我がテレジアよ、罪深い我を憐み給へ
〈 2026年5月18日、月曜。今日も暑い一日に。青空は良いがとても散歩どころでない。昨日見ていた文語体の聖書だけれど、物は新しい。1997年、日本聖書協会発行。
今朝訪問すると伯母様が出して来た年代物の一冊。東京大司教出版認可、ことのほかテレジアに愛された一冊。昭和31年発行。二人が生まれる二十年も前、定価250円の新約聖書。発行者は修道会。いかにも彼女らしい。シスターを夢見た。
やはり伯母様の物だった。書棚で埃をかぶっているのを見つけたテレジアがねだった。彼女でも片手に乗るぐらいの小さな一冊。
日本聖書協会のは大きくて、マラキ書のあとへ『我らの主なる救主イエス・キリストの新約聖書 改譯 二十七巻』としてある。中は傍線だらけ、書き込みでいっぱい。色鉛筆やらカラーペンで残されたテレジアの跡。
東京大司教出版認可のは、どこへ行くにも持ち歩いたというわりに綺麗。よほど大事にしたと分かる。書き込みも何も見えない。『公教宣教師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』
例の文句を公教宣教師ラゲ譯で見ると──萬事共に働きて其爲に益あらざるはなし。公教宣教師ともなれば、こういう達意の文語が出て来るのか。
伯母様が教会から持って帰った『聖書と典礼 2026.5.17』と突き合わせつつ、今朝は公教宣教師の聖書より昨日のミサ箇所を探して読み聞かせた──使徒たちの宣教、使徒パウロのエフェソの教会への手紙、マタイによる福音。午後はお八つのあと訪問入浴の予定。〉
さてここからはポチの話等と違って慎重を期しなければならない。が、彼女のためにしないわけに行かない。
中高時代のテレジアが──なかでも高校生になったテレジアが──帰っていた目的は、讃美歌の伴奏を練習することが主でなかった。早々に帰宅するのには、もっと深刻な要請があったはずで。それは、親族にまつわる事柄であって、その要請から、テレジアは、家をあけることを嫌ったのだ。
要請は、彼女が小学校高学年ぐらいには既に萌していたと聞く。中学生、それから高校生とあがるのにつれて、加速度的に退け難い要請となった。最も献身して尽くしたのは、テレジアと、それからテレジアの伯母だった。テレジアの七つ年長である兄上は、キリスト教神学を修めるべく、海外留学中であり、要請にこたえることが物理的に可能でなかった。
テレジアだって中学生らしい時をすごしたくないわけがあろうか。それを、あたかも何か宗教オタクだったかのように言われるとしたら、誰でも心外だし、不快だ。手をはらいのけて当たり前。わたしの配慮不足、思慮不足だった。テレジア、愚かな田村を赦してください。聖母マリアよ、罪深い我のためにイエズスに祈りたまえ。




