3-4 物理 のち 両極の異端
「騎士」がひん曲がった金属ハンマーを肩に担ぐのとほとんど同時に、ジェイクが突っ込んできた。
虚を突くことを目的とし、さらには固まっている「騎士」とマユミを引き離すことが目的だろう。
二人のちょうど真ん中めがけどかん、と道路に罅を入れながら急加速で突っ込んでくるジェイクの突進を躱すならば、「騎士」とマユミはそれぞれ逆方向へと移動する必要がある。
(ま、そういうもんだ)
数で言えば一対二になっているのだ。それを位置取りで優位にしたいと思うのは当然のことである。無理をして避けそこなうというリスクを負う必要は全くない。
(でもまぁ。地味ぃな、嫌がらせってことで、よっと!)
敢えて「騎士」はその相手の意思に反した動きをする。
その場で大きく飛び跳ね、マユミが身をかわす側に大きく移動した。
予想に反して「騎士」が無理な移動をしたのには訳がある。
どががっ!!
ブレーキを掛けたジェイクが正面に二人を捉え、相対する二人はジェイクを同じく真正面に捉えることになる。
ただし、ジェイクは先ほどめり込んだばかりのコンクリートの壁を背にして、「騎士」たちは比較的移動しやすい車道を背にしてだ。
「行くわよ!!」
とっ、とブーツが地面を蹴る音を響かせながらマユミが走り出す。
ジェイクの側はそれを回避するための反応をしようにもそれを選択できない。なぜなら後ろの「騎士」が一拍、いや二拍ほど遅れて動き出したからだ。走り出すでもなく、ゆっくりと歩みを進めるという程度ではあるが。
マユミから退避した先へと先行されることはないだろうが、確実にその後を追われることになるわけで、その後の対応が難しくなる。
二人がかりで後の先を取られてしまうわけだ。
「それならば!」
敢えてどん、と地面を踏みしめ重量差を活かしたスタンドで勝負することにする。
さて、すこし脇に逸れるが多くの物語や創作物で語られるものの中に、どっしりとした筋肉質の敵役が、ほっそりとした主役にいとも簡単に手玉に取られるというものがある。
お約束のテンプレートともいえる展開の一つであるが、現実問題「筋肉ダルマ」というのは純粋にデカいし、固いし、そして強い。
その体を作り上げるために必要となる鍛練、さらにそれを行使する機会があり、単純な重量も筋密度が高い分、傍から見る以上にその強さを内包している。
格闘技の階級がなぜあんなにも細かく分かれているのか。
それは同じように鍛えているのであれば、体重が重い方がより大きな力が出せるからだ。
物理法則の中で生きている人間には決して覆せない絶対的な壁として存在している。
質量差は正確にエネルギー、つまりはゲンコツの強さに直結するわけだ。
簡単に言えば優男がマッチョには普通の感覚では勝つことなどできない。何かしらのイカサマがない限りは。
カァァァァンッ!
ここに来てから都合三度目の甲高い金属音。
マユミの顔面めがけ一切の躊躇なく突きこまれたジェイクの拳が三度、不可思議な空間の歪み、模造異能者の力に依る不可視の障壁に阻まれる。
だが、それだけでは終わらない。
カァァァァンッ!
追撃の二手目。それに対しても都合四度目の同じく甲高い金属音。
右拳で顔面を狙うと同時に、それを囮とした左をショートレンジでがら空きに見えるマユミの右脇腹へ手刀として放った。
だが、結果としてそれは防がれる結果となる。
忙しなく表示されるデジタルの数字の羅列を流し見しながら、ぎりっ、と歯ぎしりした。
軽く、そんなに力を入れていないように見えるマユミの右手。ジェイクの手刀の数センチ先で赤子を撫ぜるかの如く柔らかな所作で添えられた右の掌。
わずかそれだけでジェイクの一手は止められていた。
「く、くっ! センサーの反応はっ!?」
ちらと見たショックセンサーの反応は、砂を詰めた土嚢でも殴ったような数値を叩き出している。
どう見ても小柄なマユミの体と、鎧がいくら重いと仮定したとして七十キロは超えることはない。一方のジェイクは自身の体重とこのパワードスーツを加えれば軽自動車程度の重量は優に超える。
質量差だけで数倍という物理法則上の大前提が、摩訶不思議な"力"によって拮抗、いや凌駕されている。
軽く添えた掌一つを科学技術の結晶が破れないという"非科学的"な事実が確かにサポートチームのHDに記録されていた。ジェイクが阻まれた手刀をあきらめ、宙で止められている右拳を一瞬引く。
「ふふっ」
それに合わせ、自身の左手を体の前に引いたマユミが笑う。まるでいたずらが成功した子供のような。
その声をジェイクの感度を最大にした集音センサーが拾う。
何か、とても大きなミスをしたのではないか。
ジェイクがそんなことを頭の隅っこで考えつつも、今度は狙うポイントを変え拳を振り上げた瞬間、突然の異音が彼を襲う。
めりめりめり……
集音センサーが異様な音を捉える。最大限の集音感度に設定していた分、瞬時の切断が間に合わず、その音がジェイクの鼓膜を襲う。
磨り潰し、擦り合わせ、だが逆に引き剥がすような。そんな相反した音。
それと同時に、頑健さを重視しているこのパワードスーツの真正面に、ちょうど小さな球体を手に乗せるような仕草でマユミが掌をジェイクに突き出していた。
両者の間には間違いなく空間があり、攻撃が届く余地はなかった。
「ごっ!?……がぁ、っ……っ!?」
だが、突如の衝撃。先ほどの出会い頭の「光速の騎士」がかましてきた、ワゴン車ハコ乗りからのハンマーフルスイングに匹敵するほどのダメージがジェイクを襲う。
めきぃっ!!
ばきんっ!!
完全に金属が断裂する音がジェイクの腹部付近から響いた。
当然ながらそこまでの威力の"なにか"を受けたジェイクの体は大きく吹き飛ばされることになる。
どが、どががっ!!
地面を舐めるようにして転がりながら、先ほど鼓膜をやられたばかりの耳へけたたましく鳴り響くスーツの各部から発せられるエマージェンシーコール、さらに頭部のヘルメットに表示されるダメコンの表示がぐらつく視界いっぱいに広がる。
起き上がりつつ、その表示を確認すると一部箇所からのデータの返信がない。
このスーツで最も防御力が高く、頑健かつ強固な正面の胸部から腹部にかけ、表面の装甲部が大きく破断、一部は脱落しているのが見える。
ばちばち、と小さく火花を上げながら脱落箇所が中身を露出させ、突如の状況変化がスーツの挙動を妨げる。
全センサーのうち集音とサーモグラフィーだけが異常を感知していた。
既知外の攻撃に対し、最新鋭のデータ分析ソフトがエラーを次々に吐き出してくる。「光速の騎士」の不可思議な一連の"幻想の術"としか形容できない技術体系を分析することは技術者たちからすれば当然の行為である。
例えば何も存在しない中空からの様々な装備の"召喚"。例えばかなりの暴行を受けたと思しき人物に対し施された"回復"。例えば人類トップアスリートのステータスを鼻歌混じりに飛び越すほどの"超人度"。
接敵すればそれらを使用する可能性は高く、それのどれか一つでも自らの物とするだけで世界の理にすら届くほどの"術"である。
その為に準備した電子機器が、軒並み目の前で発生した事象を認識できないという事実。その認識不能の分析の為に割くハードのメモリ分が「光速の騎士」ではない模造異能者マユミの放った不可視の遠距離攻撃により圧迫されている。
『後退してください!!』
「出来るんだったらな!!」
ジェイクがエラーを喚き散らすヘルメットへと通信を繋げたスタッフに、苛立ちまじりの声で叫ぶと同時に、歩いていた「光速の騎士」が一挙に距離を詰める。
辛うじて脚部などの移動に必要な動作に深刻な異常はないが、それも状況次第だ。現時点で、ジェイクは狩られる側に変わっていた。
ぶんっ!!
駆けながら真横にハンマーを倒すと「騎士」はそれをブーメランのようにしてジェイクめがけて投げつける。
直径一メートルの高速で移動する金属製の凶器がジェイクに迫っている。マユミの一撃でさらに後退したジェイクの位置はひびの入った壁の真ん前。
要するに、回避はできない。
がいぃぃぃんっ……!!
「ぐっ……」
両腕を体の前、ボクシングのピーカブースタイルでハンマースローに耐える。
その勢いにさらに数センチ、後退。
そうした一連の行動が、自分を壁へと押し込むという目的で行われていることに、ジェイクもうすうす勘付き始める。
何らかの目的のもと、彼ら「光速の騎士」一同が動いているのだということに。
(まさか、このまま嬲るつもりか!?)
逃げ場を徹底的に潰した上で、徹底的にタコ殴り。
考えるだけでぞっとする。
ジェイクとて悲惨極まりない豪華客船レジェンド・オブ・クレオパトラの犯人たちのありさまを知っている。一切の容赦なく、"潰された"男たち。
ただ、言っておかねばならないのだが「光速の騎士」にめっ、とされた奴らと「骸骨武者」にめっ、とされた奴らが混在している。
一応「なんとかかんとか社会復帰できる」と、「半死半生のなます切り」の間には非常に大きな差があるのだ。一応言っておく。
ふぃぃぃ……。
軽く、吸気音がした。
ジェイクがその場から脱出するという目的の為、取るべき手段と言えばこれ以外には無かった。一気にその場を加速し、脱出する。場合によってはその突進力であわよくば「騎士」たちへとダメージを与えることも出来るかもしれない。
焦りはあった。だが、それ以上にプランとしては真っ当。薬と興奮、数度の急加速による疲労と芯に鈍く響いたダメージ。
判断を誤らせるにはまだ足りてはいない。
それが「光速の騎士」の一番求めているものだ、ということに気付かずに。
「光速の騎士」側もただ考えなしに突っ込んでくるだけではない。
彼の側にもさまざまな視点からアドバイスをする人材が集まってきている。それも「光速の騎士」に積極的に協力するという善意の協力者たちが。
彼らは常に考える。より「光速の騎士」が高く跳べるように。
……本人は全然望んではいないのだが。
ハンマーをブン投げた「騎士」は今にもその場から脱しようとするジェイクから少し離れた位置で急ブレーキをかける。
その動作にわずかながら動揺を覚えたジェイクがここで小さなミスをする。
より強くブースターに吸気を実行させたのだ。
ジェイク側からすれば何のことはない対応の一つだったが、「光速の騎士」はそのミスを逃さない。
ぶわ、と黒い歪みが騎士の両手の間に発生する。その歪みが晴れ、「騎士」の手元に瞬時に現れたのは、真っ赤なボディに白いラベル、金属の持ち手に黒いホースのついた"日用品"。日本人なら外出する機会があれば、一日におそらく数度。出不精の者であっても月に一回は目に入るそれ。
あまりに日常に溶け込み過ぎて、それをそれと認識することもないほどの「騎士」が用意したどこにでもある"必殺アイテム"。
「は?」
虚を突かれ一瞬であるが判断が遅れるジェイク。
一方コンマ数秒で映像の流れるジェイクをサポートする現場スタッフは、その「光速の騎士」の意図にワンテンポ遅れて気づく。
『いますぐ、吸気を止め……!!!』
ぼしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………!!!
勢いよく噴出されたその奔流にジェイクが飲み込まれた。周囲をあっという間に真っ白な煙が覆い尽くす。
瞬間、先ほどまでのエマージェンシーが前振りだったのではないかと思うほどの勢いでジェイクのヘルメットへ警告音が鳴り響いた。
「何が……? ……っ!!? 吸気システムをシャットダウン!!!」
『もうやってる!!』
目の前で出された「光速の騎士」の"必殺アイテム"が何だったのかようやく理解した。日本の"それ"がジェイク達の知る"それ"とはカラーリングが違っていたのも原因の一つだろう。
生活をしてきた国が違えば、そのようなものは結構違うものだ。
先に気付いた現場スタッフが、遠隔操作でジェイクのブースターの吸気システムに割り込んで緊急シャットダウンを行っていた。
だが、そのワンテンポ遅れたことが、致命的なダメージをジェイクのパワードスーツに与えていた。
「おっ、らぁぁぁっ!!!」
気合一閃。
周囲一帯を覆い尽くす真っ白な煙の中、「光速の騎士」が空になった"必殺アイテム"を持ったまま煙の中からジェイクを強襲する。
カァァァァァァン!!!
金属バットで鉄柱を強くたたいた時のような音が響く。
「光速の騎士」は右手でノズルのついた黒いホースを握り、左手で真っ赤なボディの頭に付いたレバー部分を握っている。
今、 "必殺アイテム"、非常用消火器税込一万九千八百円のもっとも固い底部で振りぬかれた体を、倒れないようにジェイクが必死に耐えていた。
非常用消火器。家庭の台所に、職場の廊下に、スーパーの入口に、駅の階段の脇に。
どこにでもあるその"必殺アイテム"が猛威を振るっていた。
「くそっ!」
脚部のブースターからの反応は完全に沈黙。現場スタッフの緊急シャットダウンまでの間に、吸気と共に吸い込んだ消火用の粉末剤が、ブースター部分のフィルターに深刻なダメージを与えており現場での復旧はほぼ不可能となっている。
当然、ブースターにゴミが入るのを防ぐためのフィルターは設置されている。だが、それも限度があるというものだ。
内燃機関であるブースター。つまり物を燃やしてそれによりエネルギーを作る。その一番大事な基幹部分によりにもよって"消火剤"をぶち込まれたわけだ。
細かく、そしてみっちりとパーツのそこかしこにべったりとくっついたそれを排除するにはどこかで分解整備する必要がある。
そしてそんな暇はジェイクには無い。
ごんっ!
ごんっ!
ごんっ!
本来の消火器としての役割を終えた"それ"はすでに違う用途の役割を与えられていた。
すなわち、程よい紐付きの鈍器である。
ごんっ!
ごんっ!
ごんっ!
敢えて先ほどまでと違い大きく振りぬくことなく、小さく細かに間断なくジェイクのパワードスーツに向けて「光速の騎士」が新たな武器"消火器の殻"を連続してぶつけてきていた。
わざわざ最近のアルミでできた軽いものではなく、どこから持ってきたのか表面に錆の浮いた重い消火器である。
遠心力を加味して連続で当てられるとなると、ブースターを消火剤で封じられたジェイクにはそれを避けるすべがない。
無理に脱出しようとすれば、軽い打撃ではなく先の右の側頭部へのいい感じのスイングで強打される。
かといってこのままの状態を続けるわけにもいかない。
軽い打撃とはいえ一撃一撃はかなりの威力を持っている。普通の人間であれば一撃で骨にひびが入り、二撃で骨が折れ、三撃で土下座で泣きながら謝るコースの暴力の嵐である。
パワードスーツなしでとても耐えられるものではない。
だが、パワードスーツはいくら頑丈でも"物"である。
どんなに固い岩盤も滴る水滴でいつかは割れる。それが現実である。
そして今回の件で水滴に該当するのは「光速の騎士」という人外による鈍器での殴打。
結果は容易に想像できる。
ぎしぃ……ぎしぃ……。
今までにこのパワードスーツを着た時に聞いたことのない音がジェイクの耳に届く。
それはスーツ自体の悲鳴でもあり、終わりまでのカウントダウンを告げる死神の宣告でもあった。
(こ、これはっ!?)
はっきり言う。
詰んでいる。
どう考えてもこれを単騎で打開する術は、ない。
ぎしぃ……ぎしぃ……ぎぎぎっ。
先ほどまでのスーツの悲鳴に新たな音が参戦する。
限界は、近い。
そのときである。
『四号……ジェイク、不本意だが貴様を援護する。さっさと立て直せ』
「……遅ぇんだよ!」
エマージェンシーで薬で敏感になった耳がぶっ壊れそうになっているジェイクに通信が入った。
……どどどどど……!!!
遠く、本当に遠くの彼方から地鳴りのような音が響く。
それはどんどんと近づいており、それに気づいた「光速の騎士」はジェイクから離れる。同時に近くにいたマユミがひん曲がったハンマーを回収し「騎士」の傍へと移動。
どどどどど……!!!
音はだんだんと近づき、周囲を警戒する「騎士」達はその音のする先。
青々とした空に掛かる、一筋の雲に視線をやる。
それが何か気づいた彼らは、さらにジェイクから距離をとる。
どどどどどッ……!!!
実際に地面が少しだが揺れていた。
音の正体、ジェイクと同じパワードスーツに増加用の燃料を搭載している外部着脱式と思しき追加装甲を装着したそれ。
それが勢いよく噴煙を上げながら、空を飛んでこの場に現れた。
ドンッッッッ!!
危機に陥ったジェイクを救援するために現れた五号と呼ばれるパワードスーツの腕には、薄らと杉山茂がキッチンナイフで付けた線が未だ残っている。
着地の際の衝撃と、その後に吹き荒れる排気の為の熱風が、先ほどまで地面に溜まっていた消火剤を吹き飛ばしていく。
周囲があっという間に吹き上げられたそれで真白く染まる。
『二対二だが、この場は撤収することを最優先とする。……ここでくだらんワガママは言わないだろうな?』
「仕方ねぇ……。あのトロフィーはまた今度ってことだな」
片や現代科学技術の粋を集めた、同型のパワードスーツ姿の二体。
「……はぁ。なんか増えたぞ。面倒なのが」
「私は今回の件については、あなたの管轄だと思うけどね?」
片や幻想の彼方、おとぎ話の世界の「英雄」。本やゲーム、空想の世界から現界した「騎士」とその「写し」。
いまここに、今を生きる「現実」と過去に置き捨ててきた「憧憬」が相対することとなる。
人は皆、夢見がちな全能感を持つ少年時代を経て、過酷な現実に打ちひしがれるつまらない大人となる。成らざるを得ない。それがどんな輝いて見える大人物であったとしてもだ。
生きていく中で気づいてしまうのだ。あんな"バカみたいな恥ずかしいこと"をどうして信じていたのだろうか、と。
だが、本当は皆、大きな声で叫んでみたいとも思っている。
自らの少年時代に思い描いたものが決して"嘘っぱち"なんかではなかったと。
自分はそうではなかったかもしれない。
でも、あの時のあの思いはホンモノだった、と。
だからこそ、人は願うのだ。
自らの常識という名の「諦観」を覆すような、突拍子もないひとかけらの「奇跡」を。
その体現者である「光速の騎士」という「ヒーロー」を。
そう、これでも終わらなかった。
配分が難しい。




