13.バンドマンの休息
オレの冬期講習は一日で終わった。正確には体験講習だけだ。
「あのさ? あんまりきついこと言いたくはないんだけどホントにやる気ある?」
「そ、そりゃあるさ。別にわざとバカな振りしてるわけないだろ? そんなことしたっていいことないし……」
「龍君? ナオちゃんはイヤミを言ってるんじゃないのよ? 龍君のこと心配してくれてるんだからそんな風にふてくされちゃダメでしょ?」
「わかってる、わかってるけどなあ…… そんなにダメだったか?」
「ダメじゃないと思ってるならそのことに驚くけどね。先生に聞いたら初歩の初歩しか理解できてないから予備校で学ぶのは難しいって。そんなの初めて聞いたわよ」
「もう春香ちゃんにお願いするしかないね。紅が教えてもいいんだけど、人に教えるの得意じゃないからごめんね」
「いや、そりゃそうだろうとしか思わないから気にすんな。それにしても俺ってもしかして相当バカなのかな……」
「ちなみに高校は学力で選んだんじゃないよね? 近いからとかそういう理由だとおもってたんだけど…… まさか……」
「まさかってなんだよ。音大付属行くつもりだったから受験勉強なんてなにもしてなくてなあ。二次募集で間違いなく受かるところを選んだだけだ。悪いか!」
「そっか…… しかもその学校で赤点取っちゃうんだもんなあ。中学の時はそれほどじゃなかったと思ってたけど、赤点とかないし気付かなかっただけかも」
「そうだなあ。成績はクラスで下の中ってとこだけど、そこからベース弾くばっかで受験勉強なにもしなかったし、高校入ってからはバンドに夢中だったからなあ」
「まあダイジョブだよ。龍君のパンツ見られても紅は嫉妬とかしないし、幻滅もしないから安心していいってば。だから今日はもう気分転換で遊び行っちゃお?」
全然慰めにも励ましにもなっていないが、遊びに行こうというのは賛成だ。なんといってもなにが行われているのかさっぱりわからない教室に、長時間拘束されていたのだから頭がつかれている。
紅はなにやらスマホをポチポチしてるが、トモと春香に連絡しているのかもしれない。ナオはナオで画面を紅へ見せてこそこそ話している。
「なあ、なんでひそひそ話してるんだ? やな予感しかしないんだけど?」
「そんなことないよ? 別に龍君を女装させようとか思ってないって。どこ行こうかって紅ちゃんと相談してるだけ」
「絶対だな? 紅、ホントか?」
「ホントだよ。女装じゃないってば。もう龍君たら警戒しすぎだよ。もっと紅たちを信じてほしいな」
「女装じゃないっていちいち言うところが気になるんだけど…… まあいいや、それでどこ行くんだ?」
◇◇◇
「確かに女装ではないけどな……」
「はーい、ちょっと動かないでね。それにしても男の子なのにすごくきれいね。やりがいがあるわ」
「これ褒められてるのか? それともからかわれてるのかわからねえ……」
オレは今、紅の知り合いのやっているネイルサロンにいる…… 正確には母親の花子さんが懇意にしている店だ。
「ほーら、かわいくできたでしょう? きちんとお手入れしてあるからすごくやりやすかったわ。でも楽器弾いたらはがれちゃうわね」
「すいません、紅のやつがバカなことやらせちゃって。ちなみにこれってどれくらいで落ちるんですか?」
「五日から一週間くらいかしらね。途中で落としたかったら紅ちゃんに言ってやってもらったらいいわよ? それにしても彼氏君連れてきたのは初めてね」
「いや、彼氏じゃないんで」
「そうだよ? 龍君は彼氏じゃなくてダンナサマなの、えへへ」
「もう紅ちゃんったらおませちゃんなんだからー」
まったく頭が痛くなってくる。しかもこんなの塗られたまま五日も過ごせるかって話だ。先に完成していたナオは満足げに自分の爪を眺めている。
「紅はしょっちゅうやってもらってるのか? お仕事中に迷惑ですよね? ホントすいません。こいつずうずうしくて遠慮ってもんを知らないからなあ」
「ちがうもん、紅はお手伝いに来てるんだよ? 今ナオちゃんのネイルやってくれた方とかの練習なの。そうですよねー?」
「ええ、美容院でもカットモデルってあるじゃない? あれと一緒で、まだ不慣れな子たちは自分たちで練習しあったりするんだけど、やりすぎると爪が痛んじゃうの」
「じゃあ料金もタダ!? 余計迷惑じゃないですか!」
「なんで龍君がそんなに心配するわけ? もしかして浮気? サイテー! 夏目さんが美人だからって紅から乗り換えようと思ってるんでしょ!」
「だからなんでそうなるんだよ…… とりあえずお前は黙っとけ? 本当は迷惑なら言ってくださいね。オレが花子さんに言いつけちゃいますから」
「うふふ、彼氏君、違ったわ、ダンナ君ってばやさしいのね。でも本当に大丈夫だから心配しないでいいわよ? 次からも一緒に来てね」
こんな風に塗られるのはもう勘弁だと言いたかったが、そんなことを言おうものなら紅が例の録音をデカデカと再生しそうだ。
しかたなくオレは力なくうなずいてお茶を濁す。もしかしてコレからもずっとこうして紅の思うがままにされるのかもしれない。
だけど困った顔をしながらも、コイツのわがままに付き合うことを楽しいと感じている自分にも気づいている。
まったくオレも変な奴に惚れちゃったもんだ。そんなことを考えながら、ずっと先の将来まで一緒にいることを願いつつネイルサロンを後にした。




