10.想定外ばかり
春香が来るまでの間、俺は受験勉強以上に頭を働かせてその時を待った。しかし――
「ほんときっちりと言い放って辞めて来たから清々したわ。確かに三年生は最後の大きな舞台だってわかるけどね。それなら相応の練習をすべきだと思わない?」
「わかるわー、アタシも中学の吹部で似たようなことあったもん。同じ三年生だったんだけど、選ばれなくて二年生に嫌がらせしててさ。あーいうのほんとサイアクだけどなかなか無くならないよね」
「やっぱり人数多いと難しいもんなんだなぁ。俺はそう言うの知らないから結構深刻な問題かと思いこんでたよ」
「なんだかみんなに心配かけたみたいで申し訳ない。でも学祭の前からオケ部は辞めるつもりだったしなんの問題もないわ。もうすっきりしすぎて自分でもびっくりしてるくらいだもの」
「紅もすごく心配したんだよ?春香ちゃんがバンド辞めることになったらどうしようかなって」
「やっぱり紅ちゃんはずれてるなぁ。春ちゃんがバンド辞めるはずないの。辞めようとしてたのは部活だから逆なんだってば」
「でも逆だったらその逆になるかもしれないでしょ? 逆の逆は最初に戻っちゃうんだからね」
春香の件は俺の考えすぎだったらしく無事に解決したと聞いてホッとしてたのに、紅たちに意味不明な会話を聞かされて頭が痛くなる。
だがこれで思い切りバンド練習に打ちこめる。まずは来週末に迫ったライブハウスでのステージだ。
これからライブまでは毎日練習だ、と張り切っては見たものの、今日はもう遅くなってしまったのでミーティングと称したお茶会で終わってしまった。
それ自体は別にいいが、こう言う時にはいつもお茶くみ係にされるのが気に食わない。かといって抵抗しても無駄なのがわかりきっているので、黒一点の俺は大人しく給仕に励むのだった。
◇◇◇
翌日、紅が使うショルキーを父さんの職場まで取りに行った俺は、ちゃっかりとヴァイオリン用のピエゾピックアップも借りることに成功した。
これで機材の準備は万全だ。授業にも身が入らず学校が終わったら速攻で帰ってきて即練習、全員集まってからまた練習と繰り返した。
やはり十分な時間を取って集中すると上達が早い。全ての曲で充分なパフォーマンスを発揮できるだろう。
ライブ前日にはステージでの音合わせとリハが予定されているが、今の状態なら他のバンドの前でも恥ずかしくない演奏ができるはずなので楽しみだ。
だが俺たちにそんな順風満帆は似合わない。
「何回言ったらわかんだよ! そんな腐った音出すなって言ってんだ! お前なんてもう必要ない!! クビだクビ! 二度と顔出すな!」
「ふざけんじゃねえ! 何もわからねえくせに! こんなチャラチャラしたバンドなんてやってられっか!! 一生おままごとやってろよ!」
こうして俺はライブ二日前に再びバンドをクビになった。それはもう様式美と言えるくらいの予定調和、紅はどうせすぐに謝ってくるはず。なぜならそこまでがいつもの流れだからだ。
それにしても紅はいつも興奮しすぎだ。練習中に熱が入るのはいいけどライブ中に癇癪を起されるのは困る。原因ははっきりしていて俺のベースが気に食わないからだ。
そりゃ確かにあいつの好きなアイドルソングとは相性が悪いのかもしれないが、俺には俺の音作りってもんがある。
だいたいそこまで不満なら、別のベーシストを探す事だってできるだろう。もちろん俺は紅とバンド活動を続けていきたい。
いくらケンカしようが追い出されようが簡単に戻って行くのはそのためだ。例え弱みを突かれようと強引に命令されようと戻れるならそれで満足なのだ。
それは俺が紅に惚れているからでも弱みを握られているからでもない。あいつのことをアーティストとして尊敬しているからだ。そう、尊敬しているんだ、尊敬。
部屋でゴロゴロしながらそんなことを考えていると、ドンドンと壁を叩く音が聞こえてきた。どうやら気が収まった紅が、俺の部屋の外壁を突っ張りポールで叩きはじめたようだ。俺は窓へ近づいてサッシを開けて怒鳴りつける。
「だからそんなに叩くなっていつも言ってるだろ! 用があるなら電話でもメッセでもすればいいじゃねえか!」
「だっていっつも龍君無視するじゃない? それに今すぐ顔が見たいんだもん…… だめ? 智ちゃんのシュークリームもあるよ?」
「わかったよ、今そっち行くから待ってろ」
はっきり言っていつものことだと内心では飽きれつつも喜んでいるが、それを表には出さないようそっけなく返事をしてから紅の部屋へと向かった。
営業終了後に店内を掃除をしていた紅の親父さんはいつものようにニコニコしながら通してくれるが、これがもう何度目のことなのかなんてとても数えきれない。
部屋に入ると全員でお茶している真っ最中で、タイミングよく空になったポットへお湯を足しに行くのは俺の役目らしい。
お湯を沸かしてから再び部屋へ戻って来てから全員分の紅茶を淹れ、テーブルに残されていた最後の一つにありつくことが出来た。
「それでね、龍君にも一応意見を聞いておこうと思ったんだけどさ。バンド名はこの間と同じTシャツで済むから『紅龍』でいいよね? さっきおじさんが紅ちゃんと話してさ、ステージに『剛田龍魚店』て掲げる約束になったの」
「マジかよ、まあナオたちもそれでいいなら俺は構わないけどな。ホントにスポンサーみたいな真似してくれるのか?」
「とりあえず打ち上げのご飯代は出してくれるって。でも条件がもう一つあってね…… えっと、全員同じ衣装にしないとダメだって言われちゃった」
「ちょっと待て!? それはもしかして俺もなのか? もちろんあれだよな、Tシャツにジーンズとかそういう――」
「ま、まさかそんな、ねえ? 衣装はあの…… 龍君ママが用意するって言ってるなんて……」
俺はナオが言い辛そうにぼそぼそと呟いたことを一字一句逃さずとらえ、母さんが紅の親父さんに圧力をかけたことを悟った。
なんせ、すでに歌手活動を始めていた紅の母親に親父さんを引き合わせ、半ば強引にくっつけたのがうちの母さんなのだ。それだけに紅の親父さんは母さんに頭が上がらず言いなりなのである。
「ちくしょう、母さんのやつ面白がりやがって…… 俺は嫌だからな、あんな醜態晒すのはもう二度とごめんだ!」
「でも紅は龍君のスカート姿いいと思ったけどなぁ。すっごくかわいかったし似合ってたよ? それにスコットランドでは男性もスカート履くじゃない、問題なしだよ」
「アホか、ここは日本だっての! なんでいつも俺ばかりおかしな目にあわされなきゃいけねえんだよ!」
「龍君ばかりじゃないよ? この間だって今度だってみんな一緒の衣装だもん。ね? お揃いだからがんばろ?」
紅と真正面から話をしていても無駄だと知っている俺は話を早々に切り上げて、首謀者の母さんへメッセージを送った。
こんな恥ずかしいこと絶対にやめさせなければならない。もしかしたら学校の誰かが見に来ることだってあるかもしれない。
だが帰ってきた返事はさらに絶望的なものだった。
『もう衣装はできてるから写真を添付しておくわ。
この為にわざわざ作ったんだから断ったら龍に衣装代請求するからね』
その写真には、紅好みのゴシックパンクなフリルスカートにゴツ目の厚底ブーツ、それにヘアアクセ各種、そしてわずかな良心だと思われる七分丈くらいのスパッツ一枚写っていた。




