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雑ー1 説明 と 同類

「さて、とりあえずは初めましてですね。高尾栄治さん」

「は、はぁ……」


 病院の患者用の歓談スペースに座った栄治は、生まれて初めて手にした“名刺”というものの扱いに困っていた。

 これは持ったままでいいのか、それともテーブルの上に置いてもいいものかと。


「そんなに緊張なさらずに……。先ずは一つずつ話を進めていかないといけませんので」

「えーと、安田さん。……フレイヤ法律事務所、……弁護士さんですか?なんか、母さんから入院とかの書類とか色々やってくれた人だって聞きましたけど」

「はい。今回、銀嶺学院の事件に巻き込まれて、少々法律上の問題が高尾さんに生じているとお聞きしましたので」

「……いや、俺、弁護士を頼める金なんてないんすけど?もしかして親父が頼んだんですか?」


 とりあえずテーブルの端に名刺を置いて、目の前に座る安田と名乗った弁護士に話しかける。

 糊のきいた高級そうなスーツと、豪華ではあるが主張しすぎない腕時計、横に置かれた鞄は外国の高級ブランド。

 胸元には弁護士バッジが輝いている。

 はっきり言う。

 こんなレベルの弁護士センセーを雇うような金は高尾家にはないはずだ。

 一昨年の漁船のフルメンテと改修でかなりの金が消えていったと、父が愚痴っていたのを覚えている。


「ああ、なにか誤解されているようですねぇ。……我々の依頼主は白石総合物産さんですよ。「光速の騎士」が関わる問題について、可能な限りの恩返し、まあ金銭的な補償でしたり法的トラブルの解決でしたりを専門に行う法律チームを先日結成しまして。我々フレイヤ法律事務所もその一員、というわけです」

「法律チーム……」


 歓談スペースにある給茶機から3つ分の湯飲みに茶を入れた女性が、栄治たちのテーブルに戻ってくる。

 そしてトントントンと湯飲みを各々の前に置くと彼女も座る。

 その彼女のスーツにも弁護士バッジ。


「高尾さんは今回、交通法規を著しく逸脱していますからねぇ。……まあ、普通に考えて免停は確実。しかもバイクは全損。……あまり気持ちいい話ではないですが。お金、厳しいんじゃあないですか?」

「そ、そりゃあ。そうですけど、でも! 俺、後悔はしてませんが……!」

「はい!そこですね。今回問題になっている点は」


 皆まで言わせずに途中で割り込んだ安田は、テーブルの茶をくいと傾けて一口飲む。

 つられて栄治も茶を飲む。

 思った以上に喉が渇いていたのかもしれない。ぐびぐびと一気に飲み干す。


「いいですか?今回、高尾さんが「光速の騎士」と共に街中を100キロオーバーの速度で暴走したのは事実なわけです。そしてその結果、市内各所の道路並びに建造物損壊、更にトドメとしてトンネル半壊まで引き起こしていますから。まあ、次年度には別路線が着工予定というのが不幸中の幸いでしたが。……この損害を一部とはいえ支払うのは少々厳しいでしょう?」


 声を潜めてそう話をする安田。

 栄治はこくんと頷く。

 先ほども言ったが高尾家の家計にそこまでの余裕はない。


「そういうこともあり、我々が動いています。とはいえ「光速の騎士」の行動は、学院内でさらわれた女子生徒と思しき人物の救出という善意の発露が発端です。……いくつかの局がリピートのようにその映像を流しているんですが、テレビ、ご覧になりましたか?」

「あ、ああ。テレビじゃなくて、ネットの方でですけど」

「そうですか」


 にこりと営業用の笑みを浮かべ(栄治とて自分のようなガキにこんな立場の人間が好意的な感情を持つとは思っていない)、安田が何度も頷く。

 会話に出た映像であるが、「騎士」とアキトシたちが戦闘している際に、逃げ出した生徒が自分のスマホで撮影した、当時の一部始終を校舎内から遠影で捉えた10分少々の物である。

 距離があり、音声はその生徒の荒い息遣いと、混乱した状況を実況する声がほとんどであるが、アキトシ達が銀嶺学院の制服を着た女生徒を車に押し込む姿や、「骸骨武者」との共闘、車を追いかける「騎士」の姿をワンカットで映していた。

 その内容はテレビ各局で司会者・専門家・ゲストコメンテータなどが、やいのやいのと議論している。

 ほぼほぼは「騎士」に好意的な反応で、幾人かが爪痕を残そうと突飛な意見を吐いた以外は各局似たり寄ったり。

 ちなみにCMスポンサーに白石グループが入っていない局は”あまりなかった”とだけ言っておく。


「現状では世論が追い風になるはずです。ですので我々としてはその風を有効に使って戦略を立てていきたいと思っています」

「戦略、ですか……」

「そうです。一つ一つ片付けていきましょう。ああ、全損したバイク、さすがにあれは廃車ですから、保険もまず間違いなく下りないでしょうし。一応50万程度までなら白石の方で補償できるかもしれません」

「マジっすか!?」


 驚きの声をあげる栄治。


「とはいえ、高尾さんは未成年ですから。今日、こちらに親御さんが到着されてから本格的にお話をすることになります。我々のスタッフが同行していますので、あと1時間ほどで到着されるはずです。移動中の車内で簡単に説明などは行いましたから、契約等は親御さんにお願いすることになるでしょう。念のため言っておきますが、弁護費用は気になさらずに。白石から十分にお支払いいただいていますので」

「……親父、怒っていましたか?」


 自宅に電話はしたのだが、それに出た母親は泣きながら怒っていた。

 その説教の中で父は既に家を出て、この病院へと向かっている最中だと言われ、その様子は栄治は知らなかったりする。


「それはそれは、とても」

「……だろうなぁ」


 はあ、とため息を吐く栄治。

 安田は隣の女性弁護士から鞄を受け取り、中から書面を取り出す。


「一応、今回の事件の流れを書きだした物です。後で齟齬が出るとまずいので、状況確認だけはしておきましょう」

「……わかりました。……ん?」


 安田の抱えた鞄。

 使い込まれたそれにストラップがついている。

 ディフォルメされた2頭身のキャラクターもののそれは安田のイメージには若干合ってはいない。

 まあ、そういうのが好きな人もいるのだろうが、栄治が気になったのはそこではない。


「限定版の「騎士」ストラップ……!」

「ああ、ご存じで?」


 ご存じで、とはよく言ったものだ。

 安田の鞄に付いたそれは、先日まで横浜で開催されていた『騎士の時代の始まりと終焉』展の特別延長の特設ブースで限定販売されることになった、数量限定のストラップである。

 本当はひっそりと終わっていくはずだった件の特別展は、好評につき延長されることが決まり、その中で急遽緊急販売されることになった「光速の騎士」に“よく似た”騎士鎧のディフォルメストラップ。

 デザインを某有名造形師が手掛けたこともあり、一部界隈ではかなりの高値で取引されているらしい。

 なぜそんなことを栄治が知っているかと言えば、その展覧会にグッズだけを買いに行ったときにはすでに完売の札がかかっていたからである。

 転売と思しきフリマサイトには1個600円であったそれに、万の値が付いている始末だ。

 そのストラップが、目の前の安田の鞄に誇らしげに揺れている。


「ふふふ、気づきましたか。ああ、もちろん転売先から買ってはいません。わざわざ休みを取って並んで買いに行ったんですよ。……ああいう儲け方、私個人としては嫌いなので」

「……安田先生、会う人会う人に自慢してるんですよ。結構気づく人が多いもので」

「今度「従士隊」の通販サイトにも「騎士」ストラップが出るんですが、そちらは少しこれとデザインが違ってますから。いやぁ、前日の夜に徹夜してでも仕事片付けて行って良かった!!」


 安田は隣の女性弁護士にジト目で見られながらあはは、と笑う。

 そう、栄治も知っている。

 今度『騎士の時代の始まりと終焉』展の好評を受けて、「我ら光速の従士隊」で通販が開始されるそのストラップは、ヘッド部分が一部変更されているのだ。

 具体的には特別展仕様が兜の一部に刀傷(おそらく定良の刀傷をイメージした)が刻まれたもので、今度の通販版は兜がつるんとすべすべになり、刀傷がなくなっているのである。

 この違いは大きな問題としてサイトのコメント欄が大荒れに荒れる原因となり、ものすごいクレームが入っているらしいと噂になっている。

 具体的には“地方の購入者を切り捨てている”“関東圏の奴ばっかズルい”“サイト運営は転売ヤーの味方なのか”とかだった。

 ちなみに栄治もそれについては深く、深く同意する。

 お願いだから、特別展版も売ってほしいとコメントを残してみたりした。


「……実は私、この実用以外に保管用に2個持ってるんです。展覧会に並んだのはまだ、一人1個までの制限がかかる前だったので」

「……マジですか」


 安田が声を潜める。

 それに合わせ栄治も声を潜めた。

 ちなみに隣の女性弁護士は冷めた目で2人を見ながら、温い茶を啜っている。


「どうです? 実際に「騎士」に邂逅して、会話もしたのでしょう?……詳細にその時のことを聞かせてもらえるなら、苦渋の決断ですが未開封のブツをおひとつお譲りしますが?」

「是非とも。……何が聞きたいですか?」


 声を潜める男が2人。

 それを見ながら女性弁護士は思う。


(ここまで行くと、もう信仰とか狂信の部類よね。……日本って、こんなことで大丈夫なのかしら)


 多分、手遅れである。

 しばらくこういう本編のサイドを書いていこうかな、と。

 何本か書いてみようと思うので、しばらく本筋は動かないかな?

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