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『ブレイヴイマジン』第7章 オープンゲート①

 深夜だった。また目が覚めた時、俺は周囲が騒がしい事に気付いた。

 マンティス総統が死亡し、パトリオットが実質的に崩壊した現在でも、俺たちは念の為まだ街には戻らず、郊外で野宿をしていた。起きて街の方を目に捉えると、俺はぎょっとする。

 王宮の居館、ドーム状の砦のような部分が、上空に浮き上がっていた。地脈を使っての浮上、俺たちが予想していたそれが現実になっている。チャクラバルティンが使われるのか、俺たちは焼き尽くされてしまうのか、と不安が込み上げた。ガーディさんが生きていると分かったからには、俺は油断出来なかった。

 しかし、それは高度を上げると、回転し、改造されたらしい外壁のエンジンのような噴射口から光芒を引き、進み出した。

 巨大な砦は、北東に向かって速度を上げ、飛び去って行った。


          *   *   *


 翌日、街に残ったヴェンジャーズを捕縛しに行った自警団が戻って来て報告した事は、不吉なものだった。

「ヴェンジャーズ本拠地は、もぬけの殻でした。街をうろついていたパトリオットの部隊も、完全に姿を消しています」

「一人も居ないんですか?」

 コーディアが尋ねると、報告してきた団員──デルフィン地区の自警団だった──は、困惑したように眉根をハの字型に曲げた。

「代わりに、殿下が……街を歩いている途中で邂逅し、私たちと出会うや否や、何かを言われかけて……そのまま、お倒れに」

「ええっ!?」

 俺たちは耳を疑う。団員が場所を空けると、その後ろから二人の住民が担架を運んで来た。急な事で、その場で応急処置を施されたらしく、包帯を粗く巻かれた人体がその上に横たわっていた。

「イヴァルディさん、あなたは……!」

 ユリアが、声を上げて担架へ駆け寄った。確かにそこにはイヴァルディさんが横たわり、夢の中でも苦痛を感じているのか、ひっきりなしに呻いていた。

「何で、また……」

「お医者さんでも、魔法使いの方でもいいです! 誰か、彼を回復出来る人は居ませんか!?」

 シルフィが、街の人々に向かって叫ぶ。薨御したとばかり思われていた皇太子が現れた事で、住民たちは皆一瞬固まってその場に立ち尽くしていたが、やがてわっと声を上げて俺たちの周りに集まってきた。


          *   *   *


 正午になる直前、イヴァルディさんが目を覚ました。昨日から深い傷を負ったまま放置されていたせいで、体力は相当削られていたらしい、覚醒するや否や、俺たちが何かを言うよりも早く水を求め、水筒が差し出されるやそれをたちまちのうちに空にしてしまった。

「……ああ、何とか生き返ったよ。それにしてもお腹が空いた……痛てて!」

 彼は起き上がりかけ、包帯を巻き替えたばかりの腹部を押さえた。コーディアが慌てて、「無茶しちゃ駄目ですよ」と言いつつ再び寝かせた。

「無事……ではないですけど、命が助かって良かったです。自力で、ヴェンジャーズ本拠地から脱出出来たんですか?」

「そう、だね。目を覚ました時、君たちが居なかったから……ああ、別に責めている訳じゃない、僕だってヤークトに斬られた時は、もう死んだと思ったからね。だけど起き上がろうとしたら……何とね。総裁室は崩壊しかかって、ガーディが魔術師と総統、二人の遺体を兵士に運ばせようとしているじゃないか。危うく声を上げそうになったけど、(とど)めを刺されちゃ堪らないから黙っていたよ」

 彼は言い、ロゼルの方を見た。「お、おい! 泣くなよ!」

 俺たちが視線を向けると、ロゼルは白衣の袖で眼鏡を押し上げ、嗚咽していた。

「だって……だって、イヴァルディさん、死んじゃったかと思ったから……!」

 良かった、と繰り返す彼女に、俺たちの空気が幾分か和む。イヴァルディさんも、ふっと微笑んだ。

「僕も良かったよ、君にフォームメダルが戻って。……だけど、今は手放しで喜んでいる訳には行かない状況かもしれないんだ」

「どういう事ですか?」

「君たちも多分、昨夜見ているだろう? 王宮の一部が空中要塞のようになって、北東に飛んで行ったのを。それも、地脈から吸い上げた魔力を、アステリズムの動力みたいに噴射して。王宮にあんな改造がされていたなんて、僕は知らなかった。第一に飛行(フライト)用機構なんて、エヴァンジェリアで開発された話は聞かないよ」

「あれはやっぱり、ガーディさんが?」

 俺が尋ねると、ユリアが「ちょっと」と袖を引いてきた。

「やっぱりってどういう事? ケント君、ガーディが死んでいないかもって思っていたの?」

「あ、えっと」ルーラーと話した事を、打ち明けていいのかは分からなかった。何か心の中に引っ掛かるものを感じたが、俺はそれを深掘りするよりも問いに何かしらの返答をせねば、と思って、返事をした。

「あんまり、呆気なかったから。彼だって三侯だし」

「確かにガーディは、ヤワな奴じゃないね。僕も本拠地を脱出してから、何とか彼の行方を追おうとしたんだ。そしたら彼、ポラリスの方に進んで行くじゃないか。魔法使い二人の遺体を抱えているし、何となくしようとしている事には見当がついた。チャクラバルティンが使われたらって思って、君たちに警告しようとしたんだけど……そしたら、思いもかけない事になったね」

 イヴァルディさんは、溜め息を()いた。

「まさか、ヴェンジャーズの生き残り全員があの要塞に乗ったなんて」

「奴らは北東に向かって、何をする気なんだろうな?」アロードが、腕を組みながら唸った。「北東っていやあ、ここからだと世界の中心に向かう方角だよな。でも、そこであの魔科学兵器を使ったって、被害はたかが知れてるぜ?」

「確かに、世界樹ガオケレナの近辺で人が住んでいる場所っていったら、麓のアーチェスレリアだけだもんね」シルフィも肯く。

 俺の頭の中では、ガーディさんが次の計画を始めるかもしれない、とルーラーが言っていた事が渦巻き続けていた。

 ──彼がヘルヘイムに踏み込む前であれば、エヴァンジェリアの誰かに倒して貰う事も出来る。

 彼は確かに、ガーディさんがヘルヘイムに行く可能性を示唆したのだ。大量破壊兵器に、魔神族の力。確信は持てないが、嫌な予感がする。

「アーチェスレリア……そこに向かった可能性は、ないとは言えないわ」

 コーディアが、はっと閃いたように言った。俺たちは、一斉に彼女の方を向く。

「セイバルテリオは、魔法使いの出身数がミッドガルド全体で第二位。一位がアーチェスレリアだから、あそこの住民を捕縛して利用すれば、魔科学兵器の威力はもっともっと膨れ上がるに違いない。そしたら、セイバルテリオで予測されていた理論値じゃ済まないかもよ」

「そっか、その間ヴェンジャーズは、世界樹で地下に潜っていれば……今、ヘルヘイムはエヴァンジェリアに干渉しつつある。世界の間に、『魔界の門』が出来ていればそこに身を隠せるもんね、魔神族と繋がりのない人たちでも」

 ロゼルが、重々しく首肯した。

 俺たちは無言となり、もしもそれが現実になった時の予想をする。まず、災厄や流血を好物とする魔神族は、ガオケレナを中心とする広域が壊滅すれば、間違いなくヘルヘイムの入口を開くだろう。神話──これもまた、ルーラーが世界の危機を告げる為に(ことわり)に書き足した事柄なのかもしれない──の存在としか知られていなかったそれらに、有効な対抗策は分からない。だが少なくとも、俺がこの世界の魔物や人間と戦った時のように、世界の序列がここよりも高位にあるヘルヘイムの魔神族には、俺たちが軽々しく挑めるものではないに違いない。

「行こう、アーチェスレリアに」

 沈黙を破ったのは、ユリアだった。

「コーディアの説が本当なのかどうか、確かめないと。そしてもし本当だったら、止めなきゃ。私たちは、世界を守るブレイヴなんだから」

「……そうだね」

 俺は、昨夜要塞の飛び去った方角を睨んだ。

 ルーラーの話を聴く限り、きっとガーディさんも俺と同じように、フロントワールドという世界に嫌気が差していたのだろう。だが、その彼はエヴァンジェリアを滅ぼす事で、自分が元居た世界から更なる犠牲者が出る事を避けようとした。

 彼の根本にあるのは、変わらぬ勇者としての(さが)なのだろう。しかし、それなら彼にも、この世界を愛する事は出来るはずだ。少なくとも俺の愛した世界を、彼に滅ぼさせる訳には行かない。

 コーディアとロゼル、イヴァルディさんは、これから先も俺たちに同行する、と言ってくれた。

 彼らを加え、俺たちの旅は第二部へと突入した。

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