1-0 陳情 のち 懲りない人々
白石特殊鋼材研究所。
いつの間にか敷地内の一部が「光速の騎士」の秘密基地感が漂う魔境と化しつつあるそこへ、久々の客が来訪した。
客人はそのまま入り口での厳重な審査等もなく、車で構内へと入っていく。
客という呼称からわかるように、わざわざここへと来てもらっているわけだ。
その客人は、するすると大きな構内の建物を横目に見ながら車に乗せられて奥へ奥へと入っていく。
しばらくすると、奥まった所にあるこの研究所内でもかなり大きな部類に入る建物の横へと車が横付けされる。
建物のカーキ色の壁面上部には赤字で「第3格納庫」と「安全第一」の文字がででんと鎮座していた。
「うん、まだこっちの方が目立たなくていいですね。やっぱりできるんじゃないですか」
ぎゅっ、ぎゅっとブーツを鳴らしてその感触や肩周辺の可動範囲を確認していた「光速の騎士」は、設計変更後の鎧一式、白石特殊鋼材研究所謹製「光速の騎士」専用鎧Ver.3.0の着心地に及第点を出した。
腰から下の足回りの屈伸、腕を大きく動かしての違和感の確認を念入りに行う。
動く度に各所で鳴る軽いきゅっきゅっという音を聞きながら、おろしたて独特の強い匂いを鼻から吸い込む。
全体としての重量自体も前回のVer.2よりはかなり軽く、最初の異世界製のオリジナルと比べてもトントンくらいに軽量化が施されている。
外観も前回の派手な白地に青と銀ラインを施したものと違い、各所の凸凹は削られ、その上で最初の要望していたくすんだ色合いのあまり目立たないモスグリーンかオリーブ色で纏められ、細部も地味目なカラーリングが施されていた。
当然であるが、つや消しのマットな質感も要望通りになっていて、これに黒地の布を外套替わりに羽織れば、夜や明かりの少ない場所で姿は見えにくくなるだろう。
同様の隠密性を十二分に反映してくれたと思われる。
準備運動を続ける「騎士」の傍には、全く同じコンセプトで作られた同型の鎧1領が置かれていた。
これに関しては、今身に着けている緑系統ではなく灰、白、黒系統のシティカモの配色が施されている。
市街戦など御免こうむりたいとは思ってはいるのだが、如何せん日本の街中ということを考慮すれば必要であると、製作チームから言われれば納得することもある。
「貴方に喜んでいただけると皆も喜びます。ここまで仕上げるのに各パーツのバランスを保つのに最後はてんてこ舞いでしたから……」
「いやぁ、別に前の鎧をもう一回作って濃いめの緑のペンキでもぶっかけてくれればそれで良かったんですけど」
白石特殊鋼材研究所、第3格納庫にある関係者以外立ち入り禁止の小会議室。
隣で長いケーブル類を伸ばしに伸ばしたノートPCにかたかたと何かの数字を打ち込んでいる研究者に苦笑いを返す。
言っても全く聞いてくれない職員の皆さま方に、それならば直で意見のすり合わせをしようと門倉に提案を出した茂は、調整の為しばしの猶予をくれという先方のスケジュール調整と、バイトのシフトを考えてこの機会を得たわけだ。
よくよく考えれば最初に実地訓練に来てから、初回で一式すべてをオシャカにしてなんとなく足が遠のいてしまい、コミュニケーションも取る暇もあまりなかったかもしれない。
顔と顔を突き合わせて(顔は隠しているけれど)話をすれば、同じ人間、きっとわかってもらえるはずである。
そう思っていたが、話をする前にすでに要望に近い仕様のカラーリングで準備が完了しているという状況。
これに関しては、正直嬉しい。
あの素っ頓狂なイカれたカラーリングのデザイン案の数々は一体なんだったのかと思うくらいだ。
苦笑交じりに声を漏らした「騎士」の表情までは兜に覆われて見えていないはずだが、研究者も同じように苦笑いを返す。
「そういうわけにもいかないでしょう。遠距離からの狙撃に対する防弾性能の不足と過電流による内部機器のショート、四肢先端部の摩耗に破損。わずか1度の出陣で結果としては全損に近い状況。技術屋としてはとんでもない不良品を出荷したと思った奴も多いんですよ。回収したその日から連日徹夜でデータ解析した部署もあるくらいですから」
「……そういう状況がそうそうあってもらっちゃ困るんですがね。本当は警察とかのお仕事ですし。俺のやってる内容ってなんちゃってビジランテだもんなぁ。……迷惑かけてるんだろうなぁ、きっと」
「ははは。それを言っちゃぁ、僕らも共犯ですよ。でも、例えば川で子供が流されてたら。大急ぎで119に電話して、あとはただ待ってるだけ。その時に自分が泳げる、ロープを持ってる。……川に助けに飛び込んだら、自分も溺れて迷惑がかかるかも知れない。……さあ、そこで自分はどうすればいい?……正直どうするかは僕には解りません。何しろそんなことになったことがないので。……でも、あなたは迷わずに飛び込んだ。そうでしょう?」
「考えが足らんガキだってだけの話ですよ。後先考えてないバカがイキったっていいことは何もない。だから世の中がここまで騒ぐってのが、本人的には気持ち悪くって……」
困ったように身をすくめる「騎士」へ、ノートPCから視線をあげた研究者が続ける。
「でも、それを見て、僕らはロープを作るんだと思った。あなたが今後どうするかはあなたが決めることです。僕らがどうこう言うことじゃあない。でも、あなたが川へ走り出す時、その時に僕らは頑丈な切れないロープを準備する。これを使ってくださいって自信を持ってあなたに手渡すんです。後で誰かに迷惑がかかったとして、“あのロープを作ったやつも同罪だ”ってなったとして。その時その非難してきた人に真っ直ぐに言ってやるぞと全員が決めてますから」
「何て言うつもりです?」
にっ、と研究者が笑う。
「あのロープは僕らの最高傑作です。溺れている子供を助けに行くのに、あのロープは絶対に必要だった。人助けに使うそのためだけの専用ロープを僕らは一生懸命作った。それのどこがあなたは気に食わないんですか、って」
軽くフットワークを刻みながら、小会議室から第3格納庫の作業スペースへと移動を始める。
ちょうど全長の半分くらいの位置で分厚いカーテンが引かれていた。
それを見て「騎士」は、機密の保持に念を入れているんだなぁと感心と呆れが半々になった声をうぅむ、と上げた。
(やっぱ大規模すぎるって。このスペース、他の何かに使えよ……。誰も言わないんなら、俺が雄吾さんに程々にしないと本業に影響が出ますよって言った方がいいのか?……でも何でか知らんが、ここのとこ白石グループの株、回復気配らしいし。きっと本業で上手く回してるんだろうなぁ)
今までは特に興味もなかったが、知り合いの家の経営している会社、しかも自分が末端の末端でちょっとだけ関わっているということで白石グループの株価というものに興味が出たわけだ。
レジェンド・オブ・クレオパトラの一件でグループ全体が軒並み下げていたが、白石雄吾のリーダーシップとその後の対応で海運と警備関係以外は事件前までに持ち直していた。
さらに「騎士」の後援をするとの発表後、実際に銀嶺学院の被害者へのアフターケアも行われたことで企業イメージも改善している。
そのあたりも含め、白石グループの経営は非常に順調ですと、門倉にはここに車で移動する間、説明を受けていた。
無駄金は使わないようにした方がいいのではないかと茂のふわっとした提案は、数字で見える様にした門倉の理論の剣にバッサリ切り捨てられる結果となったのである。
緑ベースの鎧に身を包んだ「騎士」は、促されるままに色々な撮影機器や測定機器がちかちかと光る場へと歩いていく。
隣を歩く研究者と同じ作業着姿の男たちに交じって、数人のラフな格好の男女数名が場の一角で山積みの紙の山に半ば埋もれるようにして言い争っているのが見えた。
「だから、外周を一層省く事でオリジナルの盾にデザインとしては近づくだろう?今のままではただの鉄板も同然じゃないか!本来の形に近づきつつ、よりシャープな印象になる。しかも結果として軽量化になるというのであればよりベターな選択肢だと思う。大は小を兼ねるっていうのは、場合によりけり!ここは用途に合った規格を選択すべきだ!」
「ですがその案では、計算上胸部より60センチに離れた位置に掲げたとすると、現行の“ヘビー”タイプより約7%、正面からの視認箇所が増えるんです! いいですか? 7%ですよ、7%! 今回の学院でのダメージのうち、直接的な接近戦でのダメージよりも遠距離からの狙撃でのダメージが多いんです。つまり、身体を盾でカバーできる範囲を増やすのが、最も有用と私は思いますが? 遮蔽物としての盾の運用を考慮すべきです!」
「いや、そうとも言い切れないはずだ。君は「騎士」の戦闘時の映像をどの程度見ているんだい? 私は学院の映像を今日までそりゃあ穴が空くほど見たよ。いいかい、彼は狙撃方向へと盾を動かし、瞬時にそれに対応している。つまり、強度を保持したまま軽量化、もしくは取り回しやすい小型化に舵を切ることで、緊急時の「騎士」の選択肢を増やせるわけだ。君の言う面積を増やし、カバー率を上げるというのは本末転倒だよ。空気抵抗に、重量、更に動かす先の空間。咄嗟に動かせない形では実用品として不適格だと思うんだが?」
「ですが、軽量化は脆さに直結する問題を孕みます。仮に取り回しをメインにした伊勢さんのデザインを採用した場合に、複数回の衝撃に本体がもたないという新たな懸念が出てきてしまいますよ? たとえどれだけ見た目のいいデザインであっても、そこの辺りを考慮していないんですよ!」
「鎧の設計ベースは機動性優先となったじゃないか。ならばそれをより生かすべきだろう。基本は回避、緊急時に最低限の防御を実現できる」
「いえ、逆にそこまで鎧が軽量化できたことで、本体へのダメージが蓄積する可能性は捨てられません。生存を優先するならば、盾自体の軽量化と耐久性向上を両立させた上で、オリジナルの重量の1.2倍までは許容範囲と考えます!」
年若い作業着姿の女性と、無精ひげの生えたラフな格好のやせぎすの男がテーブルの資料を互いに指さしながら喧々諤々の議論中であった。
互いの後ろには困った顔の愛想笑いを相手側の同じ表情をした者に向けている集団が、すこし距離を置いて佇んでいる。
一方は白石特殊鋼材研究所の盾専門チームの面々で、もう一方は株式会社アルティメット社長兼代表デザイナーでもある伊勢であった。
「解らないかなぁ……。我々はデザインの発注だけでここに呼ばれているわけじゃないんだよ。映像として西洋鎧がどのように動くのか、どう使うことができるか。それを感覚として立体化できるという意見を出せるからここに呼ばれているんだ。製品を出荷してその後の調整は「騎士」の意見を参考にするのはいい。だがね、まずは使えることが前提の品を営業しなくてはいけないはずだ」
「そちらこそ、自分の理想をこちらに押し付けているんではないですか? 我々はトップクラスのアスリートの運動生理学・人間工学の分析も加えつつ、より上位の超人、「光速の騎士」へアジャストした完成品を提供できると自負しています。その意見が間違っているとは思えません!」
ばちばちっ、と見えない火花が両者の間に飛んでいる気がする。
「……妥協する気はないようだね。良いだろう、この案件についても先日の話にあったコンペに掛けようじゃないか。正々堂々真正面から、そのプランを打ち破れるだけのものを君に見せよう」
「ええ、解りました。……我々はよりブラッシュアップしたプレゼンをしてみせますよ。これに関しては私たちが取りますから」
「……盾に関しては、絶対に譲れん。完膚なきまでに君らを打ち負かす我々のプランを仕上げてみせる」
両者がふっふっふっ……と低く笑いあいながら見つめ合っていた。
それを見て後ろに置かれた資料がマグネットでべたべたと貼られているホワイトボードに周りを囲んでいた男がマーカーできゅっきゅと書きこむ。
ちょうど上から2番目の議題だったようで、議題1・2の後ろに「要コンペ」と赤マーカーで乱雑に書かれていた。
その様子を見て「騎士」が思う。
(これだな。間違いなく、このおかしな熱気に当てられて、皆おかしくなってる。……ヤダなー。めんどいなー。疲れそうだなー)
少し離れた位置でぼー、とその様子を眺めていると議論の輪から外れた一人の白衣の男が大きく体を反らして伸びをした。
疲れていたのだろう、伸びと共に大きな欠伸をすると、体を戻すタイミングで見事なくらいに「光速の騎士」と視線が絡み合った。
「え?」
疑問符を投げかける彼に、軽く手をあげて会釈する。
それを見てつられた白衣も会釈する。
「……え?」
何とも言えない不思議な時間が流れる。
地味な目だたないカラーリングを、との「騎士」本人の希望は見事なくらいに成功していたわけだ。
若干薄暗い格納庫内では、緑系統の新Verの「騎士」は、目立たず置物のようにも見える。
顔だけを「騎士」に向けながら、彼は作業着姿の女研究者の肩を叩いた。
「……コンペまでに準備するとしたら、……何、今データ確認を……」
かたかたとPCに忙しなくデータを打ち込んでいる研究者は煩わしげにその手を払った。
視線はそのままモニタに向かっている。
白衣の男は変わらず顔を「騎士」に向けたまま、両手で女性研究者の頭を掴んで、ぐりと回した。
「いや、なにす。………ぅえぇぇええっ!?」
女性研究者が素っ頓狂な奇声を発した。
そしてその場の全員の視線が一カ所に集中した。
「騎士」は何となくいたたまれなくなり、軽く上げた手をぱたぱたと振ってみる。
一応おおよそは理解しているが、隣を歩く会議室から連立ってきた研究者に訊ねる。
「……俺が来ること、皆知らなかったんでしょうね、コレ?」
「敢えて、どのような形で研究が進んでいるかをそのまま見せるべきだと、本社経由で連絡されてまして。ですから、そのように」
「あはは、そりゃあ、どうも」
一瞬の静寂の後、格納庫内の一区画で歓声が爆発した。
――同刻、ほぼ同場所、「騎士」より約200メートルほど離れた試験場――
「……熱烈歓迎中の様ですな」
「そのようで。全く浮かれすぎですかね、お恥ずかしいもので」
ふふと微笑む小林の声は内容と違い、どこかおかしげだ。
隣を歩く門倉は、そんな小林へと微笑み返すと、視線を正面に戻す。
必要最低限の照明だけが着いているため、非常に薄暗い。
「それにしても、思い切りましたね。……まさか向こうとこちら、2区画も使われるとは思いませんでしたが」
「いえいえ。あなたから言われて最初に会った「騎士」の様子を思い返しまして。……向こうはとりあえずお渡しした初期ロット。こちらは色々と尖ったハイエンド版です。先ずは向こうのプロトタイプを十分に試してもらってから、こちらを紹介するべきでした」
「まずはブランドに親しんでもらうお試し。その次に少しだけ高いオプションつきのものを。それを気に入っていただいたところで、ワンクラス上のハイエンドモデルを勧める。どのようなものでもまずユーザーに気に入ってもらうことが最優先です」
「いやはや、どうも研究だけをしているとそういう営業戦略というものに疎くなります。全てにおいて最高を。……それは確かに大切ですが、まずそれを受け入れる土壌をまず耕すべきでした」
「だからこそ、営業部というものが世の中にあるわけです」
横目で門倉をみると自嘲気味に小林が笑う。
遠くから聞こえる声は「騎士」がもみくちゃにされている真っ最中だということだろう。
視線を元に戻すと、立像状態になった白石特殊鋼材研究所謹製「光速の騎士」専用鎧Ver“3.1~3.7”までがずらりと並んでいる。
そう、隣で実際に「騎士」が着用しているのは、全くの改造なしのベーシックプラン、Ver“3.0”だ。
グリーン系統とシティカモに塗装したものは、一番最初に生産した良くも悪くも特徴の無いプロトタイプといえるだろう。
一方で成型まで完成したこちらはといえば、“ガワ”が各々の設計思想の下でかなりのイロモノ感を醸し出していた。
オリジナルよりもゴリゴリに重量を増したもの、ボディアーマーっぽいもの、純粋な全身鎧の延長線上にあるもの、あえて「骸骨武者」に近づけた和風テイストのものなど。
「今後はあのVer3.0をベースに細かな調整を行いつつ、後継にデータを移行していく予定であります。社長にはそのようにお伝えください」
「コミュニケーションを取りつつ、徐々に慣らしていくのが最善ですね。……しばらくの間はデータ取りに集中してください。サポートアイテムは、徐々に出していく形で行きましょう」
「わかりました。そのように。……門倉さん」
「何ですか?」
てくてくと小林が試験場の奥へと進んでいく。
それを追いかけて門倉が後をついていく。
照明が落とされ、辛うじて小林の姿が見えるくらいの試験場のちょうど真ん中ほどまで移動する。
そこには何か大きなものが、その巨体をブルーシートでぐるぐるに巻かれて置かれていた。
「私は、我々は「光速の騎士」のサポートに全力を注ぎます。……それが実際に使われるかどうかは別にして」
「ええ、本社も社長が全面的にそれを支持しています。一部の株主が少々おかしな動きをしていますが、今の世論の波に乗ればどうにか乗り切れるでしょう」
「そうですか……。では、私はまだあきらめてはいませんよ」
ぽんと小林が隣のビニールシートに手を置く。
そして何か憑かれたかのように熱い息を吐き、それをいとおしそうに撫で始める。
「ふふふふふ……。ふふふふふ……!」
ブルーシートに覆われたそれ。
覆いきれなかった場所からほんの少しだけ、通常よりもかなり大きなタイヤの溝が見えていた。




