3-1 茶店 のち 配信
「いや、本当に。息つく暇もなく、まあこれだけ色々と巻き込まれるもんですねぇ……」
「そこは俺に言われてもどうにもならんし。つーかなんで「勇者」パーティーのお前らが第三者目線で悠々としてるんだよ。役割が違うんじゃないの?」
どこか呆れた風にも見える表情でテーブルの向こうに座る学生服姿の「軍師」梶原由美にへへへっ、と疲労感の混じる乾いた笑いを浮かべ、茂はコーヒーカップを手に取った。
ずず、と一口すするがあまり高級でないぬるいコーヒーはそれなりの味しかしない。うっっすいハムとチーズの挟まったハムサンドのコーヒーセットはビジネスホテルの一階部分に入っている喫茶店のメニューで一番安いものであったが、安いものには安いなりの理由があるのだ。そんな朝食を奥まった区画でゆったりまったりと摂っていたのだが、この一団が急遽押し寄せてきたのである。
ちなみに時刻は午前八時になろうかというタイミング。
高校の始業時間を考えれば、こんなところでのんびりと屯していていい時間ではない。
「本人としては細心の注意を払って生活してるんだけどなぁ。いや、ホントいい加減嫌になるぜ? マジな話さ」
「普段の買い物にも細心の注意が必要な時点で、普通の真っ当な生活ができてませんよ。茂さん、正直大丈夫なんですか? 参ってません?」
そう気遣ってくれるのは同じく制服姿の「魔王」柳博人である。
手元のお冷のグラスを空にして、中の氷を口に放り込みながら眉をしかめながら聞いてくる。
「……飯は食えてる。ぐっすり眠れる。バイトの人間関係も問題ないし。よく考えると結構日々充実してるんだよ、俺。変なのによく絡まれてるって一点を除いてだけど。だから、まあ大丈夫じゃないか? よくわからんけど」
「よくわからん、で済ませちゃダメな気がしますよ?」
「なんつーか、いちいち起きる"かも"しれない出来事に反応するのが疲れるってのに最近気づいた。もう、いろんな大人がいろんなとこで動いてるせいで俺、自分の周りの出来事の全体像が掴めないんだよ。正直、あまりに問題が広範囲になりすぎて手に入る情報が自分の中で処理しきれん。面倒事が起きてからどうするか考えることが精いっぱいで。というか、その方が結果妥当なとこに落ち着きそうだし。バカが必死こいて考えるよりも頭のいい人に動いてくれるといい感じになりそうだもん」
「達観というよりも諦観じゃないですか、それ。自暴自棄になってません?」
「……じゃない、と言い切れないところがつらいぃぃ」
テーブルに突っ伏す茂の前に一抱えほどの手提げ袋がとん、と置かれた。
持ち主である「勇者」但馬隼人は、それと併せてスープ用の保温容器をテーブルに載せる。
「そういう感じになってるんじゃないかと、父さんが言ってまして。これ、陣中見舞いがわりにってことです。ちゃんとコンビニとかの出来合いでない、フツーの飯、食べてください、って」
がさ、と手提げ袋の中をのぞくと、小さな風呂敷で包まれたお弁当が一つ、サラダ、デザート用の別容器が一つ。
受け取った紙袋越しに感じる弁当のほの温かさが何故かほっとする。
「夕方にでもまた空容器もらいに来ますから」
「え、すごい嬉しいけど……、もらってもいいんかな?」
「どーぞどーぞ。というか父さんが午前様で帰ってきた理由が、茂さんが不審者に襲われたからってのは母にも伝えないわけにはいかなかったですから。それでまあ、顔出しに行くって話したら持ってきなさいって」
「へー。いやぁ、悪いなぁ。ありがとうってお礼言ってたって伝えといてな?」
捧げ持つようにして丁寧に弁当を受け取り、座席に置く。
茂はお昼にでもありがたくいただくことにしようと思った。
「そんで、茂さん。亡霊にテロリスト、ヘドロのバケモノ、アイドルに寄生したキメラ、超能力者ときて今度はロボットらしいじゃないですか。あ、一個目と二個目の間に機動隊がありましたけど。それはノーカンにしときます?」
「由美、そのどことなく楽しそうな感じ少しはオブラートに包め。……茂さん、どんな奴らでした?」
「お前もほんの少しでもそう思ってるなら声色を変えろ。由美とさほど変らんぞ、博人……。……正直よくわからん。だけど"向こう側"の連中じゃないだろうって。こっちの技術体系で作ったもんだろうって分析だと」
ことん、と自分のガラケーをテーブルに置くと、昨日撮影した動画の再生画面を呼び出す。これはオリジナルデータ入りのスマホの方から警察に提出する前に昨日のうちに移しておいたものだ。
店内には大あくびしている店員の他にはくたびれたサラリーマンと大学生と思しき者がいるだけだ。十分に離れた位置に彼らが居るということを確認したうえで、動画を再生する。当然ボリュームも十分に絞ってだ。
ほんの数分ほどのその動画が一通り流れる間、真剣な表情でそれを見つめる学生服姿の男女三人と、不味そうにコーヒーを啜り、ハムサンドをもしゃもしゃと齧る眠たげな男。
一種異様な雰囲気をさせてはいるが、まあ他人からすればそこまで気にするほどではなかったようで店内はFMラジオが流れている穏やかな朝の一模様である。
「ロボットスーツですか。まあ男の子が好きそうな……ロマンってやつですか?」
「俺に聞くなよ」
「いやぁ、茂さんそうやってぶーたれてる割に、ちょこちょこ色んなとこで変身してるからー。けっこーそういうのお好きなんじゃないかとー?」
「全件に関して不本意且つ不可抗力だっつーの。第一これ、結構な不良品だって話だしな」
にひひ、と笑う由美に向かってお冷のグラスに浮いた水滴をぴ、と飛ばしてやる。由美は大げさにきゃーと、反り返って避けているが、そのにやけ面はあまり変わっていない。
「急加速と急制動の衝撃と、血流の異常を引き起こすからって話ですよね。戦闘機のパイロットだってマスク必須だって話ですし。宇宙飛行士だって耐Gの訓練してますからね」
「ま、乗り込んでる奴の体に負担がかかるだろうから、そんなにほいほい使えるわけでもないだろうってさ。ローテーション組んで順番に乗り込むってなら話は別だけど。好き好んでこんなの乗り回すのは変態の部類だろ。それに警察に周りを警戒されてるってのはわかるだろうし」
茂は頭の後ろで手を組んでどかり、とソファに体を預ける。窓から外を見るとちょうど制服の警官がコンビで自転車で通って行くところだった。
巡回のルートにこのビジネスホテルを組み込んでもらったとのことなので、少しばかり安心はしていたが実際にその姿を見るときっちり仕事をしているなぁ、とほっとするものだ。
追われる側ではなく、守られる側に回った時のこの安心感。
ああ素晴らしきかな、真っ当な人生。そして平和な日々。
……などと益体もないことをぼけーっ、と思っていたところ、テーブル上の"緊急連絡用"のガラケーが鳴る。
「うわ、マジか? 昨日の今日だぞ?」
嫌そうに手を伸ばす茂を隼翔たちが見つめる。
一人はワクワク、一人は憐み、一人はハラハラした表情で。
がく、と力の抜けた手でぱかとケータイを開く。表示は門倉。
間違いなく、厄介事であろう。
「もしもし、杉山です。……おはようございます。はい、はい、はい……。え、マジで? んな阿呆、いるんすか? ……いる。いるんですかぁ」
受け答えしながら徐々に茂の顔色が変わる。ぱん、と手のひらで思わず顔を覆う。
手の隙間から見える険しい表情を露にした。手をテーブルの上に置かれたもう一つの通信機器、スマホにのばして忙しく操作すると、ボリュームを絞ったままのそれから、軽快な音楽が流れ始める。
じっ、とその画面を見つめること数秒。茂が重々しい気配を纏い、口を開く。
「確認しました。……確かにいました。今どこですか?……はい。駅北口の駐車場で合流ってことですね。……はい、できるだけ急ぎます。じゃあ、失礼します」
ぺこ、と頭を下げた茂。その視線はテーブル上のスマホを直視したままである。当然のことながら他の三名も同じ画面を見つめていた。
電話が終わったタイミングで博人が立ち上がりじゃらり、とバイクのキーをポケットから取り出す。そのまま外へと急ぎ足で出て行く。
「……隼翔、すっっっごい申し訳ないんだが」
「仕方ありませんよ。これは、まあ、どうにかして僕が処理します。ですから、急いでください」
頭を下げつつ立ち上がる茂から渡したばかりの弁当袋を受け取る。立ち上がりつつ茂が財布から千円札を取り出し、まだスマホを見ている由美へと押し付ける。
由美は意を得たりとばかりに薄く笑うとスマホを茂へとつっかえし、千円を掴みとる。
「じゃあ、お会計しときます。あー、博人に送ってもらうつもりだったんですけど、まあ無理ですよねー。自主休校しよっかなー」
「釣りはそのままやるからバスでも乗って学校は行けよ。曲りなりにも学生って名乗るなら行ける時は学校で生活を営め。隼翔、間違いなく由美を学校に行かせろ。このままだとコイツ家に帰るからな!?」
「はい、じゃあそれは頼まれました。じゃあ、茂さんお気をつけて」
「おう、お前らはきっちりしっかり学べ。特に由美。……行けよ?」
駆け足気味にテーブルを離れながら、茂は最後に二人へと言葉をかけていった。
ほどなくバイクの排気音が響き、窓の外に博人の乗ったバイクが停車すると、その後ろに茂が乗っかる。渡されたヘルメットをかぶり、店内の二人に手を振った。
それに応える形で手を振る二人を横目に見ながら、バイクは発進してビルの角を曲がり、すぐに見えなくなる。窓際で手を振っていた由美と隼翔はテーブルに戻ると、各々の荷物を持つ。
「ああいう"うわ、どうにかしないと"的な感覚が巻き込まれる原因だと思うんだけどねー」
「茂さんらしいっちゃらしいよね。でも、後先考えてないのも、茂さんっぽいんだけど」
「あははは。「勇者」の隼翔くんに言われるのもどーかと思うけどね、私!」
「ひどいなぁ、由美。僕は結構自重はする性質だよ? 色々背負わされることも多かったからさ」
ちゃかちゃかとテーブル上の荷物を片して、伝票を掴むとレジへと向かう。
由美はレジ奥でやる気なさそうな店員に伝票を渡して料金の精算を、少々荷物の多い隼翔は先に外に出る。
外に出ると、少しうす雲が掛かってはいても大部分は青空のいい天気であった。差し込んでくる日の光とビルの谷間を通るそよ風が心地よい。
一日の始まりとしてはなかなかの好条件と言えるだろう。
眩しげに手を翳して空を見上げている隼翔に支払いを終えた由美が合流する。
「そういうカッコしてると、まーた誰か女の子が引っかかっちゃうぞー。大概にしろー」
「……由美、君は僕を何だと思ってるんだよ?」
ジト目で由美を見つめる隼翔に同じくジト目で由美が見つめ返す。
「……わかってないなら罪深し。わかっているならド畜生。ま、百パーわかってないんだろーけど」
「すごいディスられてのは十分わかったけど。……じゃあ、学校行こうか?」
「うぇぇぇっ!? それマジで言ってるの、隼翔くん!?」
告げられた言葉に全力の驚きを返す由美に、呆れた表情で隼翔がため息交じりに話しかける。
「茂さんにも言われただろ? 学生の本分は勉強だよ?」
「いや、真面目か! ……でも、これ。こんなんなってるんだよ? なんか起きそうじゃない?」
ずい、と隼翔の前に突き出されたのは由美のスマホである。表示されているのは先ほどまで四人で見つめていた画面と同じもの。
「そうだとして、"今の"僕らに何ができるんだよ? 昔とは違うんだよ、僕らはもう「勇者」でも「軍師」でもない。普通の高校生なんだから。それに茂さんにも頼まれたし」
「いや、そうだけどさー。最終的にごちゃごちゃしてメッチャクチャになって交通関係に支障が出るって可能性も……ね? 前の銀嶺学院の時も数日はそーだったじゃん。私、帰宅難民になるのは避けたいんだけど?」
「……うわぁ、そう言われるとそんな気もするなぁ。……茂さん関わってるんだもんなぁ」
「そうだよ? 茂さん関わってるんだよ?」
高校生の男女二人が同じスマホを覗き込みながら、大きく息を吐く。
彼らの見つめるスマホの表示画面は、動画投稿サイトのあるページである。
原色を多用し、関心を引くようなアオリが目立つそのサムネイルの表示は『現地より生放送にて"あの"「騎士」が登場!!!!』となっている。
更に、今現在二万を超す視聴者が平日朝の、しかも放送開始前というにも関わらず待機しているという状況で視聴数のカウントも刻々と増え続けていた。
ビジネスホテルの一階。あの喫茶店の雰囲気が好きです。
大外れの時もあるが、大当たりも結構ある。
バタートーストとか、ピザトーストとか、タマゴサンドとか激ウマな所が。
ふかふかパンで作ってくれるお店が好きだ、うむ。
……何、書いてんだろ?




