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『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス⑭


          *   *   *


 その夜、俺はコーディアに叩き起こされた。ここ数日間、驚くべき出来事の連続で疲労が嵩んでいた俺はいつにも()して深く眠っていたらしく、最終的には平手打ちまで喰らってようやく目を覚ました。

「ケント君! ユリアも早く起きて! 大変なの!」

「ん……何なの? こんな夜中に……」

 少し離れて眠っていたユリアが、目を擦りながら起き上がる。狭い室内で半ば同衾状態だったシルフィ、アロードももそもそと動く。ロゼルとイヴァルディさんは、既に家の入口で外の様子を窺っていた。

 俺は寝()(まなこ)だったが、すぐに異変を察知して脳が覚醒する。

 まず最初に拾い上げたのは、聴覚の異常だった。外から、大勢の人が騒ぐ声が響いてくる。足音に怒号、悲鳴、その中に剣戟や、炎の燃えるようなゴーッという音も混ざっている。そして、窓の外から赤黒い光が差している事。それが室内を、有害で不吉な色に染め上げている。

「何なんだ、これ……? 火事、じゃないよね?」

「ヴェンジャーズが襲って来たんだ」

 入口でカリンガを構えながら、イヴァルディさんがそう答えた。コーディアも、既にファントムブリンガーを握っている。

「またロゼルを狙っているみたい。だけど今度は度が過ぎているわ、三侯が全員出撃して、兵士の規模も百人近い二個小隊級。その上で、無差別に住民の殺傷を行っている。もうゼフレアさんや自警団数人がやられて、その他にも怪我人が数えきれない程出ているの」

「ええっ!? そんな……」

 俺は、激しく混乱した。ヴェンジャーズ本拠地から逃げ出した時、俺たちは細心の注意を払った。イマジンたちはフォームメダルに入らせたし、ロゼルやイヴァルディさんの顔も隠れるように、道中のブティックでフード付きの服を調達した。パトリオットの目がないかも確認したし、このケーンズ地区にコーディアたちが潜伏している事は、今まで敵に知られていなかったはずだ。

「私たちが出るしかない。もう火が放たれたし、私たちを炙り出そうとしているのは確か。もしいつまでも出て行かなかったら、奴らはきっと、住民を殺し尽くすまでやめないわ」

 コーディアが言い終わるか終わらないかのうちに、俺は壁際に立て掛けておいたデュアルブレードを取って駆け出した。アロードがすぐに続いてくるので、憑依させて変身する。コーディア、ロゼル、イヴァルディさんも動き、シルフィを憑依させたユリアも俺の隣に並んできた。

 外に出ると、そこは既に地獄絵図だった。路傍のゴミの山が燃え上がり、建物の屋根に燃え移りそうになっている。逃げ惑う人々を追い回し、斬り刻むヴェンジャーズ兵たち。死体の山。

 蛮行を働く兵士たちの奥では、ギデルがクライシスバスターを振るい、その重量で無抵抗の人々を両断していた。ガーディさんは太刀を指揮棒の如く振り回して、兵士たちに命令を出しているらしい。レーナは左腕のブレスレットを回しており、魔物を操っているらしかった。

 何処にその魔物が居るのだ、と思い見回した時、突如屋根の上から毬栗(いがぐり)のような黒い棘の塊が落下してきた。その一角に、赤く、鋭い牙の並ぶ口が見えた時、俺は咄嗟に剣を横薙ぎに払った。

 巨大な、ヤマアラシのような魔物だった。四方を見ると、それは全部で五匹居り、転倒した人々に()し掛かって食い殺している。

「ヘッジホーグよ」ロゼルが、胸を片手で掴みながら言う。「セイバルテリオの近郊に生息する魔物の中では最強クラス。危険度はAクラスだけど、その中でも上の上くらい」

 その時、俺が退けた魔物の前にあのビーフが飛び出した。護身用スプレーの表記がある缶を手にし、ヘッジホーグの目を目掛けて噴霧する。

「ビーフ君!」

 ホスミが、道端で物陰に隠れながら彼の名前を呼ぶ。しかし、すぐに自分の隠れているものが人間の死体だと分かり、悲鳴を上げて(まろ)び出た。

 目を押さえてバタバタと前脚を振っている魔物に、ビーフは拾ったらしい剣を振るって飛び掛かる。しかしそれは、背中の硬い棘の付け根を微かに突き刺しただけで終わった。

「ギャルウッ!」

 ヘッジホーグが、振り払うように前脚を上げる。その爪が、飛び掛かったビーフの首筋を薙ぎ、一筋の鮮血を散らした。彼が伐採された大木の如く倒れると、ヤマアラシはその(うなじ)に噛みつき、(とど)めを刺した。

「こいつめ! 覇山焔龍昇ハザンエンリュウショウ!」

 俺は怒りに任せ、無防備な魔物の頭部を側面から切り裂く。首を落とされた敵はどたりと倒れ、ビーフの亡骸に折り重なった。

 そのまま兵士たちを薙ぎ倒し、三侯の方へ向かう。レーナはこちらに気付くと、見下すように目を上げた。その瞳が、燃え盛る炎を映して爛々と輝く。狂気めいたその色に、俺は戦慄した。

「出て来てくれたのは嬉しいけど、もうやめてよね、レーナたちの邪魔。本当だったら昨日、セイバルテリオの人は半分死んでいたのよ。報復でこの地区くらいなら、安いものだと思いなさい」

「君たちは、どうしてそう……!」

 俺は、デュアルブレードの切っ先をレーナに向ける。レーナは唇を歪め、歯を見せて嗤いながらブレスレットを掲げた。

 自警団を蹂躙していたヘッジホーグが、さっと宙に跳んだ。口元に闇属性の球体が出現し、俺は咄嗟に危険を感じる。このままでは直撃して頭を吹き飛ばされるが、後方に回避すればレーナの刺突攻撃を受けかねない。

 迎撃するか、と思い、レーナから魔物たちに標的(ターゲット)を移そうとした時、

「させないっ!」

 コーディアが、剣を横向きに引くようにしながら空中を横切った。射出されようとしていた球状ブレスはヘッジホーグたちの鼻面で爆散し、魔物は怯んだように地面に落下する。

「コーディア……!」

「ロゼルから弱点を聞いているわ! こっちは私に任せて!」

「出たわね、劣悪遺伝子!」

 レーナが歯軋りし、俺のすぐ横を抜ける。今度はユリアが飛び出し、コーディアに襲い掛かった彼女の短剣を迎撃した。「レーナ!」

「あんたもウザいっ!」レーナは、あの大量出血を伴う剣技──妖魔蝕命啍ヨウマショクメイジュンをユリアの胸に繰り出す。俺は警告の声を上げたが、ユリアはしっかり防御(ブロック)し、攻守交替を図ろうと反撃の剣技を放った。

「どうしたよ火のブレイヴ! てめえの相手は……」

 ギデルが、彼の必殺技を発動させながら肉薄してくる。放たれた炎に赤く染まった大気の中、黒いマントを靡かせ、尖った歯を剝き出す彼の姿は、今までで最も吸血鬼に近かった。

「相手は僕だ、ギデル! 金華萼落剄(キンカガクラクキョウ)!」

 迎撃に出たのはイヴァルディさんだ。弧を描く彼の技は、重量で明らかに(まさ)るギデルの両手剣を絡め取り、攻撃の相殺を果たした。

(俺の相手は……!)

 迷うまでもなかった。その相手──ガーディさんもまた、俺に向かって真っ直ぐに向かって来ようとしている。

天人五衰(テンニンゴスイ)不楽本座(フラクホンザ)!」

 地面すれすれから、足を切断するような軌道で太刀が振るわれる。防ぐのは難しいと判断し、俺は垂直に跳躍する。まだ全てを見た訳ではないが、現在彼の剣技に縦方向への斬り上げはない。俺も斬り下ろしの技は持っていないので、軌道の修正を行わねばならない。

赫閃燃導劔(カクセンネンドウケン)!」

 体を捻って、袈裟斬り。ガーディさんから見ればほぼ垂直な軌道で、斬撃が宙空を切り裂く。しかし、彼もこの程度で戦闘不能にはならなかった。

「ぬうっ!」

 気合いを込め、彼の刀が振り上げられる。通常攻撃だったが、彼の実力は俺の剣技以上のものだった。

 激しい金属音と共に、膨大な火花が散った。俺は空中で逆立ちするような体勢となり、ガーディさんの刀に技は打ち消される。彼が更に刀を押し込むと、俺は吹き飛ばされて近くの建物に後頭部を打ちつけた。

 視界の上の方が、赤黒い。額に触れると、ガーディさんの斬撃が掠めたのか酷く出血していた。痛いし、頭がぐらぐらする。頭蓋骨が砕けなかったのは幸いだが、軽い脳震盪を引き起こしたらしかった。

天人五衰(テンニンゴスイ)頭上華萎(ズジョウカイ)!」

 インフェリアブランドを上段に振り被り、ガーディさんが向かって来る。彼が本拠地での顛末についてどのような気持ちを抱いているのか、俺には分からない。だが彼は今や、俺と言葉を交わすつもりはないようだった。

「今のガーディは激おこだから気を付けなよ」

 ユリアのレジーナソードを弾きつつ、レーナが面白がるように野次を飛ばす。

「ここにあんたたちが居る事教えてくれたの、ガーディだから。昨日の午前中は本拠地に居なかったのにレーナたちより早く情報掴んだの、悔しいけど彼の方が上手だったって事でしょ? モチベの違いかな」

「ガーディさんが……?」俺は、迫って来る彼を呆然と見つめる。「あなたが、この虐殺を指揮したんですか?」

「そうだったらどうする、ケントよ!」

 刀が振り下ろされる。未だ視界が揺らいでいる、このままでは避けられない。しかし、脳が麻痺しかけているので、剣を振ろうにも指先が動かない。

(ガーディさんは、本当に俺を殺すのか……?)

 そんな考えが過ぎり、恐怖が込み上げた時だった。

曙光戴天(ショコウタイテン)!」

 転がり込むような動作で、白い光が俺の前に現れた。その光芒は地面を跳ねるようにベクトルを斜め上へと向け、その瞬間カシーンッ! という鋭い音が響いた。

「思想犯よ。その下劣な思想により描かれし地獄変は、我が聖なる利剣の前に破られる。偽りの業火は鎮まり、汝らは真の煉獄へと投げ込まれるだろう」

「ゼドク……」

 俺は、現れた彼の名前を呼ぶ。ほっとすると共に、指先の硬直が微かに解けたような気がした。

「ケント」彼は、俺を一瞥して言った。「あの鬼神の胚、神怪(くすし)絡繰(からくり)の行く末について、俺が知り得た事を話す。今、その説明は後回しだ。故に……死ぬな」

「現れたか、光のブレイヴ!」

 攻撃を防がれたガーディさんは、また太刀の構えを変える。俺が「ごめん」と呟くと、ゼドクは微かに顎を引き、次の攻撃に入った。

「ラディアントブリッツ!」

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