8-3 注意 のち 予定
「……便りがないのは無事な証拠、っていうコトバもあるっぽいけど、この情報化社会の中でそれって結構駄目人間だと思うんですよ。やっぱり無事かどうかをすぐに伝えることって大切ですから。そのためのケータイですよね?」
「いや、ごもっとも……」
コーヒーに口をつけつつぐうの音も出ないほどの正論を真正面からぶつけられて、茂はしゅんとなる。
バイト先の「森のカマド」のボックス席に座っている彼の向かいには、モーニングのセットをもぐもぐとしている若い女が座っている。
但馬家で朝のニュースを見ながら軽く朝食をいただき、8時半を過ぎた頃に引き留める隼翔を振り切って帰宅の途に就いた茂。
ちょうど帰宅ルート上のバイト先「森のカマド」に今日以降のシフト調整もかねて顔を出すと、予想外の客が待っていた。
弟である杉山猛の友人、梅戸ことウメ。
早番の同僚に教えられてボックス席に向かうと、若干呆れたような表情のウメに座るように言われてこの流れとなったわけで。
「タケと、スギ……弟くんももうすぐ来るって話ですから、まあここまでにしておきますけど」
「いや、ホントに悪いねぇ……。立て続けにケータイ関係でここまでトラブルが起きると思ってなくってさ」
「……いっそお祓いとか、行ってみたらどうです?私そういうのは詳しくないんですけど、こういうのは“お祓いしたもんね”ってだけで気持ちが楽になると思いますし。ここまでトラブルが続くともう後は神頼みって感じかもしれませんよ」
「あははは。うん、検討するよ」
と、愛想笑いと共に答えたものの茂は思う。
だが、トラブルに関して列挙するならば、ケータイ関係だけでなく、駅前ロータリーの件とか、豪華客船の件とか、昨日の襲撃とか。
更に細かいものを加えればどれくらいになるだろうか。
それらがお祓いだけで解決するならば、それはどれだけ霊験あらたかな神社だろうか。
それは天を覆わんばかりの神々の顕現を必要とするのではなかろうか、と思わざるを得ない。
そんなげんなりする話題を変えようと茂からウメに語りかける。
「そんでウメさんはこれからどうすんの?」
「あー。あんまり考えてないっていうか。とりあえず市内観光でもプラプラしようかなと。ほら「光速の騎士」関係の注目スポット、結構ネットにアップされてるんで」
そう言って自分のスマホを茂の目の前に掲げてくるウメ。
画面上に映るサイトは「光速の騎士」の非公式ファンサイト「光速の従士隊」。
彼の有志により日々更新されているそれは、市内全域をカバーする「騎士」出現ポイントを的確に詳細している。
リンク先に市内のグルメが入っているところがもう観光用のサイトと見分けがつかないくらいだ。
ただ、「光速の騎士」杉山茂本人の意見は違うようで。
「なんつーか、ツチノコとかイエティとかそういう未確認生物の出現マップみてえ……」
「……正体がわからないっていう意味じゃあ「光速の騎士」も似たようなモノじゃないですか?」
自分の“くくり”は自治体から懸賞金のかかる不思議生物か、オカルト雑誌に載っているUMAと同類かと思うと、がっくりきた。
目の前のウメに気付かれないように、頼んだアメリカンコーヒーを口に運ぶとため息とともに飲み込む。
ああ、ほろ苦い。
具体的に何がとは言うまい。
からんからん……
客の来店を告げるベルが鳴る。
入り口近くで“いらっしゃいませ”と店員が声を掛けるのを耳にした。
少しだけボックス席から体を乗り出し入り口近くを覗くと、弟の猛と友人のタケの姿が見える。
軽く手を振ると、向こうもこちらに気付いたのか、店員に茂たちのボックス席を指さしてツレですと伝えていた。
「兄貴ぃぃ。またケータイ駄目にしたって?」
「いや、古いケータイって駄目なのかなぁ、あははは……」
あえて乾いた笑いを浮かべる茂。
一応言っておくが普段の生活で、昏倒必至の電流が体に流れることなど普通はない。
「お久しぶりです、おにーさん。……ウメ、ちょっと詰めてくれよ」
「オッケー。二人とも結構早かったじゃん。まだ道中だった?」
会うやいなや茂に苦々しい顔でダメだしをしてくる猛と、ウメの隣に座りメニュー表をすでに手にしているタケ。
騒々しいその感覚にははは、と茂はこれまた愛想笑いをする。
「なあウメ・スギ、お前ら腹減ってないか?朝、コンビニでおにぎり食ったけど、俺ちょっと小腹が空いてて。サンドイッチとか頼むからさ、お前らもシェアして食わねえ?」
「あ、じゃあ俺もパスタでも食おうかな。……注文する間に兄貴、母さんに電話しといてよ。心配してるみたいだからさ。ほら」
タケの提案に猛はそう言うと、自分のスマホを取り出し、スワイプしてから茂へと手渡す。
そのまま卓上のメニュー表を取ってどれにするか、とウメ・タケ・スギで相談を始める。
「……うるせえし、長いんだろうな、母さん」
猛のスマホを手にして話し始めた大学生のグループからてくてくと離れる。
洗面所まで行って、“実家”と表示されている画面の“通話”を指でぽんと弾いた。
コール音が鳴り、しばらくの時間が流れる。
『もしもし、杉山ですが』
数コールの後、はっきりとした女性の声が茂の耳へと届く。
聞き馴染みのあるその声に、最大限の申し訳なさを込めた一言を発する茂。
「あ、母さん?俺、茂だけど。……心配させたみたいで悪いね、今猛のスマホから掛けてるんだけど?」
「あれはしばらくかかるなー。母さん、電話長いからなー」
注文を終えてテーブルの上に置かれたお冷で喉を潤しながら猛が呟く。
視線の先には洗面所の前で落ち着きなくぐるぐるとコマのようにまわる兄の姿。
恐らくではあるが、色々と問い詰められているのだろう。
「へぇ……。スギの家ってけっこー過保護?」
「そうでもないと思うけど?つーか、こないだも含めて2回目だからねぇ。しかもテロっぽいことが起きたばっかじゃん。俺らも高速降りるときに、検問とか受けたしさ。……ああいうのって何も悪いことしてないけど、キョドるよなぁ」
「スギのあれは、犯罪を犯した人の動きだったぞ。後ろで見てて滅茶苦茶面白かったけどな!」
「うっせ! ビビりの方が長生きできるんだよ!」
「そうなのかねぇ?」
わいわいと楽しそうに話すスギ・タケ・ウメ。
その視線の先の茂の実家との連絡は未だ終わるふうでもなかった。
「すげえこってり絞られた……。疲れた……」
母からの大声での注意に心をやられてテーブルに突っ伏した茂は、隣でくるくると器用にパスタを巻いている猛に弱音を吐く。
「というかさ、こんな朝まで一体何してたんだよ?家で寝てんのかと思ったら鍵掛かってベル鳴らしても出てこないし。念のためにバイト先にウメを置いて、アパートの前で張り込みするかって話になってさ」
「ウメを置いて戻る最中に連絡があって引き返したんですけど、家に帰らずにバイト先って……ワーカーホリックっすか? おにーさん」
「ちがうよ、タケくん。これには色々と訳があってだね」
そこから茂は事前に門倉や真一たちと準備したカバーストーリーを語りだす。
銀嶺学院の生徒の隼翔と個人的に親しい茂は、真一とも顔見知りであり、今回の事件に際し心配になり真一と連絡を取ったところ、隼翔が巻き込まれたことを知る。
一応何の助けにもならないが、隼翔の友人である博人・由美と共に銀嶺学院まで同行して朝まで色々とその精神的なサポートを手伝った。
ちなみに何も役には立てずに、朝飯をごちそうになって帰ってきた、というオチまでついた設定である。
「え! じゃあ、おにーさん。「騎士」を直に見たんですか!?」
「あー。それがさ、「騎士」が壁吹っ飛ばして出てきたときはちょっと離れた駐車場の車の中にいたんだ。その位置からだと見えなくってさ。あと、最初のヘリで出てきたときは、運悪くトイレに行ってて」
「うわ、もったいないですねー」
と、いうことになっている。
実際のところ、当時の現場の空気がどんなだったかなどまるで茂は知らないし、教えてくれと言われてボロがでるのも好ましくない。
だから、この「超絶タイミングの悪い男」杉山茂を演じ切る必要があるのだ。
「でも現場の空気感って感じたんじゃないんです? こう、ピリピリっとした雰囲気って独特なんじゃあ?」
「まあ、ね。皆家族が人質になってるから」
実際ピリピリしていたらしい。
真一たちの話によれば。
「でもまあ、被害者に重傷者がいなかったって話だからそこだけは不幸中の幸いだけどね……」
という話を口に出しながら茂が口ごもる。
発表されている限りではトゥルー・ブルーの構成員に入院するレベルのけが人が出ている以外は外傷という意味での重度のけが人はいないらしい。
ただ、メンタル面でのケアの必要性は朝っぱらから物知り顔のコメンテーターが何度も何度も繰り返しており、それについて何も否定する要素はない。
どうやら教育委員会からメンタルヘルス関係の専門家を銀嶺学院へと複数派遣すると決定したことは報じられている。
その面でも万事うまくいったとは言い難く、更に茂には心に刺さるとげのようなものが残っていた。
(……現時点であのマサキの遺体が上ってるって話は出てない。あと、負傷者としても運ばれているとの情報も門倉さんから来てないし。……どうなってるんだ?)
あの場から脱出する際にやってきたヘリ。
あのヘリコプターはトンネル爆破時の人質になった男から借りたスマホでマサキが警察へと連絡した結果、急行したはずなのだ。
頭に銃口を突き付けられた男(内装屋の男)の救出時に、近くにマサキがいると「気配察知:小」で把握し、その動向を窺った。
だからその動きを試金石としてわざと相手を怒らせ、銃口を「騎士」へと向けたのだ。
あのタイミングでマサキがもし動かなければ、彼の提示する特攻プランには乗らなかった。
結果一役買ったマサキのことを一回だけ信じた「騎士」とのギャンブルがあの土壇場で行われたのだ。
最終的にマユミは救出され、「光速の騎士」も這う這うの体ではあるがあの場から逃げ出すことができた。
ただ、そのギャンブルのプレーヤーであるマサキの足取りが途絶えている。
(……遺体も何もないってことだったら、逃げ切ったって考える方が自然か? ダメージが大きすぎて動けないって可能性もあるんだが……)
あの湖での一瞬のすきをついた奇襲で、反撃を喰らって湖面へと落ちていく彼の口元を確かに見た。
その口の動きは確かに“行け”と言っていたように思う。
実際問題として、マユミの状況も非常に悪かった。
湖面に落ちたというのに暴れる事無くぐったりとしており、呼吸は浅く、腕には複数の注射痕。
一刻も早い治療が必要な人物が手元に一人と、湖に落ちた一人。
全知全能のヒーローでない「騎士」には、どちらを選ぶことになるかは選択の余地すらなかったのである。
どうしようもなかった。
それが全てで、「光速の騎士」の限界。
「どしたの兄貴? ぼーっとして?」
「ああ、何でもない。っていうかそういうわけで徹夜明けって感じなんだよ。正直眠い……」
「俺たちも休憩入れながらですけど、夜通し走りましたしね。眠いっちゃ眠いですね」
ふわわ、とタケが欠伸をかみ殺す。
卓上のクラブサンドはもう空で、付け合せのパセリを摘まんで口に咥えて弄んでいた。
食べるわけでもなくかといってやることもなく、という風情だ。
「そっか、でもウメさんの話じゃ観光でもって話だったけど?」
「あー、私だけあんまり運転してないからってのもあるんでー。みんながダルイってのだったら別に観光は明日に回してもいいかなーって」
「まあ、昨日の今日でパトカーがぐるぐる回ってるみたいだしね。このテンションで職質掛けられるのも嫌っちゃ嫌かな……」
但馬家からここまで歩いてくる間に2台ほど警察車両がサイレンを鳴らさずにパトライトだけ点灯させて巡回しているのを見ている。
「じゃあ、タケ。悪いけどレンタカーで兄貴と俺を下宿先まで運んでくれよ。道沿いに確か漫喫あったからお前らそこで休んでさ。ちょっと落ち着いたら集合してどっかで昼飯でも食おうぜ」
「まあ、無理はしない方がよさそうだしな。そうするか……」
「あ!じゃあ、あたしこないだ話に出たから揚げの店、行きたい!!」
ウメが挙手して希望を述べる。
軽食を平らげたばかりでその発想。
若いというのは総じて冒険好きなのだろうか。
「ああー。……火嶋教授の行ってた店だよな? 確かおにーさん経由で教えてもらったって話の?」
「から揚げ?ああ、「鳥喰らい」のことか。……うん、まあボリュームあるけど味は保証するよ。鶏肉ならあそこが美味い」
「んふふー。ちょっと楽しみー!」
「じゃあ、とりあえず店出るか。下宿までの道中で詳しいコト決めよう」
猛の言葉に皆が席を立つ準備を始める。
その卓の伝票を茂が掴んで一番最初に立ち上がる。
「ここまでわざわざ来てもらったしな。ここと昼飯代は俺が出そう」
「およ? 兄貴、最近ビンボーだったんじゃないの?」
不思議がる猛に茂が苦笑しながら答える。
「……バイト代もうすぐ出るし、ちょっと臨時収入もあったからな。……まあ、なんとかなるだろ」
「「ごちそう様です!」」
色々と手出しで出て行った自分の財布をズボンの上から撫でながら、茂はウメ・タケの声を受けながら、レジへと歩を進めていった。




