『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス⑤
「ケント君!」
ユリアが駆け寄って来る。ガーディさんは、奥の暗闇へと姿を消した。
俺が藻掻いていると、ユリアが俺の肩を掴み、流体から引き摺り出してくれた。俺から離れた闇は、球状に固まりながら天井付近に浮上し、一箇所に集まる。それは次第に、梟のような魔物の形に変わり始めた。
「シュバルツシルトよ!」
後方で、ロゼルが叫ぶ。ユリアが振り向いた。
「大丈夫、二人とも!?」
「え、ええ……何とか!」
コーディアは苦しそうながらも言い、立ち上がって直剣──ファントムブリンガーという名前らしい──を持ち上げる。
シュバルツシルトは、空中でこちらに狙いを定めている最中のようだった。俺が魔物とコーディアたちとの間で視線を往復させていると、ユリアがそろそろと動き、こちらに耳打ちしてきた。
「ケント君、私がクウェイバーたちを何とかするから、あなたはシュバルツシルト本体をお願いね」
「クウェイバー?」
何の事だ、と思いながら視線を再び魔物に向けると、大きなシュバルツシルトの周りに小さな梟の魔物が五匹飛び回っている。取り巻きだな、と思い、雑魚敵のようだが取り囲まれたら危ないだろう、と判断した。
「あっちは頼んだ、ユリア」
「任せといて!」
俺たちが駆け出すと、魔物もまた咆哮を轟かせる。
「ホロロロオオオルルルッ!!」
シュバルツシルトはクウェイバーを伴い、降下してくる。手早く片付けてしまおうと思った俺は、敵が剣のリーチに入るや否や斬り下ろしで地面に引き寄せようと試みた。
「赫閃燃導劔!」
クリティカルヒットが発生し、魔物が大きく怯む。しかし、敵も然るもの、落下しながらも翼を広げ、黒い波動弾を放ってくる。俺は刺突によってそれを打ち砕こうとしたが、弾は刀身に絡み付き、這うように伝いながら俺の腕にまとわりつく。最初に闇の流体に絡まれた時のように、右腕が急に重くなった。
「こいつめ……!」
「大丈夫!? もし剣を振れなくなったなら、交替しようよ! こっちはもう大分弱らせた、今なら体技でも……」
ちらりと窺うと、ユリアはまた一匹のクウェイバーに激流推剣を浴びせているところだった。俺が初撃でてこずっている間に、彼女は早くも多数の取り巻きを瀕死に追い込んでいる。
「心配するな、ユリア! 俺もすぐに!」
俺は言い、力任せに腕を振って流体を振り解く。反動を利用し、爆炎天翔斬を繰り出そうとした時、シュバルツシルトは今度は口を開き、螺旋状のブレス攻撃を放ってきた。
「有り得ない……普通、シュバルツシルトはそんな攻撃をしないわ」
ロゼルが呟いた時、コーディアが地面を蹴って跳躍した。
「避けて! 退魔剣!」
俺があっと声を出した刹那、彼女はシュバルツシルトのブレスを横薙ぎに払う。軌道の逸れたそれは地下水道の外壁に当たり、そこに蜘蛛の巣状の大きなひび割れを生じさせた。
「東方面に抜けるわよ! ヴァルゴ地区に、地下街があるの! 飛ばれるのが癪だけど、このままじゃ私たちも不利よ! 魔物はライフラインの中でも、容赦なく攻撃をしてくるんだから!」
コーディアは叫ぶと、ロゼルに手を差し出す。その間も、硬い翼爪を持つシュバルツシルトとの渡り合いは継続されていた。ロゼルは怯えたように辺りを見回すが、やがて意を決して彼女の手を掴む。待っていましたとばかりに、コーディアは敵を縦に斬り下ろした。
「断落双!」
魔物の中心部で減速し、再加速しながら追い討ちを掛ける上段二連撃技。魔物が落下すると共に、コーディアはロゼルの手を引き、ガーディさんの去って行った水道の奥へと走り出す。
「あっ、まだ危ないってば!」
ユリアが声を上げ、オーシャンスラストで残っていたクウェイバーを一掃する。彼女がコーディアたちを追って駆け出すと、シュバルツシルトが再起した。
「ホロロッ!」
足元から掬い上げるように、翼爪を振るって引っ掻きアッパーを行ってくる。俺は足元を取られぬよう跳躍し、空中からアグレッシヴブレイズを繰り出した。
先のブレディンガルの戦いで、俺自身もアロードの力に依存する事なく、この必殺技を繰り出せるようになった。今では、この技に於けるアロードの役割は「威力の底上げ」になっており、射程は以前の一・五倍に跳ね上がっている。刀身から伸びた炎の柱は、振り上げられたシュバルツシルトの翼爪を撫でるように断ち切った。
『今だ、走れ!』
アロードの声に押され、俺は着地と同時に反転する。ロゼル、コーディア、ユリアに追い着くと、背後で魔物が舞い上がる音が響く。
「姿勢を低くして! またブレスが来る!」
俺が叫ぶと同時に、それは発射される。咄嗟に姿勢を低めた俺たち四人の頭上を、漆黒の矢が通過して行った。
「コーディア、このまま行くと地下街に出るって言ったね!?」
「言った! 人の居る場所に引き込むのは嫌だけど、ライフラインが壊されたら大変よ。それに、ガス漏れ騒動だってあるんだから……」
「そこで、ガーディさんが待ち構えている可能性は?」
「さっきの太刀使い? どうだろ、でもあいつ、私たちを待ち伏せて襲ってきた訳じゃなかったし」
「そうなの?」ヴェンジャーズが本気でブレイヴフォースを成就させようと動いているだけに、意外だった。
「あなたたち、私とロゼルを探して来たんでしょう? そうじゃなきゃ、名前を知っているはずがないもの。地上で聞かなかった、私たちがガス漏れの復旧で地下に入ったんだって? ポケットにマスクとゴーグルも入っているわよ。……そしたら、下水道からガス設備に移動する辺りであいつと遭って」
「さっきの人、地下であたしたちと同じような……いや、もっと本格的なガスマスクを着けて何かの作業をしていた、ヴェンジャーズの兵士たちに何か指示を出していたの。何か、ガス漏れに関係がある事かもしれないって、あたしもコーディアさんも考えてて……」
ロゼルが後を引き継ぐ。コーディアは微かに苦笑した。
「随分『何か』が多い説明ね。まあ、私たちも詳しい事は何も分かっていないんだけど。でもあなたたちは、最初からあの太刀使いの目的を知ってたの? 待ち伏せているって、私たちが狙われていたって事? えっと、あなたたちの名前は」
「俺はケントだ。こっちがユリア。契約しているイマジンたちについては、ロゼルが知っているだろう?」
「アローちゃんとシルフィちゃんでしょ?」
ロゼルの問いに、ユリアが肯いた。
「そう。私たち、フォームメダルを取り戻す旅をしているの。ロゼルのメダルは、あのガーディに奪われたんでしょう?」
「そうなの。だから、さっきは怖かった……何で、またあたしが狙われているの、って思った。しかもあいつ、今度はあたし本人を攫おうとしたし……」
「その事について、話そうと思っていたんだ。だけど、今は」
俺が言いかけた時、曲がり角が現れた。その辺りが若干明るくなっており、出口が近いと分かる。壁に衝突しないようにせねば、と思ったが、減速したら背後から迫るシュバルツシルトの攻撃を回避しきれなくなるかもしれない。俺は迷った末、更なる加速を選んだ。
ユリアたちが警告の声を上げたが、俺は「大丈夫だ」と返し、壁に突進する。足を垂直方向に上げ、壁を駆け上りつつ進路を曲げる。そこで飛び降り、また駆け出し、減速せずに角を曲がり切った。
「なるほどね!」
ユリアも後ろから、同じようにして角を曲がる。ロゼルは不安そうに声を上げかけたが、コーディアが彼女の手をぎゅっと握った。
「この手を離さないでね!」
言うと、コーディアは同じく壁走りで角を曲がった。彼女に着いて走ったロゼルもまた、安全に曲がる事が出来る。着地の衝撃で足の付け根の辺りが痛んだらしく、反対の手でその部位を押さえたものの、泣き言は言わなかった。
その通路の先には、半開きのシャッターがある。光はその向こうから入ってきており、そこから外に出られると分かった。
「街に出したら、飛び回って被害を出されると大変。あのシャッターの辺りで迎撃して、速攻で倒すわよ。もし討ち損じたら、なるべく人の居ない場所まで誘導して倒すの!」
コーディアは言い、ロゼルをちらりと見た。
「大丈夫、あの魔物は大体梟でしょう? 夜行性だし、光の強い場所に出たらきっと動きも鈍るはずよ」
「そうだよね……ええ、確かにそうだったはず」
ロゼルは顎を引き、拳を握り締める。
またもや後方で咆哮が響き、ブレスが飛来したが、俺たちはまた前傾して軌道上から逸れる。俺はそのまま前傾を続け、滑り込むようにシャッターの下を抜けた。
途端に、うわっ、という程の光量が目に飛び込んできた。デパ地下や東京駅構内、アーケード街などを思わせる天井に、地下とは思えない程の照明が取り付けられている。そして目の前に建つのは──下水道への出入口がどのような場所にあるのか、少し考えてみれば分かる事だった──デパートと思われる、電飾を施された巨大な建築物。
しまった、と思った時、シャッターを破壊しながらシュバルツシルトが地下水道から飛び出した。拉げたシャッターが枠から外れ、回転しながら落下してくる。その真下には、コーディアから一歩下がったロゼルが居た。
「いけない!」
ユリアが動き、シャッターをレジーナソードで弾く。落下コースから逸れたそれはロゼルのすぐ横に落ち、カランーッ! という鋭い音を立てた。
そして、俺とコーディアがそちらに気を取られた隙に、魔物は狙い澄ましたかのように──実際そうなのだろうが──闇ブレスを射出してきた。反射的に回避行動を取り、そこで俺は自分の失敗に気付いた。
「あっ……」
ユリアが小さく声を出した。電気の明るさに包まれる空間の一角を途絶させるように、魔物のブレスは一直線に空を切り──商業施設のガラス張りの壁に、鼓膜を劈くような破砕音を立てて衝突した。
ガラス片が、雨の如く降り注いでくる。電気設備の何かが破壊されたのか、焼けるような焦げ臭い煙が立ち昇る。人々の悲鳴が耳に届いた瞬間、俺は三人に向かって叫んでいた。「伏せろ!」
「嘘でしょ!?」
コーディアが悲鳴を上げ、ロゼルを守るように上から覆い被さる。俺も伏せようとしたが、一瞬の状況確認が仇となった。
顔の皮膚を、降り注いだガラスの一片が切り裂いた。血管に入ると大事なので、俺は慌てて払いのける。しかしそこで、すぐ横に今度はシュバルツシルトの波動弾が落ちてきて小爆発を起こした。
(狙いが正確すぎる……本当に、明るい場所で目が利かないのか?)
足を取られ、ガラス片に見舞われながら俺は思う。
これが、シュバルツシルトの進化だとしたら、と考えた。ロゼルがフォームメダルを奪われてから既に一年以上が経過した。改めて発生した魔物たちは、既に自分たちが何処まで暴れられるか、人間の住む都市での自分たちの立ち位置を把握してしまったのではないか。それが闇属性の魔物たちにとって、新たな進化と適応の促進に繋がったのでは。
「ホロロロロオオオオオオオオッ!!」
魔物は止めの一撃とばかりに、口元にエネルギーを集め始める。……今までで最大のブレスが来る。もしそれが炸裂すれば、この無防備な俺たちはどうなってしまうのだろう。
──危険を覚悟の上で、皆に地下水道へと引き返すように言うか。
俺の脳裏をちらりとそのような考えが過ぎった時、恐慌に陥る商業施設の方から、突然聞き覚えのある声が飛んで来た。




