1-1 バーガー のち 月日
「……大変な目に遭った。……疲れた、マジで」
ごん、とテーブルの天板に頭を乗っけると「騎士」はぽつりとつぶやく。
ぐったりとしたように見えるのは決して擬態などではないだろう。
テーブルと半ば一体化している「光速の騎士」がいる小会議室。
最初に鎧を受け取った場所であり、今も入り口そばにはシティカモのカラーリングの鎧が置かれている。
こんこんこんっ!
「はい。……どうぞ?」
軽くノックが打ち鳴らされ、ドアがガチャリと開く。
するとそこにはだぼっとした雰囲気の普段着姿になったマユミ・ガルシアがいる。
ただし、ドアを開けた瞬間にびくっとひきつけを起こしたように部屋の外へと後ずさりをした。
まあ、部屋の真ん中で緑の塊がテーブルに突っ伏しているのを見れば、粗方の人々はこうなるはずだ。
さらに全く同じ鎧がででんと鎮座している圧迫感もあるだろう。
初見でこの部屋に入ると確かにビビるかもしれない。
「何かあった? 見た目からは、うん、兜とかでちょっとわからないけど、雰囲気が疲労困憊って感じじゃない」
「……なんか、今日俺が来るってのは所員には内緒にしてたらしい。そのせいか現場で軽いパニックに巻き込まれて。……すごいべたべた触ってくるオジサンたちもいたし。……怖かった」
爛々と目を真っ赤にして突っ込んでくるいい年をしたラフな格好の男女数名。
何か一気にしゃべり散らかしていたが、興奮とそれからくるとんでもない早口のせいで半分も聞き取れなかったのだ。
最終的にわかったのはデザイナーの人たちで、この研究所の人たちとコンペをして新しい盾のデザインを決めたいということだった。
正直、勢いに押されて一刻も早く脱出したかったこともあり、適当に相槌を打ってしまったが、大丈夫だっただろうか?
空港でもみくちゃにされる歌手にでもなった気分だ。
「ふーん。ま、いいんじゃない? 嫌われてるよりか好かれてる方がきっと良いコトあるわよ?」
「……そういうお前は何してたんだ? そんな格好してるってことはもう検査は終わったのか?……しかも美味そうなモン持ってるし」
ぎぎぎと錆びついたロボットのような動きで体をテーブルから持ち上げる。
その真正面の椅子にマユミが歩いてくる。
最後にここで見かけたときには淡いブルーの半そで半ズボンの検査着姿だったはずである。
今はそれを茶色のガウンでぐるぐるにひとまとめにして小脇に抱え、逆サイドにはバーガーショップのロゴ入りの袋とMサイズのドリンクを手にしている。
がさりと袋をテーブルに置くとガウンをひざ掛け代わりにして、袋からバーガーの包みとしなっとしたポテトを取り出す。
「これは、私のお昼ごはん。何してたのかって話だったら門倉の“パパ”に聞いてくれない? 実際問題、何を調べてるのかわかんないとこが多くって」
「最初の契約の検査協力ってやつか。……血とか抜かれたりとか?」
マユミはかさかさと包み紙を外して中からでてきたチーズバーガーにかぶりつく。
もぐもぐと食べながら、横に置いたドリンクに口をつけ、ポテトを数本口に放り込む。
「んー。今日はそういうのはナシ。なんか変な電極ぺたぺた付けられてからカメラ前で、デミ・サイキッカーとしての力を実演する。あとは、医者だと思う人の前で黙々とペーパーテスト。面接っぽいのもあったかな」
「ほー……。精神的な面での分析アプローチってことか?」
「かもね。でも、何がどういう内容かまでは知らないし、教えてくれなかったもの。一応一通り終わったから、昼休憩ってことになったのよ」
ずずずっ、とドリンクを吸い上げる。
ざらざらっと中で氷が転がる音がする。
その様子を見て「騎士」の腹がぐぅ、と鳴る。
「……俺の昼飯は? それはお前だけなワケ?」
「エレーナがみんなの分、買ってきてたはずだけど。……多分、門倉のトコにまず持って行ったんじゃない?私は着替えて歩いてる時に出くわして、そのまま自分の分渡されたんだし。……確かあなたの分もちゃんとあったはずよ?」
「……待ってりゃ、ここに来るかなぁ? 腹減ったんだけどなぁ」
「前から思ってたんだけど。この辺り、ちょっと外に食べに出るって所、ゼロなのよね。車で移動しないと食事処もないし」
自然豊かな空気のおいしい快適な環境というのは、逆に言えば何でもすぐに手に入る流通網からは隔絶されている場所でもあるのだ。
まあ、そういう場所の方が土地が安く大規模な研究所をつくるには適しているともいえる。
全てにおいてパーフェクトな場所などそうそうありはしないわけで。
「かといって、こんな格好で社食にお邪魔するわけにもいかないだろ。……今日の定食、アジフライか、チンジャオロースだって書いてあるけど」
「へぇ……。そうなんだ」
ぴたと「騎士」が指さした先にはA3のコピー用紙に印刷された、白石特殊鋼材研究所の社食の1ヶ月メニュー表が貼られていた。
それによれば今日はアジフライのAと、チンジャオロースのB定食の日らしい。
社食のワイワイガヤガヤした雰囲気に少しばかり憧れるものもある。
近くのコンビニでチンした弁当とかでもなく、温かい食事が昼に出てくるのは何となくうらやましい。
「エレーナ来るまで、これでも食べてれば?」
座ったマユミがひもじそうな「騎士」の前にポテトを恵んでやる。
受け取った「騎士」が兜へと手をやる。
ばさぁっ……!
大きく翻った黒の布地は、一瞬「騎士」を覆い隠し、瞬時に「凡庸」でどこにでもいるような男の真実の姿を露わにする。
動きやすい黒のジャージの上下に、スニーカー、疲れた表情を特徴の無い顔に貼りつかせた一般的な20代の日本人男性、杉山茂の姿を。
「ありがと。……飯、来るまでこれで凌ぐわぁ。……いいのか? もらっちゃっても」
「別にいいわ。私、ポテトはカリッとアツアツ派なの。しんなりすると、嫌いってほどじゃないけど、ちょっとね? まあ、あればあっただけど、無ければ無いで」
「ふーん……。俺はここのポテトは冷めてても結構好きだけどな。あ、でも家で作るヤツは冷めると駄目だけど」
「そうなの? まあ、好みの問題でしょ?」
そう言ってチーズバーガーに齧り付くマユミ。
「……なんか、油の温度とかそういうことなんだろうけど。……「森のカマド」で出してるプレートに添えてるポテト、フレンチフライじゃん?」
「そういえば、そうね。あんまり気にしてなかったけど」
「あれ、伊藤店長のこだわり。ステーキとかの添え物で置いておくんなら、フレンチフライの方が美味いからって。山盛りポテトは普通の奴なのに」
マユミはバイト先の「森のカマド」のランチプレートを、テーブルへと運んでいる時を思い出す。
単品で頼める「森のカマド」のスタンダードメニューの「山盛りポテト」520円と、店舗ごとの特色が出せるランチプレートに置かれたフレンチフライを思い出す。
そういえば、単品では確かにフレンチフライがなかったはずだ。
「……あれだけ別契約して入れてもらってるらしい。コスト上がるけど、ランチプレートに手は抜きたくないんだってさ。まあ、実際売上良いし同じブロックの店舗でも使い始めてるから。他の地区ブロックで導入するか、検討してるらしいしな」
「……店長、自分がコーヒー屋だってわかってるの?」
「最近、ウチのランチ目的の客が増えてるのはそこらへんが原因だもんなー。明らかにコーヒー飲みに来る客より飯を食うことを目的にした客が増えてる。集客はできてるけど、コーヒー屋の手法と少しずれてるんだよ、ははは」
茂はポテトを摘まんで口へと放り、指先に付いた塩の粒を舌先で軽く舐める。
ポテトとともに渡された紙ナプキンで軽く拭い、紙の容器の中から1本長いものを選ぶ。
端を齧ってそのまま煙草のように咥えると、ゆっくりと口の中へと収めていく。
「お客さんが多いってのは、良いことよ。少なくても、世間のニーズに合致してるってことだし」
「まーな。仕事は順調にいってる。ここしばらくは静かに生活できてる。……だけど、なぁ」
無表情に近かった茂の顔が曇る。
眉間にしわが寄って、疲れた表情が更に疲れて見える。
「……いっっ向にマスコミが落ち着かない。つーか、銀嶺学院の件からもう1ヶ月だぞ? その間、色々あったじゃん!? 活動費を横領して捕まった地方議員とか、若いアイドルと女優の2人と二股不倫してた既婚のミュージシャンとか、泥酔して暴言ぶちまけた国会議員とか、スタッフにセクハラして訴えられた映画監督とか!」
「残念だけど、それってさ」
テーブルの端に置かれていたリモコンにマユミが手を伸ばす。
立つのが面倒だったのか、座っていては本来届かないはずの位置のそれがうっすら歪んだ空気に掴まれて、マユミのもとに引っ張られてくる。
恐らくではあるが、デミ・サイキッカーの超能力というものはこういう使い方をするものではないと茂は思う。
「全部が全部、インパクトがないのよねー」
「……そうか? 内容的にはアイドルと女優、2人食ったミュージシャンって結構すごいインパクトだと思うんだが。報道された内容が内容で、俺はこれで行ける!……って喜んでたんだけど」
アイドルはパピプ系列ではないグループの人気メンバーで、女優は次クールのドラマの主演も打診されていた(芸能リポーター談)上り調子の若手、不倫された妻は一時の人気に陰りが見え始めたとはいえ、それでも年数本の映画に出演する実力派女優。
そしてミュージシャンは全国のドームコンサートを行うロックバンドのヴォーカルである。
不倫相手の2人はCMやら関連作品やらの降板、ドラマ・バラエティやらの自粛をして多大な損害を所属会社に与えた。
アイドル、若手女優共にソッコーで無期限の謹慎となり、双方のSNSは罵詈雑言の嵐で炎上しきって閉鎖せざるを得なくなった。
一方、ミュージシャンは発表した全国コンサートの予定が吹っ飛んで、それにあわせて発表予定の新曲は発売直前に自粛となり、すでにプレスされた商品が発売できるかわからない不良在庫となったのである。
それが発端となっただろう度を越えた深酒で泥酔し、同じバーに居合わせた客と殴り合いのケンカに発展、警察のお世話になる始末。
深々と頭を下げる映像はお茶の間にも流れた。
かといって不貞をされて一身に同情を浴びるはずだった女優も、共演した若い俳優との2年以上にもなるただならぬ仲を、直後に週刊誌にすっぱ抜かれている。一応両者とも“友人関係”を主張してはいるが。
一部では離婚に向け弁護士を立てての協議が始まったという関係者(毎回思うが、本当に関係者なのだろうか?というか、どこからが関係者?)からの情報すら出始めた。
はっきり言うが、平時であればこれほど“おいしい”ネタは無いはずだ。
たとえどんなに大きな事務所が押さえようとも、マスコミがくらいついて面白おかしく報道するはずだった。
実家に家族、友人、職場への度が過ぎるほどの取材攻勢、そして縁も所縁も殆どないはずの大御所コメンテーターの辛らつな意見の雨霰。
関係した全員がへろへろのずたぼろになった頃に、次の犠牲者が問題を起こして、以下略。
そういうのが殺伐とした昨今の世の中である。
ゴシップはまあ、人の耳目を引くのだろう。
「人の不幸というか、そういうことで問題解決しそう、って喜んじゃ駄目だと思うわ、私。……それなら実際に見ればいいじゃない。今ってちょうどそういう時間だし」
マユミがリモコンを壁際に置かれたテレビへ向ける。
ぽち、と電源のボタンを押し込むと画面が明るくなった。
時刻は昼時、12:21。
ちょうど、情報バラエティ「昼も見ッ!!」の放送時間中であった。




