2-5 検証 のち 仕掛
「現在までの所、襲撃者の正体に関しては不明なままです。ただ、そのベースとなるのは「騎士」「武者」のようなオカルトでも模造異能力者の類でもなく、純粋な科学技術力、サイエンスを主としたものである可能性が高いと思われます」
薄暗い室内に照らし出されるプロジェクターが、スクリーン上にある人物の姿を映している。茂がスマホで録画撮影をしたものを最大限クリーニングし、辛うじてその像を見ることが出来る物をピックアップした数点。静止画でとらえることの出来たものは数少ない。
真っ黒なローブを纏う人影。金属質な部分が、一部だけとはいえ露出している箇所を拡大して映し出している。
手元のポインターでスクリーンを指し示しながらエレーヌが話を進めていく。
ただ、今の説明を受けて「騎士」が苦笑しながら思うのは、自分の扱いは定良と同じオカルトに分類されるのか、というちょっとした引っ掛かりである。さすがに場の雰囲気を感じて飲み込みはしたが、まあ確かにオカルトっちゃオカルトか、と思い直す。
『正気の沙汰とは思えませんね……。中に入っている人間の安全を度外視したプランです。こんな挙動では数回、いえ場合によってはその瞬間に中の人間に深刻なダメージが出ます。人間の体はほぼ水でできているんです。これでは血流に深刻な異常が……。真面なプランとは思えません。いくらなんでも命がけのギャンブルが過ぎます』
映像をつなぎ、白石特殊鋼材研究所にも同様のデータが送られていた。念のため回線は完全なクローズドの物を白石グループの方で準備してもらっている。
こちらの廃工場跡地には似つかわしくない大型の筐体を持つコンピュータもいったいどこから持ち込んだものかと冷や汗が出る。話によれば経営上の判断で統廃合した白石の近畿ブロックの某事業所から廃棄処分したことに書類上なっている物を横流ししてきたものだそうだ。廃棄処分扱いでおかしくない一世代二世代前のものではある。ただ最新鋭のものにはさすがに水をあけられてはいるが、同型が地方の国公立の研究機関で現在も運用中といえば性能の程も知れるだろう。
まあ、燃費効率は非常に悪いのが欠点として一番に挙がる。そのうえ、クローズドの回線の維持と、コンピュータ本体の稼動と、各種機器の冷却を維持するのに、大型の発発を一基全力稼動しているため、周囲はかなり騒々しいことにはなっている。
屋外に追いやっているので多少はましだが、ボロの工場跡地の利用のため、耐久性の落ちた壁はその騒音を防ぎきるほどの性能は発揮できていない。小さくではあるが、その振動も感じることができた。
逆に言えばそんなレベルの現役で使われる研究用のハードを、裏から手を回して準備する白石グループの本気度に若干引き気味でもある。
『暴論ですが戦闘機を人型に縮めて、発射台から風防ゼロで吹っ飛ばしているようなものですよ。中の人間の耐Gに関して一切考慮しないというのは……。中に本当に誰かがいたと? 技術的に難しいと思いますが、自律式のAIと言われた方がまだ技術屋・装備品の開発者としては納得がいくんですが』
「いや、間違いなく誰かが乗ってます。そこは確実です。こっちの一方的な情報だけで信じてもらうのは難しいってのはわかってるんですけど……」
白石の技術スタッフからの疑問に「騎士」が答える。「気配察知:小」の結果から間違いなく生命反応は感じられたのだ。この“人型戦闘機”には誰かしら搭乗者がいる。
「ただ、無理矢理人型にまで小さくして開発する必要があったのかって話なんですが。コレって正直な話、作ろうと思えば作れるもんですか?」
実際に相対した者の疑問に技術者として答えたいのはやまやまだが、根幹となるコンセプトの倫理観に間違いなく大きな越えられない隔絶を感じざるを得ない。
どう考えてもコレは搭乗者の安全を一切考慮しないという前提で製作されている。
『先ほども言いましたが、正気の沙汰ではないですね。どうやったって人的資源損失のリスクがある。被験者を募るにしても、内容が内容です。そのあたりの倫理観をすっ飛ばした……仮定の範疇ですが軍事関連の線、しかもかなりアングラに近い裏の計画ならば。最先端の技術であればまず軍事から利用されるものですので。民間まで降ろしてないブラックテクノロジーでしょうか』
「あと、ウチの者が研究所のサーバーで分析してるところですが、コイツ。北米で少し騒ぎになった「偽騎士」に関係しているかもしれません」
「は?」
「サンプルモデル、出せるか?」
『完成度七十三パーセント。お見せできる程度には動かせます』
かちかちとスクリーンの向こうでPCを操作する音が聞こえると、先ほど撮影ほやほやの「暴走鎧」と「偽騎士」が並べられて表示される。
それと、3D処理された各々のモデルが別スクリーンに出された。
右が「暴走鎧」、そして左が「偽騎士」である。
出力されるまでの間、それの読み込みをするため、ふぃぃぃぃぃぃ、とコンピュータの大型ハードが高速で何か起動させている音と、外の発発の唸るような音だけが空間に響いた。
『左側がネット上に残る「偽騎士」のうち、脅威度判定で赤となっているもの。右が今回の「騎士」襲撃者の3Dモデル。多少荒い点はありますが、外装の共通点を抽出してみますと……。こう、ですね』
かち、と画面の向こうからクリック音がする。
ぬめぬめと動く両者のモデルが重なり合い、画像が一つの画に集約された。
それを見る限り、パーツごとには“かなり”一致しているようにも見える。
ただ、それは“かなり”でしかない。“非常に”でも“極めて”でもない。
「……同じと言えば同じですけど」
「違うって言われたら違うと言いきられる気がするわね」
マユミが「光速の騎士」の横からその言葉の後を紡ぐ。
そうなのだ。これはイチャモンをつければそれが通る程度の一致だ。
『あまりほめられた行為ではありませんが、ウチの技術者の勘、みたいなものだそうです。同じようなコンセプトでこの鎧というかパワードスーツを作れば、全く違う組織で製作しても結果はこの方向性の延長線上の範囲内で出来上がるとは思います。ただ、作り手のこだわりというか、外せない核の部分は両方とも非常に近しいものが感じられると、ウチの技術者連中は言ってますね』
「なるほど……。それだとしたらちょっと除外するには勇気がいりますね」
「バージョンアップ、ってこと? でも、そうだとしてどうしてわざわざ日本まで来るのよ。ぶっちゃけた話、もっと治安の悪い地域で実証実験でもなんでもした方がいいんじゃない? こんなオモチャ作れるくらいならお金はあるんだろうし……。ブルジョアめ……っ」
「金の有る無しとそこら辺がどう繋がるんだよ?」
横のマユミに一応釘を刺す。
悪びれるふうでもなくマユミは呆れたように会話を続ける。
「だって、コレ。どう考えても失敗作か初期の初期の試作品よ? はっきり言ってあなたじゃなくても、例えば私一人でもどうにかできるくらいのね」
「まあ、なぁ……」
マスク越しに頬を掻く。ちょっと蒸して、顔がマスクの素材と引っ付いてむず痒かった。
『……どうにかできますか? コレを?』
当然のようにどうとでもできるといわんばかりの二人に、画面越しに訊ねてくる技術者。つまらなそうにマユミが答える。
「突進してくるタイミングで私なら足元に向けて壁を作ればいいし、こっちの「騎士」サンならひざ下までの重量のある障害物でも置いておけばいいわ。それで突っ込んできてスっ転んだところをメッタメタにたたき伏せて、それでお終い。……でしょう?」
流し目で見られている「騎士」は思う。やり方がゴリラ一直線の戦い方から、随分と狡っからくなったなぁ、と。ただ、最後はやっぱり脳筋の戦い方だが。
その狡っからくなった大部分の原因は「騎士」その人にあるのだが、本人は一切認知していないというのも大概ではある。
「……突っ込んでくるときの勢いから考えて、まあその策が一番簡単かなぁ。あとは一直線に突っ込んできてるけど、急な方向転換は無理か、最低限しかできねぇんじゃないかなぁ? 要はデカイ大砲をぶっ放した後のタメが必要な不具合があるわけで。ならそこら辺考えると本来は単身での運用じゃなく、随伴のサポートがいるんじゃないかと。……前に習った騎馬を狩る策の類がまんま使えそうですね。あんまり回数はこなしてないんで自信は無いですけど。ま、初見殺しだとは思うんですが、二度目だとハメ殺されますよ、コイツ。軍関係って推測でしたけど部隊運用に関する専門家がいないんでしょうか? なんかチグハグ感がすごいですね」
この現代日本のどこで馬に騎乗する兵を狩る策を習うことがあるのだろうか、とモニタ向こうの面々は唾を飲む。普通、そういうものを実地で習う時代は数世紀前に終わっているのではなかろうか。もはやそれらを習うのは、戦史研究とか歴史家とか特殊な事例の場合のみであると思うのだ。
そして大前提として、そのような経験を回数で語れるということがおかしいのだ。
ほんの少しの沈黙ののち、場を進めるためにエレーヌが説明を続ける。
「コンセプトとして開けた場所で戦うことを前提としているようです。日本のこんな住宅街で運用すること自体がまずおかしい。それに加え指摘のあった随伴員がいない。さらに言えばそんな“高級品”であるならばどこかの紐付きで運用されているはず。……ほとんどスタンドアローンな兵器の実地試験など、その紐の先を持つ“飼い主”が許すとは思えません」
「……でも実際そういうあり得ないやつに襲われてるんですけど?」
むしろそっちよりも「騎士」の方があり得ない存在なのだがなぁ、とモニタの向こうとこちらの廃工場跡のスタッフは思ったりもする。
実質的な損害は新品の二万三千円のキッチンナイフ一本と、神社内の由緒有りそうな古い石灯籠、そして石畳というところだ。
だが、地域住民の不安をいや増したというところからすれば、かなりの問題である。
正直な話、普通に歩いていてまたいきなり襲われるなどたまったものではない。
「そこです。ですので問題解決は早い方がよろしいですから、ね?」
にこり、と笑うエレーヌ。初心な若い男性ならぽっ、と頬を染めることだろうがマスクに覆われた「騎士」の表情はわからない。
だが、実際のところ「騎士」は深く深く今日何度目かわからないため息を吐き、膝を叩いた。
「わかりました。……俺もなるべく自分の家で安心して寝たいんで」
しぶしぶとはいえ「騎士」の賛同を得たエレーヌが手と手をぱんと叩いてさらににっこりと笑う。
その微笑みは初心な若い男性ならば……以下略である。
がらがらがら……。
騒々しい音を立てて廃工場のシャッターが開かれる音がする。
そこにゆっくりと入ってくるのは見た覚えのある軽自動車であった。警備スタッフに誘導されて廃工場内の指定の場所へと駐車すると、運転席からスーツ姿の男が降りてくる。
ちなみにその男にも非常に見覚えがある。
「いやぁ! やっぱりヒーローがいるんなら、その秘密基地を作らないという手はないからなぁ!! 雄吾の奴、言ってくれれば良かったのに!! ウチの資材ならどれだけでも提供するのにさぁ!!」
大声を上げて笑いながらこちらへと近づいてくる男。首を忙しなく周囲のすべてに向けながら興味深げに眺めつつ歩を進めてくる。
おもむろに手を挙げて、その男が声をかけてきた。
「はっはっは!! いやいや本当に色々と揃ってきたじゃないか! なんか、もう夢みたいだよねぇ。あ、これ陣中見舞い。どうぞ皆さんで!」
「わざわざすみません。……後で皆で頂きますので」
駅前に最近出店したばかりの中華まんのチェーン店のテイクアウトの袋をエレーヌに渡したのは但馬真一であった。
「さて、雄吾からは少々面倒なことになっているらしいと聞いたんだが。……おお、これがそうかぁ。……なんと言うか、無味無臭な出来映えだな」
「そういう感想を言ってる状況じゃないんですけど……」
スクリーンに映る襲撃者を腕組みしながら眺める真一に、少し呆れた声色で「騎士」が声を掛ける。
真一はその声に振り返ると、「光速の騎士」へ真っ直ぐに向かってくる。
「おおおおおおっ!? 新しくなってるじゃないかぁっ!?」
がしっ、と「騎士」の両肩を掴むと遠慮無しにべたべたとVer3.0の鎧を撫で回す真一。
されるがままに「騎士」はマネキンの如くその仕打ちに耐える。
ここから少しばかりご迷惑をかけるからだ。それくらいは我慢せねばならぬだろう。
「……申し訳ないですが、但馬様。もう夜も更けてしまいますので」
「ああ! そうですね。では、プランを煮詰めますか」
名残惜しそうに「騎士」から離れつつ、真一はテーブルに向かう。
その後を「騎士」はついていく。
さあ、始めよう。
「では、皆様。これから先は釣りのお時間です」
エレーヌが三度、笑う。
その笑顔は、……以下略、でいいだろう。




