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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
4章

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5-8 躊躇 のち 激情

『構うな、踏み込むのだ! 吹き飛ばしてしまえっ!』


 ホワイトラン博士は鋭く通信機へと指示を出す。

 あの相手が一体全体どうやってここまで来たのかはわからないが、それをいま議論する暇はない。

 分かっているのはこの状況を乗り切る必要があるという一点だけ。

 昨日の昼、一当たりした時に、「騎士モドキ」の使う不可視のあの障壁についての考察はしている。

 各種センサーから推測される「騎士モドキ」マユミ・ガルシアの不可視の障壁の耐久度を予測、打破できる破壊力を計算。接触時の反応の振れ幅からするに、問答無用で完全な防御ができるわけでは無さそうだ。

 あくまで“恐らく”の範疇を超えることはない仮定の話でしかないのであるが、ある一定以上の負荷に関しては“通る”若しくは“割れる”のではないか、というものだ。

 つまりは完全なるイージスの盾、というわけではないという結論には達している。

 その許容範囲がどこまでなのかについては今後の検討内容であったわけであるが、その結果発表の機会がこうも早くに訪れるとは思ってもみなかったわけで。


「相手が特異戦力だからと言っても、いくらなんでも限度はある!! そうでないのならば最初からそのまま突っ込んでくればいいだけの話! それをしていないのは何らかの制約があるということだ!!」


 科学的な発想を一切合財吹き飛ばす、“だろう”“かもしれない”“そう思う”、という希望的観測を基にした指示。

 であるとしても、一応の理由があり、それ以外の術を見いだせないのであれば致し方ない。

 それに、常識的発想に鑑みればこれは至極当然の選択肢。

 だというのにそれを選べないというのが異常事態である。

 目の前には、着地したばかりのマユミ達がシールド・キャリアーから降り、その車体をバリケードのようにして後ろに隠れてたのも大きかったかもしれない。

 それに加え、ホワイトラン博士の声の後押しもあったのかもしれないが、搬送トラックの運転手は、容赦なくアクセルを踏み込んだ。

 どんっ、というギアの変わる音が響いて、ゆったりとした走行速度が上がる。


「くっ!」


 何が起きてもいいように歯を食いしばったトラックの運転手が体を固くした。

 マユミ達が着地してから激突までの数秒間、彼女たちがこちらに仕掛けることもせず、かといって逃げるそぶりも見せないことに怪しさは感じる。

 だが、恐らくできたとしてもあの障壁でのガードが精々なのだろうと。

 そして速度はそこそことはいえ、対人間との質量比を考えれば、致命的な破壊力と成るだろうと思われる一撃、そこから起こるだろう衝撃に備えることの方が大切だった。


 ざっ!


 そんな彼の目の前に、シールド・キャリアーの後ろにいたマユミが突然飛び出してくる。


(来るッ!!)


 運転手はその動きにハンドルを握りしめ、そしてさらにアクセルを踏み込んだ。

 瞬間。


 ドンッ!


 ぱっ、とフロントガラスに赤が弾ける。撃ち抜かれたわけではない。このトラックのフロントガラス自体は万一のことも考え一応防弾性能だけは準備してある特別仕様だ。

 だが、そのフロントガラス一面に広がる赤。

 彼らは知る由もないが、エレーナが偽負傷兵を演出するために使った、野禽の血液弾だ。一瞬のことで、雨とワイパーで瞬時に消えてしまうようなそれであったが、マユミの姿をそのわずか一瞬だけ隠すことに成功していた。

 噴き上げたエンジンが突進するのを止めるものは何もない。

 たとえ如何に頑健な障壁であろうとも、ぶち抜けるものだと信じて疑うことはなかった。

 小細工を弄してもどうにもならないはずの状況だと。


 だが、どこの世界にわざわざ相手にやられるためだけにやってくる奴がいるのだろうか。

 何らかの勝算なしに挑むなど、どれだけ頭が悪いのか。

 勝たないための博打など正気ではない。


「な、な、何だぁっ!?」


 最初に気づいたのは、浮き上がっていく感覚。

 まっすぐに進んでいるはずだというのにトラックの全体が道路に平行にならず、浮き上がっていくのだ。

 浮き上がっていく車体を制御できず、運転手は踏み込んだアクセルを緩めるべきか、そのまま押し込んでおくべきかの判断すらつけることができなかった。




「あはははッ! ほら、ほらっ! うまくいったじゃないっ!」


 自分の頭上を駆け上がっていくトラックの腹を見ながらマユミが笑う。

 マユミに向かい突っ込んできたはずのトラック。

 それの対処法はホワイトラン博士が予想した通りの模造異能者《デミ・サイキッカー》の障壁である。

 ただし、真正面からくるトラックを弾くための盾ではない。

 それは先ほど使って見せたばかりの方法。博士たちが見たことがなかったことで予想できない、ただの足場としての使い方だ。

 トラックの突っ込んでくる道の先に、タイヤが踏むはずのちょうどその位置にモーグルのジャンプ台のような傾斜のある障壁を右と左の二本作る。

 後はその上をトラックが駆け抜けていくのを見ていただけ。トラックの勢いを殺さず、抗わず、受け流すだけの土台として障壁を作る。

 それだけならば難しいことはないのだ。


「それで、こうしてやれば、ねッ!」


 ジャンプ台のスタート位置は同じ。だが、傾斜の角度をあえて変えておく。右側は緩く、左側は進むほどに急角度に。

 競輪のバンクのような傾斜をアクセル全開で踏み込んだトラック。

 噴き上げた勢いのまま、車体の約半分がマユミの頭上を通過して行ったところで、障壁を“左側だけ”解除する。

 浮き上がったままのタイヤが、しっかりと噛んでいたはずの地面を失い空転。そうなると、その車体の重量が片側の車輪だけに集中することになる。

 つまり強制的な片輪走行になったということだ。

 そんなトリッキーな運転技術を荷物満載の大型トラックで披露できるような人間はそうそういない。当然ながら、いまその大役を一任された運転手にはそのような技術は有りはしなかった。


「……ぁぁぁぁっ!!?」


 頭上を通り過ぎていく運転席から小さな叫び声が聞こえ、ゆっくりと横倒しになりながらトラックが嵐の中、宙を舞う。

 今日はまあよく車両が空をすっ飛んで行く日である。


 どぉぉぉぉぉんっ!!


 運転席側を下にして横倒しになったトラックはそのまま横滑りして中央分離帯の反射ポールを薙ぎ倒していく。

 路面にがりがりと痕を残しつつ滑っていくトラックは、橋の支柱部分に食い込む形でようやく止まる。その衝撃で少しばかり橋全体が大きく揺れた。

 立っていられない、と言う所までではないがトラックの後ろを走ってきた護衛の車は急ブレーキを踏まざるを得ない。

 マユミ達のバリケードを躱し、横倒しになったトラックから少し離れ、鋭いブレーキ音と共に停車する。


「……やってくれる。そういう使い方もできるとは!」


 ドアを荒々しく開け放ち、護衛が出てからホワイトラン博士は雨中屋外へと出る。

 横倒しになったトラックを復旧させることは難しいだろう。

 引き起こすことはもちろんだが、横倒しになった車体の裏を見たところ、フレームが歪んでいる。もしかすれば内部で深刻な亀裂が生じている可能性すらあるだろう。

 頑丈こそ正義の大型トラックとはいえ高所からのダイブなどという本来想定しない衝撃には早々耐えられるものではない。


 ごんっ!


 そんなトラックの荷台の扉が大きな音と共に爆ぜ飛ぶ。


「こりゃあ、ひどいことになったもんだ」


 そう言いながらアーマー・スーツに身を包んだ男が降りてくる。

 マユミ達の方を警戒しながらゆったりと歩きながら博士に合流したジェイクの後を何人かの白衣姿の男たちが肩を貸したり、額やら腕やらを押さえながら続く。

 唯一その中で無事であったのはアーマー・スーツの装着を間に合わせたジェイクだけであった。

 ただ、他の者も複数のけが人はいるにしろ、要救護者となるような者は奇跡的にいなかったようだ。

 マユミ達からは見えないが、恐らくあのトラックの荷台の中はしっちゃかめっちゃかになっているはずだ。


「どうするね、ジジイ。……こりゃあ降参ってのも選択肢の一つだぜ?」

「今更か? 随分と虫のいいことを言っていると、私でも思うがな」


 一歩ホワイトラン博士を守る様にして前に出ているジェイクだが、その声色は若干弱い。

 完全な状態の装備であったとしてもあの「騎士モドキ」マユミとは五分が精々。出力でいえばようやく八割強まで持って来ることはできたが、いつ不具合が発生してもおかしくない仮組みと変わらないようなコンディション。

 加えて機密を満載したトラックは横転して鎮座させられる羽目に陥っている。

 真正面からぶち破るには火力が圧倒的に足りないし、橋を強行突破して其の最中の事故。間違いなく警察のご登場となるであろうことも確実。

 それまでにトラックを元に戻し、さらに運転できる状態に回復させることはどう考えても不可能である。


(降る、ってのが現実的だが。……降るのと、逃げて態勢を回復して、の二択。……俺たちの目的を遂行する、いやそこにたどり着く可能性のあるのはどっちだ?)


 悩む彼らの耳に、橋の入口付近から音が聞こえた。

 ずずず、という何かを引きずるような音だ。

 タイミングからするに、マユミ達を追いかけていった護衛ではない。恐らく、マユミ達を追いかけてきた「光速の騎士」側の戦力だろう。


「一応どうするか、聞いてあげるけど!」


 この大クラッシュを引きおこしたマユミは、いつの間にかシールド・キャリアーの陰に再度身を隠している。その陰から投げかけられた質問。

 護衛の銃の先は彼女に向けられてはいても、発砲は出来ない。

 容易く撃破できる相手ではないことは百も承知で、いつ来てもおかしくない警察に銃火器の使用を見とがめられれば、どう考えても利は薄くなる。


「……一番、こっちが怪我を負わない選択肢は?」

「お前を殿の中心として数名残し、それ以外を足回りのいい車に積んで強行突破、そののちにお前たちが独力でこの場を離脱。……いささか現実的ではないが」

「厳しいな。……クソが」


 現実的な路線でのプラン再構築。

 必要な事態ではあるが、あまりに展開が動きすぎている。このままの停滞が何一つ好転しないことだけは確かなのだが。



 その時、だ。



「いやぁ、お見合いしたまんまじゃあ、つまらないねぇ。ほらほら! さっきまでの勢いはどこにいったのさ!」


 何処か茶化したような声が、静寂の中で響く。続いてぱんぱんと、手を叩く音。


 ジェイク達ではない。

 そしてマユミ達でもない。

 ふいに掛けられた停滞を破るその声に、ジェイクが振り向いた。その先の横転したトラックの傍には人影が三つ。


「……なんだ、全く。せっかく面白そうだと思ってきたのにな。もう出し物は出尽くしたのかい? ……がっかりだな。じゃあ、もうこっちで終いにしようか」


 年若い男の声。

 夜暗く、雨が降り、風も吹き荒れる。

 そんな強風の中で三人のうち一人だけが傘をさしているのだけはうっすらとわかる。

 その傘をさした男が話しているのだろう。

 振り返ったジェイクはホワイトラン博士とその闖入者たちの前に立ちふさがり、護衛はマユミ達と闖入者へと半々に銃口を向けた。

 そしてジェイク達の動揺と警戒を露わにしたさまを見て、この闖入者がジェイク達の味方ではないと判断したマユミ達も、警戒心を最大に引き上げた。

 そう、そうなのだ。

 急な声掛けで混乱していてもコレだけは全員の共通の疑問だろう。

 こいつらは、一体どうやってここに来たのだろうか?


「……ま、さっさとやることはやってしまおうか。じゃあ、お願い」


 傘の男が隣の人物に声をかける。

 分厚いレインコートを着込んだようなシルエット。

 その人物がゆっくりと右手をトラックの荷台に向けて掲げる。

 暗闇の中、レインコート越しに右手が輝く。


 どぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!!!


 爆音とともに、トラックの荷台部分が大きく火を噴きだしながら、天へと跳ねあがる。

 跳ねあがったそれが再び橋へと落下し、その衝撃で橋全体が先ほどのトラックの横転の時と同じくらい揺れる。

 ほとんどの者はその場で耐えたが、ホワイトラン博士だけは地面へと手をついてしまう。


「な、何だ。アレはっ!」


 自身の研究成果、いやこの場にいる全員の血と汗を吸った執念の結晶が黒煙を上げて燃え盛っている。

 あの様ではデータの回収、そして復旧も困難を極めるどころか絶望的であろう。


「ははははっ! いやぁ、燃えた燃えた!! やっぱりクライマックスには花火が必要さ」


 周りの警戒を気にもせず、燃えるトラックを見ている男。

 火に照らされ、ようやくその姿が見えるようにはなったがマユミや、ジェイク達の位置からでは顔までは見えない。

 すると、先ほどまであんなに降りしきっていた雨が止んでいた。

 風までは治まってはいないが、雨の勢いはぽつぽつという程度にまで静まっている。


「うん、これなら傘はいらないか」


 広げたままの傘を宙に放ると、海風にさらわれて傘が海上へと消えていく。

 その頃にはマユミ達を追いかけてきた後続の追跡・本部班も到着していた。

 そして、男がようやく振り返る。


「ふふ。さて、そちらは初めまして、だね。「光速の騎士」のお友達。ま、「騎士」本人がいないってのは残念だけど。そしてそこの不思議な格好のお嬢さん。そういえば君のお兄さんがとても君のことを気にかけていたよ? 一度ご実家に連絡してみたらどうかな?」


 振り返った整った顔に、うっすらと笑みを張り付かせた若い男。そのままファッション雑誌の表紙を飾れるようなこんな場所には似つかわしくない美男子。

 彼にとても面白そうに見つめられただけだというのに、ぞくりとした悪寒がマユミの背筋を走る。

 ふふふ、と硬直している彼女たちを笑い、もう一方に向き直る男。


「さて、こちらは初めまして、ではないよね。ああ、でも直接こういう風に話したことは無かったか……。おや、どうしたのかな? そんなに震えて? く、くははははははっ!!」


 射竦められることもなかったというのに、ジェイクたち全員が火に照らされた男の顔を見た瞬間、雷に打たれたかのように男を見つめて、細かく体を震わせている。

 男はその様子をとても楽しそうに、そして狂ったかのような甲高い笑い声で彩る。


 思い出す。

 いや、忘れていた事など、あの日から一日たりともない。

 この笑い声。

 三年前のあの日にも聞いた、あの笑い声。

 そして、調べたのだ。

 その声の主がどんな顔をしているのか。

 どんな名前なのか。


「ぁ、ぁぁ……っ! ぐがぁぁあああああああっ!!」


 ジェイクがどん、と地面を蹴る。

 周りの護衛が一斉に銃口をその男に向ける。マユミ達に向けていたものも含め、その全てを。

 地面を蹴ったジェイクのアーマー・スーツの背に、ブースターの火が灯る。


「クジョーォォォォォォォッ!!」

「ははははっ!! そうだ、そうでないと面白くないよ!!」


 それまでのこれから一体どうするべきなのか、などといった理性的な考えはもうジェイクたちの中には残ってはいなかった。

 執念・恩讐、ただそれだけだ。

 ジェイクは飛んだ。そしてそれに合わせて放たれたマズルフラッシュが、夜の闇を明るく照らし出す。


 心の奥にくすぶる煤けた置き火は、理性の蓋を薄紙の如く容易く焼き熔かしたのである。


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