、だ。


『投与後の想定血中度濃度が規定値を超過しています。投与後の想定血中薬物濃度が……』


 機械音声が耳元でがなり立てる警告メッセージを無視して、アーマー・スーツ使用時の薬剤パッチを一斉に注入する。

 当然のことだが、後遺症はマスト。だが、それ無しで常人であるジェイクがスーツを動かすことはできない。完全なメンテナンスがされていないスーツである以上、最低限戦闘に耐えうる挙動を担保するには自身にリスクを負う必要があるのだ。

 いつもの量を超える薬剤が血中を駆け巡り、背中全体を伝う冷たい感覚と共に、体中へと影響が襲い掛かってくる。

 ぐらり、と一瞬揺れた視界。瞬間的なブラックアウトによる、狂いそうな平衡感覚を辛うじてスーツ内蔵のジャイロで補正している状態。

 スーツのサポートAIはそれでも無感情に自滅必至のジェイクの特攻をサポートする。


「あああああっ!!」


 闇夜を煌々とブースターの光が切り裂き、一直線に仇敵であるクジョー・T・シズマへとジェイクが突っ込んでいく。

 スーツの加速に関しては問題なく稼動している。本来は感じるはずの無い若干のイオン臭がスーツ内部にこもる。どこかしらのパーツが不具合を起こしているのだろうが、この場に至ればもう動けばいい。

 この後のことなど知ったことか!

 本来の性能と何ら変わることのない突進からの一撃。

 それをぶちかまそうとする彼とクジョーとを結ぶ直線の間に、クジョーの傍に控えたレインコート姿の人物が割り込んでくる。

 それに併せ、クジョーが一歩下がった。

 吶喊と同時のジェイクの援護として放たれた一斉射撃から身を隠す意味もあったのだろう。

 吹き飛んだ荷台と切り離された車体前部の陰にクジョーが身を隠す。


「邪魔だァぁぁァっ!?」


 自分でもわかるほどに呂律が回っていない。

 酷い二日酔いの朝に迎え酒をしてさらに悪酔いした時のような、どうにもならない脳みそがペーストにでもなったかのような感覚。

 果たしてこのコンディションで“比較的”真っ当な判断があとどのくらいできる?

 本当にこのまま進めてもいいのだろうか?

 だが浮かんでくる疑問符は、浮かぶと共に消え去っていく。

 何を考えてもそれはどうでもいいことだ。

 いま、この時に自分を抑える必要はないのだから。


 どっ!!


 ブースターがさらに加速し、その勢いのまま右腕を突き出し、体ごとぶつかっていくような、所謂スーパーマンパンチを、進路上にふさがる邪魔なレインコートへとぶつけていく。

 それは、現行で放つことの出来る最大火力に等しい。

 そんなジェイクの前に立ちふさがるレインコート姿の護衛はゆっくりと左腕をかかげ、ジェイクの全力の一撃に合わせ、何気なく差し出した。


 がががががっ……!!!


 衝突し、吹き飛ぶと思われたレインコートは大きくたわんで風に揺れる。衝撃で前を止めていたボタンが吹き飛んだのか、ばさばさと風になびき音を発てている。

 だが、そこまでであった。

 ジェイクとぶつかり合った箇所から、地面にみみず腫れのような跡をくっきりと二筋刻み込みながらもしっかりとその両足で立っている。

 突き出された拳が、レインコートの左手で抑えられていた。

 そして、左腕一本でジェイクを抑え込んだ“ソレ”の威容がレインコートがはだけたことで一部が露わになる。

 夜の闇に溶け込むような深い色合いの黒、いや藍色、紺か。

 パンチを抑えた左腕の全体を金属的な光沢のあるパーツが覆っている。ただ、暗色系の為に、近くまで接近しているジェイクでもすべてを把握しきるまでには至らない。

 それに、実情はそれどころではないのだ。


「ちぃぃっ!」


 鋭い舌打ちと同時に腕一本で止められたことの精神的なショックを受けつつも、ジェイクは次のモーションに入っている。

 突進を止められた瞬間に、全ブースターをカット。推進力を失いつつも、慣性の法則で体自体は前方に進む。


「オ、っらァっ!!」


 どんっ!!


 握られたままの右手はそのままに、アーマー・スーツは左脚部のブースターだけを全開で起動。跳ね上がった左脚が、レインコートの護衛の右側頭部目掛け、疾る。

 速度、角度、タイミング。さらに人に向けるには過剰と思われる破壊力。

 挙動すらも本来の人間の動きにとらわれない、パワーアシストとブースターが無ければ極めて難しい曲芸じみた変則的な攻撃。

 全てを兼ね備えた一撃のはずだった。


 ぎゅぉっ……!!


 ジェイクから放たれた左の変則ハイキックに、絡みつくようにして右腕が添えられる。そして、そのまま左脚を悠々と抱え込むと、その場で半回転。

 円盤投げのようにして片手で炎上中のトラックの荷台へと放り投げられる。


 ぶんっ!!

 ゴゥンッ!!


「がはっ!? ……っ、ぁぁっ!」


 衝撃が走る。

 勢いよく半ばまで体がめり込む。

 火に炙られていることによるダメージは皆無。だが、物理的に貫通してくる衝撃が体を襲う。

 大きく息を吐き出し、そのことで口の中を切る。

 血の味のする唾液があふれて、非常に不快感を禁じ得ない。

 だが、それ以上の衝撃。ここでいうのは物理的なものではない。ジェイクを襲っているのは精神的な衝撃だ。


(あ、あれを躱すのか!? どうやって!?)


 ジェイクはアーマー・スーツの操縦者としては優秀である。だが、戦闘技術の観点から見れば落第点ではないが特に秀でているわけでは無い。

 一芸に秀でている者が、他に手を出してそこでひとかどの人物と成れるかといえば可能性は低いといえるだろう。

 つまりアーマー・スーツ着用者が対人戦闘技術を修めていることはスーツ着用者の必須条件ではない。

 で、あるならそれをサポートするためのスーツ専用のAIシステムにそれを担わせる。

 場面場面にあった対人のモーションパターンを登録し、それを実行するシステマイズ化されたプログラム。

 特にこのような、自己判断が難儀な状況下ではそれに頼ることになる。

 もちろん、それはスピード・タイミングを調整し、回避困難なモーションを登録してある。初見殺し、そして相手の生死を問わない文字通りの必殺。

 これを「騎士」相手に使用しなかったのは、薬物の汚染度が高くはなく、自己判断が可能だったから。自由度の高さを切り捨てるモーションプログラムは、撤退や連携などの個人の判断を必要とした運用時には使いにくいのだ。

 そんなプログラムである以上、それが使われるならば、ほぼ当てることができるという前提で組み上げている。


(だが、避けた? いや、反撃までして見せる、だと?)


 自分をブン投げた相手は、先ほどまでの場所に変わらず立っている。

 はだけたレインコートは、勢いよく動いたことでちぎれ、風に吹かれて夜の空に飛び去って行く。


「な、にい!?」


 ジェイクが見たレインコートの中身。埋もれた背中にはちろちろと火を上げる荷台があり、それに照らされ相手の全身がわかる。

 機械的なパーツで構成され、パーツの各部に配線されたコードから漏れる光がフォルムを形作る。かといってゴテゴテ・ずんぐりとしているわけでは無く、人体の曲線に合わせた鎧にも見える。

 全体のカラーリングは暗色のダークブルー系でまとめられており、夜の闇の中では沈んで見えた。

 それを見てジェイクは声を上げた。

 相手の鎧を見て、それを脅威と感じたわけではない。初見で相手の脅威を判断できるようなことはまずない。

 こういう時の感想は第一印象があらかたを占める。

 そしてジェイクが表出した感情は、疑問・困惑。

 そして怒りだった。


「き、貴様。そ、それをどうやって手に入れた!?」


 めり込んだ体を荷台から引き抜きながら叫ぶ。


「それは、そいつはッ! 俺たちのものだッ!!」


 怒りのまま激情を相手に叩きつける。

 さて、少し本筋から話がずれるかもしれないが、ご了承いただきたい。

 ファッション業界という世界には星の数ほどのブランドと、それに携わるデザイナーがいる。多くの才能ある人材がその世界で切磋琢磨し、より上を目指して研鑚を積んでいる。

 その中で生まれたデザインを基に、ブランドは商品を作り、ユーザーへ販売し、モードをつくり、デザインをブラッシュアップ、そして商品が生まれる。

 この延々と続く流れを止めないように動かしていくことができるのが、愛されるブランドであろう。

 だが、ここでその流れに乗れないブランドが出て来る。

 当然、世界的な流行もあるし、ユーザーの好みの変化、新しいブランドの台頭、ネット発の枠にとらわれない価値観の浸透。まあ、色々あるわけだ。

 そして落ち目であったり、もっと強い流れに乗りたいと思うブランド側はどうするか。

 色々ある中で、一つの形としては新しいデザイナーの登用であろう。

 違うブランドのトップデザイナーの引き抜き、古いデザイナーの解雇。

 そしてまた新しい流れに乗ろうとする。ありふれたことである。

 さて、そうなるとどうなるか。

 ブランドのデザイナーが変わると、素人ではまるで判らないのだが、少し業界を齧った人間ならばそれに容易に気付くのだそうだ。

 ああ、デザインがあのブランドのあの人に似ている、と。

 個性・独創性、あるいは癖。そう呼ばれる、らしさ、が出る。

 これはファッションだけにとどまらない。

 車やバイクのボディやエンジン、テレビ番組の演出方法、ゲームの基本コマンド、アプリのコードの書き方に、漫画やイラストの線の引き方、高級フレンチのちょっとした塩の振り方に鰻屋の焼き手の代替わり、などなど。

 それらのものに現れる、作り手“らしさ”。

 その“らしさ”が残る以上、似せてつくったとしてもそのコンセプトは残る。

 弟子なのかパクリなのかオマージュなのかリスペクトに過ぎないのかはこの際は関係ない。

 要は、その業界の人間ならば、そのモノに残る“らしさ”を見誤ることはないということだ。

 だから、ジェイクは気づく。

 目の前に佇む鎧。いや、この“アーマー・スーツ”から臭ってくる、隠すことすらしないほどの“アーマー・スーツ”臭を。


「どこで、どこでそいつを盗みやがった!!」

「ははは! いや、盗んだなんて人聞きの悪いことをいうなぁ」


 ジェイクとも五号のものとも違う新しいアーマー・スーツ。ここでは仮に色味から取って“ブルー・タイプ”としよう。そのブルー・タイプの後ろでクジョーが笑う。


「これは、きちんと僕らが自分たちで設計して製造してテストをしてきた試作品だ。君たちのその不細工で不格好なお人形と違ってより洗練されているじゃないか。三年前から一つも代わり映えのしないそんなものと同じに考えてほしくはないな」

「よくも、そんな、ことをッ!!」


 だんっ、と体を引き抜いた荷台に拳を叩きつける。

 それで凹んだ荷台が大きく軋む。


「三年前、三年前のあの時か! 俺たちの研究結果を奪いに来ただろうが!」

「……ふむ、どうやらそこから勘違いをしているんだな。自意識過剰だねぇ。このお仕着せに関しては、そうだね。どちらかと言えば行きがけの駄賃だ。あくまでおまけだったんだよ。……ま、ステーキを食べに外食に行ってみたら、メインの付け合せのポテトが思ったより美味かった、それだけのことだよ」

「ふざけるなっ!」


 ごりっ、と地面を蹴り、再度クジョーへと突進していくジェイク。当然、それを防ぐためにブルー・タイプが同じく立ちふさがる。


「邪魔を、するなっ!」


 突っ込んでくるジェイクを真正面から見据え、ブルー・タイプがそれを迎え撃った。

 ジェイクの被ったヘルメットに表示された起動残り時間。

 残り時間は六分を切っていた。




 エレーナがシールド・キャリアーの裏に身を隠しながら悩む。


(さぁて、どうするのがいいかしらね)


 一対一から、いきなりの第三者による強制介入で三すくみに近い状況へと状況が移行させられたわけだが、どう考えても想定外の事態である。

 しかもマユミ達がここに追い込む過程で、かなり削り取ってしまったジェイク達を、新しく現れたクジョー達が圧倒的に蹂躙してしまっているというのは非常によろしくない。

 マユミ達が追いこんでしまった結果ではあるが、戦力不明な第三者が介入してきている中で、ジェイク達が簡単に脱落すれば、その矛先が自分たちに変わる可能性がある。

 しかもそれは削ったとはいえ、注意しなくてはならないレベルのアーマー・スーツを着こんだジェイク達を圧倒できる戦力なのだ。


(漁夫の利を横取りされるってだけなら別に放っておいてもいいんだけどね。ただ、こっちにとばっちりが来るようなら対処しないといけないだろうし……)


 エレーナが悩んでいるのはそこだ。

 向こうがジェイク達だけを目的に来たのだとすれば、こちらから手を出してしまえば藪蛇になる。

 だが、ジェイク達の後にマユミ達に襲い掛かるならば、いま脱落しかかっているジェイクが戦力として計算できるうちに共闘、若しくは盤面を粉々にぶっ飛ばすようなごちゃごちゃな混戦に巻き込んだ方が、利点は多いだろう。なにしろジェイク側がこちらに仕掛けてくるような余裕はもうないであろうから。

 ただ、どちらにしてもだ。


(あれはもう、そんなには持たない。……どのみち、落ちる)


 傍から見ればわかる。

 どうやらジェイクのスーツのコンディションが悪い。あくまで映像でしか見ていないので推測でしかないが、昼に「光速の騎士」と一悶着した時よりも動きが直線的で、そして判断が遅く感じられる。

 昼はスーツを“使って”いたが、今は明らかに性能に振り回されている。

 一方のブルー・タイプはそれをうまくいなし、そして適時反撃を加えていた。

 ぶんぶんと振り回すホームラン狙いのフルスイングと、細かく当てに行って数を刻むヒット。

 パターン化されたモーションを切って、自分の判断での攻撃に切り替えざるを得ないジェイクと、基礎的なポテンシャルが高いであろうブルー・タイプがぶつかれば、当然こうなるだろう。

 一発狙いの賭けをこの鉄火場で選択するという時点で、ジェイクの勝率は低いはずだ。


(もう流れはあのクジョーってやつらが押さえているわね。……奥の手。……奥の手があるかも、ということで攻めていないだけで、ほとんど読み切られているんじゃない?)


 コントロールされた盤上でただただ駒を動かすしかないような終盤戦の様相。

 見ていてどうにもならなさそうなそんな雰囲気すら感じられる。

 だからと言って自分たちが最前線に出向くのはリスキーに過ぎるだろう。

 クジョーとブルー・タイプはジェイク達と相対しているが、自分たちの前にはもう一人、レインコート姿の敵がいるのだから。


「ねー。……そっちはこないわけー? つまんないんだけどー」


 まるでどっか遊びに行かねえ? とでも言うような軽い口調で、エレーナたちの前のそれが話しかけてくる。

 若く、いや若すぎる声。

 幼さすら感じるような女の声。


「……まー、別にそこで見てるだけならこっちもなーんにもしなくていいし。それならそれでとっとと消えてくんない?」


 やる気無さ気なその声色からも、精神的未熟さを感じるようなものである。

 間違ってもこのような銃弾飛び交うような大騒動の真っただ中で、つまらなそうに腕組みをしてこちらを睥睨するような人物とは思えないのであるが。


『……配置にはついてもらったけど。ただ、相手側の心積もりがわかんないな。……この女の言葉通り、本心だと取っていいのかどうか、ビミョーなとこ……』


 耳元からこの状況を見ている「みならい軍師」から通信が入る。

 最大の集音モードで拾った声を飛ばして、マユミやエレーナのいる位置からほんの少しだけ離れた場所で援護の態勢を整えている。

 約束する、と言ったところでそれが守られるという保証はどこにもない。

 ならば、ここは警戒の一手であろう。

 ただ、それは明らかにジェイク達の勝敗が決するまでの間。

 それ以降は次の選択肢を迫られることになる。

 だが、この場において、嫌な爆弾をわざわざ仕掛けていった相手側の思惑が読めない。


「マユミ、落ち着きなさい。どう考えてもあなたを揺さぶるための挑発よ。この場に模造異能者デミ・サイキッカーがいるならもう出てきてるはず。この場にいるという可能性は低い」

「……わ、わかってるわよ」


 小声で隣に隠れるマユミ・ガルシアに声をかけると、返ってきたのは出だしがひっくり返った小声での虚勢。

 ほんのわずかではあるが、そわそわと落ち着きがなくなったようにも見える。

 先程、声を掛けられてからこの調子だ。


(っ、ちぃ! これではダメね)


 監視対象とその監視兼保護者のような関係性ではあるが、少しの間生活を共にしてわかったことがある。

 当然のことだが、あのような大事件を引き起こした彼女に対し、そのまますぐに監視をするわけにもいかない。事件後すぐのフィジカルチェック(ダメージ並びに打たれた薬物の調査)と、落ち着いた後に行われたメンタルチェック。

 両者は模造異能者デミ・サイキッカーという分野の特異能力者へのテストも兼ね、みっちりと行われた。

 まあ、街中で暴れれば壊滅的被害をもたらすであろう人物が、破滅願望やら終末思想やらにどっぷりとつかっていてもらっては困る。もしそうなら「光速の騎士」がどう言おうと、考え得る最高クラスの監獄を準備する必要があるからだ。

 幸運なことに、マユミ・ガルシアはそういった極端な思想を持っているわけではなかった。

 ただし、彼女を診察した医師によれば、調査の過程で軽度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の傾向がみられるという診断を付けている。

 これに関しては、アキトシ、ケンショウからの物理的な暴力を伴った事件性のストレスに加え、マサキ・ガルシアという保護下からの離脱というストレスが加わったからではないかとの推測である。

 エレーナや茂、門倉やバイト先で仲間と話している時には、本人はあっけらかんとした風を装ってはいるが、定期検査の際にアキトシ、ケンショウの名前が挙がるとそれが目に見えて崩れるのだ。

 精神的に不安定だったのか最初のうちのカウンセリングの数回は狼狽に近い時もあった。

 マサキ・ガルシアという保護者の代わりを日中のバイト時は杉山茂が務め、彼の不在時にはフォローをエレーナたちが行う。

 そういった周囲のフォローを含めた環境整備による一定の精神的均衡を維持、カウンセリングと時間経過による段階的治療を行っているところでもある。

 このような戦闘行為に参加させることでの倫理的な問題はあるにせよ、未確定の脅威への対抗戦力として、模造異能者デミ・サイキッカーの力は魅力的であった。


(……話題に上るだけで、ここまで崩れるとなると、本当に出てきたときには役に立たないか?)


 この鉄火場。そんな状況下のなかで、敢えて仄かに灯っていた親愛の情を切り捨てた判断を下す。個人的な情を持っていてもいい場面と悪い場面がある。

 今回は間違いなく後者。

 通信機を入れて、本部へと通知する。


「通常火力で押し切るにはキツイわ。……回れ右して全力で即時撤退がベターだと思う。本部、どうするか指示を」

「な!? ここまで来……!」


 通信機にささやいたそれを聞きとがめたマユミが慌てた口調で抗弁しようとするのを、手で制する。


『横やりの時点でルートの再検討はしている。ただ、確定までの時間を稼げ。……七、いや五分三十でいい。別ルートの安全確認に時間が要る』

「キツイですね。……でもどうにかするしかないか」

『向こうが片付いたとの通信を何とか拾った。彼がこっちに来る。……しのげ』

「了解」


 通話を切断し、横のマユミに顔を向ける。不思議と先ほどよりも落ち着いた様を見せていた。

 当然のことだが同居人である門倉もマユミの精神面でのケアについては十分に理解している。

 門倉の“彼が来る”の言葉に、マユミの中のメンタル面での動きがあっただろうことは想像に難くない。それを期待してわざわざ門倉はその一言を付け加えたのだろう。


(ま、本人がどう思うか知らないけど「騎士」ってのは女の子を守るものだしね。私たちよりも彼の方が寄りかかる比重は大きいんでしょ、きっと)


 信頼なのか依存なのか、それともまた別の何かなのか。

 兎にも角にも立て直せたように見えるマユミと、この戦力でしのぐのだ。

 エレーナは構えた銃口を腕組みしたレインコートに向ける。同様に離れたサポートもそのレインコートに銃口を向けているはずだ。

 そして、ゆっくりとマユミがシールド・キャリアーの陰から立ち上がる。両の拳を握りしめがんがん、と互いに打ち付ける。


「ああ! やる気になったんだ! そっか、そっか。じゃあ、ほら来なさいって、キャハハハハッ!」


 場違いなほどに明るい、……いや、場違いではあるはずだ。

 鉄火場に、年若い女のきゃぴきゃぴした笑い声が夜の海に響く。


 ぐっ、とそんなクジョーたちに対する全員が力を込めた。

 さあ、あと五分。

 やることは一つ。

 ただただ真っ直ぐ駆け抜けるだけだ。



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