3-0-裏 さらにほぼ同時刻のとある地方都市へ向かう車内のお話
まあ、たまに書きたくなる蛇足です。
あんまり期待せずにお読み下さい、ええ、ホントに。
「人事交流、ですか?」
がぁがぁ、と勢いよく流れていく車窓の風景を眺めつつ、神木美緒はとなりの運転席に座る火嶋早苗に尋ねた。
助手席には神木美緒、後部席には藤堂ユイが座っている。
早苗は自身の愛車である国産のSUVを高速道路を東京から、最近急に有名になった「光速の騎士」関連の事件の多発する不本意なバズり方をした中部地方の地方都市へと走らせていた。
「ああ一番しっくりと来る言い方だとな。今のところ、この世界での戦闘行為の主流は銃火器使用が前提になっている。嫌な言い方だが、そこらを歩く人間にライフル銃を持たせればそれだけで戦闘員が完成する。そして守り手の効率的な防御策は自然と銃や爆薬への対抗プランが組まれる。そしてそれがぐるぐると永遠に続くわけだ。銃が存在し、生産され続ける限り、この流れはどうやっても変わらん。供給し続け、利潤が生まれ、それが続くように維持するものがいる。そこが変わらん以上はな。ただ、日本国内では屋内の訓練を秘密裏に行うことはできても、屋外となると限界がある。自衛隊の駐屯地で協力を得ることで屋外訓練も可能ではあるが横澤総理の後任がどうなるか確定していない。仮に我々を疎む派閥が中心に来る場合や、かなりのキャスティングボートを得ることができる程度に勢力が拮抗すると後々の火種になりかねない。そのあたりも含めて米国側の提案は渡りに船と言うところだったのさ」
答えた早苗は苦笑気味の笑みを口元に浮かべる。
日よけにいつものシルバーフレームの眼鏡でなくサングラスをかけ、オートマではなくマニュアル仕様のそれを危なげなく操作している。
東京では最近運転する機会も少なく、車庫で肥やしになりつつあったとのことであるが、“色々と”東京よりも茂たちの住む市での活動が今後活発になるということもあり、いっそ持っていってしまおうということになったわけである。
「……だからって正味一ヶ月くらいでほとんど英語マスターできるって、師匠どんだけ頭いいんです? ちょっと驚きなんですけど」
後部座席のユイがふかふかのシートに体をうずめながらぼやく。助手席に座る美緒も同様の意見だ。
シージャック以来、近接戦闘におけるずば抜けたステータスを誇る定良は彼ら・彼女らの指導役として時を過ごしている。戦闘時のスタイルが似通っているユイはその関係上、定良を師匠と呼んでいた。
ユイがぼやくのも仕方は無いだろう。
実質予備知識ゼロに近い状態から、通訳抜きで戦術的な討論を可能にするまでの英語力を身に着けるというのは尋常ではない。
全国の中高生がどれだけ血と鼻水と汗にまみれながら、あの憎悪の対象である“いんぐりっしゅ・てきすとぶっく”と日夜死闘を繰り返していることか。実際に大学への推薦試験を控える美緒はその憎々しい外来語の辞書を日々ブン投げたいのをこらえているところなのだ。
「あー。まあ、彼は特殊と言えば特殊だからな。睡眠・食事・排泄・入浴に関しては一切不要であるし、その分のリソースを勉学に割けばできないこともないかもしれん。……とはいえ、それだけが理由でもないだろうが」
「他に何か、理由があるんですか?」
困ったような早苗の表情に引っ掛かりを覚えた美緒が、聞きかえす。後部席のユイも興味深げに身を乗り出す。
その様子に表の顔である、教職の顔をのぞかせた早苗は臨時の教え子二人へとレクチャーを始めることにした。
「彼の元々のパーソナリティーがどうなのかは、もう古文書とかの文献を探るしかない。けれど、直接応対しての私の私見をメインにはなさせてもらうと……。本来の人間の持つ欲望である食・睡眠・生殖が一切断たれている状態で、あのアイデンティティを維持できているのが驚異的と思っている。決して普通の状態ではない、と考えるべきではないかとね?」
「あー、骸骨ですもんね。……でもお酒はすっっごい飲んでますけど?」
「……師匠の一月の酒代だけでちょっとした車が買えそうだって本山さん嘆いてましたよ?」
あはははは、と車内全員の乾いた笑いが木霊する。
高いものから安いもの、日本酒からワインにジンにウォッカにどぶろくまで。
特にこだわりというものもなく、ぐびぐびと日がな一日、本当に溺れるくらいのレベルで酒を飲んでいる。
「神仏妖魔魑魅魍魎、洋の東西を問わず古来から現代までアルコールは“人外”へと奉ぜられる共通の供物だからな。彼が“食”という概念で享受できる唯一と言っていい嗜好品だ。そこに関しては私の方から可能な限り便宜を図ってもらうように依頼もしてある。……黒木兼繁、彼の精神性を保つ一助となる物は多ければ多い方がいい。寧ろ本人から相談を受けているからな。己の存在が肉体ではなく、魂という不確かなものに依る以上、いつ自己が薄れるかを不安視するのは当然のことだ。ただし、酒という手段でアイデンティティを繋いでいるとしてもあそこまでユニークだと笑えてくる。……頭の固い本部連中には悩みの種だろうさ」
「……師匠のような呪霊はかなりのレアケースだと以前聞きましたけど」
「我思う故に我あり、とはこの事案にぴったりな言葉だが。要は、はっきりとした己を確立できないとその場に留まることすら難儀と言える。その点、あそこまでしっかりと自己の存在を明確に認識できていることすら異常であり、実測された前例がほぼ見当たらん。大抵は死霊として発生した時点を最大として時間と共に希釈されていく。湖に墨汁を垂らしてみるようなものだ。最初ははっきりとわかるほどだが水や風の勢いにいつの間にか周囲へと拡散されていく。たとえ憑代となる媒体があったとしても、な。……魂自体の個を制御して人形とする外法であれば、大掛かりな術を敷いて術者が理を紡ぎ、“呪具”として活用することはできるし、まだよほど簡単だ。それが外れた時のリスクは苛烈だがな。まあ彼のようなケースはほとんどコンマ以下の可能性だろうな」
早苗はふぅ、と息を吐いて追い越し車線に移り、トラックを追い抜く。
カーナビに表示された次のPAまで一キロというところで再び走行車線へと戻る。
「……暴走する恐れもあり本部地下にて軟禁に近い状態に置いてはいたが、それがストレスとなって、万が一でもはじける可能性を考えると、上層部も監視を十分にしたうえで行動制限を緩めるしかないだろう。……正直、あまりにも普通に会話が成り立つうえに、寧ろ理知的ですらあるから実働部隊からはかなり信を置かれ始めているくらいだ。……話を元に戻すとだ。あまり世間に知られていないとはいえ、戦国期の武将だっただけの才はある。当時でいえば、一般には公開されない知識にアクセスできる特権階級だからな。武芸に知性、統率力に判断力。凡人と隔絶する何かを複数持たねば将足りえない。渡せるものが酒を含む嗜好品限定から、制限されているとはいえ情報のアクセスが緩和されたタイミングで最初に要求してきたのは孫子関連の兵法書に、次が近現代の武術関連の入門書。……さて、その次に何を要求してきたとおもう? ちなみに複数をいっぺんに要求しているからな。どれか一つでも当たれば正解としよう」
PAへと進入するルートへとウインカーをいれて速度を落としつつ、二人に対し問いを発する。
急に聞かれてうむむ、と悩む二人を横目に見ながら、早苗はPAからスマートインターを経由して一般道へと降りる。
周り一面は、田んぼやら畑やらが大部分を占めており、ときおり閑散とした住宅がぽつぽつと見える場所である。
市内中心部からは少し離れているが、目的地に一番近いのはこのスマートインターであった。
「……関ヶ原くらいまでの歴史書、とかですか? 多分、自分の死後の時代背景を知りたいと思うので」
「私は銃火器関連の取説とかだと思うけど。ほら、何回かそういったところに突撃していく羽目になったしさ。その対策をどうするのかっていうのが必要だとおもうしさ」
ユイと美緒が各々の意見を述べる。
臨時生徒二名の意見を聞いた早苗がふふふ、と笑い正解を答えた。
「はずれ、とまではいかないが二人とも正解はしていない。それらも後々言ってはきたがな。ただ、少しばかり時間が経ってからだ。正解はファッション誌と近代美術中心の図鑑、洋書和書問わずロングセラーの小説類だ。……通販で服を代理購入させて買い漁っているのは知っているだろう?」
「えええぇ……。いや、確かに色々服を買ってるのは知ってましたけど」
少しばかり予想外の結果に若干驚く二人。
「ふふふ。ヒントとしていくつか言ったつもりだったがな? 武芸も知性も優秀であることが第一条件の将クラス。食・睡眠・性の欲求が薄れたのであれば、次の欲求が必要になる。次点は、彼の場合知識欲だったようだ。戦いのみにその興味が集中しなかったのは本部の連中もほっとしたらしい。現代の一般的な情報を手に入れる方法としては間違っていないだろう?」
「……そう言われればそうですけど」
スマートインターから降りて少し走っただだっ広い二車線の道で車を脇に寄せて止める。ハザードを点灯させてから、早苗が後部席に置いた自分のカバンからタブレットを取り出すと、操作して二人に画面を見せる。
そこには書きかけではあるが、中年の男性の横顔が油絵で描かれている。胸元から上までが描かれたそれは素人である美緒とユイの目で見ても上手であることが分かった。なぜなら描かれている男性が誰なのかが判別できるからだ。しわの刻まれた眉間に、少し白髪が混じり始めた黒髪、そして力強い眉と瞳。
「青柳隊長さん、ですよね。上手に描けてるー、って……。この流れからすると?」
「描き手は黒木兼繁、老翁殿だよ。素描から取りあえずまずは色を乗せてみただけといっていたがな。仕上は帰国後にするという話だ。本人曰く風景の方が物見の経験からポイントポイントを捉えることに活かせる分、得意らしいが」
あの武辺者と思われたガイコツ、思った以上に美術的才能もあるようである。
「……ただ英語に関しては英文の戦史研究を読み込むのに必要だから、という理由で覚えたようだがな。もののついで、ということらしい。本人曰く暗号やら隠語やらという認識だそうだ。一切余計な知識がない分、覚えも早かったということもある」
「インテリですね、師匠……。ビビるわぁ、それって」
どこか呆れたようにつぶやくユイ。
とはいえ、特級の呪霊となるような素体を用立てるならば、そこらの木端ではなく優秀な者を引っ張ってくるのは当然のことである。それからすれば、当時のエリートの中で苦悶のうちに果てた者からさらに厳選された者がふるいにかけられるのも道理であり、その結果の一つが黒木兼繁となるわけだ。
それは言ってみれば、やはりチートという概念にぴったりと当てはまるのだ。
持っている者は持っている。
ただそれだけの事ともいえる。




