8-5 もしゃもしゃ のち はくはく
「では、から揚げ定食、塩で2つ。あと普通のから揚げ定食が3つです。それとオプションのガーリックオイル2つに、親子丼2つです。どちらへお持ちすれば?」
「あ、塩の人、誰ー?」
食事を持ってきた店員から盆を受け取りつつ猛が奥へと各員のランチを流していく。
手を挙げたウメとベリーショートのアイドル、藤堂ユイに塩から揚げのランチを渡し、親子丼が茂と猛、残りのメンバーがスタンダードなから揚げ定食を自分の前に準備した。
ちなみにガーリックオイルはから揚げのメンバーの前に置かれることになった。
「では、こちら右から岩塩・藻塩・レモン塩です。使い分けてお召し上がりください。ガーリックオイルは、底のガーリックをお好みで潰して調整をお願いします。ご飯と付け合せのキャベツは卓上の呼び出しボタンを押していただければお持ちしますので」
「ありがとうございます」
「以上でご注文は全てお揃いですか?」
「大丈夫だと思います」
「ではごゆっくり……」
ぺこりと頭を下げて、店員が伝票をそっとテーブルの端に置くと部屋を出て行った。
「さて、いただくとしようか」
「いただきまーす」
早苗の掛け声に各々ぱん、と手を合わせていただきますをすると、自分の前に置かれた食事に取り掛かる。
茂は盆の上に置かれた親子丼の蓋に手を掛けた。
ででんと置かれた蓋付きの丼の横には、きゅうりとナスの糠漬けが数切れ乗った小皿に、こちらも蓋をされた汁物が付いている親子丼セット、しめて税別1,200円。
茂の感覚からすれば少しお高めのお昼ごはんである。
昼食ならば680円くらいが躊躇せずに財布から出せる茂の限界値であった。
少し蒸されたせいで、蓋と丼の間がくっつくような感触を覚えながらも力を入れるとぱか、とふたが外れる。
湯気と共にふわっと出汁の香りが茂の鼻先へと届く。
親子丼の表面を見ると、完全に固まりきっていない濃いめの色合いの半熟の卵の上で、少し湿気を吸っている刻みのりが湯気でさわさわと揺れ動き、気持ち程度に振られた白ゴマのアクセントが食欲をそそる。
行儀が悪いのは知っているのだが、蓋を盆の上に置く前にこっそりと鼻の近くまで持っていく。
軽くその蓋の裏側の水滴が浮かぶ面をくんくんと嗅ぐ。
先程までの残り香がまだ漂っており、それもまた茂の腹をぐぅ、と鳴らした。
(ここの奴って、出汁が利いてるけど卵が濃ゆいから、べしゃって水っぽくなってないんだよなぁ。飯もそれに合わせて少し固めだし。何で皆、お茶漬けみたいな汁でちゃぷちゃぷな丼飯食ってんのかわからんのだよね、俺)
周囲にはから揚げのあの独特なからりとした油のにおいが広がっている。
これもまた腹が減る匂いではあるのだが、徹夜明けの小休憩だけのお腹には若干重い。
しかし、せっかくの外食なのだからしっかりとしたものを腹には入れたい。
そこで選んだのが、コレ。
「うん、いい感じ」
はく、と一口入れると少し固まった卵の甘さが出汁とともに広がる。
次に玉ねぎの柔らかい部分の甘みと、すこしばかり繊維質の残る触感が舌の上に来る。
そこにファーストバイト。
歯を立ててまずは一噛み。
ぎゅむ、とすこし弾力を感じさせつつも抵抗感の少ない鶏肉が、内包する肉の脂をそれらにプラスする。
火を入れ過ぎると固くなり、逆に火が十分に入っていないと嫌な臭みが混じる。
そのどちらでもない、本当に丁度いいタイミングで調理されている鶏肉。
伊達に鳥料理の看板を出しているわけではないということだろう。
「ん。うま」
つぶやくと同時に2口目。
今度は米を多めに具を少しだけ。
具材から汁気を吸った米が、とろりと絡む卵でつるりと喉へと滑り降りていく。
そこにちょいと箸先できゅうりの糠漬けを一つ。
ぽい、と口に放り込んで噛む。
こり、こり、こりっ。
音が発つほどの固めの糠漬けだったので先程までの触感との対比が良い。
深めに漬け込んで柔らかくなったのもいいのだが、あえて固めの物にしているのかもしれないとおもう。
あまり褒められたことではないが、テーブル端にある小皿と醤油をとり、小皿に数滴ほど醤油を垂らす。
そこに一切れきゅうりの糠漬けをちょいちょいと付けて口に入れる。
糠漬けはそのままでもいいのだが、こうやって味変させたのもまた美味いと思うのだ。
「ああ、確かにおいしいですね。このお店」
もしゃもしゃとから揚げに取り掛かっていたウメがそう言って笑いかけてくる。
「んー。でもここって昼は結構ボリュームあるって話で、あんまり女性向けではないと思ってるんだけどなぁ」
茂は汁物の椀を手にしながらウメに苦笑いを返す。
今回の食事会参加者を見ると3:4で女性比率が高いのだ。
茂としてはウメが自発的に“から揚げが食べたい!”と言わなければ別の店をピックアップする心算だった。
そこで不思議なのが早苗の対応である。
小食な方々には少々きつい量のランチメニューだとは実食して理解しているはずなのに。
だというのに彼女は細身の若い女性を連れてきたのである。
そこはどうなのだろうか、と。
「あ、茂さん。大丈夫です。私たち、結構食べますし」
「は、はぁ……」
恐らく自分たちの心配をしているのだろうとなんとなく感じたユイが茂へ語りかける。
「というか私、ミオミオがそういうキャラだと知らなかったもんね。スギも知らなかったじゃん?」
「そ、そりゃあファンだって知らないことくらいあるって!ファンとストーカーは違うんだぞ!」
「あはは!私もイメージとして隠してたトコはありますからね」
けたけたと明るく笑う美緒が、ひょいぱく、ひょいぱくと口へとから揚げを放り込んでいった。
茂がその様を見て美緒の皿に目線をやる。
(んおぉぉっ!?は、半分くらいもう無いし……。え?そんな勢いで食べてんの、この娘?)
一応言っておくと茂はまだ食べ始めの段階で、まだ親子丼は完成時点での全体像を残している。
一方美緒の皿は隣のユイの皿と比較してもかなりの速度で食べ進められており、すでに食事としては5割程度まで進んでいると判断できるくらいだ。
ぎょっとした表情の彼を余所に、美緒が卓上の呼び出しブザーを押す。
近くに店員がいたのだろう。
襖を軽く叩く音がしてすっ、と引かれる。
「……失礼します。ご用でしょうか?」
「あ、ご飯おかわりでお願いします」
「はい、ではお持ちしますね」
美緒が両手で茶碗をささげ持つようにすると、店員がお辞儀をして戻っていく。
すっ、とまた襖が閉められる。
(……痩せの大食い?)
不躾で失礼とは思いながらも、美緒へ視線を向ける。
どちらかというと隣のモデル体型のユイと比べ、グラビアなどもこなしていたことからわかるが肉感的な部類の女性である美緒。
そうはいっても、それでもアイドル(元は付くのだろうが)。
平均的な同年代の日本人女性と比較して細い、と以前に猛の部屋で見せられた写真集のグラビアを見ての感想を思い出した。
兵士として最初のうちは門番をしていたこともあり、人の観察眼に関しては普通の者より肥えている自信はある。
グラビアの写真が光源の調整や発色、加工修正されているとしても、現実に今目の前にある美緒の身体はそれから予想できる枠から大きく外れてはいないと思われる。
あの体型からそこまで極端な変動はなさそうだ。
そしてこの食事風景。
茂以外の皆が驚いていないということは、これが彼女のスタンダードであり、日常というわけだ。
つまり、普通の食事量としてこれだけを食べているわけだ。
(……燃費、悪すぎじゃないか?いや、たまにそういう人いるけどさ)
カロリー何処行ってんの、というような大食いタレントのトレンドが、“デブの大食い”ではなく、“スマートな体型だけど大食漢”にシフトしていったのは最近の話ではない。
結局のところ意外性がウケているのだから、デブで大食いというのは“そらそうだろ”と言われてしまう。
最近ではそれにビューティー系も加えられたアイコンが求められつつあるようだ。
となると、今の神木美緒がそれにぴったりと当てはまるわけで。
「……違ったら悪いんですけど、アイドル辞めて大食いタレントになるんですか?」
「いや、そのぉ……。これは昔からで……」
照れたようにぽりぽりと頬を掻く美緒。
付け合わせのキャベツがそんな会話の最中にも、ごそっごそっと消えていく。
きっと彼女と自分の胃袋は造りが根本から違うのだと思うことにした。
あちらはテラバイト、こっちはキロバイトなのだろう、きっと。
間違っている気はするが、間違っていない気もする、多分。
そう思った時に、こつこつと襖を叩く音が聞こえる。
「失礼します。おひつでお持ちしました。こちらでよそいましょうか?」
「ありがとうございます。自分でやりますから」
「では、こちらに置いておきますね」
にこ、と美緒が笑いかけると、店員の男性が嬉しそうな顔をして深々とお辞儀をして帰っていく。
ファンなのかもしれないが、自分は仕事中で美緒たちは食事中ということもあり自重したのだろう。
そういう配慮ができるかできないかは、かなり大きなところだと思う。
「……美緒、ちょっと盛り過ぎ」
「え、だって多分最初女性客だからってご飯少なめにしてあったよ?」
「それは店の配慮。普通あんたがドカ食いするなんて誰も思ってないから」
「そうかなぁ……」
ぺんぺん、とおひつから自分の茶碗にこんもりと持った飯を綺麗にしゃもじで整える。
以前どこかの地方の神事としてみた米をたらふく喰らうというニュースを思い出す。
少しばかり箸の止まった茂の目の前で、から揚げを半分齧って口にいれ、その後一気に飯を放り込んでいく美緒。
食べ進めるたびに綺麗に皿が片付いていくため、あまり下品には見えないのが不思議なところではあった。
ただ、量的に飽きもきたのだろう、今はオプションで頼んだガーリックオイルを、より香りだたせようと店員に言われた通り粒を綺麗に潰す作業をしている。
(すげえアイドルもいたもんだ……。あ、“元”アイドルか)
手元の汁椀から、手毬麩とシイタケ、三つ葉の吸い物に柚子の皮を一つまみというベーシックなお吸い物をすする。
出汁としゃくという繊維質の三つ葉を齧った香り、そして柑橘系の爽やかなそれがハーモニーとなって親子丼の後味をさっぱりとしてくれるはず。
その目的で作られただろうお吸い物だが、すこし美緒に気が飛んだ茂にはあまり強くは感じられなかったりもする。
「教授がここにいるのは「光速の騎士」の調査だろうなってのはわかるんですが、神木さんと藤堂さんまで連れてきたんですか?」
「ん?竹林、何か引っかかるか?」
「そりゃあ、まあ。まだウチの学生でもないですし、いろいろ連れまわすのは負担が大きいでしょう?ほら、あの、……事件のフラッシュバックとかもあったりすると、でしょう?」
若干言葉を濁しつつも、早苗にタケが咎めるまではいかないながら、メンタル面を配慮してくださいよ、というニュアンスを込めて説明を求めた。
わざわざこんな事件の現場に心にダメージのあるだろう被害者を連れまわすのはいかがなものか、という正義感じみた意図もあっただろう。
しかも昼飯前の官邸からの記者会見で、今回の銀嶺学院の襲撃者はレジェンド・オブ・クレオパトラのシージャック犯と同組織で確定したと公式発表されていた。
模倣犯や、名前を騙る別組織ではなく同一であれば、その精神的なプレッシャーがどのように彼女たちに影響するかわかったものではない。
「あー、多分タケさんは私らを心配してくれてるんだと思うんだけど、どちらかというと私たちが教授に無理に付いてきたって感じなんだよね。“指導員”みたいな人は止めておけ、って言ったんだよ?」
「でも、都内だとほら。突然の引退ってことで自宅近くも事務所もマスコミが張ってて……。かといって私の家も一人暮らしで美緒を匿っておけるほど広くないし。でも、じゃあホテル暮らしってなると気が滅入っちゃうでしょう?ならいっそ遠出できないかって」
「まあ、セキュリティがしっかりした2人の新居の準備が整うまでの間だ。帰るころには日取りも決まるだろうしな」
ほぉ、とウメ・タケ・スギが頷く。
一般人である自分たちと違った悩みが芸能人にはあるのだなぁと感心する。
「あ、引っ越しの時は呼んでもらってもいいかな?私、興味あるんだー!」
「いいですよ。でもウメさん、梱包剥がすのとか手伝ってくださいね」
「わかった!楽しみー!」
ウメがきゃっきゃとユイと美緒と女の子トークに花を咲かせている。
「あのー?」
「ん?どうされました茂さん?」
おずおずと手を挙げた茂が、一人蚊帳の外に放り出されていることに気付き、皆に呼びかける。
早苗がそれに答えたので、茂は正面を向いて彼女の眼を見た。
今はいつものシルバーフレームのメガネはテーブルにたたまれて置かれているので、直に瞳を覗き込む形になる。
強い力で見つめ返されると、少々たじろいでしまう。
「いや、その。良くわかってないんですが、どういう関係性でこの状況になってるんです?皆も仲良くなってるみたいですけど、こないだここで飯食った時には猛は神木さんとは縁なんてイベント会場くらいしかなかったはずなんですけど……」
「……色々ありまして、あの特殊な事例での被害者の皆さんの心的ケアを、我が火嶋ゼミでフォローすることになりましてね。犯罪心理学という部門からのアプローチですね。その中でより深くテロリズムについて学ぶ意思の高いお二人を来年度の推薦枠で当大学が引き受けることにしました。まあ、トップアイドルという経験を生かした一芸入学と考えてくれればよろしいかと。ただ、基礎学力は最低限必要ですのでそれをクリアできれば、という条件付きですが。他の学生からは優遇だと言われそうですが、あのヘドロ様のバケモノ達や「騎士」、「骸骨武者」等に深く関わった、今までにない特殊事例の当事者ですから在学中に関しては、当大学もセキュリティを含め、住居面のサポートも万全に行っていこうということで」
「兄貴、言うまでもないけどこれは内緒だからな! 神木美緒と藤堂ユイがウチに入学するなんて噂が立ったらとんでもないことになるんだから!」
「そういうもんか?」
「そうだよ!! おかしなファンが大学前に大挙することだけは避けないと!! あと、入試の倍率も変わってくるだろうし!」
猛が鼻息荒くそう言ってくる。
「いや、ユイはともかく私は引退しちゃったし、しばらくすればそんな大事にはならないと思うんだけど……」
美緒がたらり、とガーリックオイルをから揚げに掛けながら苦笑いしていた。
「甘いよ! ファンの中にはホントに痛い奴もいるんだから。むしろ引退してガードが甘くなったと思って近づいてくる奴もいるだろうし!」
「スギみたいな?」
「そう、俺みたいな今がチャンスだって思ったファ……!!! うぉぉぉぃぃっ!!?」
ウメの一言から始まる猛のノリツッコミ、そしてそれから広がる爆笑。
騒々しい昼食会はもう少しの間、終わりそうにはなかった。




