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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
4章

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2-4 斜陽 のち 整備

かぁ、かぁ、かぁ……


 遠くからカラスの無く声が聞こえる夕暮れ時。

 茂はひび割れたアスファルトを歩き、目的地のはずの場所で立ちすくんでいる。


「んーと……。本当にここでいいのかな?」


 茂は手に持ったガラケーの画面を見、目の前の建物を見、不安に駆られ再度画面を見る。

 ちょうど門には赤錆の浮いた看板が乱雑にワイヤーで括り付けられているようだ。

 いつからそこにあるのかわからないくらいに年季が入って、白のベースに黒と赤字で書かれていただろうその看板は文字が掠れ、錆が浮き、ワイヤーからしみ出した酸性の何かで腐食したうえに、茫々と勢いよく生えている背丈の高い雑草、いや既に草木クラスには育った緑に覆われていた。

 なんとなく気分が乗らないが、その草木を掻きわけてその看板を覗き込むと、売地と書かれていただろう文字の下に、契約先の不動産会社の電話番号、そして土地の広さと番地名が記載されている。

 その番地名とガラケーの画面に表示されたマップの表示を確認。市町村の合併前の旧町名で書かれている看板とは完全には一致しなかったが、市町村名以下の番地名などは完全に一致している。つまり、目的地はここで間違いない。


「……廃墟じゃん。誰がどう見ても廃墟じゃん」


 売地の看板の下には苔の生えた門に直接元々の会社名が彫り込まれていた。

 江島印刷工業(有)、となっているそれはもはやその過去の賑やかさを彷彿とさせるには手遅れであった。

 ただ、そんな“終わってしまった”感の漂うその場所に茂がなぜやってきているのかといえば。


「……何考えてんだよ。秘密基地でも作る気かっ……!」


 少し前まではせいぜい迷い込んできた野良犬や野良猫、カラスに雀程度の来訪者しかいなかったであろう「元」江島印刷工業(有)。元々の塗装を押し上げる錆を全体に浮かせていたその門扉にはおそらく不法侵入対策に鉄の鎖でも巻きつけられていたのだろう。つい最近に”取り外された“と思しき鉄鎖の跡が残っている。

 そしてその敷地内に向かい、数日前に降った雨で湿った泥が幾筋もの轍を刻んでいた。

 しかも、その轍のサイズから推測するにタイヤがえらく太い。

 タイヤが太いということは、より重い物を運ぶ車両ということだ。

 こんな“終わってしまった”場所には似つかわしくない大量の資材が搬入されている事だろう。


(監視カメラは不自然じゃないように構内の奥まった場所にしかまだ設置してないって話だったよな。……行くか。行くしかないし)


 人気のない住宅街から少し奥まった位置にある、兵どもが夢の後的な廃工場、虫の息の町工場、そして過去の栄華をほんの少しだけ覗かせるだだっ広い道路。イメージカラーは茶色。錆色の茶色の光景が広がる斜陽の工業区画。

 茂はそんな地方にまま存在するありふれた廃業している工場の一つに進むため、ゆっくりと錆の浮いた重厚な扉に手を掛けた。





「嘘じゃん。……こういうのってこんな大ぴらにしてて大丈夫なんだろうか?」


 誰も返事をしてくれないことはわかっているのであるが、杉山茂改めピエロマスク装着のスーツ姿の男が目の前の光景に言葉を失う。

 工場区画の中でも奥まった場所にあるこの「元」江島印刷工業(有)は、周囲に高い建物もなく、ぐるりと敷地を囲う塀は古いながらも三メートル近い高さを誇り、古紙やパルプ材を搬入していただろう屋根つきの搬入路も一部破損しているとはいえ健在であり、周囲からは中で何をしているのかをうかがい知ることは出来ない仕様だ。

 両隣の工場もすでに経営者が高齢や後継者不足で事業を畳んでおり、新たなお隣さんの様子を窺いに来ることもない。

 秘密裏に物事を運ぶにはもってこいの場所である。

 それで結局そこに何が建築されつつあるのかといえば、だ。


「ああ、ご無事で。遅いもので少しわかりにくい場所でしたから、迷われたのかと思いましたが」


 声を掛けられてそちらに視線を向けると、見覚えのある車に見覚えのある女性と見覚えのある少女の姿がある。

 つい数時間前に「森のカマド」の駐車場で別れたエレーナとマユミ・ガルシアの二人であった。

 マユミは変わらず私服姿であるが、エレーナはシティ・カモの野戦服に身を包み、ヘッドセットと大きなタブレットを抱えての登場だ。

 まかり間違ってもここは昨今流行りのサバゲーフィールドではない。

 その証拠に雨風を避けられる工場内には同じ格好の白石グループの警備部スタッフが駆け回っている。幾人かは見覚えのある人物で、間違いはないだろう。

 簡易的な指揮所が設営されており、大型のモニタや通信機器、頑丈そうなグリーンの箱が指揮所やそれ以外の場所を囲うようにしておかれている。


(ドラマのロケとかに勘違いされないかなー。なんつーか現実味ないし)


 平和に慣れきった日本人が見てもドラマやMVの撮影隊にしか見えないかもしれない。ただ、剣呑さの具合は段違いなのだが。


「……一応周囲を確認しながら来たもんで。ただ、こんな場所準備してたんですね」


 ぐるりと見渡すとサビサビの建造物の中に、実用には十分耐えられるようなコンテナや、プレハブ小屋、開けた空き地には太陽光発電のパネルが設置され、非常用の大型の発発が数基転がっていたりもする。工場内部までは見てはいないが、この分だと外と中のギャップはかなりの物だろう。

 車両も複数綺麗に駐車され、いつでも飛び出せるように準備が進められていた。

 まかり間違っても一朝一夕では準備できるレベルの物ではないはずだ。

 物理的にも、そして金銭的にもだ。


「我々の暮らす表向きのシェルター兼住居を設置するのと同時にこちらの場所を購入し、極秘裏に整備・修繕を進めていました。ダミー会社を通じ、購入ルートの欺瞞工作は入念に行なっていますので、早々はこの場所を見つけられはしないはずです。ダミー会社自体も実績がないと怪しまれますので、可もなく不可もなくそこそこの利益を上げるようにしていますし、白石グループとの直接取引も控えています。売り上げなどからも我々まで辿れはしないように、ですね」

「ヤクザが保険証とか車両購入するのに作る表向きのフロント企業みたいっすね。ほら、まともな仕事してるって社員が思っていても、社長とか経営陣はヤクザ屋さんみたいな?」

「似たようなものかもしれません。ダミー会社で働く社員のほとんどは白石グループの末端だという意識すらないでしょう。この土地の購入についても、工場跡地を利用した太陽光発電事業の一環ということになっていますから。ここを含め複数の廃工場を購入していまして、実は多少の利益が出ています。それを基に事業の拡大も出来そうだと、ダミー会社の事業計画案が回って来ていますね」


 ピエロマスクの下でひくっひくっと頬がひきつるのを感じる。

 その様子を見てエレーヌが話しかける。


「マユミの警備体制をカバーするための実働部隊の基地として準備していたものですが? 確かこの件に関しては事前にお話ししていたと思うのですが?」

「そ、そうですけどっ!」


 規模が違うと思う。

 茂の中ではせいぜい広めのマンションの一室、たとえそれから広がるにしてもワンフロアくらいまでを想像していたのだ。

 だってそういうもののはずだ。セーフハウスというものが映画とかで描写されるときには、古びたアパートの一室とか、マンションの一室とか、郊外のログハウスとかそういう「ハウス」に収まるサイズのものだった。

 この大きさではセーフハウスではなく、セーフ「ベース」になってしまう。


「ここの唯一の欠点は残念なことに周辺一帯が民間の航空機の離発着の関係でヘリポートの設置が難しいことです。少し離れた河川敷をこことは別のダミー会社経由で申請してはいるのですが……」

「なんでっ!? 要らない、要らない、要らないですって!? ヘリコプターって、一体幾らすると思ってるんですか!」


 至極残念そうにするエレーヌに声を荒らげて熟考を求める。

 どうしてこう、皆して自分を空から放り投げようとするのだろうか。曰く「白石特殊鋼材研究所謹製光速の騎士専用鎧」の中にはウイングスーツ機能を後付けできるアタッチメントがあるそうだ。

 いや、百歩譲ったとしてなぜ空挺降下ではなくフリーハンドでの落下の方向でアタッチメントの機能を考えているのか。

 その様子に気づいたであろう警備スタッフがこちらを見てくる。

 ピエロマスクの「騎士」を確認すると、数名のスタッフが机の上の資料を手早くまとめ、席を空け始める。要はあそこで座って待てという事だろうか。


「まあ、とりあえずはあちらへと。もろもろの設備の説明はあちらで行いましょう。しばらくはここに滞在されるのでしょう?」


 がっくりと首を落とし、とぼとぼとそこへと向かう。

 向けられてくる視線にどこか生暖かい物を感じつつ、進む。


「お、お世話になりますぅぅ……」


 あの襲撃の様子からすれば身バレしたかもしれないわけで。そうなるとばれているだろう自宅へはのこのこ帰れない。相手の情報収集能力次第では、スマホも追跡・盗聴される恐れもある。

 今は電波の届かないアイテムボックス内で電源を落とされてお休み中だ。

 財布も刃先の欠けたキッチンナイフを購入して軽くなっており、そこでATMで金を下ろそうとすれば同様の理由から見つかる恐れもある。

 まずは相手の規模や思想、その動向を調査する必要がある。そしてそんな調査スキルは杉山茂という一個人にはこれっぽっちも備わっていないのだ。


「か、帰りたい……」

「もろもろ解決するまでは無理じゃない? あ、一応ご家族の安否確認は門倉が東京から別働隊で指示を出してオッケーだったみたい。みんな元気だそうよ」

「それはいいニュースだが、根本的な解決には一切繋がってないんだが?」


 どさりとパイプ椅子に座りこんだ「騎士」へとマユミがペットボトルの緑茶を投げてきた。うなだれたままノールックでそれを宙で掴みとり、指一本でぺきりとキャップを外す。

 マスクを軽く持ち上げてぐい、と直に口づけて中身を呷る。

 外気にさらされて、常温とまではいかずとも温くなったそれは「騎士」の沈み込んだ気持ちを清々しく一新するには少し足りなかった。

 実のところ現在の状況は、金も家も自由もないという状況なのであるから。


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