『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス④
* * *
地下水道に入ってから、俺たちはゼフレアさんらに止められないよう奥までかなりの速度で駆けた。だが、彼らもガス爆発を恐れてか、追い駆けては来ない。暫らく走ると、俺たちは立ち止まり、再びイマジンたちを実体化させる。メダルから出た彼らはまたも荒い息を吐いていたが、今度の場合それは俺たちも同じだった。
俺たちは、暫し黙々と暗い道を進む。空気はじめじめし、べたつくような蒸し暑さがある。よく、路上生活をする孤児が寒さを避けてマンホールの中へ逃げ込む、という話を聴くが、やはり都市の地下は熱が籠っているらしい。
その上、悪臭が酷かった。ガスの臭いではなく、排水の臭いだ。湿気や熱も相俟って頭が痛くなってくる。その上、何処かで魔物が巣でも作っているのか、その咆哮が谺して不気味な空気が漂っていた。
「大都市の地下が魔物だらけなんて、大丈夫なのかな?」
俺が独りごつと、それを聞きつけたアロードが肩を竦めた。
「さっき、何体か姿も見えたぜ? 俺たちには攻撃出来ないし、こっちからの攻撃も届かないような位置に居たからスルーしたけどな。多分、普段はこんなヤベえところじゃねえんじゃね? ロゼルの監視から解放されて、近郊に居た魔物が都市部にまで進出してんだよ」
「そうなの?」
「さっき見た何体かは、闇属性だ。しかも、この郊外に分布している奴らだった」
「へえー……」
ユリアが感心したように呟くと、シルフィもしげしげと彼を見る。
「ユナモモの時もだけどさ、アローちゃん、火属性より闇属性の魔物の方が知識多くない? 気のせい?」
「ま、闇属性の奴らは今んとこ、危険度がいちばん高けえからな。いつ遭遇しても困らねえように、勉強してるんだぜ」アロードは得意げに言った。「それに、俺の支配下の奴らは暴れたりなんてしねえよ」
「……それ、あたしに対する皮肉?」
カシャロットやロゴトゥムヘレの前例を経験したシルフィが、目を細める。普段はシルフィに弟のような扱いをされているアロードは、反撃の絶好の機会とばかりに舌を覗かせた。
「お前があんまりにも姉貴面するから、うざったいんじゃねえか?」
「こら、そういう事言うと折檻しますよっ!」
シルフィは拳を握り、アロードの顳顬を挟むようにぐりぐりと捏ねる。アロードはあたたたた、と声を上げ、抗議しようとするが言葉にならない。
いつもの姉弟のような絡みを見せる二人を見、張り詰めた空気が少々だが緩和されたような気がした。微笑ましく思いながら歩いていると、不意にユリアが足を止め、鋭い声で「シルフィ」と呼んだ。
「何よ?」アロードに折檻していたシルフィは、じろりと不機嫌そうな目でユリアを見る。「この坊やには、ちょっと思い知らせなきゃ駄目よ。全く、減らず口ばっかり叩くんだから……」
「違うの。そうじゃなくて……」
ユリアは首を振ると、前方に頭を傾ける。俺も釣られるように耳を澄ませ、イマジン二人も騒ぐのをやめて口を継ぐんだ。
その瞬間、短い金属音の後、爆発めいた音が響いた。
「まさか、ガス爆発?」
「結構近いよ? でも、爆風が来ない。もしかしたら違うのかも」
「行ってみよう」
俺たちは足を速め、通路を駆け出す。
一分も走らないうちに、その光景に遭遇した。
「………!」
目の前に、二人の少女が仰向けに倒れていた。片方は黒いジャージの上に白衣を羽織り、黒縁眼鏡を掛けている。ショートヘアのふわりとした髪はくたりと地面に流れているが、それは自然色ではない黒紫色だ。彼女がロゼル・ダークネスか、と思い、すぐに、ではもう一人は、と考える。
そちらは、灰色のトレーナーにキュロット、黒いストッキングを身に着けた、もう間もなく成人するのでは、という年齢の女性だった。その手には、俺のデュアルブレードに似た片手直剣が握られている。
彼女がコーディアだろうか、と思った時、更に先の方から声が届いた。
「誰が、貴様らになど敗れるものか。……これは魔王の力、そして魔王に対抗し得るのは、勇者のみだ。身の程を弁えずに俺に挑んだ事を後悔するがいい……地獄の淵からな」
現れたのは、ガーディさんだった。太刀インフェリアブランドを上段に構え、二人に向かって今にも振り下ろしそうにしている。コーディアと思しき女性が、苦痛に顔を歪めて絞り出した。
「そんな……ファントムブリンガーの攻撃が、こんなに通用しないなんて」
「せめて苦しまずに逝かせてやる。……天人五衰・腋下汗出!」
半袈裟斬り、返す刀での斬り上げ。V字の軌道を描く二連撃が、仰向けになったコーディアの心臓の辺りを狙う。俺は何も考えないまま、アロードを憑依させて飛び出していた。
「覇山焔龍昇!」
ガーディさんの一撃目で、俺は倒れた二人を飛び越え、振り下ろされた刀を跳ね上げる。剣技のエネルギーが拡散し、狭い水道内に反響して爆発のような音を立てた。それで俺は、地上で聞こえていた爆発音というのはガス爆発などではなく、彼の剣技が炸裂した音だったのだと気が付いた。
俺たちが来る以前から、ケーンズ地区ではそれが聞こえていた。コーディアが今までずっとガーディさんと渡り合ってきたというなら、彼女の実力は伊達ではないという事になる。それでも、やはり限界はあるようだった。
「ガーディさん、あなたはまた……!」
俺が叫ぶと、ユリアも変身して隣に進み出てきた。ガーディさんは摺り足で俺たちと距離を取ると、チッと舌打ちをする。
「ケント……ノーアトゥーン神殿ではしくじったな。お前は、現時点で俺を殺せるだけの力を持っている。だが、お前は躊躇ってそれを行わなかった。やるべきだったのだ──もしお前が、これ以上他人を一人も犠牲にせず、この世界を救えると、本当に信じているのなら」
「矛盾ですよ、それは!」
俺は、剣をさっと振って叫ぶ。理屈など、それで斬り捨てたかった。
「そう言いながら、あなたはヴェンジャーズで人を殺している。この世界を滅ぼそうとしている。それに……俺が、あなたを殺す事こそが、世界が救われるという事だと思っている」
「あなたたち、何を……」
コーディアが声を上げる。ユリアが素早く振り返り、
「危ないから下がっていて!」
と叫んだ。「怪我しているんでしょう!?」
「俺を勇者だというなら、あなたの持っているロゼルのフォームメダルを渡して下さい! そうすれば、誰も犠牲にせず、世界が救えます!」
「……理に、その気があるならな。しかし俺は、既にそれを見限っている。お前こそ、俺を殺す事に躊躇いがあるのならアロードのメダルを寄越せ」
「無理です!」
即答する。ガーディさんは鼻を鳴らし、太刀を構え直した。
「ならば、俺も無理だ。互いに掴みたいものは、奪い合うしかないようだな」
「……っ!」
結局こうなってしまうのか、と思いながら、俺は彼を睨んだ。ユリアと視線でやり取りし、息を合わせて技を同時に繰り出す。
「アグレッシヴブレイズ!」
「スパイラルストリーム!」
ガーディさんの姿勢が、あの恐ろしい剣技の構えに入る。
「インカージョン・アポカリプス!」
刀身から光の帯が放たれるのを確認し、ユリアに警告する。彼女は肯き、「絶対に防ぐわよ!」と叫び返してきた。
が、次の瞬間ガーディさんは、突如剣技をキャンセルした。不意を突かれた俺たちの技は、大きく姿勢が崩れて同じく取り消される。何事か、と俺が思うか思わないかのうちに、ガーディさんは身を翻した。
「……コーディア。その二人に感謝するんだな」
吐き捨てるように言うと、ガーディさんは地下水道を更に奥へと進み出す。俺は呆気に取られた後、かっとしてその背に「逃げるんですか!」と罵声を浴びせた。彼は足を止め、ちらりと俺を見たが、進むのをやめない。
「待って下さい!」
駆け出そうとした俺は、その時彼が急に歩き出した理由を悟った。
突然、天井からどろどろしたタールのような流体が降ってきて、俺に絡み付いたのだ。闇エネルギーの液体だ、と気付くと、それは俺が悲鳴を上げる間もなく口を塞いできた。




