『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス⑲
「ガーディさん……俺、今まであなたの事、斬れる訳がないって思っていました。だってそうでしょう、見知らぬ俺に、あんなに親切にしてくれた人を。勇気をくれた人を。……人付き合いが苦手な俺に、丁寧に歩み寄ってくれた人を!」
俺は、恐怖や悲しみを全て排出しきるように叫んだ。
「だけど俺は、あなたとは違う。この世界が好きで、愛している。俺が……俺たちが世界を救えたら、俺はそこにあなたも居て欲しい。だけどそう願う事が、世界を呪って破壊しようとしたあなたにとっての独善だというのなら……俺は、あなたがそこには居ちゃいけない人間なんだって、心を決めます」
「お前は……」
ガーディさんは、尚も同じ姿勢のまま問うてくる。
「何故、この世界でそこまで戦う? 理に従う? お前は、この世界で生まれた人間ではないだろうに」
その言葉を聞いた瞬間、俺は心臓が止まったかと思われた。
何故、その事をガーディさんが知っているのだろう。この世界に於いてやはり俺は使徒の設定で、彼はそれを知る人物、というバックボーンを持つキャラクターなのだろうか。
しかし、そんな無粋な事を考える以前に、俺はあのノーアトゥーン神殿で、彼の語った言葉の数々が蘇ってきた。
──俺は、この世界に仮初の居場所を求めていた。そして求められるままに戦い、結果待っていたものは、途方もない虚無感だけだった。
──過去は関係ない。それらは全て、なかった事にされたものだ。
──理はこの先も、きっとお前のような勇者に苦しみを強い、使い捨てるだろう。
そして、彼の持っていた俺と同じ片手直剣──半ばから折れ、錆び付いたデュアルブレードの事を思い出した。
(ガーディさん、あなたはまさか……)
しかし、それを口に出そうとして、俺は押し黙った。ガーディさんは、真剣に俺に問い掛けてきたのだ。それがたとえ、彼にとっては戯言に過ぎなかったとしても、俺には答えねばならないような気がした。
「俺は……この世界で最初に剣を抜いた時、何かしらの特別な思考を持ち合わせていた訳ではありませんでした。でも、世界って、そういうものじゃないんですか? 生まれた時に、あらかじめ使命を持っている訳でも、その世界に生きる目標を持っている訳ではない。だけど、たまたま出会った誰かと交流して、一緒に戦って……そうしている間に、段々愛着が湧いて、失いたくない、失っちゃ駄目だって、思うものじゃないんですか!」
「それは執着だ、ケント。お前にとって、この世界は……」
「ゲームです。始めた事に、理由すらない」
彼にはその言葉を伝えてもいい、と、俺は確信していた。理由は分からずとも、彼が一体何者なのか──否、何者だったのかも、漠然と予想がついた。
「だけど、そう考えたら気付いたんです。一人一人に物語があって、出会いと別れを繰り返して、いい事も悪い事もあって、その『悪い事』を乗り越える為に、経験値を積む……ゲームだろうが、現実だろうが、変わらないじゃないですか。そして、ここはたった一度きりの命で生きねばならないリアルデスゲーム。だから……ここは、誰かの人生そのものなんです」
それはユリアであり、ゼドクであり、コーディアであり、イヴァルディさんのものでもある。アロードやシルフィ、今までの旅で出会ってきたイマジンや人間、皆のものだ。
「……やはり、お前は俺の敵か」
ガーディさんは言い、刀に剣技の光を纏わせた。
また攻撃が来る、と思い、俺は起き上がって迎撃しようとする。ガーディさんのあの技は以前も喰らったが、今の俺は前回より負傷しておらず、貧血を起こしてもいない。まだ彼に対抗出来るだけの力は、残っている。
その瞬間、背後で悲鳴が上がった。俺が振り返った時は、まさにヤークトがイヴァルディさんを床に斬り伏せた瞬間だった。
「激流推剣!」
ユリアが、コーディアたちに加勢しようとスピード技で飛び出す。が、その背後からマンティス総統が魔法攻撃を飛ばした。
「ミュルクヴィズ!」
地面から、針葉樹の如き黒い棘のようなものが無数に突き出す。ユリアはぎょっとしたように左右に跳び、避けたが、やがて一本が彼女の腰の辺りを突き刺した。彼女は悲鳴を上げ、前のめりに倒れ込む。そこに、自分に敵対行動を取った彼女へとターゲットを移したヤークトが、名称不明の剣技と共に襲い掛かった。
「お父さん、何で邪魔するの!」
コーディアが、ヤークトを追いながら叫ぶ。彼女が放った技はヤークトに届く事なく、ユリアに肉薄していた剣はその背を深々と斬り下ろした。彼女の水色の髪が血液の真紅に染まり、パッと散るのがコマ送りのように見えた。
「ユリア!」
「心配しないで! 私たちは今……」
ユリアは、顔を歪めながらも上体を捻って剣を振り被った。剣技使用後の短い硬直から立ち直りつつあるヤークトの頭上に、その軌道を刻む。
「……ロゼルがまた役割に戻れる為に、こうして戦っているんじゃないの! ウォーターフォール!」
「お父さん、私……もう誰かの代わりでもないし、自分で誰かを守れるくらいになった。……そう、言いたかったんだよ」
コーディアは、斬り結びながら通過して行くユリア、ヤークトをちらりと見る。
「だけど、まだそれには届かないのかもしれない。あの時……ガーディが襲ってきた時、ロゼルを守れなかったから。だけど、私はもっと強くなった。お父さんが、私を守れなかったって後悔しなくてもいいくらいに。だから、見ていてよ。私だって、誰かの為に戦えるって事!」
そして、矢庭にヤークトの後ろから剣を振るった。マンティス総統は息を呑み、逡巡するかのように、杖の柄を握る拳を震わせる。
「私はカルデア、あなたの娘。幸せの最中に居たあなたから一度奪われて、あなたの手で取り戻した娘なのよ。それがまた奪われて、お父さんは絶望したんでしょう。そして、同じ悲しみを背負った同志を集めたんでしょう?」
コーディアの剣に、段々と速度と威力が加わっていく。ヤークトはユリアの重攻撃を受け、さすがに無傷とはいかなかったらしい。剣を振るう動きに慎重さが見られ始め、両者の動きは段々とシンクロしていく。
そして、両者の剣速が完全に一致した。激しく、断続的な金属音が響き、絶え間なく火花が散る。今や、主導権がどちらにあるのかすらも、俺には判別する事が出来なかった。
「散々な世界かもしれないけど、それでも私は好きだよ。私は生きているんだから、復讐で世界を滅ぼす必要なんてない。少なくとも私は、もう大事な誰かが奪われるのは嫌。……お父さんと、何も変わらないでしょう?」
その時、シンクロが崩れた。傷を受けて動きが鈍っても、世界のシステムであるヤークトの体力は無尽蔵だ。コーディアとでは、手数が増えれば増える程彼女の体力の方が消耗を早める。
床から掬い上げるような剣が、彼女の胴と両腕を逆袈裟に撫で斬った。彼女は剣を取り落としかけ、床にがくりと膝を突く。彼女を戦闘不能と見做したヤークトは、本来の行動理由であるロゼルの殺害に向かいかけた。
その刹那の事だった。
「コーディアさん!」
ヤークトの背後で、さっと人影が動いた。
「剣を落とさないで! 守るんだよ、ロゼルを!」
イヴァルディさんだった。「虹依殿・月宮!」新たに敵対行動を取った彼に向かってヤークトが振り向きかけた時、その背中に彼の剣技が炸裂した。右袈裟、左袈裟、縦斬りの三連撃。ヤークトは怯んだように遅延し、その隙に前傾しかけたコーディアは、拳を握り直して剣の掌握を維持した。
「私は……!」
ファントムブリンガーの刀身が、剣技の光を帯びる。彼女は、崩れかけた姿勢のままその技を──発動した事自体が奇跡に等しいそれを、渾身の力で解放した。
コンマ数秒という間に、状況は一気に進展した。
まず、イマジン・ヤークトが半月型の斬撃を放ち、イヴァルディさんの胴を切断せんばかりの勢いで薙いだ。血液が内臓から逆流したらしく、彼の口元で血飛沫が爆ぜる。
彼が倒れ込むと同時に、コーディアの剣技が、がら空きになったヤークトを斜め方向に引き裂いた。「真退魔剣!」
一瞬、時が止まったようだった。
イヴァルディさんが、ぐしゃり、という音を立てて倒れ伏した直後、ヤークトのバイザーが砕け散る。その下から、驚愕に見開かれた目が覗いた。
その躯体が、イヴァルディさんに向かってゆっくりと傾倒していく。が、彼に折り重なる前にヤークトの体は不自然に停止し──無数の光の粒子となって、その身を四散させた。
「コーディア……さん?」ロゼルが、信じられない、というように呟いた。
俺もガーディさんも、マンティスの追撃を阻止しようとしていたゼドクも、皆それぞれの武器を静止させた。
コーディアが、ヤークトを倒した。人間を始めとするエヴァンジェリアの種族の、更に上に位置する者──世界の新陳代謝を実行する、理の一環として動いている存在を。それは、彼女が、人の手が、世界の不条理ともいえるルールを打破したという事を意味していた。
しかし、当の彼女はそのような事など意識の外にあるように、ヤークトが消滅するや否やイヴァルディさんに駆け寄った。
「イヴァルディさん……殿下!」
「……コーディア、さん。やっぱり僕は……”通りすがりの男”の方がいいな。王子様が下々の者を守って死んだ、なんて逸話になりそうだけど……僕みたいな奴には、そういうの、似合わないや……」
「イヴァルディさん、その……」コーディアは目に涙を浮かべ、口元を小刻みに震わせた。ごめんなさい、という音がそこから漏れ出しかけたが、彼女はすぐに思い直すように首を振り、袖で瞼をごしごしと擦った。
「……ありがとうございました」
イヴァルディさんはそれを聞くと、何処かほっとしたような表情を浮かべて目を閉じる。それは、自分がコーディアの役に立てた事で、かつて自分が発端となり、彼女に植え付けてしまった事に対し、ようやく彼自身も自分に許しを与える事が出来たというような満足げな顔だった。
「……カルデア」
マンティス総統は、既にデッドスパークルから手を離していた。
「貴様は……お前は、殿下の命を以て繋いだ一瞬で、ロゼルを守った。皇太子がお命を賭けて作られた時間を、他人を守る事に結びつける事が出来た……」
「お父さん……そうじゃないよ。イヴァルディさんは、一人の人間として、私がロゼルを助けられる時間をくれた。もし……」
コーディアが言いつつ立ち上がり、総統の方を向いた時だった。
突然、踏み出しかけたコーディアの足が止まる。床の近くを、さっと風が吹き抜けた。
俺やユリアが何かを言う間もなく、コーディアはつんのめるように頽れた。同時に、「きゃあっ!」というロゼルの悲鳴が上がる。コーディアの体の陰になっていた入口の様子がはっきりと見えた時、
「ガーディ様。約束通りの事をして参りましたよ。これで、あなたの目的は達成されるはずです。しかし何故、魔術師でもないあなたに、あのような魔科学の応用方法が思いついたのです?」
粘つくような声で、そこに立っていた者──魔術師アンセスが言った。




