3-3 先進的航空関連技術利用に依る個人携行装備の可能性訴求上必要とされる検討試案四号機 のち 白石特殊鋼材研究所特別チーム「裏鍛冶師」謹製Ver3以降の装備開発素案(仮称)
ちと長めです。
いい天気である。ピーカンという表現がまさにぴったりの、雲一つない一面の青空に、燦々と輝く太陽の光が強い日差しとなって彼らをがんがんに突き刺してくる。
むっとするような湿気もない、からっとした太陽なのだが、少しばかり強い日差しは額にうっすらと汗が浮かぶほどだ。
「えーと、映ってる? ……配信できてんのかな?」
「コメント、コメントはー……。映ってるけど、音がおかしいって。ハウリングっぽくなってる? 二重で音が聞こえるって」
「カメラ側の問題? 通信の容量のせいなのかなー? 映像の方は見えてますかー?」
こつこつ、と指先でカメラのレンズをつついた音が届いている。カメラの前で手を振るのはマルマルリッキーのリッキーである。十把一絡げの動画投稿者からの脱却を狙う彼らの外での生配信という冒険であるが、見事なくらいにぐだぐだなスタートを切った。
とはいえほとんどの有名どころの動画投稿者でも生配信のスタート時のグダグダ感はもう一種のテンプレートだ。最初の一、二分間は映像が届いているかどうかの視聴者との掛け合いを楽しむ時間だと割り切って楽しむしかない。見ていてイライラしてくる時間でもあるので重度のファンでない者にとっては苦痛でしかないのも確かだが。
「…………映ってる。……映ってるね? ……あ、ちょっと画面が暗い? 逆光ってことなのか……えーと、彩度とか明度いじりまーす。……どうよ? これなら見える?」
手元のスマホに流れる自身のチャンネルへのコメントを見ながら、カメラの調整を行うリッキー。少しばかりの焦りから噴出した額の汗を自身のアロハで乱暴に拭う。
「……あ、見えるようになった? ……だいじょう、ぶ、っぽい、かなっ。はい、ではいつものを。どーもどーもこんちわっ!! リッキーです!!」
「同じくこんちわっ!! マルオっす! 皆さんマルマルリッキーへようこそ!」
画面に映るのはリッキー一人。画角の外からマルオの合いの手が聞こえてくる。
「えーと、最初の配信の調整でコメントいただいた視聴者さん、ありがとう! 多分、今イイ感じに流れてるよね?」
スマホ片手に流れてくるコメントに目を通す。ずらずらっと流れるコメント。中には所謂"投げ銭"もあり、リッキーは当初の不安を抱きつつも、上々のスタートを切れていると思った。
それは当然、カメラの後ろにずれて映らないようにしてスマホを見ているマルオも、カメラを回しながらマルオのスマホを覗き込んでいる撮影係のヘースケもだ。
「さて、それではですね! まー、一応ですけど今回の主役、っていうか演者は俺とマルオの二人なんですが今回のゲスト、噂の「騎士」さんにご登場していただきますっ!!」
「はい、どーもー。只今ご紹介に、……っ? あれ?」
軽いノリでカメラの前に飛び出していこうとしたコスプレ「騎士」の格好のマルオが、一歩踏み出したところでぴた、と足を止める。
そのままの格好でピクリとも動かない。
「何やってんだよ! 視聴者さん見てんだぞ!? わははははっ! すんませんね、俺たち生配信ってのになれてないもんで」
生配信の真っ最中でそんな大ボケをやらかしたマルオに、リッキーが笑い三割・焦り三割・怒り四割でツッコミを入れた。
ポケットに突っ込んだスマホの最後の表示には視聴者数はこの時間帯だというのに二万件を超えていた。特に海外からのアクセスが多いようである。日本の所謂"釣り"系動画だと認識せずに、マジ見もそこそこいる可能性がある。
場合によっては海外発信の炎上騒動の可能性すら出てきているのだ。ボケをやるなら大ボケで全力でやらねばいけないのに、このタイミングでの拾いようがない小ボケなど全く必要ではない。
彼らがするべきなのは一刻も早い"なんちゃって"「騎士」でしたー、というネタバレなのだ。それをまずカマさない限り、面白おかしい動画を流せないのだから。
「マル、お前いつまでカメラにケツ向けて……! えぇ?」
マルオの目線、というか兜の目に当たる部分が向いている方向をリッキーが見た。
交差点から一本外れた道の奥、草が生えている売地となっているアパレルの看板が外れかかった区画に、"それ"がいる。
カメラは二人の表情を撮るために寄りで撮影していたので、そこには向いていない。
「ヘースケ!? あっちだ、あっち!! アレを、あの変な奴!!? 撮れてるか!?」
コスプレ「騎士」マルオが兜のバイザーを上げて、カメラをその方向へと向ける。
急に振られたカメラのレンズに、それを捉えようと望遠の倍率を変更している映像が流れる。
焦りからか望遠を逆に寄りに向けてしまい、慌てて望遠に切り替える作業をしている間、対象である"それ"の像が薄いモザイクでもかけたかのようにしてはっきりとピントが合わない。
その大慌ての間、マルマルリッキーの動画投稿アカウントのコメントが、一気に批判的な文章であふれる。当然のことながら、期待一割・そーだろうなー的諦観九割で見ている視聴者がほとんどだ。
半分マルオが登場しているのに、わざわざ期待感を煽るような古典的なネタをやらかしている彼らにむっときたのだろう。
評価基準のバッドの方の数値がグングンと伸びてもいった。
カメラが忙しなく動き且つ実像を映せず、音声も飛び飛びになるという映像としては最低の物が時間にして数秒流れた。
その数秒が過ぎた瞬間、離れた廃アパレルショップの前に多くの視聴者が望んでいた「騎士」ではない、それでいてこの現代日本の光景に全くなじまないそれが立っていた。
「おい、…込みじゃ、……ドッキ……いのか!?」
音声が回復しない。リッキーが怒鳴る声に合わせて、配信映像が一部ぶれたりカクカクとコマ送りのようになる。
彼らなんちゃって「騎士」のコスプレをしているマルマルリッキーの前に、先日「光速の騎士」杉山茂と一当たりしたものと同じ金属製のメカニカルなスーツの「襲撃者」が立っていたのである。
『……撤収だ。誰がどう見てもあれは外れだろう』
しわがれた老人の声が「襲撃者」の耳に届く。
それを聞いた「襲撃者」が口元を歪めつつ、ははんと鼻で笑った。
「何言ってやがる? 面倒くせぇ調整をこんな朝からわざわざやってやったんだ。少しくらい動かしてやらねぇと可哀想ってもんだろう? あのバカどもみてぇのがこれ以上出てこねぇように躾けってのが必要だ」
甚振りがいのある鼠を見つけた猫のように、どこか嗜虐的な意を込めた言葉を吐く。からかうような"男性の声"を聞くに年若い青年だろう。
彼、「襲撃者」は通話先の老人に言い返した。
『何を言っている。そんな貴様の自慰行為に使うようなオモチャではない。四号、いやジェイク、さっさと撤収しろ。昨日のシゲル・スギヤマの襲撃失敗の余波で、地元警察がピリついている。我々には無駄を楽しむ余裕など無いのだ! ぐ、ぐはっ……、ゲホッ!!』
強く言い放った老人が大きく咳き込む。激高したことで咽たのだろう。
それを聞いて四号・ジェイクと呼ばれた男が声を上げて笑った。
「ははははっ!! そりゃあ、俺の知ったことじゃねぇよ! 五号の奴のミスが原因だろ? 万一を考えて温い対応をするからそうなったんだ。最初から容赦なくぶっ飛ばすつもりで当たりゃあこんなことにはなってない!」
『そ、そんな訳にいくものかっ……。今後のイメージも考えた可能な限り先を見据えた行動を……』
「老い先短いアンタがそれを言うのかね? 今は俺たちがどんなことができるのかを最優先でアピールする必要があるんじゃないのか? はっきり言ってアンタのそれは腰抜けの言い訳だ! 皆がアンタに従うってわけじゃない! 俺はな、力も示さねえでびくびく怯えて過ごすのはうんざりなんだ。現状を維持するにも、さっさと割のいいスポンサーを見つける必要があるってのはスタッフも思ってることなんだ。結局それがどう使われるかまで考えられる余裕があるのかよ? このままだとジリ貧になっていくのは確実なんだぜ。安っぽいヒューマニズムをよりによってアンタが云々するってのはついにボケたのか!?」
ジェイクの言い放ったそれに通話先の老人が息をのむ音が聞こえてくる。
おそらく周囲のスタッフと顔を見合わせているのだろう。
そしてスタッフ側からも同意も否定も声が上がることはない。
盲目的にジェイクの言葉に賛意をしかねるものの、かといって積極的に老人の意見を受け入れるほどの余裕が彼らにはなくなってきている。
何せ状況が大きく動き、それまでの日常から切り離されて、"一ヶ月"の潜伏を強いられての本計画であった。
焦れてきている者、まだ雌伏の時と我慢をしている者、限界を迎えつつある者。
複数人で構成される集団の精神的キャパシティのバランスが崩れ始めるギリギリのタイミングだからこそ一連の「襲撃」は計画されていた。これ以上の忍耐は、内部崩壊をもたらすことになると。
そこで敢えて、一瞬打開策にも見える我を通したジェイクのタイミングは大きく彼らを動揺させたのだ。
『そんな勝手を許すと……ッ!!』
「うるっせえ。小言は後で聞く」
ぶつ、本部からつながる通信を一旦切断する。
単純に電源を落とした形であるため、非常用のアクセスコードを使い再度繋いでくるだろうが、それまでの間は好きにさせてもらう。
実際問題として彼らには純粋に実績が必要だからだ。
極論、それが正に属するか邪に属するかを考慮する必要が老人は「一定まではある」と考え、ジェイクは「正直どうでもいい」と考えている。
それだけの違いではあるが、結果として巻き込まれる人的被害を考慮する、自発的なコラテラルダメージを双方とも許容している段階で人の道を踏み外しているのは事実だ。
「おう、サポートは頼む。ジジィの通信はそっちで対応しろ」
『よろしいので?』
「俺が責任もってケツ持ってやるから、しばらく時間を稼げ。ブチ切れる時には全部終わらせる」
現場のサポートチーム通信をつなぎ、強気でそう言ってみせる。現場もあまり強くは抗弁しない。時勢を見極めなくてはならないタイミングではあるからだ。
後ろでぎゃんぎゃんと騒いでいるのは本部からの通信だろう。ジェイクの耳にもうっすらと聞こえてきた。
「そぉらぁ! 面白いショーの時間だぜ!」
がきん、とジェイクは自身のスーツのスイッチを入れる。
ふぃぃぃ、と吸気音と共に自身の背に張り付いている薬剤パッチが背の皮膚を貫いて一気に自身へと中の薬剤を供給する。
複数の薬剤を同時に体内へと摂取したジェイクが一種独特の高揚感に包まれる。
体内の酸素供給量を跳ね上げる先ほどの老人の独自レシピで作られた薬剤が一気に体内へと酸素を運んで行く。
急加速急制動の際に発生するパイロットのダメージを軽くするための方策の一つであった。
だが、薬物による対処というものは本来の作用に比して副作用も伴う。
酸素供給量を劇的に向上させ、所謂ブラックアウトを防ぐためのこの薬剤は高揚感から繋がる衝動的な言動を誘発し、かつ心機能に負荷をかけるものであった。
投与量も使えば使うほど体が耐性を得て、量が増していくのは自然の流れであり、一部には法を犯すような薬物も混ぜられているのだ。
ドーピング剤に違法薬物をブレンドしたようなものである。
「取り合えず、あのクソ戯けたオモチャ!! 無駄足踏ませた分は憂さ晴らし、させてもらうぜ!!」
昨日の神社の時と同じく、メタリックスーツが足部のパーツへと吸気を行い、それを一気に噴出させる。
ドンッ!!!
雑草がアスファルトの間から生えている地面が爆ぜるようにして波打つ。
波紋のようにめきめきと罅が生じていくのを置き去りにして、一気にジェイクがマルマルリッキーの撮影カメラに向かって直進していく。
「ふははははっ!!!」
笑い声が自然と上がる。
愉快だ。本当に愉快だ。
楽しくて、楽しくて仕方がない。
「ひぃぃぃっ!!?」
突っ込んでくるジェイクに気づき、金髪のリッキー、ポチャ体型のヘースケが地面へと体を投げ出すも、軽量化してあるとはいえガチャガチャとしたコスプレ衣装のマルオの動きは遅い。
というよりも両腕を体の前にかばうようにして掲げ、顔を背けている。
このままでは"轢かれて"しまう。
「運の悪ぃ奴だな!! ハハハハッ!!」
突進の途中でジェイクは大きく腕を振り上げた。
せめてもの情け、死なない程度に、しばらくの入院生活は覚悟してもらおうと振り上げた腕のこぶしを握り締め、振りぬく。当然こんなことで人死を出すつもりはない。
軽く小突く程度、だが出力で言えばかなりのパワーで打ち抜かれた拳が迫る。
両者のその距離、わずか一メートル。
カァァァァァンンッ!!!!!!
「何っ!?」
振りぬいた拳が奏でた音。
それはどかん、でもぐちゃ、でもどすん、でもなく。
金属同士が強くぶつかり合った時のような音。
間違っても人の肉を金属でぶち抜いた時に発せられる音ではない。
「ふぅ、面倒事は嫌いなんだけど。……ほら、さっさと逃げて。邪魔よ?」
疲れたようなボイスチェンジャーで変声され、耳障りな声が後ろで身構えていたマルオに掛けられる。途端、気が抜けたと同時に腰も抜けたのか、がしゃんと音を発ててマルオがひっくり返った。
宙でぴたり、と振りぬいたジェイクの拳が静止している。先ほどの甲高い金属音はここから発せられていた。
よくよく見るとその位置で大気がぼんやりと歪み、拳を当てた位置を中心に波紋を広げている。
「貴様、なんだっ!?」
唐突に現れた目の前のそれは、「光速の騎士」に似ている。それの向こうでひっくり返り、リッキーたちによって引きずられるよう逃げていく「コスプレ」衣装のようなそのままデザインを写したものではなく、そのユーザーである小柄な女性にフィットする形で作られている。
オリジナルの「光速の騎士」のデザイン性を保ったまま、女性版にアジャストさせたもの。
「……へぇ? ……思った以上に若い、しかも男か」
外部スピーカーで叫んだ言葉から、自身を分析されたことに気付いたジェイクは、鈍重なアーマースーツの中でちっと舌打ちをする。
その声が聞こえたわけではないだろうが、目の前に立ちふさがる女性型「騎士」鎧こと白石特殊鋼材研究所謹製サポートプラン「ワン・ステップ・アヘッド」の成果を着こんだマユミ・ガルシアがふふ、と笑う。
「すこーし、お話をしましょうよ?」
からかうような口調で話しかけられる。瞬間ぞくり、と背筋に走った悪寒を信じ、ジェイクは正面とは逆方向に一気にブースターを加速させる。
独特のイオン臭をまき散らせながら、一気に距離を取る。
ジェイクの知覚外からの唐突な登場がその回避行動を取らせたといえるが、本能というものはやはり良くできているものだ。
どごんっ!
小手に包まれたマユミの拳がいままでジェイクの立っていた地面に突き立っている。
めごっ……!
拳の中ほどまでを地面にめり込ませ、ゆっくりとそれを引き上げる。ぱらぱらと、歩道を舗装していたタイル地の舗装材が剥がれ落ちる。
「貴様、「光速の騎士」の関係者か?」
「……この状況でそんなわかりきったコト聞く? まぁ、一応ご飯食べさせてもらってるしね、そういうことにしときましょう」
余裕ぶって話をする目の前の対象者:マユミにジェイクは隙をみてサポートチームとの通話を秘匿モードでオン。現場のサポートからの通信が入る。
一応ではあるが双方向の会話を遮断していただけで、それ以外の映像やジェイク側の音声、心拍などの生体モニタデータは継続して老人のいるアジトへもと送られている。あちらはあちらで大騒ぎだろう。
『……こちらで状況をモニタしたものは本部へと送信中。目の前のそれが「騎士」のイミテーションであるならば、我々にとっては"競合相手"となる。情報収集の必要を認識』
「当たりを引いた、ってことだ。仕掛けて正解だっただろ?」
『それは結果論です。だが、本部より監視中の上位十名について"対象者が動いた様子はない"と確認』
「前日までに接触した連中は除外できるってことか?」
『本人がいない以上、そうとも言い切れませんが』
監視対象としている人物の所在地を確認している別働隊によれば、リストの上から十名は"通常の生活を送っている"との事。
それは"杉山茂を監視してる者からも"同様の連絡が来ているということだ。
「取り敢えず、この目の前の「光速の騎士」のイミテーション女をぶっ飛ばして確保する。撤収時のルートの選定を行なえ」
『了解』
そんな話をしている彼らを少し離れた位置で見つめているのは、新品の鎧姿のマユミだ。
「……ママとお話は終わった? それともパパだったりする?」
からかうように掛けられた変声された甲高い声が非常に耳障りであった。
イラつくのを我慢してジェイクはゆっくりと構える。
「今度はしゃべらないのか……。ママに怒られたかなー?」
どっ!!
再度突進するジェイクに向かい、右手を掲げてみせるマユミ。
それを見たジェイクは横にブースターを展開し、急角度で方向転換をする。
先程の不可解な打撃を止められたあの空間の歪み。
ショックセンサーに記録されたデータを送信してどういう仕組みなのかを検証中ではあるが、あのアクションを真正面から受けるつもりはない。
不確定要素は可能な限り避けるべきである。
ギャギャギャギャギャッ!!
道路の走行車線まで膨らんで急旋回したジェイクの足元のアスファルトがけたたましい音を発てて削れ飛んでいく。
大きく弧を描くように地面を抉りながら、速度そのままでマユミへと襲い掛かる。
ただし先程よりも航続距離が増え、遠心力を加味した分だけ速度は上昇している。さらに対象がふざけたコスプレの一般人から、要警戒レベルの"ホンモノ"へと変更され、ジェイク自身の油断はない。
「ハァッ!!」
カァァァァンッ!!!
先程とまたも同じく、マユミへと突きこまれた拳が宙で留まっている。
甲高い音とともに止められた拳が歪みを生んだ空間と接触し、波紋を生む。
ただし、先程までと少し違うのはマユミが若干ではあるがその場から後退しているということだ。
後退している分、マユミが動くより先に後の先をとり、ジェイクがその場から車道を挟んで反対側の歩道まで距離を取る。
「ショックセンサーの反応をさっきのものと比較しろ。……正直現行装備で、アレをぶち抜けるか?」
『分析中! 時間をください!!』
「光学・集音・サーモグラフ……、今手に入れたデータで一度引くべきか?」
最初に投与した薬剤の影響かとろん、とすこし頭の働きが阻害される。
ジェイクはこの薬剤に"比較的"順応しているわけだが、それでも効能を発揮するには副作用の精神に影響する部分を避けては通れない。
この蕩けた脳ミソが下した判断が、完全に正鵠を射ているとは思えないのである。
「……はぁ。……あなた、その道路直すのにどれくらい掛かると思ってるの? 工事の間、通行も制限されるし。迷惑なんだけど?」
ねっとりとした汗を掻いてるジェイクとは違い、後退した分の歩道の地面に後ずさり分のひび割れを作って見せたマユミは、何でもないような世間話のように彼を詰った。
腕組みをして小首をかしげたその仕草はとても見ていて小憎らしく、そして怒りの沸点が薬の影響もあり下がっているジェイクには覿面に効いた。
「キサマッ!!」
「残念っ!」
どんっ!!
今度は逆に直情のまま突っ込んできたジェイクを、マユミが大きく後方へと跳んで躱す。
一直線である分だけ、至極読みやすい。
「くっ!」
道路わきのコンクリートブロックにめり込んだ体を引き抜いたジェイクに、からからと笑い声が注がれる。
「あははははっ!! 鬼ごっこでもしたいの? そういうのはママかパパにしてもらいなさい」
「ああああっ!!?」
怒声を上げるジェイク。
それに向かってマユミが最後通告を放つ。
「でも、あなたは逃げる番だったわね? ほら、鬼が来たわよ?」
マユミが指さした先につられて視線を向けてしまう。
そこにアクセルベタ踏みの速度超過ぶっちぎりの急加速で接近する真っ黒なワゴンが一台。
ナンバーが外され、スモークで運転席も見えないその改造車は、通常仕様の物では実現できない速度で一気に距離を詰めてきていた。
がらり、とサイドドアは開け広げられ、そこからその速度のまま"飛び降りた者"が、大きく腕を振り上げたのが見えた。
ゴゥゥ………ンン……ッ!!!!
どっ、どががががっ!!!
きききぃぃぃぃ!!!
除夜の鐘を真横で聞いたことがあるのであれば、それが最も近いだろう。
振り抜かれたその凶器は、見事なくらいにジェイクにジャストミートし、その重量級の重いアーマースーツを吹き飛ばした。
ワンテンポ遅れてジェイクが地面を抉りながら転がる音と、改造ワゴン車の急ブレーキの音が響き渡る。
「がっ……く、くそっ! ……何がっ!?」
ごろごろと転がったジェイクは、アーマーのアシストを使い体を引き起こす。
そうでもしないと引き起こせないほどの重量のあるアーマースーツを吹き飛ばす事ができる者。
視線をそちらに向けると、何かが屈んでいるように見える。
それに向かってとことことマユミが歩いていく。
「全く、遅いのよ……」
「そういうことを俺に言われてもな……」
こちらもマユミと同じくボイスチェンジャーで、重厚感のあるバリトンボイスに加工された声が響いた。
ゆっくりと立ち上がるそれ。
ばさり、と体を包む黒一色の外套を払い除け。
全身を灰色のくすんだシティ・カモの迷彩色で彩られた鎧を身に纏い。
ごんっ!!
苛立たしげに杖のようにして立ち上がる時の支えにしたのは、建築業御用達の純金属製の作業用の全長一メートルの両頭ハンマー。
恐らくそれを暴走する改造ワゴンから飛び降りざまに、フルスイングでジェイクに振り抜いたのだろう。
ほんの少しだけ、その柄が衝撃に耐えられず歪んでいる。
こきこきっ……!
気だるげに首を軽く鳴らすと、"そいつ"はジェイクを見やる。
「……モニタ、継続しているな!?」
『問題なく。ですが、撤退しないのですか!?』
「できるものかよ!!」
ジェイクが鋭く現地スタッフへと言い放つ。
それはそうだ。
「ようやく、ようやく来たか! 見ろ、見ろ! あの耄碌ジジィがっ! 大当たりだぞっ!!」
まるで愛しい恋人を迎えるかのようにジェイクが両腕を広げ、歓喜にも似た絶叫を上げる。
それを少し離れた場所で見ている闖入者は兜の奥で深く、深ぁくため息を吐いた。
「なんか、すごい喜んでるぞ。あのヘンタイ……。周りに人もいないし今のうち、逃げてもいいんじゃね?」
「駄目よ。せっかく釣り針に掛かったんだから。面倒事はここで片付けてしまいましょう。いつまでも追いかけられるのは嫌でしょ?」
「はぁぁぁ、なんで俺のとこばっかりこんな変なのがくるんだよぉぉ……」
再度ごんっ、と地面をハンマーで叩くと闖入者はジェイクへと向き直る。
闖入者の名は「光速の騎士」こと杉山茂。
現在のところ現代日本における"ヒーロー"、なんぞという迷惑極まりない名札をぶら下げられた一般人である。
長めだというのに書ききれなかったという不覚。
いや、配分がわからん。




