4.屈辱のスタジオ
俺は後悔しながらも練習に励んでいた…… 励みたくはないのだが本番でぼろが出ても困ると言われたらむやみに拒絶することもできない。
「うーん、まあまあ良くなってきたけどね。どうしても肩で風切るような歩き方が出ちゃうみたい? いっそのこと暗い子って設定にしてトボトボ歩いた方がいいんじゃないかな」
「それも一つの手かも、ナオちゃんさすがー! うつむいてる方が恥ずかしくないだろうし、龍君もそのほうがいいんじゃない?」
「どうせベースなんて誰も見てないから平気じゃね? あー、でもソロパートもあるんだっけね、地味なくせに」
「トモ! いくらなんでもその言い草はひどいんじゃねえの? 俺がどんな思いでこんな格好してると思ってんだよ!」
「えっ? 紅ちゃんのスカート履けて嬉しい、とか? それともあたしの新たな魅力…… とか思ってる? このまま編入して来ればいいじゃない、あはは、ウケる」
「全然面白くねえよ! しかも練習の時までスカート履かせる意味あんのかよ!」
「もちろん大ありだよ、龍君かわいいもん! 細いから紅のスカートピッタリだし、制服だったら丈も長いから全然わかんないよ」
紅だけはクッソ真面目に言ってるが、他のメンバーは明らかにからかって楽しんでやがる。特に俺の天敵とも言える吹田智美は遠慮なくズバズバと悪口を言って来るからタチが悪い。
その中では浪打春香が一番マシで、少なくとも暴言は吐かない、と思い込んでいた。
「でもせめてすねは剃っておいてほしかったわね。紅ちゃんのスカートからもじゃもじゃ覗いてるのは品が悪いわ。当日はちゃんと全部処理しておいてよね、ワキも忘れずに」
「ワキは必要ないだろ! どうせ見えないんだしさ」
「袖口から結構見えるのよ。クラスでも油断してる子のムダ毛が見えちゃうじゃない? あれって言ってあげた方がいいのか悩むわよね」
「わっかるー、アタシは結構言っちゃうけどね。そう言う話してると男子が聞き耳立ててるときあってさ」
「キッモー、男子ってホントヤラシイよね。俺は硬派だから、みたいに装ってるくせに話はちゃんと聞いてたりしてさ。こないだもお昼に――」
「ゴホン、俺も男なんだが…… マジで女って怖えわ」
「何言ってんのよ、好きな子のスカート履いたヘンタイのくせに。まさか持って帰ったりしないでしょうね?」
「持って帰るわけねえだろ! トモは俺のことなんだと思ってんだよ! それに、別に…… 好きとかじゃねえから……」
「まったく良く言うわ、中学の時に何人振ったのよ! 『俺、好きな女子いるから、ゴメン』とか言っちゃってさ。アタシが知ってるだけでも五人はいたわ。吹部の子の時なんて落ち込んで練習来なくなって大変だったんだから」
「それ俺のせいじゃねえじゃんか…… まあ昔話はどうでもいいよ、それよりそろそろ曲決めねえの? どうせ魔法少女プリティースターのOPとEDは譲らないんだろ?」
「当然よ! プリスタはマスト! 紅の希望はそれだけだから後は決めていいよ。持ち時間二十分だし、四曲までは絶対出来るからね」
「じゃあ一人一曲ずつ希望を挙げよっか。ナオのオリジナルはラストで確定だからその前かな」
「あの曲やってくれるの確定ならアタシは希望無しで! 智ちゃんと春香は? なにか希望ある?」
「私はミュージカルとかの長い曲しか知らないからパス。智美が決めていいよ、一応龍君の意見聞いてもいいけど――」
「龍君の希望はどうせ洋楽のごちゃごちゃした奴だよ? ベースの音は最高なのに音楽センスが致命的なんだもん。紅はいつもそこだけが惜しいと思ってるのよね」
「どうせでもごちゃごちゃでもねえ! メタルの良さがわからねえくせに偉そうなこと言うな!」
「龍君だってプリスタをバカにするじゃないの! 昔は一緒に変身ポーズやってくれてたのにさ…… もう紅の事嫌いになっちゃったんでしょ……」
「いやそうじゃねえけど、今そんなこと言うなよ…… しかも保育園の時の話じゃねえか……」
いつまでもこんな雑談では決まるものも決まらない。最終的には時間も少ない事だし、全員が知ってると言う理由で当たり障りのないCM曲に決まった。
そんなことよりも、最後の追い込みだからと言って強制的に着せられた紅のスカートは、今時あり得ないくらい丈が長く、俺が履いてもひざ丈くらいだった。
紅の制服姿は特別野暮ったいと言うことは無かったはずだが、やはりそこはやっつけの女装もどきということだろう。
上はいつものようにバンドのロゴTシャツ、下には短パンを履いてスカートを重ねている姿は学校のやつに絶対見られたくない姿だ。
それなのに、ナオとトモの二人にパシャパシャと写真を撮られ無言の脅迫を受けていた。紅はニコニコしているだけで止める気はなさそうだ。
そしてこのバンド最後の良心だと思っていた春香は完全に知らんぷりで、ただ単に俺に興味がないって感じだった。
「なあ、本当に制服じゃないとダメなのか? せめてジャージってわけにはいかねえの?」
「うちの学校ジャージないよ。龍君は知らなかったかもしれないけど、体育の実技授業無いもん。あ、水泳もないから水着も無理だからね」
「水着なんてこれっぽっちも考えてなかったっつーの! でも体育ないのは羨ましいぜ、夏は暑いし冬は寒いもんなぁ」
「うんうん、着替えもないし汗かいて匂い気にしなくていいのよ? 龍君も音大付属にすれば良かったのに。そしたら一緒に通えたんだけどなぁ」
「紅、お前それわざと言ってんのか? 落ちたんですよ? わかる? 受験失敗したでしょうが!」
「アレはビックリしたわよね。性格と音楽の趣味はともかく腕だけは確かだと思ってたんだけどまさか落ちるなんてね。この腕で落ちる人いるんだなってちょっとした衝撃だったわよ」
「だって俺楽譜読めねえし音楽理論まるっきりわからねえからな。しかも学科もあるとか知らなかったぜ」
「無いわけないのに…… アンタやっぱおかしいわ。絶対落ちてるからって一緒に見に行かないしさぁ。合格発表で紅ちゃんが号泣して大変だったもん」
「あれ凄かったもんね。当時まだ友達じゃなかった私はちょっとひいてたわ。受かると思ってたんだろうなぁってね。それなのに新入生挨拶で登壇した時はもう一度びっくりしたわ」
「春香ちゃんが覚えてくれてたなんて嬉しかったな。智ちゃんが連れてきた時に紅は運命を感じたの! ベートーベンだよ!」
「いやいや、運命は大げさだしベートーベンでもないから。まったく紅ちゃんはホント不思議ちゃんなんだから」
こんな女子トークが続いている間、俺はスカート姿のまま完全に帰るタイミングを失っていた。




