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『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス⑳

 マンティス総統は弾かれたように身を震わせ、ガーディさんを恐る恐るというように振り返る。俺も、総統の視線をなぞるように彼を見る。ガーディさんは相変わらず冷たい無表情で、何を考えているのかは不明だった。

「……お前がそれを知る必要はない」ガーディさんは低く言い、総統を見た。「約束通り、その男に絶望を味わわせればいい」

「何!? ガーディ、貴様は……」

 総統が言いかけた時、突然アンセスが指先に風属性魔法の(やいば)を出現させた。

「フェザースラッシュ」

 ロゼルの首筋にそれを当て、横一文字に引く。彼女の皮膚が浅く切り裂かれ、血が滲み出した。

 ブレイヴフォースが目的である以上、アンセスがロゼルを殺す訳がない。そう分かってはいたものの、コーディアは反射的に、自制が効かなくなったようだった。

「やめなさいアンセス!」

 再度剣を構え、幅跳びの如く跳躍して魔術師に接近する。しかし、アンセスは余裕そうにニヤリと笑い、解除しないままのフェザースラッシュをコーディアに向かって放った。彼女は剣を一閃させ、飛来した魔法を斬り払ったが、アンセスにとってもその下級魔法は一瞬の隙を作る為のものに過ぎなかった。

「プロヴィデンス!」

 恐怖のあまり歯の根が合わないロゼルを横に突き飛ばし、アンセスが巨大な風の塊を放つ。コーディアはぎょっとした表情で跳び退(すさ)ったが、巻き込まれたその脚から鮮血が舞い散った。

「これしきの事で! 璧龍爪(ヘキリュウソウ)!」

「コーディア、気を付けて!」ユリアが叫び、

「あんたがその男の娘である事は、とうの昔から分かっているんですよ!」

 アンセスは徒手の左腕を前に突き出し、コーディアの三連撃を受け止める。彼の腕が大きく引き裂かれると共に、反対の右腕が振り上げられた。

「マニフェスタテイル!」

「えっ?」

 コーディアがびくりと顔を上げた時、魔術師の手には細長い剣が出現していた。生成魔法、俺も初めて見る技だった。

「シェエエエッ!!」

 甲高(かんだか)い声を発し、アンセスが剣を振り下ろす。コーディアは慌てて防御(ブロック)したが、その一撃にはかなりの威力が込もっているらしかった。ダメージの蓄積で体勢が崩れつつある彼女が押されかけると、アンセスは反対の手で風属性魔法をぶつけていく。系統の違う攻撃だと、技後硬直の制限を突破出来るようだ。

「あんた……魔法使いじゃないの?」

「パトリオットの長である私が、剣で戦えないとでも?」

 ゼドクが、見かねたように動いた。霹靂疾孔穿(ヘキレキシッコウセン)でアンセスの背後を狙うが、

「邪魔者は引っ込んでいて貰いましょうねえ!」

 アンセスの飛ばしたプロヴィデンスが、それを相殺する。最早彼には、何者も近づけないという意志が感じられた。ただコーディアを倒す、いや、殺す事に己が力全てを振り向けている、というような。

「アンセス……貴様は何なのだ? ガーディ、これはどういう事だ? やはり、私を裏切っていたのか?」

 マンティス総統は迷うように視線を左右させており、俺は何が起こっているのだ、と混乱した。ガーディさんも既に俺を見てはおらず、アンセスがコーディアを甚振る様子をただじっと見つめている。

「裏切ったのはあなたでしょう、マンティス!」

 アンセスが、仮想の剣を思い切り振り被った。

「逃げて、コーディア!」

「う……わあああああああっ!!」

 ユリアの警告を振り払うように絶叫すると、コーディアは回避ではなく前進を選んだ。アンセスの、風を纏った左手が自分の肩を掴み、皮膚や肉を削るのも厭わず、握り締めたファントムブリンガーでその手を貫く。敵の左腕を切断せんばかりに振り上げられ、曲がった剣の軌道は、魔術師の頭部を薙ぎ、袈裟懸けに振り下ろされようとしていたマニフェスタテイルの刀身を粉々に破砕した。

 アンセスが呻き声を上げ、仰反(のけぞ)る。その胸板を突くようにして体を押し出し、コーディアが距離を取ると、彼はよろよろと数歩後退し、大気に溶けるように剣が消滅した右手で顔面を押さえた。べたり、という音を立てて何かが落下し、彼の顔の皮が剝がれたのかと俺は思ったが、そうではなかった。

 魔術師は、顔から手を離してゆっくりと頭を上げた。コーディアの斬撃で、左頰から鼻筋、右の目尻から顳顬(こめかみ)まで大きく傷が付けられた顔は、先程までの彼のものではなかった。

「……変装用パックのクッションがなかったら、危なかったですねえ」

 舌を噛んだのか口まで切り裂かれたのか、アンセスは床に血痰を吐いて口元を拭った。マンティス総統の体が、びくりと痙攣した。

「そんな……まさか……」

「久方ぶりですねえ、マンティス。私です、ギュスターヴですよ」

 アンセスの言葉に、俺は心臓が大きく跳ねた。

 ギュスターヴ……取り替え子(チェンジリング)を行い、コーディアと父マンティスの運命を狂わせたという、王宮の魔法使い。彼は事件の後、憂国の意思を示した事で追放刑で済まされたというが、それが魔術師アンセスと名を変え、顔を変えてヴェンジャーズに潜入していた。

 何故か? それは、ガーディさんが先程答えを言った。

 マンティス総統に絶望を味わわせる為。事件発覚後、王宮を離反したマンティスに対する逆恨みだったのか、或いは王室への忠義の為なのか。だが彼は、間違いなくパトリオットを率い、ステファン王を弑逆した。という事は──。

「何故、貴様がヴェンジャーズに居る? 何故そこまで、私を恨む? 私は殊更(ことさら)に、不幸を宣伝したい訳ではない。だが、貴様に真に人生を狂わされたのは……カルデアやシャーナだ」

「何となく気に食わない。平凡に生きていれば、人が人を恨む理由などその程度で十分ではありませんか? ……そうですよ、私は王宮に仕える家臣であり、魔法使いです。勤め先がたまたま陛下の近くだっただけで、所詮は凡下(ぼんげ)(ともがら)です。同僚のあなたに、何を奪われた訳でもない。ですが、ならばあなたのように、或いはこの組織に所属する者たちのように、最高の辛酸を舐めさせられた者以外は人を恨む事はないというのですか?」

 アンセスは額に、刻み込まれたような深い皺を寄せた。

「才能や幸福に身近な者が嫉妬した。それが理由にならないなら、この世の事件の八割は起きていませんよ!」

「だから、第二妃の難産をいい事にあのような事を……陛下を騙すような事を行い、私たちを貶めたというのか」

「全ては、憂国の為です。陛下にはそう伝え、認められましたよ。しかし、私もここまで好条件が揃わねばあなたを貶めようとは考えませんでした」アンセスは嗤い、唾を飛ばすように叫ぶ。「いけなかったのは、あなたが恨んだ通りですよ! 全てはその王子が、無能だったからです! その上で才能を発露させなければ、私の行動は正当化されていたはずなのです!」

「イヴァルディさんを……」

 コーディアは、瞋恚(しんい)に燃える目で魔術師を睨んだ。

「侮辱しないで!!」

「あんな不完全燃焼で、私が納得出来るはずがないでしょう! だからこうして、私は魔術師アンセスとなったのです! マンティス、よく見ておきなさい。あなたの救ったつもりでいる娘が、伴侶と同じ末路を辿る瞬間を!」

 アンセスは──ギュスターヴはまたもや剣を生成し、そこに風の渦を纏わせた。複合技、ブロックしようと構えを変えたコーディアが、怯えたように表情を引き攣らせた。魔法剣技はその一瞬で彼女の手からファントムブリンガーを弾き飛ばし、二撃目でその脳天をかち割ろうとした。

「やめろ────っ!!」

 刹那、マンティスがユリアとゼドクを押し退()けた。そのままコーディアも突き飛ばすようにし、ギュスターヴの前で両腕を広げた。

「お父さん!」「総統!」

 コーディア、ロゼルが叫んだその時。

 総統の体幹を真っ二つにするかのように、ギュスターヴの剣が彼を叩き斬った。俺たちの誰もが固まる中、彼は(しば)らくその場に仁王立ちを続けていたが──やがてその身を仰向けにゆっくり傾倒させた。

 コーディアは呆然と彼が倒れるのを見つめていたが、数秒の間を置いて悲鳴を上げた。「お父さん、しっかりして!」

「カルデア……」彼は薄く目を開けると、娘の頰に触れた。「私は、最後の最後で奇跡を目の当たりにする事が出来た……そして、それを守る事も。世界を憎み、滅ぼそうとした私が……」

「私が、生きていたから……?」

 コーディアは、しゃくり上げながら問う。彼女が押さえる総統の傷口からは、細かい筋のように血液が噴き出していた。

 総統は、「それだけではないのだよ」と首を振る。その顔からは最初に俺が抱いたような凶悪な色は消え、憑き物が落ちたように穏やかだった。

「もうお前は、誰かが命を賭けて紡ごうとしたものを引き受け、人を守る事が出来る……立派になったな。さすがは、私の娘だ……」

「お父さん……! そうだよ、私はお父さんの娘。いつもお父さんが守ってくれたから……私にとっても、自慢の父親だったよ。……ありがとう」

 コーディアの言葉に、総統は微かに顔を綻ばせた。

「最後に、そう言って貰えるとはな……」

 彼は目を閉じ、言葉を止める。

 コーディアの頰に触れていた手が、だらりと血溜まりの中へ落ちた。

「お父さん……お父さん!」

 彼女は、堪えきれなくなったように嗚咽を漏らし、顔を伏せた。俺も、視界が潤み始めるのを自覚する。揺らめく視界の中、ユリアもロゼルも目に涙を溜めているらしく、彼女たちの(まなじり)が光って見えた。ゼドクも、泣いてはいなかったが顔を伏せ、口を真一文字に引き結んでいる。

 ギュスターヴが、総統を斬った時点で耐久性が全損したらしい剣をぽいと捨て──仮想物質であるだけにそこまで強度はないようだ──、戦闘の中断した皆を見回してチッと舌打ちした。

「あっさりと死んだな……苦しませる余地もない。所詮は、その程度の持久力か」

「あんた……あんただけは、許さない!」

 コーディアは顔を上げ、充血した目を剝き出す。軋むような音を立てて歯を食い縛り、剣の柄を握る手の甲に血管が浮かび上がる。ギュスターヴはそれを見ると、獰猛に嗤った。

「私は彼に対して劣等感を抱いていました。それは否定しません。彼は優秀だった、だから幸福でも先を越されて、悔しかった! しかし、あなたは駄目です。未熟な死に損ないの、誤って彼から引き継がれた劣悪遺伝子です。淘汰されなさい!」

「このーっ!」

 彼女は、溢れ出る怒りを技に変えて次々に放った。退魔剣(タイマケン)断落双(ダンラクソウ)璧龍爪(ヘキリュウソウ)、無属性の一から三連撃技まで順に繰り出すが、ギュスターヴはまたマニフェスタテイルを使い、防御を行った。

「許しておけない……平然と人の命を弄んで、奪って! あんたみたいな奴は、生かしていたら駄目! 本当に排除すべきは……」

「トルネード!」

 ギュスターヴが竜巻のような渦を飛ばしたが、コーディアはさっと跳んで回避し、次の技に繋げる。「繞薙羅針(ジョウタイラシン)!」

 それは、ダイヤモンドの形を描くような四連撃だった。右斜め袈裟斬り、同じく左斜め、返す刀で左逆袈裟、右逆袈裟。ギュスターヴはそこで嘲るような笑みを消し、剣を振るって一撃ずつガードを始める。しかし、最後の一撃でやはり仮想物質の限界は訪れ、剣は砕け散った。

 ファントムブリンガーを振り上げた姿勢で、がら空きのコーディアの腹部に、ギュスターヴが手を伸ばした。ヤークトの斬撃で大きく切り裂かれた傷口に、彼の蛇の如き指が挿し込まれた。

「いやああああっ!」

 激痛に悲鳴を上げ、彼女は倒れ込んだ。ギュスターヴは近づくと、仰向けの彼女の頭を蹴りつけた。「あなたは! 大人しくお姫様で居れば良かったのですよ! そうしたら、無能でも許されたでしょうに!」

「コーディア! ……ギュスターヴ、この外道!」

 俺は叫び、駆け出そうとしたが、その時背中を冷たいものが撫でた。そこは刹那に熱くなり、痛みが体の内側に差し込まれてくる。顔を歪めながら振り返ると、ずっと静止していたガーディさんが太刀を突き出していた。

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