12.もう一つの試練
ライブ前日までに十分な練習を積んできた俺たちに死角はない、はずだったのだが、俺には直前まで赤点教科の追試と補講があった。
そのため少しだけ練習時間が削られたが、まあ大した問題ではない。そんなことよりも赤点を取ったことをバカにされることが精神的にきつい。
「なんで龍君はそう詰めが甘いの? バンドの練習が大切ならテストもちゃんとがんばってよね。普段さぼってるから赤点取ったりするんだよ?」
「そうそう、勉強嫌いなのはわかるけど、最低限はやっておかないとね。あまり成績悪いとご両親にも怒られちゃうかもしれないでしょ?」
「うーん、どっちも勉強嫌いなタイプだからなにも言わねえな。入ったからには卒業だけはするよう言われてるけどさ」
「だからさ、授業をちゃんと受けるだけで卒業くらいできるでしょ。別にそれなりでいいのに、なんで真面目にやらないのよ」
「ベースだけ上手くてもいい男とは言えないわ。私たちの中で唯一あんただけが不出来なんて恥ずかしいでしょうに」
「そうだよ、紅は龍君のこと大好きだけどあんまりおバカな人はちょっとね…… だからもうちょっとは頑張ってくれないと結婚できなくなっちゃうよ? そうなったら龍君も嫌だろうし人生設計が狂って困るでしょ?」
言い方はひどいがトモや春香の言うことはもっともだ。紅は相変わらず支離滅裂だが内容的には無視できない。
とは言えこいつらに責められても俺は真面目に高校へ通っているし、授業もきちんと受けていて一度もサボったことはない。ということはもしかして俺は頭が悪いのだろうか……
それでもライブへの影響はほぼ無く、無事に当日を迎えられそうでなによりだ。しかしその引き換えとして、冬休みには冬期講習へ通うことを約束させられてしまった。
学校が違うため普段の学習態度がわからない。そのため強制的に予備校送りにされたと言うわけだ。
「わかったわかった、その条件は飲むけどさ。三学期の期末試験で赤点取ったら首ってのはひどすぎないか? いや、今から予防線を張るわけじゃないが、世の中には頭のいい奴悪い奴がいるんだぜ? もちろんそのくらいの覚悟で勉強しろって言うならやるつもりはあるけどさ」
「じゃあこうしましょ。 赤点が無かったら次のライブまでは女装免除にするわ。そのかわり連続で赤点を取ったらスパッツ無しにするからね!」
「そりゃちょっと無茶言いすぎだろ。あんな短いスカートじゃパンツ丸見えじゃねえか」
「そうなりたくなかったら勉強頑張るのね。予備校だけで足りない場合は私が面倒見てあげてもいいわよ? 紅は成績いいけど人に教えるのは無理だもんね」
確かにこの中で勉強を教わるとすれば春香だろう。成績優秀でも他人とのコミュニケーション能力が皆無な紅は論外として、トモとナオは似たり寄ったりというか音楽関連特化で一般科目はごく普通らしい。
それに引き換え春香はヴァイオリンだけではなく、一般科目も成績優秀でいわゆる才色兼備文武両道のお嬢様である。
そんなお嬢様がなぜか紅のスカウトにあっさりと耳を傾けたのは、合格発表で号泣していたという紅のインパクトがそれほど強かったからだろう。
「わかったよ、条件を呑もうじゃないか。赤点さえ取らなきゃいいんだから楽なもんさ。俺だってやるときゃやるってところを見せてやるぜ」
「あーん、さすが龍君、かっこいいよー きっと紅のために頑張ってくれるって信じてるからね」
「ややこしくなるからお前は黙っててくれよ…… とにかく今はライブに集中して、勉強のことはそれから考えることにするわ」
色々とややこしい話にはなったが、まずは目の前のライブを成功させることが第一だ。そこに俺たちのバンドの未来、そして俺の尊厳がかかっている。
そんな気合が空回りしたのか力が入り過ぎたのか何とも言えないが、リハで前に出過ぎた俺は紅にこっぴどく叱られたのだった。
「ねえ龍君? リハだから大目に見たけど本番ではちゃんとしてね。せっかくPAさんにバランスよく調整していただいてるのに台無しにするのは失礼でしょ?」
「はい…… 肝に銘じておきます…… でも目一杯弾けないのはフラストレーションがたまるなぁ。そのへんなんとかなるといいんだけど」
「龍君がいつも同じように演奏すればいいだけだよ? 興奮すると演奏が変わるなんて一流とは言えないんだからね」
こう言われてぐうの音も出ないままリハは終わり、あとは明日のライブを待つばかりだ。今回の出番は五バンド中三番目なので出番が来るまでゆっくりできそうだが、それは集客を期待されていることを示している。
とりあえず渡されたフライヤーを学校で撒いては見たが、俺の人脈でどの程度の効果があるかは疑問である。
そんな多少の不安を抱えながら迎えたライブ当日、開場まもなく店内は半分埋まる程度には客が入っていた。しかもそのほとんどは音大付属の生徒で、一年生ながら全校に名前と顔の売れている紅と春香が学園祭でバンドを組んだことが大きかった。
そして…… 不本意ながら色々な意味で有名になってしまった他校生の影響がないとは言えなかった。
とは言え、ただ有名になっただけでファンがついたわけではなく、付けられたのは不名誉な女装ベーシストとの称号だった。その不名誉称号は、紅たちが校内に宣伝した際にも伝えられているらしい。
まさかそれを目当てに来ている人はいないだろうが、見に来た中には興味本位でついでに冷やかしてやろうと考える奴がいるかもしれない。
まあ他校の生徒に冷やかされても困りはしないが、照れくささや恥ずかしさはあって当然だ。
なんにせよ客入りが一番大切なのだから、恥でもなんでも受け入れるしかない。せっかく集めた客を演奏で心をつかみ、不満はライブで発散してやろうと気を引き締める。
イイ感じの緊張感の中、ようやく開園時間が来てライブが始まり、一組目、二組目とそこそこの盛り上がりを見せいよいよ俺たちの番がやってきた。入れ替えで真っ暗なステージへ向かうと鼓動が早くなり気分が高揚してくることを示す。
そしていよいよステージライトが五人を照らし『紅龍』のライブが幕を開けた。今日のセトリはポップにロック、エレクトロニカ、最後はゴリゴリのアイドルソングで締めくくる四曲構成だ。
学園祭の時よりもさらに盛り上がったライブに俺たちは大興奮で最高の演奏ができ、観客を巻き込んで大騒ぎのステージだった。
「もうさぁ、龍君はいい加減学習しなよ。あそこで紅ちゃんが止めなかったらホントヤバかったんだからね」
「ナオちゃん、そんなに責めたりしないで。紅だって興奮して龍君のこと絞めちゃったし…… ちょっとやり過ぎちゃったかなって反省してるの」
「いや、確かに俺もノリ過ぎて危なかったよ。今日のところは助かったと礼を言っとく」
「まったく生意気言っちゃってさ。ホントは女子に黄色い声援送られて喜んでたんじゃないの? カワイーとか叫ばれちゃって凄かったもんね」
「マジ勘弁してほしいわ。うちの高校の生徒が来てなかったことを祈るしかねえ。こんな醜態晒し続けないためには勉強もやるしかないなんてふざけてやがるぜ」
「いやいや、バンド関係なく勉強はやろうよ。アタシたちは高校生なんだしさ。いくらなんでも卒業できなかったら困るってば」
せっかく気分よくライブを終えることが出来たって言うのに、最後の最後に現実に引き戻されてガッカリだ。
こうして冬休みを迎えることになり、俺は冬期講習とクリスマスのアルバイトを前にあきらめの境地とでも言えそうな気分でライブハウスを後にした。




