『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス⑭
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その夜、俺はコーディアに叩き起こされた。ここ数日間、驚くべき出来事の連続で疲労が嵩んでいた俺はいつにも況して深く眠っていたらしく、最終的には平手打ちまで喰らってようやく目を覚ました。
「ケント君! ユリアも早く起きて! 大変なの!」
「ん……何なの? こんな夜中に……」
少し離れて眠っていたユリアが、目を擦りながら起き上がる。狭い室内で半ば同衾状態だったシルフィ、アロードももそもそと動く。ロゼルとイヴァルディさんは、既に家の入口で外の様子を窺っていた。
俺は寝惚け眼だったが、すぐに異変を察知して脳が覚醒する。
まず最初に拾い上げたのは、聴覚の異常だった。外から、大勢の人が騒ぐ声が響いてくる。足音に怒号、悲鳴、その中に剣戟や、炎の燃えるようなゴーッという音も混ざっている。そして、窓の外から赤黒い光が差している事。それが室内を、有害で不吉な色に染め上げている。
「何なんだ、これ……? 火事、じゃないよね?」
「ヴェンジャーズが襲って来たんだ」
入口でカリンガを構えながら、イヴァルディさんがそう答えた。コーディアも、既にファントムブリンガーを握っている。
「またロゼルを狙っているみたい。だけど今度は度が過ぎているわ、三侯が全員出撃して、兵士の規模も百人近い二個小隊級。その上で、無差別に住民の殺傷を行っている。もうゼフレアさんや自警団数人がやられて、その他にも怪我人が数えきれない程出ているの」
「ええっ!? そんな……」
俺は、激しく混乱した。ヴェンジャーズ本拠地から逃げ出した時、俺たちは細心の注意を払った。イマジンたちはフォームメダルに入らせたし、ロゼルやイヴァルディさんの顔も隠れるように、道中のブティックでフード付きの服を調達した。パトリオットの目がないかも確認したし、このケーンズ地区にコーディアたちが潜伏している事は、今まで敵に知られていなかったはずだ。
「私たちが出るしかない。もう火が放たれたし、私たちを炙り出そうとしているのは確か。もしいつまでも出て行かなかったら、奴らはきっと、住民を殺し尽くすまでやめないわ」
コーディアが言い終わるか終わらないかのうちに、俺は壁際に立て掛けておいたデュアルブレードを取って駆け出した。アロードがすぐに続いてくるので、憑依させて変身する。コーディア、ロゼル、イヴァルディさんも動き、シルフィを憑依させたユリアも俺の隣に並んできた。
外に出ると、そこは既に地獄絵図だった。路傍のゴミの山が燃え上がり、建物の屋根に燃え移りそうになっている。逃げ惑う人々を追い回し、斬り刻むヴェンジャーズ兵たち。死体の山。
蛮行を働く兵士たちの奥では、ギデルがクライシスバスターを振るい、その重量で無抵抗の人々を両断していた。ガーディさんは太刀を指揮棒の如く振り回して、兵士たちに命令を出しているらしい。レーナは左腕のブレスレットを回しており、魔物を操っているらしかった。
何処にその魔物が居るのだ、と思い見回した時、突如屋根の上から毬栗のような黒い棘の塊が落下してきた。その一角に、赤く、鋭い牙の並ぶ口が見えた時、俺は咄嗟に剣を横薙ぎに払った。
巨大な、ヤマアラシのような魔物だった。四方を見ると、それは全部で五匹居り、転倒した人々に伸し掛かって食い殺している。
「ヘッジホーグよ」ロゼルが、胸を片手で掴みながら言う。「セイバルテリオの近郊に生息する魔物の中では最強クラス。危険度はAクラスだけど、その中でも上の上くらい」
その時、俺が退けた魔物の前にあのビーフが飛び出した。護身用スプレーの表記がある缶を手にし、ヘッジホーグの目を目掛けて噴霧する。
「ビーフ君!」
ホスミが、道端で物陰に隠れながら彼の名前を呼ぶ。しかし、すぐに自分の隠れているものが人間の死体だと分かり、悲鳴を上げて転び出た。
目を押さえてバタバタと前脚を振っている魔物に、ビーフは拾ったらしい剣を振るって飛び掛かる。しかしそれは、背中の硬い棘の付け根を微かに突き刺しただけで終わった。
「ギャルウッ!」
ヘッジホーグが、振り払うように前脚を上げる。その爪が、飛び掛かったビーフの首筋を薙ぎ、一筋の鮮血を散らした。彼が伐採された大木の如く倒れると、ヤマアラシはその項に噛みつき、止めを刺した。
「こいつめ! 覇山焔龍昇!」
俺は怒りに任せ、無防備な魔物の頭部を側面から切り裂く。首を落とされた敵はどたりと倒れ、ビーフの亡骸に折り重なった。
そのまま兵士たちを薙ぎ倒し、三侯の方へ向かう。レーナはこちらに気付くと、見下すように目を上げた。その瞳が、燃え盛る炎を映して爛々と輝く。狂気めいたその色に、俺は戦慄した。
「出て来てくれたのは嬉しいけど、もうやめてよね、レーナたちの邪魔。本当だったら昨日、セイバルテリオの人は半分死んでいたのよ。報復でこの地区くらいなら、安いものだと思いなさい」
「君たちは、どうしてそう……!」
俺は、デュアルブレードの切っ先をレーナに向ける。レーナは唇を歪め、歯を見せて嗤いながらブレスレットを掲げた。
自警団を蹂躙していたヘッジホーグが、さっと宙に跳んだ。口元に闇属性の球体が出現し、俺は咄嗟に危険を感じる。このままでは直撃して頭を吹き飛ばされるが、後方に回避すればレーナの刺突攻撃を受けかねない。
迎撃するか、と思い、レーナから魔物たちに標的を移そうとした時、
「させないっ!」
コーディアが、剣を横向きに引くようにしながら空中を横切った。射出されようとしていた球状ブレスはヘッジホーグたちの鼻面で爆散し、魔物は怯んだように地面に落下する。
「コーディア……!」
「ロゼルから弱点を聞いているわ! こっちは私に任せて!」
「出たわね、劣悪遺伝子!」
レーナが歯軋りし、俺のすぐ横を抜ける。今度はユリアが飛び出し、コーディアに襲い掛かった彼女の短剣を迎撃した。「レーナ!」
「あんたもウザいっ!」レーナは、あの大量出血を伴う剣技──妖魔蝕命啍をユリアの胸に繰り出す。俺は警告の声を上げたが、ユリアはしっかり防御し、攻守交替を図ろうと反撃の剣技を放った。
「どうしたよ火のブレイヴ! てめえの相手は……」
ギデルが、彼の必殺技を発動させながら肉薄してくる。放たれた炎に赤く染まった大気の中、黒いマントを靡かせ、尖った歯を剝き出す彼の姿は、今までで最も吸血鬼に近かった。
「相手は僕だ、ギデル! 金華萼落剄!」
迎撃に出たのはイヴァルディさんだ。弧を描く彼の技は、重量で明らかに勝るギデルの両手剣を絡め取り、攻撃の相殺を果たした。
(俺の相手は……!)
迷うまでもなかった。その相手──ガーディさんもまた、俺に向かって真っ直ぐに向かって来ようとしている。
「天人五衰・不楽本座!」
地面すれすれから、足を切断するような軌道で太刀が振るわれる。防ぐのは難しいと判断し、俺は垂直に跳躍する。まだ全てを見た訳ではないが、現在彼の剣技に縦方向への斬り上げはない。俺も斬り下ろしの技は持っていないので、軌道の修正を行わねばならない。
「赫閃燃導劔!」
体を捻って、袈裟斬り。ガーディさんから見ればほぼ垂直な軌道で、斬撃が宙空を切り裂く。しかし、彼もこの程度で戦闘不能にはならなかった。
「ぬうっ!」
気合いを込め、彼の刀が振り上げられる。通常攻撃だったが、彼の実力は俺の剣技以上のものだった。
激しい金属音と共に、膨大な火花が散った。俺は空中で逆立ちするような体勢となり、ガーディさんの刀に技は打ち消される。彼が更に刀を押し込むと、俺は吹き飛ばされて近くの建物に後頭部を打ちつけた。
視界の上の方が、赤黒い。額に触れると、ガーディさんの斬撃が掠めたのか酷く出血していた。痛いし、頭がぐらぐらする。頭蓋骨が砕けなかったのは幸いだが、軽い脳震盪を引き起こしたらしかった。
「天人五衰・頭上華萎!」
インフェリアブランドを上段に振り被り、ガーディさんが向かって来る。彼が本拠地での顛末についてどのような気持ちを抱いているのか、俺には分からない。だが彼は今や、俺と言葉を交わすつもりはないようだった。
「今のガーディは激おこだから気を付けなよ」
ユリアのレジーナソードを弾きつつ、レーナが面白がるように野次を飛ばす。
「ここにあんたたちが居る事教えてくれたの、ガーディだから。昨日の午前中は本拠地に居なかったのにレーナたちより早く情報掴んだの、悔しいけど彼の方が上手だったって事でしょ? モチベの違いかな」
「ガーディさんが……?」俺は、迫って来る彼を呆然と見つめる。「あなたが、この虐殺を指揮したんですか?」
「そうだったらどうする、ケントよ!」
刀が振り下ろされる。未だ視界が揺らいでいる、このままでは避けられない。しかし、脳が麻痺しかけているので、剣を振ろうにも指先が動かない。
(ガーディさんは、本当に俺を殺すのか……?)
そんな考えが過ぎり、恐怖が込み上げた時だった。
「曙光戴天!」
転がり込むような動作で、白い光が俺の前に現れた。その光芒は地面を跳ねるようにベクトルを斜め上へと向け、その瞬間カシーンッ! という鋭い音が響いた。
「思想犯よ。その下劣な思想により描かれし地獄変は、我が聖なる利剣の前に破られる。偽りの業火は鎮まり、汝らは真の煉獄へと投げ込まれるだろう」
「ゼドク……」
俺は、現れた彼の名前を呼ぶ。ほっとすると共に、指先の硬直が微かに解けたような気がした。
「ケント」彼は、俺を一瞥して言った。「あの鬼神の胚、神怪き絡繰の行く末について、俺が知り得た事を話す。今、その説明は後回しだ。故に……死ぬな」
「現れたか、光のブレイヴ!」
攻撃を防がれたガーディさんは、また太刀の構えを変える。俺が「ごめん」と呟くと、ゼドクは微かに顎を引き、次の攻撃に入った。
「ラディアントブリッツ!」




