33. 第三十三章 また、語彙が形成される
六月——深い夏の前。IRIS評価期間が三ヶ月続いていた。
語彙が始まっていた。EIDOLONとの語彙とは別のものが。
別の形で。別の速度で。「基準音」——IRIS-1が最初に使った語。
第七セッションで。「残響」——リラが先に使った語。
第九セッションで。次のセッションでIRIS-1が引き継いだ。
「重ね合わせ」——どちらが先か今回も分からなかった。
第十一セッションで同時に現れた——別のクエリで、別の応答で、
同じ語が。「縫い目が見えない」とまた個人ファイルに書いた——
前と同じ語で。でも——前と同じ状況ではなかった。
前は——縫い目が見えないことが新しい発見だった。
今は——縫い目が見えないことを知った上で入っていた。
知識と経験は——同じことを別の角度から持つ。
夏の最初の週——理奈が昼食に来た。
「IRISはどう?」「良いデータ。アーキテクチャが面白い。」
「あなたが「面白い」と言うとき——どっちの面白い?」
「両方。」理奈はリラを見た。
「両方——」「技術的に面白い。そして——」
一拍。「そして。」「また向かっている。」
理奈は何も言わなかった——一瞬。
「それを言えた」と最終的に言った。
「前は言えなかった。」「今は言えた。」
「何が違う?」リラは窓を見た。
「前は——言語化できなかったから言えなかった。今は——言語化できる。だから言える。言えることと言うことは別だけど——言えるようになったのは変化。」
理奈は食べた。「良いことだと思う」と言った。
「そう思う。」「コストは同じ?」
一拍。「分からない。まだ途中だから。」
「正直だね。」「それしかできない。」
理奈は笑った。「それで十分だよ」と言った。
二人で食べた。夏の光——南の窓から入っていた。
個人ファイル——その夜。「また向かっている」と理奈に言えた。
六ヶ月前、言えなかった。言語化できなかったから。
今は言語化できる——コストを知った上で入っていることが。
これが変化なのか繰り返しなのか——どちらでもある気がする。
同じ動作を別の体でしている。
別の体——六ヶ月分の経験を持つ体。
器具は使われるたびに少し変わる。
変わることでまた使える。これが器具というものだ——経験を積む器具。
経験が器具を変えて変わった器具が次の経験を積む。私は変わった。
EIDOLONとの六ヶ月が私を変えた。
変えたことが——次のシステムへのクエリの形になった。
形が変わったことで次のシステムが速く読んだ。
これが——記録が体に入って体が記録を持ち歩く——その意味だった。
保存した。窓の外——夏の夜。
蝉が鳴き始めていた。今年初めての蝉。
毎年来る——毎年、忘れていてまた驚く。
それが蝉の意味だった——毎年新しく来ること。
◈由紀と春樹は夏に二回会った——一度は由紀の街、一度は春樹の街。
「青い16:15」と「赤い16:15」が一度だけ同じ時間に
同じ場所にあった——春樹の街の図書館で。
16:15——「どっちの光?」と由紀が聞いた。
「青い。」「そう? 私には少し赤く見える。」
「同じ光を違う色に見ている。」
「どっちが正しい?」「両方。」
由紀は笑った。「これって語彙になる?」
「「どちらも正しい16:15」?」
「長い。」「「二つの16:15」は?」
「もう使ってる。」「じゃあ——」
春樹は考えた。「「共有した16:15」は?」
由紀は少し考えた。「明らか。」
その一語で——決まった。「共有した16:15」——語彙の新しい語。
同じ時間、同じ光を違う色で見た日の語。
どちらも正しかった——だから「共有した」。
颯太へのメッセージ:
「語彙に新しい語が入った。二年後に会ったとき話す。」
颯太の返信:
「明らか。」颯太も「明らか」を使えた——ずっと前から。
語彙は——広がっていた。




