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故に、青春とは脱出ゲームである。  作者: ナヤカ
【第二章】葉加瀬瑠璃は妄言を語る
13/34

天文部の抱える問題、児。

 放課後、とても不本意ではあるものの、南川先生の補習をバックレて屋上に来ると、既に入宮が扉の手前で待ち構えていた。仁王立ちがあまりにも堂々としているせいか、階段の踊り場にいる僕からスカートの中身が見えそうである。


 もちろん故意に見たりはしない。だが、事故で見えるのなら仕方ないだろう。


「なんで中腰なのよ……」

「いや、何でもない」


 言われて姿勢を正す。あれだ、ここまで上がってくるのに疲れたから、ちょっと膝に手をついて落ち着こうとしただけだ。


 そんな言い訳を自己完結させてから階段を上がる。彼女は、それに気づくことはなく訝しげにこちらを見下げているだけだった。侮蔑のような視線が混じっていたような気もするが、それは僕の被害妄想だろう。気にしたら負けだ。


「放課後って屋上に入れたんだな」

「天文部には鍵が渡されているのよ。まぁ、部長だけが所持を許された鍵だけど」

「部長は?」

「もう屋上にいるわよ」

「そうか」


 答えてから扉のノブを掴む。回して開けようとすると、その手を入宮に掴まれてしまった。


「……なんだよ。挨拶するだけだ」

「待って。そぉっと開けて」


 その言葉の意味が理解できなかったが、言われた通り静かに扉を開けた。外からの風が淀んだ校舎内に吹き込んでくる。


「よしっしゃー! リーチイッパツ単騎待ちでアガリ! どうだ見たかよ!」

「マジか……ってか、リャンワン止めてたのお前か。カンチャン出来ねーわけだわ。つーか、喜びかたが役満だけど、そのアガリ普通じゃね?」

「どんなホーラにも喜んどかねぇとハイの神様に見放され地舞うからな。縦に積んだら天まで登れんだよ」

「なんだよその口文句は。ただ、確率の低いコーツで役つくっただけだろうが。点数的にはそうでもねぇから」

「アガッタ者勝ちだろ。ってことでリー棒は貰ってく」


 屋上からは、そんな会話が風に運ばれてくる。その会話には、何やら聞き覚えのある単語が羅列していた。


「マージャンか?」

「よく分かったわね? 私には最初、女子にバレないよう隠語で卑猥なことでも言っているのかと思ったわ」


 こいつ、パイ(牌)のみで想像を膨らまさせたな……。


「あそこで麻雀をしている四人組が、天文部の先輩たちよ」


 半開きの扉から屋上の一角を指差す入宮。そこには、四人の男子生徒が座を組み囲って麻雀をしていた。そこに煙でもあったなら、昔ながらの不良さながらである。


「何やってるんだ……」


 思わず出た言葉に入宮が頷いた。


「まさしくそれよ。屋上は悩める者たちの聖地であって、麻雀をするような所ではないのに」

「それも違うと思うが」

「とにかく、彼らをどうにかしないと天文部に明日はないわ」

「明日って……別に天体観測なら一人でも出来るだろ。あの人たちをどうにかする必要なんてないと思うが」


 そう返すと、彼女は首を力なく振り、これみよがしのため息を吐いた。


「分かってないわね。なぜ、彼らが屋上で麻雀なんかに入り浸っているのかを」

「まぁ、確かに。……なぜだ?」

「はぁ……。そうやって、すぐに他人に答えを求めるのは良くないわよ? 少しは考えたら?」

「なんだよ、そのムカつく上司が言いそうな返しは。考えても分からないから聞いてるんだろ」

「驚いたわ……。あなた、私が上司だって理解してなかったの?」

「お前……なに勝手に僕を部下にしてるんだよ。驚いたのはこっちだ」

「だって、社会では年齢よりも社歴が重要視されるでしょ? つまり、先に天文部に入っていた私は必然的に上司なの」

「無理やり偏った理屈を通すな。ブラック企業かよ」

「ブラックじゃないわ。限りなく黒に近いホワイトよ」

「それはグレイだろ……黒が混じってる時点でブラックじゃないか」

「世の中、純白のままでは渡っていけないわよ?」

「上手いこと言って正当化しようとするな。白黒ハッキリさせるのが大事なんだろ」

「あなたは何にでも噛みつくのね」

「だったら噛みつかせるような事を言うな」

「まぁ、その感じで彼らにも噛みついてみせてよ。そしたら分かるはずよ。彼らが天文部にとってどれだけ害のある存在なのかを」

「要は自分で確かめろってことか」

「そういうこと」


 僕は扉を全て開け放ち、屋上へと出た。それから、麻雀で盛り上がる四人組へと歩いていく。


 彼らはすぐに気づいたようで、会話を止めてこちらを向いた。屋上で麻雀をやっているということに罪悪感がないのか慌てる素振りはなく、むしろ好戦的な目を向けている。


「あの……」

「なんだ? また鍵を奪いにきたのか?」


 話しかけようとした直後、四人のうち一人の男がそう言った。その視線は僕にではなく、後方へと向けられている。振り返ると、僕の後ろには入宮がいた。ついてきてたのかよ。


「えぇ。もう一度勝負してくれないかしら?」

「お前も飽きねぇなぁ……。それになんだ、その男は」

「今日は私の代わりに彼が打つわ」


 すると、男はようやく僕に視線を向けた。


「へぇ……。そいつは強いのか?」

「未知数よ。でも、私よりは強い」

「そりゃあ良かった。お前は弱すぎたからな。カンちゃん、ちょっと代わってやれよ」


 男が隣に座っていた男に声をかける。すると彼はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべたまま立ち上がった。


「僕は麻雀するなんて言ってないぞ?」


 後ろにいた入宮に小声で問いかける。話の流れから、どうやら僕が麻雀をやらされるらしいことは分かったが、それは入宮からは聞いていないことだった。


「大丈夫。負けても良いから」


 入宮は表情を変えずにそう言った。その意図が理解できず、小首を傾げてしまう。


「鍵ってなんだよ」

「勝ったら屋上の鍵を貰えることになってるの。私は何度も彼らと対戦したけれど、一度も勝てなかった 」

「なんだよそれ。そんな話は聞いてない」

「私も、まさかあなたが麻雀を知ってるとは思わなかったわ。さっきの話が分かったんだから、打てるんでしょ?」

「……まぁ、人並みには」

「なら打って。打ったらわかるわ」

「……お前は」


 もう反論する気も起きない。諦めて空いた場所に移動する。


「二年の烏丸武人です。この度、天文部に入ることになりました」


 一応挨拶を決めてから座る。


「どうせ入宮に騙されたんだろ?」


 入宮と会話を交わしていた男が場の牌を崩しながら言った。騙されたというところは否定出来ないが、それには何も言わずにおいた。


「まぁ、いい。こいつは本多明正(ほんだ あきまさ)。俺らはポンちゃんって呼んでる」


 僕の対面に座る男は小太りの男。だが、その目は鋭く油断ならない雰囲気を纏っていた。


「で、そいつは岩清水幹太(いわしみず かんた)。愛称はカンちゃんだ」


 隣に座る男は坊主で日に焼けた肌が特徴的だった。肘の辺りまで腕まくりをしており、筋肉質の体が見ただけで分かる。


「ちなみにお前と代わったのは、野田千明(のだ ちあき)。天文部の副部長をやってもらっている。愛称はチーだ」


 僕の後ろに立つ男は、小柄だが立ち方が既に不良っぽい。膝下まで裾をまくりポケットに手を突っ込んでいる。首もとのボタンは二つまで留められておらず、下げた銀色のネックレスが見え隠れしていた。


「そんで、この俺が天文部の部長、孤高神(ここう じん)だ。俺のことはロンリー先輩と呼んでくれ」


 最後に彼は自分の自己紹介をして親指を立てて見せた。ロンリーって日本語に訳すとひとりぼっちの意味だが、この人は恥ずかしくないのだろうか。まぁ、名字から取ったのだろうがもう少しマシな愛称はなかったのかと思う。


 そんなことを思いながら四人の呼称を頭の中で反芻し気づく。ポン……カン……チー……ロン。それらは、麻雀用語だった。


 こいつら……。


「日の入りまで時間もないからな。東風戦だけで良いか?」


 ロンリー先輩は牌をジャラジャラと混ぜながら言ってくる。東風戦とは、簡単に言うとゲームの流れである。麻雀には、親と子という役割が順番に回ってくるのだが、それが一巡したら終わりということだ。


「別に良いですけど、連チャンしても知りませんよ?」


 そう返した瞬間、僕以外の四人が爆笑した。入宮は分かっていないようで、不満げな表情を向けている。


「なんだよ、お前。俺らに勝つつもりでいるのか」


 ロンリー先輩が笑いを堪えながら聞いてきた。


「勝つつもりでやらないと勝てないでしょ」

「良いねお前。入宮側につかせておくのは勿体ないな」


 言いながらも、僕らは麻雀牌の『山』をつくっていく。山とは、十四枚の牌を二段にしたものである。その山から牌を取っていき、アガリを目指すのだ。


「山つくるのもなかなかだな?」


 ロンリー先輩が、僕が作り終えた山を眺めながら褒めてくれた。確かに、山をつくるのは少しコツがいる。十四枚も並べた牌を手早く二段にするのは、麻雀をやっている者には苦ではないが、初心者には難しいだろう。


「喋ってないで、早く親を決めてくださいよ」


 だが、それにいちいち反応することはない。


「釣れないねぇ……よっと」


 尚もそんなことを言いながらロンリー先輩が端にあった二つのサイコロを振った。出目から、親は僕の対面に座るポン先輩に決まる。それから順番に山から牌を取っていき、手持ちに牌が十三枚になるようにする。この十三枚の牌に一枚ずつ牌を足しては捨て、最終的に『役』をつけてアガレば勝利ということになる。


「そんじゃあ、始めるか」


 ロンリー先輩の言葉でゲームが開始される。


 東一局目。まだ、イーシャンテンにもならない序盤でロンリー先輩が突然衝撃の声をあげた。


「リーチ」

「はっ!?」


 それぞれが捨てた牌は場に一つしかない。つまり、ロンリー先輩は牌が配られた時点で役がほぼ揃っていたということになる。麻雀は運の要素が大きく影響するゲームだが、もちろんそれだけではない。頭を使い勝利するゲームでもあるのだ。


 だが、一巡しただけで終わってしまう東風戦だと、一回の勝ちが大きくなる。巻き返しが難しくなるからだった。


 だから、このリーチは僕にとってかなり痛い。


「なんだよ、その文句ありありの視線は? まるで、俺が不正でもしたんじゃないかと言いたげな目だな?」

「……いや、そんなつもりは」

「証拠はないだろ?」


 勝ち誇った瞳で見てくるロンリー先輩。


 リーチがかかってしまったものは仕方ない。ここからは、どうやってロンリー先輩をアガリにせず、このゲームを終えるか、だ。アガルには最後の牌を自分で手にし、ツモにするか、誰かが捨てた牌でロンするしかない。


 だが、場に捨て牌が少ない以上、ロンリー先輩が待っている牌が何なのかを予想できない。


 麻雀では、それぞれの持つ手持ち牌を他の者は見ることができない。だが、手持ちから捨てた牌は見ることが出来る。その牌から、そいつがどんな手持ちなのかを想像することができるのだが、こうも序盤でリーチをされると予測などできるわけがなかった。


「お前の番だぞ?」


 促されて牌を取る。ちなみに僕の手持ちは全く揃っていなかった。なら、少しでもロンリー先輩がアガル確率の低い牌を捨てていき、流局狙いのワンチャン、テンパイか役をつくっていくしかない。流局とは誰もアガらずに終わることで、この場合は無難な策である。まぁ、リーチかかってる時点で流局になってもロンリー先輩に点数は入るのだが……。


 ともかく、手持ちの牌を眺めて捨てられる牌を決める。その中から、先輩の待っている確率の低い牌を選び出した。


 これ……しかないよな。


 選んだのはワンズの九。漢字の九が掘ってある牌である。麻雀の確率において一や九は揃えるのが難しいと言われているからだった。まぁ、こんな序盤においてその理論は通用しないのだが、セオリーならば捨てるのはこの牌で間違いないだろう。ちなみに、アガリを本気で阻止するなら対子や刻子を捨てるのが一番だ。自分の手持ちにそれだけ牌があるということは、相手にその牌がない可能性が高いからである。


 だが、まだ自分にもアガリの可能性を残している以上、それを捨てたくはなかったのだ。


 だから。


 余っていたワンズの九を捨てる。そして、恐れていた声が聞こえた。


「ロン!!」


 それは清々しさをも感じる声だった。僕の捨てた牌をロンリー先輩が取り上げ、手持ち牌に加えて見えるように十四枚を場に寝かせた。


「嘘だろ……」


 その役を目にして僕は驚愕する。


「リーチ、一発、国士無双十三面待ち。ダブル役満だ」


 それは、国士無双と呼ばれる役だった。そして、彼をアガリにしてしまった僕は、持ち点数から彼に点数を支払わなければならない。


 だが。


「ゲーム終了だな? なんだ、一巡する前に終わりか」


 僕の持ち点数では、彼に支払わなければならない点数に足りていない。この場合、だいたいの麻雀のルールではゲーム終了となる。まさに一撃必殺。そして、その役をロンリー先輩は早々と完成させてしまったのだ。


「さぁ、負け犬は帰りな。鍵はまだオレが預かっておく」


 ロンリー先輩はその鍵を右手でひょいと放り、左手でキャッチする。その動作は早く、鍵を掠めとる間もない。


 手先は、随分と器用(・・)らしい。


 仕方なく、僕はその場から立ち上がる。それから、屋上の出口に向かった。


「ねぇ! 今の何? なんでこんなに早く終わっちゃったの?」


 ついてくる入宮。彼女は、ルールをあまり知らないのか、なぜゲームが終了したのか分かっていないようだった。だが、それには答えず僕は屋上の扉をくぐった。


「ねぇって!」

「入宮。お前の言っていたことが分かったよ」


 そこまで来てから、ようやく僕は振り返った。


「……分かったって何が?」

「あいつらには絶対勝てない。なぜなら、反則をしていたからな」

「反則?」

「そうだ。山をつくっていた時、ロンリー先輩が僕に話しかけながら手元で牌を入れ替えてた。つまり、あの役が完成されるのは既に決まっていたことだったんだ」


 僕は見ていた。ゲームが開始される前、ロンリー先輩が僕に話しかけながら牌を入れ替えていたのを。おそらくあれは国士無双の牌。後で手持ちの牌と再び入れ換えていたのだろう。


 ロンリー先輩はゲームの前に言っていた。『入宮に騙されたんだろ?』と。さも、僕の気持ちに寄り添うかのような口振りで。……ふざけている。あいつこそ騙す気満々じゃないか。


「でも、何でその時に指摘しなかったの? 言えば、不正は執行されなかったと思うけど」

「お前は、勝たなくて良いと言ったじゃないか」

「確かに言ったけど……」

「それに、相手が不正をしてくると分かった時点で僕は勝てないと確信していた」

「なぜ?」

「麻雀における不正は、牌の入れ換えだけじゃないからさ。ゲーム進行中でも不正はできる。例えば、リーチがかかった奴の捨て牌を見れば、そいつがどんな役を目指しているのか察することができる。普通はその役を完成させないように牌を捨てるのが一番だが、奴等がグルなら話は別だ。敢えてアガリになりそうな牌を別の奴が捨ててアガらせれば、そいつは勝てなくても僕が勝つことは出来なくなる。つまり、協力することができるのさ」


 そう説明すると、入宮は驚いたように目を見張った。


「私、屋上の鍵を手にするために麻雀を少し勉強したの。でも、彼らには勝てなかった。いつも、リーチを宣告した人が他の人の捨て牌ですぐにロンしちゃうのよ……」

「やっぱりな」


 奴等の手口は分かった。あとは、それにどう対処するかだ。普通にやったら勝てないだろう。なら、普通にやらなければいいのだ。つまり、目には目を、不正には不正を。


「奴等には痛い目にあってもらおう。不正が自分達の十八番でないことを教えてやらないとな」


 不正をする人間というのは、大抵弱い人間だ。だが、たまに強い人間が不正をすることもある。弱い人間の不正と強い人間の不正、その両方がぶつかったとき、どちらが勝つのかなんて決まりきっていた。


「分を弁えてもらおうか……」


 僕の中で、久しく忘れていた感情がぶり返すの感じた。それは、人の上に立ちたいという高慢な感情。僕は、それを無くすためだけに、この一年間自分を抑えてきたというのに……。だが、彼らに対しては別だと思った。上に立つだけじゃなく、立った上で容赦なく踏み潰してやりたいと思った。


 天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず。人は、生まれついて皆平等だ。だから、人の上にたつには、それ以上の何かを手にしなければならない。きっとそれは高慢な感情でないことだけはわかる。なら、何なのか? 学問だろ。そう答える者は少なくない。だが、本質はそうじゃない。その答えとは、学問を通じて得られる何かなのだ。だからこそ、僕は自分を抑えた。


 なのに。


 それを少しも理解していない奴等が、上にたっているのは間違っている。資格のないものが、さも資格があるかのような顔をしているのは腹がたつ。


 そういう奴等は然るのち転落するはめになるだろう。だが、然るのを待っているほど僕は我慢強くない。


 だから、やってやろうじゃないか。あいつらを引きずり下ろしてやる。その為の能力は、僕に備わっているはずだ。


「ねぇ、烏丸くん?」


 頭の中で、どうやって奴等に勝つかを考えている最中、入宮が話しかけてきた。


「なんだ?」

「あなた、麻雀で奴等に勝つつもりでいるの?」

「……あぁ、そうだが」

「バカね。なんで、敢えて奴等のやり方で戦わないといけないのよ」

「……その為に僕を入部させたんじゃないのか?」

「何を言ってるの? 私は、あなたが麻雀が出来るなんて思いもしなかったのよ? そんなこと考えるわけないじゃない」

「じゃあ、何故だ?」

「麻雀では戦わない。でも、部長が持ってる鍵は欲しい。なら、やることは一つよ」

「一つ?」

「えぇ、強奪よ」


 何の迷いもなく言った入宮の言葉に、思考が停止する。


「今なんて?」

「強奪するの。わざわざ彼らの戦い方に合わせる必要なんてないわ。欲しいなら奪えばいいのよ」

「お前は……でもどうやって?」

「どうやって? 言ったじゃない。強奪って」

「まさか」


 外れてくれと願った予想。だが、それに反するように入宮は笑う。


「そのまさかよ。喧嘩をふっかけるの。そして、堂々と鍵を奪い取る! あなたを天文部に入れたのは、人数合わせでも、麻雀をやらせるためでもない。喧嘩をするための戦闘要員を補充するためよ!」


 ……まじかよ。


「僕は喧嘩なんてしないぞ。そもそも、相手が四人もいるのに勝てるはずない」

「そうかしら?」


 そうして入宮は、鋭い視線を僕に向けてくる。


「……私見たのよ。この前、あなた駅前で不良三人に絡まれていたでしょ?」


 それは唐突に切り出された。


「その時は、可哀想になぁと思いながら傍観していたんだけど、あなた……三人とも路地裏でやっつけちゃったよね」


 言葉が出てこなかった。代わりに、入宮を見続けることしか出来ない。


「強いのは知ってた。もしかしたら、何か武道系の部活に入ってるんだと思った。でも、違った。その時に思い付いたのよ。あなたを入部させて先輩たちから屋上の鍵を奪う作戦をね」


 それが、入宮の語る『僕を入部させた理由』。そして、彼女の弱みとは、だらしない先輩たちが活動もせずに麻雀をやっていることではなく、喧嘩によって鍵を取り返そうという暴力的な作戦のこと。


「僕は――」


 少し躊躇いそうになったが、それを抑えて言い放つ。


「――喧嘩なんてしていない。人違いだ」

「嘘よ。あなただったわ」

「似てる奴ならいくらでもいるだろ」

「絶対あなたよ。私が見間違えるはずないわ。これでも視力は良いのよ?」

「仮にそうだったとしても、僕は自分から喧嘩はしない主義だ」

「自分からは?」

「……言っておくが、僕は強くないぞ。流れで喧嘩に巻き込んでも、戦力にはならないからな」


 必死の抵抗を試みる。


 だが。


「仕方ないわね。……でも、サンドバッグくらいにはなるでしょ?」


 一瞬の間。


「待て待て。お前はどんな喧嘩をしようとしているんだ」

「あなたが彼らを引き付けている間に、背後から攻撃するわ。掴まれても大丈夫。私、小学生の頃柔道を習っていたから」

「何が大丈夫だ。僕は全然大丈夫じゃないだろ」

「天文部の為に犠牲になったあなたは、星座として未来永劫語り継がれるでしょうね。名付けて『サンドバッグ座フューチャー』。どう?」

「僕を勝手に殺すんじゃあない! あと、映画のタイトルをパクっても全然カッコよくないぞ。なんだ? サンドバッグで未来にでも行くのか? 行ったとかろでボコボコじゃないか」

「文句が多いわね……。動かして欲しいのは口じゃなくて、拳の方なんだけど」

「奴等に拳を振るう前に、僕はお前に振るいそうだ」


 渾身の返し虚しく、入宮は肩を竦めて見せるだけだった。まったく怖がっていない。まるで、僕が暴力など振るうわけがないとでも言いたけだ。


「そんな度胸ないくせに」


 言われた言葉に、もはや脱力するしかなかった。


「お前、いつか刺されるぞ」

「その時は守りなさい。私はあなたにとって、唯一の戦友よ?」

「戦友って言葉を人質に僕を身代わりにしようとするな。そんな戦友いてたまるか」

「戦いって残酷だものね。私を狙った攻撃が、偶然誰かに当たっても仕方ないこと」

「偶然を前借りするなよ……。本当にそうなったとき、誰も偶然なんて思わなくなるぞ」

「そんなことないわ。皆、私を預言者だと褒め称えるはずよ」

「お前の言う皆は単細胞の馬鹿ばっかりか。あと、入宮がさっきから言ってるのは預言じゃなく予告だからな? 殺害予告」

「殺害予告? 被害妄想も大概にして欲しいわね。訴えるわよ?」

「大概にして欲しいのは僕の方だ……」


 暖簾に腕押し、豆腐にかすがい。もう何を言っても無駄のようだった。そんな彼女に、最後一言だけ問いかける。


「僕は戦闘要員として入部させられたんだろ? だが、その価値は僕にない。退部してもいいか?」

「無理よ」

「無理って……」

「まだ、あなたの入部届けを出してないもの」

「なんだ、それじゃあ」

「それも無理」

「いや、まだ何も言ってないんだが」

「あなたは入部すると言ったわ。それに、こうも言った。武士に二言はないって」

「その後に、僕は武士じゃないけどなって付け加えただろ」

「覚えていないわ。否定するなら最初からそんなこと言わないで。それに、たとえそうだとしても、男なら約束は守りなさいよ」


 思わず唇を噛み締める。


「烏丸武人。逃げずに戦いなさい」

「いや、逃げようとはしていないんだが」

「してるじゃない。いい? 逃げても良いのは力の限り抗った者だけよ。抗わない者には逃げるという選択肢もないの。あるのは死だけよ」

「死って……おおげさな」

「おおげさでも何でもない。あなたは知らないだけよ。どれだけ多くの人が逃げ場を失って死を選んでいるのか」


 その言葉には、えもいわれぬ雰囲気があった。


 ズルいだろ……。そんな声を出されたら、そんな表情をされたら返していい言葉が見つからない。黙って、それを受け入れるしかない。たとえ、それまでの流れが無茶苦茶だったとしても。


「わかったよ。……で? 入部届けは誰に出せばいいんだ?」


 そこで初めて、天文部の顧問が誰かを明かされた。


「……まじですか」


 その名前に思わず聞き返してしまう。だが、入宮の言った教師の名前は、確かに聞き返す前と同じだった。


 だから。


「まじですか……」


 声のトーンを落として、もう同じやり取りを繰り返した。


作者の成長の為、忌憚のない意見をもらえると有難いです。

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