8.半成功体験
学園祭終了後の翌日、紅たちは学年主任と担任に呼び出されて振休日に登校する羽目になっていた。
もちろん責任の一端は俺にもあるが、他校の生徒と言うことでお咎めなしだ。しかし紅の父親も呼び出されているので俺は代わりに店番をしている。
とは言っても紅の家の熱帯魚はマニア向けの高級魚らしく滅多に客は来ない。来たとしてもそのほとんどが冷やかしである。
それでも一応店番は必要なわけで、俺は幼馴染と自分の名前が一緒になった紅龍が泳いでいるのをぼーっと眺めながら時間を潰していた。
デカい水槽を優雅に泳ぐ真っ赤な魚体を眺めていると、どうしても紅の唇を連想してしまう。ステージ用に派手目なメイクをしていたせいでその唇は真っ赤に彩られ、重ねられたグロスの煌めきも相まって本当にキレイだった。
別に紅とのキスは初めてじゃなかったけど、最後にしたのは小学校の卒業式の直後だった。あの時もなぜか教室に二人が残ってしまい、カーテンを被りながら唇を重ねたんだっけ。
中学に入ってからはずっと別のクラスだったし、周囲の目もあってやや距離が出来た様な気もしていた。それに、俺は大人っぽくなっていく紅を直視できずにもやもやした日々を過ごしていたのだ。
転機が訪れたのは紅に音大付属高校の推薦が決まったことだった。中学で知り合ったトモも同じ学校を受験すると言い、幼いころからミュージックスクールでずっと一緒のナオも受けると言う。
もちろん俺も一緒に通いたかったのでためらいなく進路を決めたのだった。
だが落ちた、見事なまでにあっさりと。そのことが今になって響いてくるとは夢にも思わなかった。俺が同じ音大付属へ行けていれば今回の騒動は避けられたかもしれない。
いや待てよ? 騒動になった大本は紅が暴れたからで、別の学校だったからでも女装がばれたからでもない。
ただきっかけは俺の独善的な演奏にあったと言えばその通りだ。それを演奏中に指摘してきた紅もまあ同罪みたいなものではある。
四人が戻ってきたらとりあえず謝るのが無難だろうか。問題はどのくらいの処分になるのかと、紅が平常心でいてくれるかどうかだ。
あいつが暴れ出すと俺もつい応戦してしまうし、そのせいで中学時代にはまともなバンド活動が出来なかった。
だが今回初めて学園祭でのライブが出来たのだ。それは確かに不完全だったけど、それでも思っていた通りめちゃくちゃアツくなれて気持ちのいいステージだった。
振り返ってみても、父さんのつてで上がったプロのステージよりもはるかに気持ちよかった。
そんな風に昨日のことを考えながら余韻に浸っていると、ようやく一行が帰ってきた。
「龍君、留守番ありがとう。どうせお客さんは来なかったと思うけどね」
「紅たち帰ってきたんですね。おじさんもお疲れさまでした」
「龍君! ただいまー! 先生たちったらもうすっごい怒っててね。こってり絞られちゃった」
「それで処分はどうなった? 当たり前だけど俺が男だってばれてたんだろ? ホント悪かった、みんなには迷惑かけちまったな」
「ん? メンバーに龍君が居るのは最初から申請済みだよ? だって他校の生徒が混ざるんだから当たり前じゃないの。怒られたのはステージ上でケンカして演奏中止になったのと、その後逃げたこと。特に逃げたのは不味かったみたい、えへっ」
「じゃあ春香のせいじゃねえか、つーかちょっと待てよ。始めから申請済みってことは男だってこともか? だったら俺が女装した意味ってなんなんだよ!」
「えっとね、かわいかったよ? 薫さんがノリノリだったからとても断れなかったんだもん」
「断れなかったんだもん、じゃねえよ! ちくしょう、母さんのやつふざけやがって…… 紅たちまで使ってろくなことしやがらねえぜ」
「でも楽しかったからいいじゃん。龍がかわいすぎて妬ましいのを除けばな。さっき学校行ったときに片づけしてた学際委員に聞かれちゃったよ。あのきれいな男子って誰なの? なんてな」
「そうそう、誰かの彼氏なのかとか、どこの学校なのかとかね。龍君モテモテでうらやましーなー」
どう考えても全員で楽しんで俺をからかっているようにしか見えないが、停学にならないのならまあ良かった。
大体話がおかしいとは思ってたんだ。トモやナオならともかく、紅や春香のような優等生が停学の危険があるようなことをするはずがない。
しかし無事に帰ってきたとは言え、四人とも反省文の提出程度は必要だったらしい。その反省文を揃って書くという名目で紅の親父さんにケーキをたかり、紅の部屋で軽い打ち上げをすることにした。
「反省文はともかく、ライブ楽しかったぁ。またやりたいけど学園祭だとまた来年っていうのが残念だよね」
「そうね、私も楽しかったからまたライブしたいな。でも春香の言うように次の学園祭は来年だもんね。いっそのことライブハウスへ乗りこんじゃう?」
「ライブハウスって行ったことないけどどんな感じ? やっぱりロックバンドが多いのか?」
「きっと智ちゃんだけじゃなくて、龍君以外誰も出演したことないんじゃないかな。でも紅は見に行ったことだけはあるけどね。龍君が超ノリノリで途中まではすごくカッコよかったんだよ」
「なんだよ途中までって…… あんときは紅が騒ぎだしておかしなことになったんじゃねえか。結局あの箱は出禁になっちまうし、マジ最低だったぜ」
「だって…… 龍君の初めてが奪われたような気になっちゃって…… 私はずっと大事にしてきたのにさ……」
「おい! その誤解を招くような言い方は止めろっての! しかもあんときのステージは俺にとって初めてじゃねえし。無理やり見に来てぶち壊したんだから反省くらいしてほしいもんだよ」
「龍君ってばいつまでも昔のことを引きずってたらダメだよ。紅だってちゃんと忘れようとしてるんだからね。事実は曲げられないんだし、紅が龍君の初めてじゃないことを受け入れるよ?」
「だーかーらーいーいーかーたー! なんでお前はそうやっておかしな言い方して俺を惑わすんだよ……」
相変わらずの堂々巡りで一向に話に終わりが見えてこない。それでもお互いの成長に従って、思考や言動がまともになってきてはいる。しかし周囲はそう思ってはくれない。
「だから夫婦漫才はいいんだってば。それよりも今後の活動について相談しよ。アタシはライブハウスっての興味あるなぁ」
「私はライブハウスじゃなくてもいいけど、オケ部にはちょっと退屈してるかな。ヴァイオリンが上手になるのは大切だけど、楽しめることも重要よね」
「それじゃ知ってる箱行って対バン募集探しておくよ。曲はどうする? オリジナルにするかカバーにするか。オリジナルやるなら四曲くらいは欲しいかもな」
「いくつか作りかけもあるし、あと三曲なら二週間くらいあればできると思う。練習だって一週間くらいあればできるでしょ。問題は歌詞なんだけど、紅ちゃんに任せちゃうね」
「頼むから電波全開なのは止めてくれよ? せめて曲調には合わせてもらいたいもんだ」
「あんまり文句言うなら龍君にやってもらうわよ? 愛があるなら紅ちゃんのセンスを信じなさいよね」
あれほど夫婦漫才とか言ってたくせに最後にはまた冷やかされてしまった。それでも今後の活動についての大筋は定まり、全員が希望しているバンド活動継続となったのは純粋にうれしい。
その後は反省文を書いている四人のためにお茶くみ係としてこき使われたのだった。




