いつまでもテレジアと結婚できないのか?
近ごろ気にくわない。テレジアとわたしとを結ぶ「すべてが共に働いて益となる」のことば。
テレジアは青鉛筆を使って脇線を二重に引いている──凡てのこと相働きて益となるを我らは知る。
けれどもこいつには長い前置きがあって、そのページをよく見るとこうだ──神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の爲には、凡てのこと相働きて益となるを我らは知る。
前置き付きの全部にテレジアは二重線を引っ張った。お気に入りの一句なのだろう、上の余白に今度は青のボールペンで英文訳を書き入れた──28 And we know that to them that love God all things work together for good, even to them that are called according to his purpose.
つまり何か、神を愛さない者は召されていない者だし、神に召された者でなければ必ずしも全てが共に働いて益とはならない?
これは気にくわない言いぐさだ。わたしは気にくわない。なぜテレジアは肝腎な前置きを省略したか。ちょん切った文を二人のテーマにと提案したテレジア、あなたの狙いは何だったのか。
しかしながらなお気にくわないことがここにある。伯母様の勧めで『ルカ傳福音書』を読んでみた。ときどき伯母様に言葉を教示願いながら、わりと叮嚀に読んだ。
相も変わらずテレジアの書き込みで満ちている。『ルカ傳福音書』は二段組みで50ページ。結構な分量だ。テレジアと一緒になって読んでいるような、ある種の錯覚を楽しむことが出来たのだが、非常に不満だったのはここ↓
「この世の子らは娶り嫁ぎすれど、かの世に入るに、死人の中より甦へるに相應しとせらるる者は、娶り嫁ぎすることなし。」
伯母様にそういう意味かと尋ねたら、そういう意味だという。要するに、わたしはこれから天国に行ったって結婚みたいな制度は存在しない、いつまで待とうとテレジアと夫婦になれないわけだ。




