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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
3章

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9-了 直電 のち 着地点

どたたたたたっ!!

ばんっ!!


 誰かが走る音がする。

続けざまに響いたけたたましい音とともに、男子更衣室のドアが開かれる。

 そこには整然とロッカーが並んでいる。


カツカツカツッ!!


 床を強く蹴る足音が響く。


がちゃ、がちゃがちゃっ……。

がちゃん!


 ロッカーのカギ穴にネームプレートのついた鍵が差し込まれ、ぐりっと鍵が一回転。

 ロックが外れ、扉が開く。


がさがさっ……。

かちゃ、ぱかっ……。


 ハンガーに掛けられた普段着の中を漁り、そこからガラケーを取り出す。

ぱかと開くと同時に電話帳のページを表示。


ぴ、ぴ、ぴっ……。

るるるるる! るるるるる!


 指で登録してあるほぼ唯一の番号を呼び出し、コール。

 コール音が続く。


るるるるる! るるる……。

ガチャ!


『はい、もしもし。門倉です。どうなさいましたか?』


 電話先に相手が出る。


ふぅぅぅぅぅぅ………!


 深く深く息を吸う。

 まずは落ち着かねばなるまい。


「門倉さん?」

『はい、どうなさいましたか?』


 とぼけている。

 間違いなく門倉はわかっていてとぼけているのだ。


ドンッ!!


 自分のロッカーの扉をケータイを持っていない側で叩く。

 予想外に大きな音がしてびっくりしたが、それはおくびにも出さない。


「門倉さん、“説明”をお願いしたいんですが?」

『なるほど、そちらのその件ですか』

「ええ、こちらのこの件です。一体全体どうなってるんですかっ!?」


茂は自分のホーム、バイト先の「森のカマド」の制服姿のまま叫ぶ。

 一体全体どうなっているのかと。



 発端は、約30分前まで遡る。




「お疲れ様でーす!」


 そういって「森のカマド」の従業員口から茂は入店した。

 今日は昼番のシフトの予定で、少し余裕を見て到着したのは10時45分である。

 バックヤードである従業員スペースには早出の連中と、茂と同じように早めに来たパートさんやバイトたちが居て、少し手狭なくらいである。


「あ、杉山くん。おはよう」

「おはようございます。どうしたんです? 早いっすよね」


 馴染みのパートのおばちゃんからそう声を掛けられて返事をする。

 飲食店というのはチーム戦である。

 万事滞りなく、皿を提供し続けるという流れを維持するにはコミュニケーションを大切にしておいて何一つ無駄になることはないのである。


「あー、今日はさー。旦那が唐突に休みとっちゃったのよ。普通は時間ぎりぎりまでワイドショー見てるんだけど、アイツ買い物に出かけるって言うんでここまで車で送ってもらったの。楽っちゃ楽だけど、早目に着いちゃってねぇ」

「そういうこともあるもんなんですねぇ」

「そそ。でも杉山君も早いじゃない?」

「あはは。俺、しばらくシフトから抜けてたんで」

「……真面目っていうか、心配性っていうか。まあ、杉山君らしいねぇ」


 軽い雑談をしてから、茂は話を切り上げ男子更衣室に向かう。

 区別がつく様にと店長の伊藤がどこかの雑貨店で買ってきた、男・女の文字が白く染め抜かれた暖簾が各々の更衣室前に垂れ下がっていた。

 当然入室するのは男の暖簾がかかった部屋である。


「さてさて、やりますかねぇ」


 ポケットの中からロッカーのカギを摘まみだし、自分のロッカーに差し込んで回す。

 かちん、という安っぽい音とともにロッカーが開き、中に入っている「森のカマド」の制服に着替える。

 がさごそとものの数分で着替え、ロッカーの扉に付いた申し訳程度のミニ鏡で軽く服装の乱れを確認。

 少し跳ねていた髪を手櫛で簡単に直して、バックヤードへと向かう。

 時間的には少し早いが、引継ぎのタイミングは客の入り次第ということもあり、それが良い感じで訪れる保証はない。

 できればスムーズに引継ぎができるように、早め早めに行動するのがコツだと学んだ結果だった。


「あ、杉山君! 今日の昼番からだったもんね。いやぁ、間に合ってよかったぁ」

「いやぁどうも。色々無理言ってスンマセンでした。店長、今日からは問題なくシフト、ガッって入れても大丈夫になったんで! またお願いしますね」

「立て込んでた用事、片が付いたんだ」

「ええ。もう、大丈夫なはずです!……まあ一応それでスマホの本体代金は稼げたんですけど」

「へぇぇ! 拘束された日数からすると、ずいぶん割が良いなぁ。時給も良いし、ラッキーだったんじゃあないか!」


 バックヤードで会った店長の伊藤とそんな話に花が咲く。


「いやいや……。そういうのってやっぱ“体力的にキツかったり”、“精神的にキツかったり”するもんですよ。割が良くても二度とゴメンですね!!」

「そうか……。そうそう美味い話なんてものはやっぱり無いものなんだねぇ。ちなみにどんな?」

「うーん……。なんて言えばいいか……」


 腕組みをして悩む茂。

 当たり前の話だが、そのまま言うわけにはいかない。


「新商品のモニター……が一番近いですかね。使用感のフィードバックをこう、製造メーカーに伝える、って感じの」


 嘘は言っていない。


「へぇ……。僕は大学でてからずっと飲食関係だから、そういう他の業種の仕事って興味があるなぁ。詳しく聞いても?」

「ああ、ダメです。一応部外秘で進めているヤツで。関係者以外に漏らすわけにはいかないんですよ」


 そう、漏らすわけにはいかない。

 具体的には茂本人の安全のためにも。

 これもまた嘘ではない。


「そうかぁ……。きっと、発売前だもんね。外部に漏れたら一大事かぁ」

「そうです。一大事です」


 多分あなたの目の前の男にとっては。


「でもさぁ、発売するタイミングになったら教えてくれよ。それくらいは良いんじゃないか?」

「……良いですよ。でも、多分発売される機会は無いんじゃないかなぁ」


 それはそうだ。

 二度とあんな目に遭ってたまるものか。第一誰があれを購入するというのだろう。

 実演についても断固拒否を貫かせてもらう。あれは白石特殊鋼材研究所の奥深くに死蔵される運命なのだ。きっと。


「何か問題があったのかい?……ああ、これももしかして守秘義務とかそういうのに引っ掛かるのかもしれないけど」

「まあ、そうですね。だから、この話はここまでにしましょう。……欲掻くと碌なことはねぇってのがわかったんで。勉強代ってことで」

「ははは! じゃあ、注文取って、皿運んで、レジ打って。そういう地に足の着いた仕事をしようか」

「そうですね! 俺、やっぱこういう仕事が合ってると思うんで」


 へらへらと笑って引継ぎまで、伊藤と雑談をしながら過ごす。


「今日、お客さん少ないですよねぇ」

「そりゃあ、あんなことがあったばっかりだし、犯人も見つからない。そりゃあ少し外出を控えようかって気にはなるよ。売り上げが落ちるから困るんだけどね」

「へえ。やっぱそうですか……」


 ぽけー、と伊藤の話を聞く。


「配送のトラックも事件関係でここまでに検問で止められたらしいし。ほら、トンネル吹っ飛ばされた影響で、少しだけ交通の流れも変わったみたいで。市内の交通にも影響が出てるみたい」

「はぁ。やっぱそうなるんですねぇ」

「駅前なんて警官だらけだよ。悪いコトしてるわけじゃないけど背筋がピン、ってなるよね」

「それはそれは」


 あまり駅に用事の無い茂には関係ないが、それはなかなか物々しい。

 出来る限りしばらくは近づくのを止めようと思うくらいには。


「あ! そうだ、言っておいた方がいいよな。杉山君、午後ずっと入るんだし」

「何すか?」


 伊藤がぽんと手を打って、近くの机の上に置いたバインダーを手に取る。

 使い込んだそれの裏に手書きで殴り書きされた「シフト表」の文字が年月を経てかすれていた。

 挟まれているよれたA4のコピー用紙に数日分のシフトが印字されているのだ。

 PCなどで管理するのが時代と言えば時代だが、こういう出力して手書きで書きなおす方が利便性が高い物は一定数存在する。

 それをぱらぱらとめくり、伊藤が茂へ話しかける。


「明日から現場でヘルプつけてホールに出てもらおうかなと思ってる新人さん。今研修してるんだよ。午後の空き時間で顔合わせだけしてもらおうかなって」

「……香山さんとは別の人ですか?」

「そうそう。というか香山さんのヘルプはもう外してもいい頃かなって。ある程度はできるようになったしさ。だから、新しい人入れるんだけど。ほら、やっぱり昼の混雑時は忙しいじゃないか」

「へぇ、どういう人です?」

「履歴書によると、いままで海外にいてこっちの学校には通ってないらしいんだ。最近「騎士」関係で海外の人も増えてるし、バイリンガルってのは有り難いよね。これからは、ほら“だいばーしてぃ”っていうんだっけ? そういうのにも対応していかないとね。名前は……」


 ガサガサと茂には見えないようにして部外秘、となっているファイルに挟んだ履歴書を見る伊藤。


「名前は、門倉マユミちゃん。年齢は16歳だって。……写真、それよりは若く見えるなぁ」


 そういう爆弾を放り投げてきたのである。





 ……で、冒頭に戻るわけだ。


「いや、どういうことです!?」

『働かざる者食うべからず。……至言ですね』

「答えになってないっすよ」


 死んだ目でロッカーの奥を見つめながら通話する茂。


『マユミについてですが、ずっと室内で拘束するのはよろしくない、エレーナと相談をしましてそう結論付けました』

「ほう」

『どうも彼女は若干コミュニケーションに難があります。生い立ちに起因する環境のせいもあるのでしょうが、日常生活というものに触れあった機会が少ないのではないかとも。フラストレーションがたまり爆発されては堪ったものではありません』

「はあ、はあ」

『とはいえ年相応の学生生活を送らせるにはあまりにリスキーです。彼女にしろ、学友となるべき方々にしろ。その全てをカバーできるような護衛プランは現実的ではないでしょう』

「その通りですね」

『であるならば、アルバイトという社会と繋がった活動を行うことでその精神の未熟さを補っていくべきではないかと思いまして。それにある程度の一般常識、社会の規範も学べる場ではありますから』

「言っている内容は解ります」


 死んだ目がより濁っていく。


『しかしながら、エレーナを伴ってのそれは非常に目を引きます。日本人は差異に対し、過剰に反応をしますから。かといってあまり人と交流の無い仕事では意味がありません』

「理屈は通ってますね」

『であれば、その「森のカマド」が最も適当ではないか、と』

「適当ではないか、じゃないですよぉ……。何でそういう無茶を……」


 がっくりと首が垂れる。

 仕事前だというのに、やる気ゼロまでメンタルのバーが落ち込む茂。


「これ、ちゃんとマユミの了解を取ってます? わざわざ働かされるって面倒だって駄々こねられるのは、仕事先の人間としては迷惑なんですけど」

『いえ、単刀直入に言いますが本人の了解は取れています。最低限の生活費はこちらで負担しますが、遊興費は別会計。完全に自腹としていますから。遊びたいなら稼げ、と本人には通達済みです』

「……予想外に、シビアな事するんですね」

『……無駄飯ぐらいを家に置いておくほど寛容ではありませんので。“働けない”と“働かない”。これは全く別物です』


 厳しくも強い口調で門倉が断言する。

 まあ、大筋では茂も賛成である。

 あんなねたまし……、いやうらやま……、違う、十分なサポートを受けて何もせず只々ごろごろして生活するなど、人として間違っていると思う。

 正直に言えば、真っ当に稼いでからそれをするべきなのだ。

 あと、ものすごく運良く宝くじが当たったときも。


「……そりゃあ、マユミの奴のサポートするって言っちゃいましたけど」

『あまりに酷いようならこちらに連絡を。次の働き口は準備しておきますので』

「……結構容赦なくスパルタですね。……アイツ一応10代の女の子ですよ、名目上は」

『公序良俗に反しない仕事を選んでいますのでご心配なく。それに週2日程度ですから。残りは白石グループの研究に協力いただきますしね』

「……まあ、仕方ないっすね。いいですよ。アイツが問題起こすまではどうにかするって約束してますし」

『では、そのように。手間賃として少し包みましょうか?』

「いいです。そういう金、何か気持ち悪いんで! じゃあ、仕事なんで切りますよ」

『では、娘をよろしくお願いします』


 電話口からははは、と軽い笑い声が聞こえてきたが、はぁとため息を吐きつつ通話を切る。


こんこんこん!


 更衣室のドアがノックされる。

 軽く3回、すりガラスの向こうのシルエットからすると伊藤であろう。


「杉山君、どうしたんだい? 急に電話しないとって駆け出してたけど?」

「あ、ちょっと連絡忘れてたのを思い出したんですよ!!……大丈夫です。ちょうど今話終わったんで!!」


 慌てて叫ぶようにして返事をすると、ロッカーに投げつけるようにしてケータイを放り込み、心を落ち着けるようにしてゆっくりとドアを閉め、鍵を掛ける。

 そのまま更衣室のドアに向かって歩き出す。


がちゃん


「ああ、ほらさっき話をしていた新人さんだ」


 更衣室前にいた伊藤が、ドアを開けて出てきた茂へとその人物を紹介する。

 伊藤の後ろから、見たことのある女性の影が一歩前に出てくる。


「ええ、“初めまして”。今日から研修に入っている門倉マユミです。どうぞよろしく」


 少し小首を傾げてゆっくりと柔らかな微笑みを向ける、“今日初めてお会いした”見たことのある人物。

 茂は思う。詐欺というのはこういうことなのではないかと。

 ひくつく頬を必死に笑みの形に整え、目の前にいる“初対面”の新人バイトさんに話しかける。


「初めまして。アルバイトの杉山茂といいます。森のカマドへようこそ。わからないことがあれば、他の先輩も色々サポートしてくれると思うよ」

「それはうれしいですね。ご指導のほどよろしくお願いします。先輩?」


 二人が見つめ合う様にしてふふふふ、と深く静かに笑いあう。

 その様子を見て、伊藤は思う。


(うん、杉山君は面倒見がいいからなぁ。この様子なら門倉さんのサポートを任せても大丈夫だろ!)


 などと自分の目に間違いはなかった、と自画自賛していたりする。

 結局のところ、人の関係性などは当人同士でしかわからないものなのだ。

 傍から見てわかることなど、ほんの表面だけでしかないのである。

ここまでが本編。

一応これでこの章はおしまいです。

どうもありがとうございました。


……本編以外のわき道に逸れた物語を書いてみるつもりです。

明日予約してみたので、そちらも楽しんでいただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
マユミのバイトで思い出したけど、茂は白石の装備品とかで金もらってない? あと今まで突発的なものも含めてドンパチしまくってるけど、無報酬?
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