8-4 相席 のち 理解
お昼ごはん。
それは丁度一日の真ん中の食事で、軽めに済ませた朝食が消化され、午後へと向かうエネルギーを補充するためには必要不可欠な神聖なる儀式。
中には朝を取らず、昼も軽めにサラダと小さ目のお弁当で、という女性もいらっしゃるのであろうが、それはそれ。
旅先で何かおいしいものを食べたいな、となっているときにそんなことを言われるとげんなりしてしまう。
もしそんな小さなお弁当をご所望であるなら、同じような考えの方々とグループでお出かけいただきたい。
……脱線しかかっているが、要するに楽しくご飯は食べましょうということだ。
茂とスギ・マツ・ウメの計4名は、一休みした後合流し茂の運転で件の飯屋「鳥喰らい」へ再訪していた。
時刻は12時を少し過ぎたくらい。
一応平日の日中であり、休日と違ってそこまでの混み方はしていないだろうという判断であった。
「……確かに、グルメサイトにも載ってなかったら、地元の人以外は来ないかもね」
「そうだろ?どっちかというと道沿いの大きめの店に入っちゃうよなぁ」
エレベーターで移動中に初来店のウメとマツがそう言ってくる。
確かにここに来るまでの間に鳥料理の店は何軒か目にする機会があったのだ。
どれもこれもどどんと料理の映された大きな看板が道路からも見える位置にあって興味を引くのは間違いなかった。
地方の主要道路などというものはそういうつくりになっている所が多い。
その為、地元でおいしいよ、という店は1本外れた位置に有ったりして旅行者にはわかりにくくなっている。
「兄貴は飯食ったらどうすんの?用事とかある感じ?」
「一応夜まではフリーかな。ただ、ちょっと出かけるつもりだから。そっちはみんなで飲み会って事だったよな。……合鍵、渡しとけばいいか?」
「うーん……。そこまで遅くなるつもりはないけど、一応預かっておこうかな」
「そうか、じゃあコレ」
ちゃら、とキーホルダー付の合鍵を猛へと手渡す。
そうこうしているうちに、目的の鳥料理店「鳥喰らい」が見えてくる。
予想してはいたことだがやはり少ないながらも人待ちの塊が店の前にいる。
ただ、さほど待ち時間は無いだろうと思い、4人全員で店の前に置かれた机に向かう。
そこには案内用の用紙に人数等を記入してくださいというよく有る案内順を伝えるものが設置されている。
それに何も考えず、4名と記入しようとしたところだった。
その案内用紙の呼び出し代表者名に、この辺りではあまり見覚えの無い名前が書かれていたのを見つけたのは。
すこしばかりポカンとしていて呟く茂。
「んん?火嶋?」
「あ、ホントだ。……あれ?この字、教授の字じゃねえか?」
ペンを握った所で少し固まる茂。
そうしたところで、店内の待ちスペースで人が動く気配がした。
がらり。
戸が引かれて、予想外でありながらも予想した通りに彼女が現れる。
「……お前ら、ここで何をしてるんだ?……おや、杉山のお兄さん、茂さんですね。あなたもご一緒ですか?」
「お、お久しぶりです……。そちらこそこんなところにどうして?」
少しばかり言葉が震える。
なんというか、できるなら心落ち着けて食事がしたかったのだが。
内心でドキドキが止まらない茂の目の前には、火嶋早苗が満面の笑みで茂を出迎えていた。
「では、7名様。ご案内しまーす」
店員の案内のもと、茂たち4名と早苗、そしてそのツレ2名を加えた計7名が奥の座敷席へと案内されていく。
元々の3名、4名の席で頼むと少し時間がかかるそうだが、7名の人数であれば奥の座敷席にすぐ案内できるとのことで、それならばいっしょに、となったわけだ。
(……いや、俺がキョドるのは仕方ないが、何で猛?お前も挙動不審になってんの?)
先を行く早苗たち3名に付いていく茂たち4名という構図だが、その中で猛が隣のマツに小さく声を掛けながら歩いている。
小さく聞こえる声を耳で拾う限りでは、“まだ早……”“……心の準…”“ナイーブなん……”とかだ。
その様子をウメとマツが苦笑しながら肩を叩いたり、腹を突いたりしてなだめている。
よくは判らないが、茂の知らない何かが猛と早苗との間にあったのだろうか?
「こちら、お席です。お冷とおしぼり、今お持ちしますので」
「あ、どうも」
案内してくれた店員に軽く頭を下げて、靴を脱ぎ座敷へと上がる。
早苗のツレと言った2人はキャップとニット帽を被ってマスクをしている女の様だが、その顔はよく見えない。
横並びになって座ると、頭のキャップやニット帽を外しに掛かる。
その様子からどうやら若い女性の様あった。
ただ、どうやらその2人を知らないのは茂だけの様で、ウメは2人へ“久しぶりー”とフレンドリーに声を掛けているし、マツも軽く会釈してキャップを外したベリーショートの女の子の前にテーブルを挟んで胡坐をかいて座った。
何故か挙動不審な猛をウメが強引にニット帽の女の子の真正面に座らせ、自分は猛を逃がさないようにその横へと陣取る。
その様子から茂は、2人は早苗の教えている学生か何かなのだろうと判断した。
するとどうなるか。
早苗の前が空くのだ。
上座の位置の彼女の前がぽっかりと。
「どうぞ?お座りになられては?」
「……じゃあ、失礼して」
覚悟を決める。
さすがにそこを勧められて断るような失礼は出来ないだろう。
早苗がじっとこちらを見つめる中で、背に汗をかきながら着座。
座ったときに、ズボンのポケットに入れたレンタカーのキーが擦れてしっくりこないので取り出す。
そのまま、テーブルの上に置こうとしたがうまくいかない。
レンタカーを借りたことがある方は知っていると思うのだが、そのキーは非常に色々な紐やらキーホルダーやら連絡先の札やらが引っ付いていて邪魔っ気である。
それで茂はキーを取り出す時に、ジャラジャラと手でそれを玩んでひとまとめにしてテーブルへと置く。
何の気なしにしたそれは、茂の癖とでもいえる物だったが、それに何故か反応したものがいた。
ニット帽の、今は頭の後ろでくくった長髪の女の子だ。
「……あれ?」
小さくつぶやかれた彼女のそれは、早苗を前にド緊張の茂の耳までは届かず、隣のベリーショートの耳までが限界だった。
「どうしたの?」
「あ、なんでもない……」
後ろ手に襖をウメが閉めたのを確認すると、長髪とベリーショートの2人がマスクに手を掛ける。
この中でその2人の正体を知らないのは茂だけであり、実際のところウメ・マツ・スギの3名に関してはどういう反応を茂がするのか、非常に楽しみなところもあった。
襖を閉めたのは、その反応が大きかった時にどうするのかという配慮でもある。
地方の飲食店に休業中と引退発表したばかりのトップクラスのアイドル2名がいるというレアケース。
しかも一応はこの辺りでも大きなエンタメ性のある建物内で、若者をターゲットにした売り場が大半を占めている。
おかしなパニックになるのを求めている者はいなかった。
「さて、おにーさんだけがこっちの2人を知らないってはずだし。注文の前に自己紹介でもお互いにした方がいいんじゃないですか?ほら、色々あることだし」
タケがちらりと2人組を見て、その後に茂を見る。
「色々?まあ、いいけど。えーと、初めまして。そこの杉山猛の兄で杉山茂です。この辺りで生活してるもんで、今日はふらっとここで火嶋教授に会いまして。まあ、弟が世話になる、のか迷惑かけてるかもしれないので、そこはすみません」
「いや、兄貴。なんで俺が迷惑かける前提で話進めるのさ!」
ブーイングが弟から飛ぶ中、へへへと笑っている茂。
「兄貴……?」
「ん? 美緒? どうしたのいったい?」
自己紹介が終わり、次は2人組の番と思った茂の視線の先で、長髪の方が先にマスクを外す。
あまり濃いメイクをしているわけではないが、それでも実力でトップアイドルまで上り詰めた神木美緒の顔が露わになると、その場がぱぁっと華やかになる。
ただ一つ問題なのは、杉山茂という人間にとっては、ここ数年ほど「聖女」「聖騎士」「軍師」といわゆる主人公パーティーに所属するようなランク高めの美貌の持ち主との交流が深く、電波とは無縁の生活を長く続けていたこともあり、抑えめの神木美緒のメイクが普段のイベント時とも違うことも加えて、ああ綺麗な子だな、という控えめな反応に落ち着いてしまったことである。
特に驚くようなそぶりも見せず平然としている様に、逆に周りがざわつく事態となった。
「あ、あの以前お会いしたことありませんか?」
「んあ?……どこでです?」
本来、先の言葉が茂で後が美緒であれば不思議の無い会話。
それが逆であることに少しばかり不思議な雰囲気が流れる。
(んーーー?そういや、この顔どっかで見たなぁ。どこだっけ?)
まさかのトップアイドルの前で止まる茂に、周囲が思う。
コイツ、マジなのか、マジで言っているのか、と。
日本を代表するトップアイドルの顔を、画面越しではないとはいえ認識していないのかという若干恐怖にも似た思いを込めて。
「いや、ほら兄貴。この人は……」
「あああ!!!思い出した!!!」
手をぱあんと叩いて大きな声を上げる茂。
助け船を出そうとした猛の言葉を遮り、茂が言葉を続ける。
「サービスエリアで話しかけてきたフードブロガーっぽい人!!」
その場の全員が思った。
いや、違うし、と。
なんだその訳の分からない単語の羅列は、と。
だが、事実は小説より奇なりとよく言うではないか。
美緒が満面の笑みで答える。
「そうですそうです!!あの時の生姜焼きのおにーさんですよね!!!」
「あ、やっぱそうですよね!いや、違ってたらどうしようかと!!」
あははは、と茂と美緒が声を上げて笑いあう。
「「「えええええ!?」」」
全員が思った。
え、それ正解だったの!?と。




